トフトグルは今日も疲弊する
修正いたしました。28.12.31
疲れてしまったのかもしれない――…
帰って早々に私はアルトライトの肩に、急に重くなった頭を預けた。心配そうにアルトライト……アルが声をかけてくれるが今の私には少しばかりの整理が必要だと思う。だからってノルア、お前は私の頭の上に乗ろうとするな。
――私を含め今回は急な遠征に選ばれた見習い騎士はウォガー大隊長を総指揮官として大きく十人の隊を作り、王都から離れた廃地に赴いた。さすがに数までは把握できてはいないが回りの反応から分析をして千人ほどと言うことがわかった。
遠征は一つの軍として二十日もかかる戦地へ行きそこで戦争紛いをして無事に帰還をやり遂げる、と言う段取りだ。言葉にすると楽勝なんじゃないかと疑いたくもなるが……その考えは一日目の夜に捨てさせられた。わかっていたが、遠征――訓練に甘さがあるわけがない。
千人の団体は歩調を乱さずに夜まで歩き回った。軍として戦地へ、なので私語はもちろんない。歩く音とそれなりの鎧を着せられたぶつかる金属の音がやけに聞こえた進軍だと思った。そして――夜営が始まる。精神的にとても酷いものだった。
軍として千人で夜まで行動し、始まったばかりの夜営は本当に酷いものだ。あらかじめ決まっていた平地にようやくたどり着いて最初にウォガー大隊長は夜営の準備の号令をかける。初めから割り振っていた千を百で割り十人の各隊長を作りさらに百から十の小隊を振り分けた。夜営は各隊の分担行動だ。やることは他と変わらない。ただまとめ役として代表を決めただけにすぎない。私はその隊長として選ばれず、一人の兵として準備に勤しむ。
運よくその小隊に割り振れた中に私の友人、アルがいた。これは遠征とはいえ試験なので互いに口は出さずに選ばれた小隊の中で指示に従って行動をする。私を含め三人は天幕作りだ。他は支給される物資の回収へと回る。
天幕を張るまでは問題がなかったんだ……張るまでは。終わっても他の者が帰ってこないのでやることと言うものが思いつかなったので簡単に今日は使ってはいない剣の手入れや素振りなどをしていた。私を始め各場所でも風を切る後がしたので誰も咎めない。問題なのは、この遠征で貴族と言う身分に固執する馬鹿がいたためだ。そういう奴はわかっていないので馬鹿で十分だと言える。
その馬鹿たちは何をしたかと言うと軍の一番後ろ、最後尾に今回に使われる物資を運んび、配布していた見習いに傲慢な態度をとったそうだ。彼らは与えられた仕事を全うしていたに過ぎないのに。愚かだ。
訪ねてきた仲間に決められた支給物を渡している。そんな彼らに、身分を掲げて本来の与えられるはずの量からさらに上乗せしろと、もう少しまともな物を寄越せと怒鳴り付けた、らしい。私は振り分けられた仲間と天幕を張っていたのでこの件は聞き及んだだけだ。因みに当然ながら支給とされるものは干し肉、水、毛布、焚き火用の薪と火石。もちろん火お越しは魔法でもいい。
当たり前だが、上官であるウォガー大隊長の指示に従っている見習いに分配の量など変えられる訳がない。変えた時点でそいつは怒鳴り付けた貴族の仲間で、この千人のうちの大半を敵に回すだろう。止めたのは二人の王子。その場で諭され、自分の夜営地に戻れと追い返されたらしい。そしてその貴族は私が含まれる小隊の仲間だった。これはアルが教えてくれたことだ。教えてくれたからこそ、逃げられない。
そして彼は自分の持ち場である夜営地に戻ると、今度は天幕を独り占めだ。この天幕は私のための物であって、私は○○だ!私に従え!と言う。とんだお子さまが仲間に入っていて一同はすっかり頭を抱えた。今度は小隊長に選ばれたナダロスが彼を諌めるが効果はない。
どんな場面でも自分は爵位を持ち、どの功績を掲げた父で、自分と言う存在がどんなものなのか、を声高々に宣言してくれた。聞いていて同じ貴族なのだと思いたくもない。そして諌めていたはずのナダロスは平民ゆえに対抗されてお鉢が私に回る始末。本当に酷い初日の夜営だと思う。これが城の“ 軍 ”だから物資の支給が均一にされるのであって必要なものを前もって準備が出来る“ 家 ”での旅行とかではない。身分を掲げるなら私だって掲げて彼を黙らせることは簡単だった。同じ伯爵でも、親の肩書きは私の方が上だ。本当は使いたくない力だ。まるで私も後ろ楯を使う貴族のようで嫌気がさす………………
