飛び入りはよく考えよう
修正いたしました。28.12.17
私は間違ってはいない。そうでしょう?
誰に語りかければいいのかわからないまま、私はただただ――目の前に迫り来る肉親に変な汗が止まらない。
おかしいよね……昨日はトールお兄様からちょーっとだけお咎めをもらって、じゃあ読書は諦めて刺繍でもしましょうか、と言う流れになった。この時点で問題はない。
それで夕方まで黙々と縫って女の腕を磨き(出来上がったもの?慣れていませんので勘弁してください……)夕飯を食べて自室に戻った。問題は見あたらないね。
そのまま数時間をどのように過ごすか悩んでヌイグルミの手入れをすることにした。一番お気に入りのポーテのヌイグルミからヒッジメィのヌイグルミなど順番に。さすがに大人の等身大で置かれているライオンくんは出来るところまでにしておいた。未だに見下ろされるのが怖いな、と思っているのは内緒です。
その時ノルアがちっちゃい手でウーモルスのヌイグルミで遊び始めたから私が相手になってあげて一通り遊んだら寝ました。問題は何も起こっておりません。
朝もちゃんとポメアの声で起きたし、ノルアも起こされたからって不機嫌にならずに起きてくれた。そしてやっぱりいないお父様は抜きで朝食を平らげ、今日は音楽と言うことでヴィーラを弾くことに。うん。まったく問題が浮上しませんね。
つまり問題はこの後なんだよね?ヴィーラで躓いたから教えてもらおうとジェルエさんに訪ねた私が問題なんだね?あれ、私が問題なのか。
いくらなんでも器用なポメアに楽器を弾けとは言えない。物覚えはいいけど、楽器は高いのだ。まず平民だからって私はそんなの思ってもいないけど、ポメアが恐縮して「接触厳禁です!」と言えば教わることはできない。と言うか楽器は私のなんだから絶対に触らせては駄目と拒絶だったよ。
ではどうするかと言うと、誰かに聞かなければ解決しないのだから誰かに聞くしかないのです。だからポメアに誰がいいのかね?と聞けばジェルエさんの名前が出てきた。でもジェルエさんはお母様の侍女。しかも、今日もリディお姉様と共に婿探し。
訪ねるのが怖いのです。
だから恥を忍んでトールお兄様に声をかけに行った。ポメアに連絡を取ってもらって、トールお兄様の部屋に行ったんだよ。そこでヴィーラの楽器に行き詰まったから~てお話しをしたら唸りが返ってきました。どうやらトールお兄様も音楽は聴くのが専門のようです。
あ、じゃあここは器用貧乏のデュグランの出番じゃない?なんて期待の眼をしていたらしい。苦笑いの末「男はヴァーリンですので、ヴィーラはちょっと……」と言われてしまった。ポメア、ちょっと。いや、怒らないから。私もよく分かっていないから。
ポメアも近くに呼んでどうしてヴィーラは駄目なのかを聞いてみる事に。ぶっちゃけて言うとヴァーリンもヴィーラも一緒でしょ?こっちの世界では男性用、女性用と別れているだけであって形と大きさがちょっと違うだけだし、音が高いか低いかだけとしかわかっておりません。威張ることじゃないけど。
『それぞれ専用の楽器なのです。ですから、専用の楽器故に男女別に分けてある楽器はお互いに教えられないのです』
訳がわからない。あ、トールお兄様も同じことを思ったらしい。デュグランを見ている。私も、見ている。ポメアも、見る。
『う……なるほど、ダリス執事長が負けるわけですっ……意外に知られていないのですが楽器にも性別があり、弦を用いる楽器は特に男女に別れるんです。ですから楽譜も見分けるために実は少しだけ違います。そして楽器は性別があるとわかっているので異性が異性の楽器に触れてはいけない暗黙が築いているんです。貴族の間で勝手に触れることがまずないのですが……言わば楽器はその人本人ですから、本人以外に触れることは許されません。異性が他の方の楽器に触れる、と言うことはその人と親密な関係と言う表現になりますから。同性でも誰も触れさせないように、と言われませんでしたか?因みに楽譜も知らされません。楽譜も楽器の一部と見なされているので、私ではクロムフィーアお嬢様のお役にたちません』
そう言えば言われたような気がする。ジェルエさんとお母様に。ポメアが必死に触らないようにしていたのは単なる上下関係じゃなかったんだ。といってもポメアは知らなかったから心底ホッとしているようだけど。
まさか楽器に性別があって楽譜もちょっと違うとは……貴族って徹底しているんだね。て事は貴族の分だけ楽器があるってこと?……森林は大丈夫なのでしょうか!?
