来たけど帰りたいです
修正いたしました。28.12.31
あー。ついにこの日が来ちゃったか……なんとなく行きたくなかったんだけどなあ。
そんな私の抵抗も虚しくカタカタポコポコ――デジャヴュでもなんでもない。馬車に揺すられながら私とリディお姉様とお母様はとある場所へと向かっております。ちょっと遠いわー。
向かう先はリディお姉様のお相手の屋敷。ハウジークさんのご実家。コルマルト伯爵家へ移動していますよ。今回はさすがに護衛としてもペットとしてもノルアとアブルは連れていけませんでした。私、あくまで付き添いですから……
と言うかね、この2匹は猛獣扱いだってさ。そんな動物を他所様のお家に持っていけませんて。
因みにノルアはトールお兄様の頭の上がお気に入りらしい。最近では見つけて立っていたら速攻でよじよじ。安定の天辺に上ったらふぇ~とでも言うようなまったりとした顔でお休みなさいモードへ突入する。
そんな時のトールお兄様の表情が困った顔になってしまうのだから私も苦笑いです。すみません、トールお兄様。そして今日はなぜかそっちについていってしまいまして……あれ?ご主人様は私だよね?ノルアってば変わり者すぎるわ!
因みにポメアがトールお兄様に着いていきました。ノルアの番ですよ。私も魔法院にいないし、ノルアを乗せたまま訓練なんか出来ないからね。ポメアは捕獲要因としてトールお兄様についていった。
そしてアブルは……まあ、家に置いておくしかなく……でも誰もお世話をする時間がありません、と断られたので。むしろあのダリスさんの顔は「まさか押し付けませんよね?」と言う顔でお父様にお願いしていたかな。今回はお父様がアブルのお世話となっております。大丈夫だろうか。
お見送りの時にぽそっとレーバレンス様とビーランヴァ様の名前が聞こえたんだけど……大丈夫、だよね?実験とか研究とか、しないよね?
とりあえず着いたから下りましょう。今日はダリスさんが着いてきてくれたんだよね!そんなわけで扉の向こうで確認されます。お母様はあっさりと了承。ではまず、お母様から。ダリスさんの手を借りて下りる。次にリディお姉様。そして私。ジャンプして下りないようにするのが少し大変です。何気に高いんだよね、馬車の車高って。
本日のお出迎えはコルマルト伯爵夫人らしい。体のラインからはみ出ない緩やかなウェーブを腰まで流した艶やかな濃いグレー。んー、緑?白に近い薄いグレーの瞳は水色かな?笑顔が素敵な夫人が優雅に挨拶をしてくる。
「よく来てくださいましたわ。クレラリア様」
「本日はお招きありがとう。今日は末の娘も連れてきたのよ」
「まあ……お顔立ちがクレラリア様に似ていますわね。目元は旦那様かしら?」
「ハニャーツァ様もそう思う?鼻筋も旦那様なのよ」
「ほほほ。素敵ですわ。わたくしの息子たちはみな旦那様に似て性格がわたくしですから困っておりますのよ?」
「まあ。それではみな素晴らしい人格の持ち主ね」
「買い被りすぎよ」
「あの、奥様。季節も冬ですのでそろそろ中でお過ごしください」
助かった!!まさかのお母様たちがそこで立ち話をするだなんて思ってもみなかったからね!たぶんあのままなら軽い挨拶では終わらないような気がする!私たちは誰も口を挟めなくて困っていたのだよ!
もしかしたら挨拶で私が口を挟めたかもしれないけど。私が喋り出す前にテンポよく会話が繋がって、ね。きっとあのハニャーツァ夫人の側で控えているメイドさんは優秀な方だ。もしくは頻繁に行われているやり取りだから割り込めるのか……慣れちゃった、て言う方が自然に聞こえる。
てか寒い寒い!風は吹いていないけど冬の季節は寒い!木枯らしがもう寒い!寒いしか言えないね!と言うことでとっとと案内の人についていきます!はっ!?いつの間にか馬車がなくなっている!?さすがダリスさん。音もなく仕事が完了していますよ。
通されたのはまず暖を取りましょう、と言う意味でサロンに。なんでもハウジークさんの準備が整っていないのだとか。男の準備ってかかるんだね。知らなかった。
そんなわけで私の紹介がここで行われるんです。どうやらハニャーツァ夫人が待ちきれない!と言わんばかりに私を見るものですから……まあ、たぶん、いや間違いなくもう一度名乗ることになるのだろうけど。ここで私の紹介が求められました。意外なことにリディお姉様から紹介されちゃったよ。ビックリだわ。
「クロムフィーア嬢ね。私はコルマルト伯爵家当主ジルクセドの妻、ハニャーツァよ。堅苦しいのは嫌だから名前で呼んちょうだいね?私もクロムフィーアちゃんと呼びたいのだけど駄目かしら?」
「かまいません。では、私はハニャーツァ様とお呼びします」
「うふふ!リディちゃんと同じ事を言っているわ!可愛い」
それしか言えないって。
「クロムフィーアちゃんはグレストフ様とクレラリア様のお姿を両方から引き継いでいらっしゃるのね。やはりいいわ」
「ハウジークちゃんもジルクセド様に似て男前よ?」
「旦那様に似すぎるのも駄目なのよ。離れがたいわ」
「それはわたくしも分かりますわ。いつになっても、息子と娘が離れていくのは堪えがたいものですもの」
「似ていると、そうなりますわよね?他のご夫人方では話にならなくてわたくし、クレラリア様が真摯に受け止めてくださる事だけが頼りになってしまって……」
「いいのよ。これは分かる者だけの至福ですから。それにいつの時代も政略結婚が主流ですから仕方がないことですわ」
おほほほほ。
そんな感じで奥様の井戸端会議が先行しております。私とリディお姉様は微笑みを絶やさずに聞き手となるしかない。お茶会が始まったらずっとこうなるのかな……
もう何で私まで連れてこられなきゃならなかったのかが分かりません。お母様に聞いておいてよかった。ちゃんと聞いておいてよかった!!