この遠征にはウォガー大隊長がすべてを取り仕切り、監視をしている。指示を出してそれに兵士(騎士)として出向き、帰還できるかが問われる試験だ。大所帯で小さな揉め事など上に当然ながら話が持っていかれるし、その処理に色々と判定もされる。
初日で、これ。初日の夜営で、これ。色々なものがすり減った気がする。普段なら二手に別れたのだからそれなりに準備もできて見張りの順番を決めて少しでも体力を温存、休めるために早めの就寝を求めるもの。報告という流れもあるのにこの騒ぎ――初日からウォガー大隊長より釘を刺されたのはかなり痛いと思う。言い方は全体が悪いと評したものだった。
次の日から決められた隊を使って魔物を退治したり、またどこぞの馬鹿が騒ぎを起こしたり。初の遠征は私としてはかなり印象を悪くさせるものだ。とくに馬鹿のせいで、だな。風呂はないに決まっているだろう。少なくとも成人はしているはずなのに何を子どものように喚いているのだ、と怒鳴りたいくらいだった。出張る馬鹿のせいで最悪な遠征としか見れない。
しかもその影響は戦地――廃地にも出たようだ。着いたと思えば物資を二つにわけてさらに部隊も二つにわけて戦争紛いをやることになった。ぶつかりはすれど、剣は交えさせないとウォガー大隊長は言う。
私が聞いた話ではこの腰にぶら下げた剣を持ち、ぶつかり合って様々な部分を見極める、と父上がこっそりと聞かされていたので思わず驚愕した。時期は変更となったが内容は変わらないと言っていたのに変わっている。父上は魔法師でここは騎士の行事だから些細な内容はわからなかった――または、ウォガー大隊長が独自で判断したか……
前者は当然と言える結果かもしれない。後者はこれまでに起こった馬鹿たちのせいで内容を変更したのかもしれない。そうなると今回の参加した見習いの評価は低い気がする。剣を持ち打ち合わせる事はないと言ったのだから。これでは飾りとしかならない。
それを飛躍させる内容も後から付けられる。今回の遠征で剣を合わす事はない、と宣言された。代わりに聞かされた内容はそのまま敵地へ走れと言う。互いにぶつかり合い、数々の妨害を潜り抜けて終戦するまで――競うのだ、と。
そのために半分に別れさせたらしい。これから陣の総大将、副将を決め、各陣営が日替わりで指揮をとる事になった。ウォガー大隊長は一人で陣営を作り、魔術師たちに託された魔法具を使って戦況を確認するらしい。これから一切の助言なのどはしないそうだ。
物資は均一の半分。帰還する二十日間の分まで入れて別けたので考えて馬鹿な事をしなければ少し余るくらいだと教えられた。それから決まりごとをいくつか言い渡される。
一つ。腰の剣は肌身放さず持ち、抜刀しないこと。
一つ。開戦は交互に合図をすること。時間は問わない。
一つ。管理はすべて自分達でやること。
一つ。自分の身は自分で守ること。
これらを守り相手の陣営を勝ち取る事。今後に開戦を出すならいつでも繰り広げていいらしい。
最後にこれは模擬戦争であるが剣の抜刀、剣での負傷、不祥事の事態、理由はどうあれ重症者が出た場合、遠征は即時終了で全員が不合格とし帰還する。準則な奮闘を祈る、と言ってウォガー大隊長は真ん中から少し離れた場所を陣取った。ついでにウォガー大隊長へ助言を求めたり不手際で巻き込んだりしても不合格だと言う。
結果は誰もが良くも悪くも散々だ。
「アル、あの模擬戦争と目の前でクフィーか持っているもの……どっちが疲れる?」
「そりゃあ……目の前だろ。なんせ目の前のものはこれから付き合わなきゃならない。模擬戦争はもう結果として終わった。なあ、逃げていいか?」
「大丈夫だろう……両手が塞がっているんだからな」
遠征の模擬戦争はそれはもうずっともみくちゃだ。戦争ってもんじゃない。あれはただの押し合いだった。
馬鹿がまたしゃしゃり出て来たのでさっさと総大将につかせて後悔させるのに一日を費やして疲弊。代わりに馬鹿の高くなった鼻を折ることに成功したがなぜか運悪く別れていた王子同士が総大将として対面してなかなか決まらない模擬戦争をしたり。相手も同じだが突発的なウォガー大隊長の奇襲があったり。夜にやってみたり。くたくたなのに連続で仕掛けてみたり……結局、どちらの陣営も辛勝を一度とったぐらいだ。ほぼ相手を押さえる事ぐらいしか出来ていなかったと思う。私も投げたりしていたが畳み掛けられたりと大変だった。
