王宮筆頭魔術師レーバレンス
人数を少し変えました。
いくつかご指摘があり、修正いたしました。
ご指摘、ありがとうございます。27.8.15
闇を扱うのはもう慣れた。この闇一つで誰かの心が壊れようと、俺は何も思わない。ただ感情が抜け落ちているわけではないが、なんの関係もない敵国の密偵に同情するつもりは微塵もない。
初級魔法の闇球。当たっても痛くはない。しかし、これを大きくだいたい人が覆えるくらいに出してまとわりつかせると、早くて二日ぐらいには人間の精神が不安定になる。こいつは一日でもう落ちるだろうな。
暗黒に囚われた者はそうだ。聴覚、視覚、触覚が失われ感覚が麻痺すると人は途端に脆くなる。最初に執り行った男は確か金で物を言わす傲慢な貴族だったような気がするな。あれはうるさかったと、それだけしか残っていない。
闇魔法師はこういう仕事がたまにくる。その間に色々と施されるのだが………まあ、簡単に言えば拷問の知識を与えられるんだがな。任意だが結局のところ闇魔法師はここにたどり着く。闇はそれほど使えるものはない。
初級は攻撃にならない。中級は自分を守れない。上級はまず使い勝手が悪い。どれも使い勝手が悪い。まあ、考えれば色々できるのだろう。やりようによっては使い勝手はよくなる。闇渡りは闇、または影があれば魔力の限りがあったとしても、どこまでも飛べる。向こうに闇がないと駄目だが。大抵はどこにでも飛べる。
「レーバレンス、そっちはどうだ?」
「どうやらもう一人ほどネチチみたいな奴がいるらしいな。うわ言のように『あいつに知らせなきゃ』と震えだした。そっからは進まない」
「感覚は?」
「すでに麻痺している。だから焦りだしたんだろう。セランダ・バール・チャングイーは偽名。本名はセランダ・ロツ・ダームロン。帝国の駒、魔法研究で教会の人間だ。さっきまで精霊様がどうとか祈っていたぞ。ンゼットォラを使った」
「わかった。それにしても教会か………いつまで精霊に拘るつもりなんだ」
知るか。
これ以上は精神崩壊の一途しかたどらない、と言えば軽く肩を竦めて指示を出してくる。拘束は土魔法師を呼べ。闇では覆うことしか出来ない。
グレストフの指示によりセランダから情報を暴いていたが、その成果はあまりよくないだろう。エジーラ七進魔法師の情報は俺もあまりよく知らなかったのだが、今回の件で少しの情報が漏洩した。よりにもよってグレストフの娘から飛び出してるなんてな。本当にあいつは歩く弊害だ。いっそ家に閉じ込めておけ、と言いたい。
これであとはもう一人を捕らえられればいいのだが………サファリナ国からログニア帝国には東の領地を抜け、サファリナ国最大のドドマジグ山を越えなければならない。すぐに東の方の出入りを封鎖するように早馬や伝達鳥を使っても十日はかかる。すでに帝国に向かっているとなると遅いかもしれないな。
「そっちは終わったのか?」
「聞くだけだからね。終わったけど間に合わなかった………クレラリアを呼んでもいいだろうか?」
「仕事しろ。なにが間に合わなかった」
「今日はちょうど土の日だったんだよ。今日は講師三十名を調整はしていたが大半が教会信者で呼ばれたから行かなくては、とかよくわからん事を言って仕事を放棄された。今日の授業を受けていた奴から苦情が私のところに先ほど報せに来て、その対処にもう涙か出そうだ。陛下からすでに承諾は受け取っている。近いうちに教会信者は魔封印をするから………魔術師の出番だぞ」
「教会など滅びてしまえ。いっそ滅亡しろ」
「滅びも滅亡も一緒だろう………よくもまあ、かき回してくれる。もう面倒はお腹いっぱいだ」
大半はお前の娘が引き寄せているぞ。娘を出したらまたうるさそうだから言わないが、隣で長すぎるため息を吐き出すなら黙っていた方がいい。
教会もなぜこんな時にでしゃばってくるのか………人数はその抜け出した奴を確実に魔法具を付けさせると言う。人数は十八。秋頃は貴族連中が準備と言っていたのが救いだろう。頭が回る魔法師なら少ない若魔法師を移動させて合同授業だな。
今いる魔術師に魔封印を作らせても数日なら出来上がるだろう。こちらも段取りを考えなくてはならないのかといつも以上に肩が重くなった気がする。
「教会関係に目処はつけているのか?」
「風魔法師に洗わせている。これ以上の騒動はお断りしたい」
「無理だろ。すでに動いているんだからな。魔法棟にいる中で教会関係はどれくらいだ」
「三割だ。その中の二割ぐらいが魔法師と魔術師で残りが中級止まり。一応は半々で平民が多いぐらいだな」
