特別休暇 3
ご指摘を含む修正をいたしました。28.12.18
「はい!着替えは終わりましたわ!一斉に見ます?一人ずつ見ます?どうします?」
「その前に、ちょっと待っていてくれ」
すんごい興奮しているトリアーネ夫人にストップをかける声はユリユア様。なぜ早く終わらせてくれない。私の心はもう疲弊してお昼を待っているのにっ。
そんな私の心の内を知らないユリユア様は変な虫が店内にいるから追い出してくると言ってガタガタと言う音を店内に響かせる。その時に「おい!」とか「てめぇもかっ!」とか……
ああ、『帝王』が虫なのか――なんて。お父様も語尾に音符を付けているかのようなノリノリな声で『帝王』を排出しようとしているらしい。しまいには騎士の2人の声も聞こえて……静かになった。きっと店の外――は『ミス・トリアーネ』の評判が悪くなるからどこかには連れていかれただろう。
ほどなくしてお父様が「待たせたね」ととても爽やかに言っているのが聞こえましたよ。きっと汗もかいていないのに額を拭っているに違いない。やりきった、て全身を使って表現しているよ、たぶん。
そんなわけで――
「さあさあ!皆様、見てくださいまし!!わたくしが季節二つを跨いで考案した新作ドレスをっ!!ここはやはりクレラリア様から順番に出て三人が並べば一段と華やかに!!このドレスの主題は花園!わたくしの編み出した花園のドレスをとくとご覧あそばせっ!!」
あの人って……興奮するとノリがいいよね。するとなんだ。アーガスト家となんだか似ているような錯覚が出てくると言う不思議。きっと両手を広げて演説しているに違いない。マイクを持たせたらさらに饒舌な語りを披露してくれると思う。
この仕切りの向こう側――と言うか部屋なんだけどね。通路に仕切りが立て掛けてあると言うね。まあいいか。向こう側から拍手が聞こえるのでまずはお母様から。そして続きますはリディお姉様。最後に私。
ドレスは――冬に合わせて長袖で襟を詰めたもの。刺繍がいっぱい施されていて胸元まで細かく花の模様が丁寧に施されている。残念ながら白地に白地……色はどちらかが違うと思うのだけど、だいたい同じ色が被っているのでいまいち模様がなんなのかはわからなかった。と言うか細かすぎて……あと、ぼうっとしすぎてドレスをまともに見ていませんでした。これから見よう!
ちょっと出遅れた感が否めないが、私も登場してお母様の前に立たされたら……見えないって!代わりにユリユア様とお父様のガン見攻撃がっ――仕方ないので自分からくるりと回って見せてお母様とリディお姉様のドレスを見てみた。
パッと見だから細かくはわからないけど……とりあえず、よく見るドレスで胸下またはお腹辺りからふんわりと広がるドレスを着ていました。私と同じで腕と胸元にぎっしりと刺繍がしてある。何やら色違いみたい。リディお姉様のドレスが一番かな。お母様と私の中間のグレーは見やすかった。
お母様の右側の腰にはあのブーケと言ってもいい布製の束が。逆にリディお姉様は左。きっとお母様は右手に扇を持っているからだと思う。そこから切れ目となってプリーツだったっけ?縦の折り目がいっぱい……説明すると情けないな。切れたところは布を反対側に寄せて小さい布ブーケ付きのリボンになって結ばれていた。あとは中にいっぱいフリルみたいなのが詰め込まれているのでふわりふわりと動けば揺れる。
因みに私は後ろに布ブーケがついているらしい。だから前は意外と蹴りやすくて後ろが引っ張られている感じなのです。これなら走れる気がする!
笑顔と共にユリユア様たちに振り向けばポメアが後ろの方で感動したのかよくわからないが泣いていた。お父様はここぞとばかりにみんなを褒めて一番お母様の姿を見てデレデレである。珍しい。そして素晴らしい。お母様に釘付けのお父様はそこまで暴走もせずに紳士の対応でデレデレだよ。立ち上がってほぼ密着しているわ。
そんな私たちにはユリユア様から甘いお褒めが。あの夫婦を見せないためなのか、2人に私たちが背を向けるようにして手を取られて向きは固定された。抜け目ない。そして順番に右の手の甲にキスして甘い囁き。……リディお姉様が腰を抜かしましたよ!?マジで!?へたりこんでユリユア様からお姫様抱っこされたら意識は飛んでいった模様っ!顔をグレーにしたまま力なく腕が揺れる……
そんな様子に動じない夫婦は微笑んでユリユア様が送ると言って帰っていっちゃったよ……今日はリディお姉様と一緒に過ごすってさ。アーガスト家なら誰でもいいの?むしろ暇潰しをアーガスト家から探しに来ただけじゃない?