だから教える事はございません、と言われたら私が引くしかない。デュグランて物知りだね!そっかー。楽器に性別、ね……トールお兄様も珍しく驚いた顔で「へー」なんて言っているよ。どうやら他人が触れることなかれ、と言われているだけだったらしい。デュグランはどうしてそんな事を知っていたのかな?それってつまりは一度くらい触っちゃって理由を知ったのではないのかな?ん?10歳はやんちゃに入ると思う。
なんてここで聞けるわけもない。苛めに来たわけじゃないんだよ。トールお兄様も忙しいみたいだし。しかたないからお暇して当初の目的であるジェルエさんに訪ねることにした。やっぱり昨日のは聞けなかったけど……因みに居場所はリディお姉様のお・部・屋……大丈夫だろうか。いや、大丈夫ではなかったね。
用件を伝えて、いいよ、って言うから遠慮なく入ったのがいけなかったよっ。ジェルエさんがそのまま引き抜けるわけがない!
この場でって言う流れになっちゃって、なし崩しにリディお姉様のお部屋でお稽古。それはよかったんだよ。まだやり始めたばかりだし、下手くそなのは当たり前。別に恥とは思えない。私は音楽の才能なんて持ち合わせていませんから。
しかし、その後がいけなかった。結構な時間を練習していたらしくて、お母様が「休憩をしましょう」なんて言うからね……私も疲れていたし、そのお誘いに乗ったのが駄目だった。
なんか最近、回想するような癖がついたような気がする。
「クフィーはどのような殿方が好みですの」
「一時期、王子から求愛をされたと聞いたのです。やはりああいう殿方が好きなのかしら?」
「まあ!そうですのお母様!?王子は見目も素晴らしいし剣も魔法も上級者並みとお聞きしていますわ!クフィーはもしかしてそう言う方がよろしいの?」
「わたくしも気にはしていたのですよ。そろそろ大きくもなりましたし、幼いながらも恋心は芽生えるものですもの」
「わたくしもクフィーぐらいに恋をいたしましたもの。クフィーも恋くらいしていますわ」
「そうよね。確か同じ伯爵のハウジークでしたわね。彼ならわたくしも許しますよ?」
「駄目ですわ……わたくし、彼と口喧嘩をしてしまいましたもの……」
「もう。リディったら。いつの間に喧嘩をしてしまったの?謝れるときに謝れるのが一番ですよ」
「わかっていますわ!ですからクフィーにはわたくしのような失敗をさせないためにも聞いておかなければならないのですっ!わたくしも暇ではありませんが、聞いておかなければならないのですから仕方がないのです!」
「ふふふ、そうね。経験も大事ですけど経験者の知恵も教えてあげてもいいわよね。それで?クフィーはどう言った好みの人がいいの?」
「――わたくしの予想ではアビグーア様のような強い殿方だと思うのです。聞きましてよ?アビグーア様はクフィーを決死で守ろうと怪我まで負ったと……あの時はさすがに驚きましたわ」
「そうね。あの時のリディったらそわそわしていたものね。わたくしはエリアスと言う同じ若魔法師が怪しいと思うわ。なんでもエリアスはクフィーにちょっかいを出してきたそうじゃない。少し言葉が過ぎる場面があるらしいけど、調べてもらった情報をよく聞くと根は優しい子でただ素直じゃないだけらしいのよ。そんな子がクフィーの相手って、いいと思わない?」
「お母様、それはクフィーの好みではなく、お母様の好みですわ」
「嫌だわリディ。もしかしたらクフィーはその事に気づいていて、あえて距離を置いているのよ。そうでしょ?クフィー」
「そう言う考えもありますわね。さすがお母様ですわ。それで?クフィーはどんな殿方が好みですの?」
怖い……逃がさないと言わんばかりのオーラと捲し立てる会話に私の逃げ道がない!しかもさりげなく用意されたテーブルから扉が遠い!!それになぜか私の後ろにジェルエさんが立っている謎っ!?道が塞がれているのだけどぉおおお!?