その差が気になるが………つまり、この三割―――約三千人に魔封印を作らなければならないのか。魔封印は魔石に封印用の文字を刻んで飲み込ませ、その魔石を体内に馴染ませるために制御魔法具を取り付けて終わりだ。やり方は簡単だが、属性か違うと反発しあって飲み込んだ奴は死ぬ。一生、魔法が使えなくなる方法だが魔法師の生命を断ち切られる手段で、魔殺しとも言われている所業だ。
稀に魔術師がこれをなんとか掻い潜る奴がいるので、魔術師の心得がある奴はしばらく監視しておかなければならない。魔術師となるとまた面倒だ。誰が監視をするんだ。
下級から含めて城に在籍する魔法師は約一万。魔法棟に教会関係が三千で魔法師、魔術師となっているのが三千の二割―――約六百。その中の半分が魔術師と取るのだから三百人は監視をするのは紛れもなく魔法具に詳しい魔術師だろう。つまりは、こちらの管轄で任されると言うわけで………やつらの魔力を使って強力な魔封印を作るしかない。そうしなければ人員不足もあり得る。今この城にどれだけの魔術師がいただろうか………派遣をさせなければよかったか。
「教会は精霊の手によって抹消されればいい」
「抹消も同じ意味だろうな。てかそれだと教会連中なら本望だろう」
「本望で消えるなら後腐れはないだろう。恨まれる心配がなくて楽だ」
「レーバレンスが冷酷だ。国で処罰しないと民が納得しないだろうに………」
知らん。それより誰か来たぞ。どたばたと走りやがって。走って終わるなら俺もそうしている。苛立ちかどんどん募るが、見知らぬ人前では弁えはちゃんとある。と言うか余計なことをして面倒事が増えるならなにもしない。
近づいてグレストフの前で息を整え始めたが、整える時間があるならさっさと喋ろと思う。お前はなんのために走ってきたんだと。顔をあげたときにようやく俺がいることを認識したのだろう。驚くそぶりを見せて焦りだした。おい。急いできた意味はあったのか?
「き、緊急です!」
「まあ、お前の焦りで緊急なのだろうとは、思うぞ。名は?」
「し、失礼しましたっ!オヨン魔法師です!グレストフ一進魔法師様に緊急のご報告があり、急いで参上しました!」
「私は今手が放せない状態だと言うのに―――報告せよ」
「はい!朝の12の鐘から少し経ちまして教会の方から火の爆発がありましたっ。規模は教会の施設を半分!これにより多くの死者がでており、数はまだ把握しておりませんっ!火の手は今、水魔法師により沈静化が進められていますっ。教会信者の複数からお話しを伺ったところ、城に在籍している複数の魔法師が目撃されているそうです」
「………………最悪だ。城の魔法師まで関わっているのか?でもどうして教会が爆発―――火の、爆発?―――オヨン魔法師、教会には孤児院のように子どもが引き取られていると聞いている。その子たちを確保しろ。そしてその中からアトラナの無事を確認してくれ。水色の髪に緑の瞳だ。つい先日、教会が引き取っている。それからシェムピスも捕獲しておけ………生きていたらな」
「は、え?なぜ、でしょう?」
「深い問題に首を突っ込みたいか?」
「い、いえ!失礼します!!」
またばたばたと走り去っていく。こうも間を空けて事件が起こると何か関連性があると見ていいだろう。グレストフの思案顔には何か目星は着けているな。アトラナと言う少女が鍵か。こいつの娘が何か言っていた気がする。
少し考えをまとめたと思ったら陛下のところへ、か。俺はお前の運搬係ではないと言っているのだが、こいつは分かっているのか?いや、分かっていてやっているのだろう。俺も用事があるのでちょうどいいが。
陛下がいるであろう手前まで飛んで次にウィルを呼んで来るように扱き使われた。じゃっかん苛立ちが募ったが、エジーラ七進魔法師の時のように真剣な顔だったので従ってやろう。こういう顔をする時は肩書きに負けない、評価に値する人間だ。グレストフはそう言う奴だ。
すぐに行動を起こしてウィルの所に飛ぶ。なにやら書類をまとめていたらしい。俺が後ろから出てきたことにより、酷い驚きようで目を見開いていた。まあ、それはいい。陛下に会いに行くぞ、と言えば事情を説明しろと言う。こいつはグレストフのようにあまりちょっかいを出してこない分、何かと説明してやらねば動かない。まあ、突っかかってくるよりは人として付き合えるので俺は楽だが。
アトラナという子どもの名前を出せば状況が分かったのだろう。資料をいくつかまとめるので少しだけ待ってほしいと頼まれた。こういう律儀な奴はわりとやり易い。本当に少しで終わらすのですぐに飛んで行けば近衛の騎士が準備はできているという。グレストフだな。
中に入れば陛下とグラムディア様に宰相はわかるが………なぜ王妃までいるんだ?