そう思うとなんてはた迷惑な……いつの間にか用意されていた馬車に乗って颯爽と帰っていったよ――あれ!リディお姉様と一緒に過ごすのならどっちに帰ったんだろうか?
「あ、まあ!ごめんなさい、トリアーネ夫人。娘がそのまま持ち帰ってしまったわ。買わせてくださいな。とても気に入りましたわ」
「喜んで!わたくしも素敵な姿を堪能しましたから遠慮はいりませんわ!アーガスト伯爵夫人にはいつもお世話になっておりますもの」
「ありがとう。あなた様、三人分は駄目かしら?」
「何を言うんだい。これだけ素敵な私の妻と娘が見られたんだ。買わなきゃ世界の存亡だ」
言い過ぎ言い過ぎ!お父様がおかしい!さらに壊れた!!
しかも、密着度はそのままだったために中々に暑い物を見そうになってポメアに助けてもらった。さすがに豪華すぎるので着替えましょう、と。着替える部屋はあの夫婦の向こう側だが、ポメアが盾になっていてくれたおかげ見ずに裏に引っ込めた。ふぅ。お腹が空いたねぇ。
きっとあの調子じゃあ長そうだからゆっくり着替えましょう、なんて言っていたら本当に長い。ゆっくり着替えたはずなのに……髪型も左に結い上げていたものをハーフアップに戻したのに………………まだ戻ってこないお母様。きっと離れたくないに違いない。私、お父様に休暇をあげたから用なしじゃない?邪魔物は消えた方がいいんじゃない?
戻ったら案の定、密着夫婦とトリアーネ夫人がマシンガントーク。いい感じに回して回してマシンガントークは止まる気配がまったくない。私にどうしろと言う。
ポメアにそれとなーく止めてほしいとお願いしたが、さすがに無理と返事を返されてしまった。うーん。お腹が空いたなあ。
仕方ないから店内をちょっと物色しよう。それしか方法はない。ポメアを後ろに引き連れて机に置かれているドレスやら小物やらを眺めて……ドレス、ドレスって言っているとうっかりアクセサリーって言っちゃいそうだから困る。
本当にこの世界は中途半端だよね。昔の異世界人が広めた――んだよね?そういう古い歴史が残っているから微妙にカタカナの発言が出来るんだし。いっそまとめてほしいものだよ。出来れば発言できる方にまとめてほしい。
今のところそんなうっかりをしないように発言は考えているけどね。たまに考えが斜めなところに言っちゃうけど。漢字が魔法文字の実態がまぐとりの“ ごちゃごちゃしているから ”って言う理由じゃなければなあ。
でもふと思う。その異世界人がいたから私は懐かしいとどこかホッとしているんだよね。そこはありがたい。でも、そのありがたみがちょっと減っているんだけどねー。これは言ってもしかたない事だけど。
やっぱり色がないと楽しめないね……ドレスは形のデザインが可愛いとか美しいとかそう言うものは体感できる。思える。でもねー……小物は形しか捉えられない。いくら黒っぽいとか白っぽいとか、これは何色だろうとか広がるけど疲れると言うのもある。やっぱり複雑だなー。この人生であと何回同じことを思うんだろう。
石はゴテゴテとしているねー。そんな事を思ってふと――本当に、ふと……扉を見たら影が。それは、あれだよね。お客さんなんだよね?なんで入ってこないんだろう?
「ポメア、あの方は待っているのでしょうか?」
「どうでしょう?私の見解では貴族の方が訪れましたら堂々と入ってこられると思います」
「そうですね……開けてみましょうか」
「では、私が」
そうだね。私が出たらお父様たちだって気づいて出てきそうだよね。じゃあ開けてもらおうかな。確かこの扉には呼び鈴が上に付いているから開閉時に音がなる。風鈴みたいにちょっと甲高い音。私の家も昔は飾りとしてそんなのついていたなー。
では早速。ポメアがすたすたと開けるために歩いていくので……お客である貴族とぶつからないためにも遅れて近づく。まだ距離はあるから大丈夫。ポメアの方が先に扉の前に立った。
躊躇わず開けたら……無精髭の『帝王』でした。ユリユア様と一緒に帰ったんじゃないの!?どこのご婦人だと想像していたのでかなりガッカリだ!あっちは突然開いた扉に驚いていたけどね!てか扉の前に立っていたの?営業妨害だと思う!!
