恋してるリアディリア
難産でした。。。
修正いたしました。28.12.31
困りましたわ――
そう思ってしまうのはわたくしの心がまだ落ち着いていないからでしょう。
以前よりユリユア様に憧れて毅然とした態度で振る舞っていましたのに……どうしても婚約者のハウジークを見ていると焦りが生じてしまいます。わたくし、とても落ち着きませんわ。
初めての出会いはやはり七歳の認定式の時でしたわね。嫁ぐことを前提とした淑女はこの場が初めての社交であるのですから、父様に頼んで最高の物を身に付けて挑みましたの。
お母様から様々なことを学び、失敗のないようにもいたしましたわ。ですから、わたくしはこの認定式で失敗をするとは思いませんでしたのっ。
忘れはいたしませんわ。それが起こったのは挨拶回りの時だったのですから!わたくしが皆のお手本となるように教え込まれた礼節を披露していましたのにっ!コルマルト伯爵家の挨拶でとんだ恥をかきましたのよっ。
母様のように優雅に美しく、ユリユア様のように毅然としなやかに――完璧な振る舞いをしていたと言うのにハウジークはわたくしに向かってこう言ったのです。
『うわ、人形だ。人間っぽくない』
初めて言われましたわ!わたくし、父様にも母様にもそんな事を言われたことはありませんのよ!?人間っぽくないとはなんですの!?しかも眉を寄せてなんて嫌そうに言うのですかっ!
腹がたったわたくしはもう人目を気にせずにハウジークをひっぱたきましたわ!これだけでも許せませんでした!いい音でしたこと!
ですが、父様が止めてしまいますのっ。わたくしの手が真っ赤になってしまったので魔法で綺麗にしてくださいましたわ。父様の魔法はすごいのです。わたくしには無理ですから早々に諦めましたわ。《風》は父様の専門外ですもの。かといって母様に魔法を教わることは出来ませんでしたわ。わたくし、他のことで手一杯でしたもの。
母様にも宥められましたが気持ちはすっかり萎えてしまいましたの。一刻も早く帰りたいとあの時ばかりは願いましたわ。――頼み込んで一番に早く帰りましたらクフィーが暴走をしていましたけど。あの時は自分より妹に駆け寄る父様が少し悔しかったですわ。わたくしの方が大変ですのよ、と。子どもでしたから構ってほしいわたくしの小さい嫉妬ですわ。
それから一年がすぎてコルマルト伯爵家ととあるお茶会で再会をしました。相変わらずの嫌そうな顔でわたくしを見てきましたので簡素な挨拶だけ済ませて見向きもしませんでしたわ!しかし途中であろうことかハウジークに引っ張られて部屋に連れていかれました。とても怖くてまたひっぱたきましたわ。わたくしを睨むようなその顔がまた腹ただしいのですっ!
ですが、この時は少し違いましたわ。まだ八歳でしたから力が身に付いていなかったようですが必死にわたくしを落ち着かせようとしておりました。不機嫌そうな顔で。それにまた腹が立って今度もひっぱたいてやりました。残念なことに引っ掻いてしまったので無様でしたわ!そのまま置き去りにしたので実に気分はよくなりましたのよ。
ですがここで誤算があったのです。顔に残った傷はさすがに不味かったようで後日、コルマルト伯爵からお怒りの手紙が届きましたの。わたくしだけが悪いわけでもないのに一方的に悪者と呼ばれて憤慨いたしましたわ!