あの後、必死になってお母様を探したからね!と言ってもポメアからワーナかーらーのージェルエさんを捕まえてお母様のところへ案内してもらっただけなんだけど。メイドさんは皆さんの行動を把握していらっしゃるから助かるわー。
そういえばドレスの色は私の想像通りでした。自分の色を使って『私の者(婚約者や妻)です』ってアピールするためにあの色を推してくるんだって。お母様の見立てからでもリディお姉様は気づいていないらしい。軽く言っちゃいました、って言ったら珍しく苦笑いされてしまった。
まあ7歳の私の方が知っているってどうなんでしょうかね、とでも思ったんだろう。リディお姉様は来年で成人だし。なぜ知っているの?なんて聞かれちゃったりね、誤魔化すのが大変でした……
因みになぜ従者を送られていないのかを聞いてみた。返ってきた答えは親密なところまで広まっているし、従者はなかなか会えない婚約者の代わりだと言う。リディお姉様は気兼ねなく会えるので虫除けの従者は要らないのだそうだ。また一つお利口になったよ。
それと気になるのはハウジークさんって何をしている人なんだろうね?と言う疑問。てっきり男はみんな騎士か魔法師になるために城へ行くのだと思っていたよ。でも頻繁に会っているとなれば城には行っていないよね。本当に何をしている人なのだろうか……
お茶会の様子はハウジークさんとリディお姉様が直線に対面するように座るらしい。傍らに親が座るんですって。で、ある程度の世間話を終えたら後は若いお二人で……って。見合いじゃん、て言う突っ込みはしません。大体は想像がついていたので。たまにそのまま親を交えてずっと会話をするそうです。
けっこうな回数を挟んでいるので、今回はきりのいいところで私もお母様たちと退散と言う手はず。別室であれこれを話すんだって。きっとマシンガントークになるだろうから気合いをいれておかなくてはっ。
そんなわけで移動。用意ができたと呼びに来たメイドさんの後ろにぞろぞろとついていき……ちょっと奥の方に通された。
開けたらぽわっと明るい視界にちょっと目を細目ながら入れば黒っぽい人が仏頂面で待ち構えている。眉間がぎゅっ、と寄せているね。なぜ。そんな顔をしているくせに挨拶は丁寧で逆に怖い。顔だけ抑えが効かない人ですか?リディお姉様をエスコートする姿は様になっているけど……笑わない。この人、笑わないよ!?
お母様はダリスさん。ハニャーツァ様はお付きのメイドさんにエスコートされて私はと言うと――誰か分からぬ男の人に抱き上げられて椅子へダイブしました。手際が早かったよ!?
あまりの唐突な出来事に声も出ない。代わりに限界まで目を見開いて後ろを振り向いたらこれまた黒っぽい顔が映る。なんかこちらも仏頂面で私の頭を撫でて――ハニャーツァ様の隣に座った。そしてハニャーツァの持っていた扇で肩を叩かれている。え?