「レーバレンス王宮筆頭魔術師。ただいま参上いたしました」
「ウィル八進魔法師。お待たせして申し訳ありません。ただいま参上いたしました」
「いい座れ」
陛下もだいたいは知っている顔だな。
「グレストフから教会の話を聞いた。生き残りを調べて騒動の顛末を洗っている。まず、帝国のセランダについてンゼットォラが追っているそうだな?」
「まだ掴んでおりません。逃げ出すような怪しい奴や国境を越えようとする者が発見されないことから、まだ近くで潜伏している可能性があるかと」
「ンゼットォラに任せるしかありませんね。普段はふざけていますが、腕は確かですから。それより、先ほど言っていた教会の爆発ですがグレストフ一進魔法師が言うように、アトラナの魔力暴走と考えて間違いありませんか?」
「正確にはまだわかりませんが、教会はアトラナの中に精霊がいるとどうやって知ったのか知りませんが共鳴破棄を無理に実行した恐れがあるかと。もしくはそれに反発をしたアトラナが魔力暴走を起こし、集まった魔素のおかげで広範囲に爆発したと考えられます」
ちょっと、待て。
「そんな大規模になると聞いていない。なにがどうなっているのでしょう」
「共鳴破棄をするために【火】の魔素を集めて精霊の居場所を作るんだ。そうすれば、抜け出せた集めた魔素が糧となり精霊は消えずにこの世界に存在する。見えるかは、知らないが」
「精霊に関することからの暴走―――教会とは一度、話をしてみなくてはなりませんね。若魔法師の講師をも投げて教会に行ったのです。裁かなくてはなりません………」
だからと魔封印の数を提示されても、そいつらが生きているとは限らない。まあ、陛下に言われてしまったからやるしかないが。
ウィルの資料によると―――アトラナを教会に渡したことにより多額な金がセチェフ子爵家に譲渡されたと聞く。娘の中に精霊がいると知っている情報も、誰かに聞いたとしか教えられていないとしか言わなかった。これにも帝国のなにかが関わっている気がするな。
「ひとまず、帝国はンゼットォラを待つしかない。加えて教会はまだ騒いでいるのだろう。調査官が動くとして、まずは情報を集めねば話にならぬ。エジーラ七進魔法師の強化、教会の目的、帝国の捜査、精霊についても少しは知っておいた方がいいな」
「陛下。恐れながら一つ進言させてください」
絶対、あの娘が絡んでくる気がする。もしものために先手を打ってもいいはずだ。
「エジーラ七進魔法師の情報が漏れたのです。できればグレストフ一進魔法師の娘、あの子どもも見張っておいていいと思います」
「どう言うことだ、レーバレンス」
「聞け、グレストフ。―――見張っておいて損はないはずです。エジーラ七進魔法師の情報が出ているなら、魔力の高いあの娘も少しぐらいは知れ渡ると思うのです。魔力も高く、アトラナと少なからず関係がある子どもとなれば教会も話はしたいと思うのです。グレストフの娘とわかればシェムピスは次の標的をグレストフの娘に変わるでしょう。まだ娘なら扱いやすい。接触を企む可能性があるかと………………生きていれば、ですが」
「それなら帝国もです。クロムフィーア若魔法師は魔力が高いに加え魔法剣では騎士が使うような重い武器はいりません。聞かされた話では食堂のナイフで魔法剣の最上級を放ったそうです。拐われたら、間違いなく向こうで兵器として育てられるでしょう」
「私の娘に手は出させない!!陛下っ!!」
「わかった。わかったからお前は少し落ち着け」
「陛下。聞けばクロムフィーアちゃんは色々な事件に巻き込まれているそうね?見ていてあげた方がいいと思いますわ」
「私もそう思います。彼女は守った方がいいでしょう」
「よし、手配しよう」
このために王妃がいたのだろうか。いや、まさかな。
手配に自ら名乗り出たグレストフを黙らせてあの娘は貴族の名目で休学になった。秋だから簡単にできる行動だろう。ただ、屋敷にいさせても以前のように綻びから侵入されないように、エジーラ七進魔法師と事が収まるまで隔離させることに。これはグレストフの妥協だ。
目の届くところにいてほしい願望とすぐに会いに行ける欲望が滲み出ていたが、ここで制御しなくてはグレストフが使い物にならないので陛下が折れた。代わりに馬車馬の如く働く方針だ。会いに行く暇はないだろうな。
そこまで届けるのは形跡を残さないためにも俺が闇渡りで送ることになった。また面倒が増えた瞬間だが、あの娘が厄介な事を引き込んでこないのならこの仕事は楽だと言える………………もう後処理はしたくないな。
それから俺の部下たちに魔封印を作る有無を伝えなくてはならないので早々に退散する。ウィルも資料まとめに返されたので送ってさっさと俺も仕事場に戻った。
ああ、まだ半日もあるのか。回収をいつにするか聞くのを忘れてしまった………