今回はポメアとワーナがお茶を淹れました。きっとジェルエさんは監督だとわかります。けどね、私の逃げ道を塞ぐように後ろの方で控えなくてもいいと思うんだ。控えるんだったらお母様の方へお願いします。
――まさか、相談しているはずの方向がこっちに来るなんて誰が思いますかね?いや、ちょっとは考えたよ?ジェルエさんがいるって事はお母様がいて、お母様がいるって事はリディお姉様がいるわけで……なんの話をしているのか、も想像が出来たじゃない。
なんでわかっているのに来ちゃった、私。自分から来ちゃったよ。お馬鹿さんめっ!
そんな私は笑顔を作るために表情を作る筋肉を総動員で活用させてしのぐ……わけでもなく、自分でもわかるほど困っているのか笑っているのかわからない表情を作ってしまった。
2人とも口許は扇で隠しているので目だけですべてを表現している。ありありと『教えなさ~い』てギラついた眼光が私を狙っていますね……怖いよっ。
そんな私はなんと答えるか?いや、まず待ってください。好みって男性のタイプと言うやつを聞いているのでしょう?どんなと言われても、恋愛の「れ」の字でさえ気にしなかった私に好みなど考えた事もない!
……年齢=彼氏いない歴がもろ並んでいるんですが、何か?いや、別にいいじゃん。私の一目惚れは語り継がれる歴史なんだから。その人の人生を暴く……知ることができて面白いんだから。それに異世界に夢を馳せていたので特にリアルはどうでもよかったりします。
つまりアレか。その異世界に来たのだから恋愛がちょっとかするんじゃないってフラグが立ったのか。アーグラム王子のはかすったのか。そりゃ羞恥心で倒れるわ……
じゃなくて、ですね。私が黙れば黙るほど予想をたてるお母様とリディお姉様がさらに範囲を広げて誰かしら、と楽しんでいるのですよ。しまいには私の知らない名前が色々と出てきてごちゃごちゃしてきています。誰か、助けてっ!
でもその予想も尽きちゃうと言うね!何回目か知らないけど、またギラついた目で「どうなの?」とダブル攻撃は辛いっ。どうすればいい?どうすれば脱出できる?適当な事を言ってそれとなくセッティングされたら逃げ出せないよ。絶対に無理。嵌まる。罠に容易く嵌まる。
はっ!?そうだ!!
「トールお兄様のような方が、好み……です」
最後がしり込みしたのは、怖かったからです。ガン見って、こんなに怖いんだ……そしてごめん、トールお兄様。すっごく無難な答えだと――我ながらよく閃いたと自己満足いたします。
そうやって答えたらお母様が悩み始めました。トールお兄様の性格を記憶の引き出しから手繰り寄せている模様。隣のリディお姉様は?驚いたようで、眼を見開いていますよ。そして手榴弾を投げてきたようです。
「まあ。クフィーはトール兄様が好きと言うならそれは禁断の恋ですわ。わたくし、さすがに応援できませんことよ?まあ、するなら駆け落ちすることね。生活は苦しいでしょうから生きていけないと思いますが」
どかん。
リディお姉様の手榴弾に10000のダメージ。てかどうしてそうなった!?好みの話だったよね!?意味がわかんないよ!?