「クロムフィーアちゃん、驚かせてごめんなさいね?小さい女の子を見てちょっと羽目を外してしまったみたいなの。娘はもう嫁いじゃったから、クロムフィーアちゃんを見てはしゃいじゃって……」
「すまない。小さい姫がいたものでつい娘を思い出してな。驚かせて悪かった。コルマルト家当主のジルクセドだ」
顔と台詞がなかなか一致しない不思議!仏頂面は常時装備していらっしゃるのですか!?こっちも違う意味で表情筋の活動が死滅されているんですねっ。
そんな彼らを見て私は吃りなから挨拶を。隣のお母様からちょっと冷たい空気が漂ってきた気がする。でもまだ驚きは消えないのでしかたがないじゃないか!それだけ驚いちゃったんだよっ。
ジルクセド様も気安く名前で~なんて言われた時はもうどうしようかと思った。同じ伯爵なのだから~なんて言われても私とジルクセド様との立ち位置がありすぎておっかなびっくり。でも言わなかったら仏頂面の眉間がぎゅぎゅ!と深まるので押しきられた感じで名前を呼ぶことにした。
それから習うようにハウジークさんのご紹介に移る。髪の色はジルクセド様と同じハウジークさん。つまりは紺色。親子だ……ジルクセド様の目の色は濃いめのグレーでどことなく紫の印象を受けた。グレーだから薄紫系なのかな?ポメアがいたらなんとなく見比べられるから分かると思う。まあ所詮は“ だろう ”なんだけど。
疑問に思うことがあります、リディお姉様。仏頂面と強面って、対して変わりようがないと思うんだ。ただちょっと強面の方が凶悪なだけであって不機嫌丸出しの人と大差がないような気が……私の感覚が変なのかな。前世は……まあ気にしなかったか。関わりがまずなかったし。
つまり私は怖いもの知らずだから強気でいられるのか!?無知って怖い!
……それはひとまず置いておこう。うん。今、現在進行系でお喋りに話を咲かせています。始まりはやはり――誰もが聞きたかったジルクセド様がなぜここにいるの?だ。ジルクセド様は上流騎士らしい。
「末の姫にも会いたかったからな。それと、またハウジークが麗しの姫を怒らせたと聞いてね。これで通算が五十回もいったか?いくらなんでも怒らせすぎだと思ってね。グレストフ伯爵と話をして私が参加する事になったんだ」
「まあ。だから執事のダーグがこちらの準備をしていたのね?わたくしにもご連絡くださらなければクレラリア様に失礼じゃないかしら」
「クレラリア様、連絡もなく申し訳ない。私もご一緒してよろしいだろうか?」
「ほほほ。もうご一緒しているではありませんか。ですが今度はご連絡くださいね?旦那様と内緒はずるいですわ。それとわたくしはコルマルト伯爵家を懇意にしていますから問題がありませんが末の娘は初めてです。印象を悪くしてしまいますわよ?」
「ぬ。それは堪えるな。クロムフィーア嬢には驚かせてしまった。申し訳ない」
「そうです!他所様のお子様を気軽に抱き上げるだなんて失礼ですわ!」
「父上、さすがにこればかりは私も援護できませんよ。淑女に対して失礼です」
「ジルクセド様は父様に似て豪快ですわね。わたくしの時も挨拶で抱き締められましたもの」
「親身な貴族にはつい気兼ねなく振る舞ってしまう私の悪い癖だ。あの時はすまなかったね」
「本当ですよ。私の婚約者に私より先に抱きつく親がどこにいるのですか」
「それで喧嘩になってしまったから、わたくしたちの方も大変でしたのよ旦那様?」
「……面目ない」
駄目だ。ついていけない!ただ分かることはお父様とお話しができるなら同類な気がすることだけだ!何となく同じ我が子大好きーのお仲間な予感がするっ!
だかしかし!軽快に会話が弾んでいるのにまったく楽しそうな顔じゃないあの親子がよくわからん!!眉間のしわはもう固定なの!?まったく読めないんだけどっ。
あははうふふおほほと弾む会話に私はこっそりため息もんですよっ。内容は一瞬にしてジルクセド様をみんなで叩こうになっているし、かと思ったらハウジークさんとリディお姉様の喧嘩話!通算50回はさすがにやりすぎだろうっ。
これが日常なの?日常的なやり取りなの?バレないように絶えずにこにことしながら意味があるのかわからない相づちを打ってそれとなくこの場所にいるけど……子どもにはつまらないって。私には無理だ。
確かにリディお姉様とハウジークさんの些細な痴話喧嘩みたいなお話しは面白い。ドレスの色で揉めるぐらいだし。本当にお茶の好みとかちゃっちい事ですぐに喧嘩になる。たまにリディお姉様が口ごもったらそれは照れ隠しだとみなが知っているみたいで口元だけにやにやしているハウジークさんとかまあ楽しいよ?仲がよろしいことで、って片付けられる。
けどさ……突然で言いにくい質問を投げ掛けるのは止めてほしい。「つまらないか?」て聞かないで。楽しいことは楽しい。楽しいんだって。けどそんな言葉を投げ掛けられたら途端にしん――となってみんなの視線を集めるんだよ?止めてよ気が休まらない……
そんなわけで私はお昼ねタイムに逃げようと思う。朝から強行突破して疲れたのもあるし、このお茶会で疲れたのもある。だから、見逃してくださいっ。眠いな、と思ったのは本当だからっ。
お母様が無理をさせてしまったわとか言っているけどもう退散します。だからダリスさん早く!早く安らかな所に連れていって!!一時の休憩時間をっ!!