誰もがそうだと思うが戦争は嫌いだ。模擬なだけに様々な事を知れてよかったとは思う。だが慣れない指揮などに内々での悶着があったりともうまとわりがあったものではない。馬鹿といるだけで苦労がかさむ。
まあ、試験は合格した。馬鹿は正当な理由により不合格。これから親の方が金か何かで合格をもぎ取るのだろう。証拠は色々と準備をしてあると言っていたのであの魔法具たちがそれなのだろうと思う。
さて――頭が物理的にも重くなったところで現実を受け止めなくては。ノルア、なぜお前は私の頭にのって寛いでいるんだ。それより目の前か……いつの間にか後ろにいたウォガー大隊長でさえも、無言なのが気になる。魔法具を返しに来ただけなのにこの目に映る光景が私と同じで信じられないのだと思うが。
「トールお兄様、お疲れでしょうから早く屋敷に戻りましょう?」
「私も一緒に帰るぞ!」
「馬鹿か。まだ仕事が残っている。兄が一緒なら親はいらない」
「嫌だ!私は一緒に帰るぞ!!」
「お父様、お仕事を頑張って終わらせてから帰ってきてください。屋敷で待っていますね」
「出迎えはみんななら、残ろう」
「なんの取引をしている」
ああ……駄目だ。会話が聞こえない。それより普通にクフィーが持っている物体が気になってしかたがない。汚れ一つ見当たらない灰色の毛皮は手入れが行き届いているのだろう。大人しいのは性格か?しかし……
「ベベリアは大人しいのか……?」
「トール、頭のところ――あれは奴隷の烙印だ」
「奴隷……として傍に置く必要があった?」
「それは娘に聞いてみない事にはわからないだろう?少し離れただけでとんでもないものを手に入れたものだ……ユリユアはどうしたんだ」
いいえ、ウォガー大隊長。ユリユア叔母様もクフィーに弱いので黙認した可能性が高いと思われます。本当に駄目ならきっと奴隷までして傍に置かない。何かあるはず――そう、何か……あるよな?クフィー。あとでダリスとクフィーの話を照らし合わさなければ。デュグランも何か知っているだろうか。いや、知っていてほしい。ジェルエにも聞いておかなくては。
それかあれは人形なのかもしれない。そうだ。クフィーの部屋に多種類の人形がいっぱいあるじゃないか。このベベリアも人形なのかもしれない。ほら、動いていない……動いていない、わりに視線を感じるのは何故だろうかっ。
「クフィー、その手に持っているもの、なんだろうか」
「私の護衛です。名をアブルと言います」
淀みなく名前まで答えたぞ。そして護衛とはどう言うことか。
「私には子どものベベリアに見えるのだが?」
「はい。ベベリアです。着いてきたので烙印契約をして私の奴隷、護衛にしました!ちゃんとアブルは私の言うことを聞いてくれますし、契約もしているので大丈夫です!お父様にも了承は得ています」
父上の甘い了承が、今まさに信じられない。そして挨拶でもするかのように勝手にベベリアの右手が上がった。クフィーの腕はベベリアの胴体に巻き付いている……動いた。本物らしい………………………………本物なのか……
「父上、なぜクフィーにベベリアなど与えたのですか!!」
「え、だっておっさんよりアブルがいいって言うから」
「――父上もベベリアの存在を知っているはずです。そのおっさんとなぜベベリアとで選ばせたのですかっ!選択肢が少なすぎるっ。加えて選ばせる対象のものが明らかに間違っています!」
「私にも説明を求める。グレストフ一進魔法師殿は城に危険物の連れ込みを許可した。例え陛下が納得していようと全体に知らせてくれなくては討伐されてもおかしくはない」
「もちろん、説明をする。だからこうしてトールの帰りを待っていたんだよ」
「私は魔法具を回収したら帰る。そっちの事はそっちで処理してくれ」
そうだな。出入り口で話をしているのは少しばかり邪魔だ。よく見れば私たちの所に視線を向けてくる輩が複数もいる。
早く納得のいく説明を聞きたいが、ここは我慢をするしかない。アルと別れてウォガー大隊長と一緒に父上に促された上の部屋に連れていかれる。門から進んだ大広間の真上。魔法師も騎士も滅多なことがない限り通らない場所だ。なぜならこの先は城門へと繋がっていて、なおかつ未だに魔法師と騎士にしこりが残っているから。昔は通路として使われていたと聞く。因みに通り抜け禁止とかはない。ただ皆が通らないだけだ。