「好みの話でしたよね?リディお姉様、さすがにその冗談は嫌いです。私はトールお兄様のような殿方がいいと言っているだけですよ?」
「リディ……さすがに今のは駄目よ。それに言ったでしょう?そう言う冷やかしはすぐに口にしてはいけないと、教えましたよ」
「し、仕方がありませんわっ。口が滑ってしまったんですもの!……それに、クフィーはトール兄様とずいぶん仲がよいので……軽い悪戯ですわっ」
「素直になりなさい、とも教えましたよ?トールとクフィーが仲良しで仲間外れに嫉妬するくらいなら混ざりなさい。貴方たちは兄妹ですよ?リディったら……どうして意地っ張りになってしまったのかしら?」
「わ、わたくしは意地になっておりませんわ!嫉妬だなんてっ……う、羨ましく思ってもいませんわよ!」
ああ、うん。リディお姉様ってそう言えばツンデレだっけ……
扇で顔の全体を隠してしまったけど、きっと顔が赤くなっているんだろうなー。私から見たらグレーか。どれくらい赤くなっているのだろうね?
こうまでくるとリディお姉様をからかった方が私の脱出は簡単だったんじゃないかと思えるよ。ちょっとお母様も微笑ましそうに笑っている。あ、扇は膝元で母の微笑み全開です。お母様はやっぱり美人だ。
ちょっと、はあ!?とは思ったけどリディお姉様も実は兄妹の輪に入りたかったんだな~って事がわかったから私もなんだか微笑ましく顔が緩んじゃう。にやにやが止まりそうにありません。
お昼ご飯で逃げ出す気満々だったけど、これはリディお姉様を弄ってから出ていった方がいいよね?怖かったんだから仕返しは大事だよ。ねー?
「リディお姉様、昨日のように明日もお茶をいたしましょう?今度はリディお姉様が真ん中で、いっぱいお話しをしましょうね!」
「あらクフィー、母も招待してくださいな」
「もちろんです、お母様。長椅子は5人で座れるので、明日は4人で座ってお話しをしましょう!」
「わっ、わたくしはいいと言っておりませんわ!」
「リディ?」
「で、ですが――クフィーがどうしてもと言うのでしたら、真ん中でお茶をしてもよろしくてよ?」
「リディお姉様、もしかして照れていらっしゃいます?扇でお顔が見えません」
「み、見なくてもよろしいのよ。ちょ、ちょっとお手水に参りますわ!!」
「リディ、そんな大声で宣言しないでちょうだい。はしたないわ」
いや、もうリディお姉様は聞いていませんよ、お母様。見事な足さばきでドレスを蹴る事なく部屋から出ていっちゃいましたからね。あれはあれですごいと思う。そっちは廊下だけど。
そんなリディお姉様を見送ってお母様とにこりと笑い合う私。今度はお母様と軽くお茶である。
今さら気づいたけど、なんで話題を変えようとしなかったのかが不思議だね。必死に考えてしまったじゃないか。案外――気にするお年頃になっているのかな?
でも油断はできないと、よくわかりました。リディお姉様のお部屋なのに部屋の主が帰ってこないのです!おかげで私がお母様とお話しをしなければならなくて結局は話がふりだしだよ!なんで!?
トールお兄様のどの部分が?とか。トールお兄様の性格と顔のどちらが好み?とか。まさかのトールお兄様に恋はないわよね?とか……怖いよ、もうっ。こんなの、女子高生のコイバナの方がマシだよ!なにこの事情聴取!
そしてこれがお昼まで続くとかね!
部屋に戻ったら刺繍に没頭したのは考えないようにするためです。お母様が怖いからではありません。お母様に呼び出しをされたら出ていかなきゃならないし。だから、これはお母様への対策ではない。無心だ。無心を会得するために私は今日も刺繍に精を出すのです……