ですが、母様は少し違いました。わたくしに事の話を細かく聞いて来ましたの。正直にお話しをいたしましたら注意されましたわ。淑女のやり方ではないとはまさかの失態。すぐにコルマルト伯爵家と面談が取り決められましたわ。
母様が主動でしたので、父様は手出しをせずにお仕事に行かれましたの。わたくしは母様について行くしかありません。そうしないと今年の流行りである布を手に入れられなかったのですわ。
泣く泣く面会をいたしましたらまず最初に母様が謝罪をいたしました。わたくしの代わりに謝罪をしている形なのでそれだけで悔しくもあります。わたくしもしなくてはならず、唇を噛み締めて腰を折ろうとしましたわ。ですが止めてくださったのは母様。物腰を柔らかくお話しをしていますのにとても冷たくて母様はとても美しいのです。ユリユア様にも引けを取らない姿でした。
深く、詳しくお話しをしたおかげでわたくしは謝らずにすみましたわ。すべてはハウジークが悪いのです。あんな顔でわたくしを好きだと言われてもわかるわけがありませんわ!言葉もなっておりませんでしたわよっ。
それから年に三回のお茶会をしてハウジークから毎日とまではいきませんが手紙と極たまにわたくしが持っているドレスや宝石とあまり見劣りもしないものを贈ってくださるようになりましたの。ですからわたくしも応えてあげようと思いましたわ。
まさか、高価なものを贈りなさいと言って贈ってくださるとは思っていませんでしたもの。それに花は好きですのよ。添えられている花で知らせる言葉はすべてわたくしを慈しむものでしたから嫌いになれませんでしたの。
わたくし、自分の事をよく知っていますわ。母様はさすがにもうおねだりを許してくださいませんが、父様には悪いけど高価なものは大好きですの。お願いをすれば必ず用意してくださってつい舞い上がってしまうのです。
嫌だと思えばすぐに口にしてしまうし、ここぞと言う時に違う考えを口にして相手を困惑させてしまうのも分かっていますのよ。
ですから――母様から指摘されたことやクフィーに言われてしまった言葉に少しばかりため息が出てしまうのです。
あのハウジークがわたくしに事細かく説明する殿方ではありませんでしたわ。最近になってようやく、ハウジークの立ち位置を把握いたしましたのに……好きだけでは駄目なのだと、よく思わされますわ。
まさか騎士でも魔法師でもなく、商人貴族になるつもりだったとは……十歳くらいにお茶会の頻度が上がったあたりでなぜわたくしは気づかなかったのでしょう。これもハウジークが黙りでいけませんわ!
この時から二番目の兄上夫婦で自営していた布の商業に関わっていただなんて。しかも成人を迎えたら家族経営を繋いで卸売りするんですって?なぜそれを言ってくださらなかったのかがわかりませんわ。後から教えるつもりだったと言いますが遅すぎるのは困るんですのよ?
まあ今さらですわ。わたくしが今まで培ってきたこの目を信頼してくださっているのですから。当然、ついていきますわよ。高価なものほど、わたくしは見分けられますから。
ただ、わたくしがハウジークの元に嫁げば間違いなく降格すると言う意味ですわ。三男は跡を継げませんし、独立すると言うことは爵位をそのまま存続することはできませんもの……ハウジークは何も言ってくださらないから本当にわかりませんのよ。
「今日のリディはずいぶんと静かだ」
「なんですの?いつもは騒々しいと言いたいのです?」
「いや……いつもは言いたいことを吐露する」
「ハウジークが説明してくださらないからですわ!」
「リディ」
「そろそろ二人の時間を作って上げるべきかしら?」
「うむ。ハウジーク、しっかりリアディリア嬢と話すのだぞ?次の年は成人だ。よく、話すように」
こ、ここで二人っきりに致しますの!?確かに話し合いは必要ですが……駄目ですわ。もっと酷いことを言いそうですわ。
しかしわたくしの思いも母様たちに通じるわけがなく……一室にわたくしとハウジークは取り残されました。仕方ありませんわ。わたくしたちは本当に話し合うことが今一番、必要なのですから。さっそく聞いてしまいましょう。隠し事は好きではありませんのよ。
「色は紺以外は駄目ですの?」
「駄目だ」
顔がピクリとも動きませんわ。元から難しい顔を作っているのですから少しは柔軟にしてはどうですの!?
「ですから妥協案で水色はいかがです!わたくし、紺一色だけでは納得がいきませんのよ!」
「……」
な、なぜ黙ってしまうのです?クフィーが言うようにハウジークの色ですのよ!?もしかしてクフィーの勘違いでしたの!?クフィー、間違えていたら恨みますわよっ。
まだ沈黙を守るハウジークにわたくしは素早く顔を隠す。駄目ですわ。どんな顔をすればいいのかまったくわかりませんわ。
そもそもハウジークはわたくしの事を好いているわよね?四年を無駄にしていましたらわたくし、父様に頼んでコルマルト家をなんとかしますわよ。父様さえ同意してくださればなんとかしてくださるのです。母様も納得させられればさらにどうにもなるのですわ。
「ハウジーク、わたくしの事は好きですの!?あれは嘘でしたの!?」
「嘘はない」
すぐに否定してくれてよかったですわ。わたくしは賭け事が苦手ですの。遠回しに聞くよりずばり聞く方が明確ですものね。
ですがなぜ黙っていらっしゃるの?ドレスの色だって言ってくださらなければ分かりませんでしたわ。はっきり言ってくださらないとわたくし一人で馬鹿だと思わなくてはなりませんわっ。
「リディは……」
「なんですの」
「リディは、私を好きか」
「好きでなくては茶会に出向きませんわ。同じ伯爵ですから断れますのよ」
「では、私の目を見てくれ」
なんですの?……眉間がさらによっていますわ。ですが目尻がどことなく下がっているような気もいたします。どうなさいましたの?