とりあえず『帝王』は無視する事になっているから知らぬ顔。ユリユア様も相当なお疲れだったのかもしれない。さすがに『帝王』を置いて護衛騎士は連れていかないだろうと辺りを見渡してみる。そうしたらいるんだよねー。やっぱりこんなおっさんを一人にしておけないよねー。帝国の人間だし。
「皆さん、ユリユア様と一緒にお帰りになったとばかり思っておりました」
「馬車を呼んだまではよかったんですがね。女性を一人抱えて『あとは頼んだ』と言って置いていかれたんだよ」
「こいつら置いてかれたんだぜ?滑稽だよな」
「もう移動するのか?」
への字のギルツェルさんが聞いてきたので振り返ってあの夫婦を見ると……たぶん、サデュリローグさんに目を塞がれた。こんな事が多々と起きるのですが、子どもに見せられないシーンがあるならそれを最初から教えてほしい。私の両親はあれだから断固して言えないけど、極力は見ないようにしたい。
「まだお嬢さんには早いよ」
「それにしてもよく人前でいちゃいちゃと……」
あの、トリアーネ夫人の悲鳴が聞こえるんですがっ。
「来ましたわ!来ましたわ!夫婦がお揃いで着る衣装が浮かんできましたわ!!」
…………………………………………黄色い悲鳴の方だったのかな。素敵ですわ!とか……あれ、位置的にトリアーネ夫人は密着したお父様とお母様の真っ正面で会話する距離にいたと思うんだけど?間近で見たの?すごい精神だね。
「クロムフィーアお嬢様、少々ここでお待ちください。もうお昼も近いですので今から旦那様と奥様を呼んで参ります。サデュリローグ様、ギルツェル様、クロムフィーアお嬢様をお願いします」
「いいですよ」
「早く呼んできてくれ」
「かしこまりました」
ああ、ポメア。こんな所に私を一人にしないで――多少の不安があるからっ。サデュリローグさんにとっ、とっ、とっーと歌舞伎でもさせられたかのように足がつんのめりながら移動させられたけどさっ。移動するなら言ってほしいし目隠しも外してくれればよかったのに。それかひょいと持ち上げて下ろしてくれれば手っ取り早く終わっただろうに、なんだかちょっと不安なんだよ。
ぱ!と離してくれた視界からは向こう側の道が見える。馬車が数台ほど往き来してカタカタポコポコと音が面白い。ちらりと横を見れば相変わらずにっこり顔のサデュリローグさん。挟まれて不貞腐れた顔の『帝王』。への字のギルツェルさん……あ。
「侯爵様方でしたか!」
「……なぜ、君が知っているのだろうか?」
あっ!しまった!?ヴィグマンお爺ちゃんの資料は秘密だった!
「それだとサデュリローグは侯爵ですと言っているようなもんだぞ。でもなぜ……て、私たちは家名を名乗ったぞ」
「それだけでこんな小さな子がわかるものかな?」
「お父様に色々と聞きました」
奥義、助けてお父様!
「例えば、どんな事を?」
「名前だけです。私は魔法師を目指していますから、名前などを覚えておくといい、とお父様が言っていました。話しかける時に便利だとお聞きしたので」
秘技!お父様に丸投げ!
「へえ。ずいぶんと先を見る方だ」
「こんな小さい令嬢にそこまで……家族愛はすごいな」
「ただの馬鹿だろ?」
ポメア、早く戻ってきて!!
冷や汗が背中に伝ったような気がしてならない!でもおろおろとしていたら不審に思われるから笑顔は崩せないし『帝王』はうるさいよ!馬鹿でもお父様の家族愛は色んな意味で馬鹿にできないんだから!……できないから、呆れているんだけどね。
そこにちょうどウパカラマに乗った人が通ってきたから話題をそっちに無理矢理に持っていってはしゃいで見せた。ほら、幼児ってあれこれに興味を持つでしょう?あれは!?と聞けば親切な2人はちゃんと答えてくれるのです。ウパカラマに乗っていた人は警備するパトロールの人だった。
それについて色々と聞いてみるがポメアが帰ってこない悲しさっ……しまいにはついに「お腹が空きました」と言ってしまってギルツェルさんもお腹が空いたらしく扉を開けて脅していた。
しっかりと私を出汁にして脅した言葉は2人の耳に入ったらしい。言い終わったらすぐに出てきたよ!そして私はお父様の腕の上。すごく謝ってきたけど、私はポメアに謝ってほしい。絶対に一生懸命!2人を宥めようとしていたんだからさっ。
……着替えていたんなら教えてよ!まあいいけど!代わりに美味しいご飯で手を打ちましょう!