使うのはこうした魔法師と騎士がどうしても顔を会わせなくてはならない時だ。別にどちらかの棟に行けば早い話だが、それを嫌だと言う人のための中間地点でもある。そのため通路として道があるここは部屋も用意されている。城門を上から守る騎士の仮眠室みたいなものも含まれているので間違えないよう注意が必要だ。部屋数は入り口の広さと合わせてかなりあるようで、父上はその内の一つを使うために予約をしておいたのだろう。懐から見慣れぬ魔石をだして解除した。
順番に中に入ってまずウォガー大隊長が椅子に座る。私も促されるまま椅子に座った。ついでにノルアを下ろす。――どうりで静かだったんだな。私はお前の寝床ではないぞ。
聞かれたくない内容なのか、父上が魔法を使って気合が入ったようだ。そこまで気合いを入れなくてもいいと思う。
「まず、順を追って説明したい。これは私も予期せぬ事だったのだ」
嘘臭い………………私には流れに乗って結果がそれとなくよくなった状況にしか思えませんよ、父上。クフィーを見ていたら苦笑いと視線が明後日の方向を向いているではありませんか。
まず秋になってクフィーを狙った手紙や我が伯爵家と関係を持ちたいと願う手紙が他方から寄せられていたこと。それらをすべて無かったことにして二人で出掛けたこと。場所は最近に貴族の話題となっていた動物を扱う店でこの店のおかげで危うくクフィーが誘拐されそうになったこと。
クフィー、なぜまた誘拐に合いそうになるんだ……今年だけで何度そうなっている?そうなりかけているのもきっと幾つかはあるんだろうな……
それでその店は黒とはっきりとわかり、父上を筆頭に捕らえられた。その店の動物をすべて回収しようとしたが、このベベリアだけはじっとこちらを見つめて離れなかったらしい。声をかけたら従うのでそのまま連れて帰ったとか。
「ベベリアがなぜ」
「もしやビーランヴァ十番隊隊長を訪ねられたか」
「最終的にはそう。本当はそのまま離れないし頷くしで奴隷の首をつけて飼うことにした。クフィーに少しでも守りがほしかったからね。だから置場所に困っていたおっさんとアブルを選ばせた」
「ですから、なぜそこでその二択なのですか」
「身内の護衛はさすがに回せないし、かと言って私たちがずっと見ているわけでもない。信頼における騎士を探したが、残念ながら他の貴族に邪魔をされて選抜も難しい。手頃に出せる護衛がこの二択だったんだよ」
初めて聞きました……と、クフィーが聞き取りにくい声で言ったのですが?なにか脚色をしていませんよね、父上?
で、選んだのがベベリアのアブル。因みにおっさんはかの帝国で皇帝の右腕とされている『帝王』……どちらを選んでも問題は起きる。そして色々とあって烙印契約に納まった?その色々とはなんですかっ。
「それでここからが本題なのだが――数日前に、投獄されていたシェムピスが脱獄した。壁を内側から破って逃げ出したようだ。そして極めつけに書き置きがあり、クフィーに関わりがあると我ら十進魔法師は総意となり万全を期して警戒しなくてはならなくなった。だから護衛の選択肢はどちらかしかない」
その前に弁明を入れてましたよ父上。完全に後付けじゃないですかっ。だからクフィーが苦笑いを浮かべているのか!?季節一つ半を空けてなぜこうなった!?母上はなぜ止めに入らなかったんですか!!
ウォガー大隊長はもう色々と悟られたようだ。ベベリアの事はわかった、とただ一言だけで無理矢理に納得したようだ。いや、どちらかと言うと脱獄した罪人の方が厄介なのだろう。あまり表情を変えない人なのに眉間にシワがいくつか寄っている。ついでに尾が機敏に揺れている。
情報がほしい、とウォガー大隊長を始め父上は置いて帰ることにした。もう夜の6の鐘は鳴ってしばらくは経って辺りが暗いので早々に馬車に乗って帰ろう。もちろん馬車の中で問い詰める事は忘れない。私も情報を少しでも多く手に入れてまとめなければ人形のように動かないアブルが納得できない。
おかしいな。帰ったら母上や父上の挨拶を手短に終わらせて体を少しでも休め、明日に望むはずだったのに……まだやる事が残されている事実にこめかみが痛くてたまらない。誰か現在の状況を綺麗にまとめてくれ。アブルを知っておかないと明日の対処がまるっきり出来たもんじゃない。
明日になればきっと遠征に行っていた仲間に聞かれる。大衆の目に晒されたのだから濁すことも難しい……明日はどのように言葉を交わしていくか――今日は眠れるのだろうか。申し訳なさそうに見つめてくるクフィーの頭を撫でて腹をくくった。乗り切るしか道はない。