「私はリディを一目みて惚れた。芽吹いた気持ちはそのまま深く色をつけあり続けている」
「……何が言いたいのです?わたくしはドレスのお話しをしていましたのよ?」
「リディ――私と共にいると言うことはリディの今持っている物を捨てると言う事だ」
「知っていますわ」
「そうなると君の少し高慢な態度は辛いものになる。だが、私はリディを手放す気はない」
「わたくしもハウジークと離れる気はありませんわ。ですから、こうして」
「君に今までと同じような生活を送らせる自信は、私にはないのだっ」
どん、と手を打つハウジークにわたくしは少しだけ目を細め見つめます。いつも難しい表情をする顔はとても悲しそうに見えますわ。
ハウジークはきっとわたくしの性格と生活基準の違いを指摘していますわね。確かにわたくしがいきなり商人の真似事をしろと言われても無理でしょう。貴族ではなく平民に近い存在になるのも無理ですわね。
けれど忘れてもらっては困りますわ。いつまでも、と言うわけにはいかないでしょうが支援はありますのよ。後ろ楯なくわたくしが降格するだけだなんてあり得ませんわ。
「わたくし、ハウジークが好きですのよ。わたくしの性格もじゅうぶんに理解しています。きっとわがままを言いますわ」
「ならば、これからの私との生活と合わないではないか」
「父様も、母様も――仕送りをしてくださいますわ。それに手助けもしてくださるとハニャーツェ様も言ってくださっています。家はそちらが支援してくださるのでしょう?」
「だがそれもいつまで続くか……」
「五年ですわ」
五年――それまでに下地を作って名を売り込まなくてはなりませんの。それが条件ですわ。
ハウジークは驚きにわたくしを見ます。これは珍しく難しい顔から遠ざかった表情ですわね。ですがしばらくすると渋い顔になりましたわ。今日は珍しいですわ。
今度は五年で何ができるですって?やることがありすぎてわかりませんわ。まさかハウジーク……店の端くれを任されましたのにそれだけで終わるつもりですの?
「ハウジーク。まさか不安と言いたいのです?」
「不安に決まっている。成功するかしないかなどわからない。それなのに私はリディを無理矢理に囲いこもうとしている……」
「言ってくださらなければわかりませんわ!」
「ドレスの色を否定したから違うのだと思ったのだ」
「あ、あれは……知りませんでしたの」
「――ん?」
くっ。こう言う時にこの難しい顔が苦手ですわ!言いたくないのに言わなくてはならないような視線がわたくしの判断を鈍らせてしまうのですわっ!しかも右の口角が上がりましたわ!?知っていますのよっ。それは嬉しいときに見せる表情ですわ!見逃したら間違いなくわからなくなる表情ですことっ。
「存じませんでしたのよ!わたくしはただ自分を見せるために美しく彩るようにしか思っておりませんでしたわ!」
「なるほど。私はリディの色にすると言ったのにそれを聞き逃していたのか」
「わたくしの色が少なすぎるのがいけないのです!それにハウジークは紺しか言ってませんわ!」
「私の髪は紺だ。それしかないと思ったのだ」
「なんですのっ。初めから言ってくださらないとわかりませんわ!」
「仕方ないだろう。離さぬようにするには私の色で一色に染めるのが一番効果がある」
な、なななななんですの!それは少し恥ずかしいですわっ。うっかり扇を落としましたらハウジークが素早く立ち上がり近づいてきます。まずいですわ。口角がわかるように弧を描いているではありませんかっ。
これはかなり面白がっている顔ですわっ。そう、ちょっとわたくしをからかう時にする顔です!そして言葉はとても冷たいので勘違いをするちぐはぐな行動の兆候ですわ!難しい顔につり上がる口角はまさに悪巧みを企む表情そのものっ。なぜこのような事に!?
「リディはどこか初さが残っている。真っ直ぐ向ける言葉は自分が一番の事ばかりだ。次の茶会ではもう一度ドレスの見直しを要求する。今度は水色を入れてもいい。ただし、私の意見も取り入れるようにしてほしい」
「は、初めからそう言えばいいのです!ハウジーク!座りなさい!耳元で言わずとも聞こえますわ!!」
「いや、もう少しじっくりと話し合おう」
なんですの!?なぜこうなりましたの!?おかしいですわ!!おかしいですわよハウジーク!!この展開は想定外ですわっ!




