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遠い記憶の守人  作者: 名波 笙
成長記録
97/99

誕生日会 2






 ジョルジュも先程の静寂に、流石にまずいことを言ったと思ったらしい。視線を泳がせ、落ち着きなく辺りを窺っている。けれど反省はしていないようだ。


「ジョルジュ、お久しぶりですね」

「…なんだよ。僕は、お前なんかが気安く口を利いていい人間じゃないんだぞ」

「誰ですか?貴方に、僕が偽者なんて下賤な噂話を聞かせたのは」

「べ、別に誰だっていいだろ!」


 ジョルジュの暴言を流して、レグルスは努めて冷静に訊ねた。ジョルジュがちらりと隣の母親を見上げたことも見逃さない。

 バジュリール伯爵夫人を見上げ、そっと溜息を吐く。


「ジョルジュは賢くないのですから、真偽の定かではない噂話を聞かせるのは得策ではありませんよ」

「僕はバカじゃない!」

「馬鹿でも分かる失言をした口で、何を言いますか」


 ぐっとジョルジュは言葉に詰まった。

 レグルスの目は冷ややかだ。


「伯母様、何故そんな噂話をジョルジュに聞かせたのです?」

「あっ、貴方如きに…!」

「伯爵夫人、反論は許していません」


 ぴしゃりと言い放てば、彼女は怒りの形相でレグルスを睨み付けてきた。呆れてしまう。

 レグルスは跡継ぎになれない三男とはいえ、公爵令息だ。伯爵夫人に「如き」呼ばわりされる立場ではない。それは彼女がレグルスを本人と認めていないという事に他ならず、噂話に踊らされているという事になる。


「答えてください。何故、従弟にそんな話を?」

「…そういう話があると言っただけよ。ジョルジュちゃんは素直だから、それを真に受けただけ!」

「つまり、ジョルジュは碌な教育も受けておらず、母親の愚かさをそのまま譲り受けたと。話になりませんね」


 伯爵夫人の顔がカッと赤くなる。

 彼女が口を開く前に、レグルスは手を払った。


「どうやら従弟殿は、この場にふさわしい教養を身に着けていないようです。母君と共に出直しておいでなさい」

「バジュリール伯爵夫人、お帰りの馬車の支度が整いました。どうぞ」


 どこからともなく現れた執事が二人を促す。直前にジョルジュも帰りたいと騒いだことだし、これ幸いと用意したらしい。

 苦笑してしまいそうになる顔を引き締め、冷淡な視線を向ける。

 伯爵夫人は憤怒の形相のまま、乱暴に従弟の手を引くと、足取りも荒く大広間を出て行った。




「僕のお誕生日で!僕のお祝いの場所なのに!僕の悪口とか意味が解らないです!!」


 先程までの冷徹な態度はどこへやら。レグルスはぷく~っと頬を膨らませる。

 子供らしく可愛らしい怒り方に、緊迫した空気が和んでいく。くすくすという微かな笑い声が耳に届く。

 怒るレグルスの頭に触れるものがあった。


「よしよし。偉かったな」

「父様!」


 振り返ったレグルスは、自重も躊躇いもせずに父に抱き着いた。

 グランフェルノ公爵は苦笑しつつも、咎めなかった。頭を撫でる。


「あらあら、お父様にだけ?」

「母様にも!ぎゅ~です!」


 父から離れて、今度は母親にしがみ付く。公爵夫人は微笑むと、少し乱れた息子の髪を手で撫でつけた。

 彼らの前で、バジュリール伯爵が頭を下げる。


「水を差して申し訳ない」

「いや…」

「伯父様たちは悪くないでしょう?」


 キョトンとしたレグルスが、父の言葉を遮る。

 父と伯父の視線を受けて、レグルスは母にしがみ付いたまま可愛らしく小首を傾げてみせた。

 大人たちがふっと笑う。


「今日の主役がこう言っている。不問にしよう」

「ありがとうございます」


 安堵の空気が広がっていく。

 レグルスは母のドレスの影でそっと息を吐いた。

 どこからともなく、子供の声が聞こえてくる。


「もう大丈夫?勝負の続き、挑んでもいい?」


 それはレグルスにではなく、自分の親に問いかけるものだった。聞こえてしまっては、いつまでも母に甘えている場合ではない。

 母から離れ、祖父に改めて礼を述べ、老公爵に辞去の言葉を告げて、再び子供たちの輪に戻っていく。

 わっと歓声が上がる。

 それを遠目に眺めながら、大人たちは目を細めた。


「健やかにお過ごしのようで、安心いたしました」

「含みがあるな、義兄上殿?」

「いやぁ、出会い頭に偽物扱いしたとか、それが原因で家出されたとか、その上誘拐されたとか、噂だけは届きましたから」


 グランフェルノ公爵の眉間に深い皺が刻まれる。

 グランフェルノ家の末子に関しては現在、様々な噂が飛び交っている。その中から、バジュリール伯爵は的確に真実だけを選んできた。

 返答がない義弟を見上げ、伯爵は小さく噴き出す。

 義理の兄弟だが、バジュリール伯爵はグランフェルノ公爵より年下である。けれどあの妻の兄である。一筋縄でいかない事は知っている。苦手意識もある。


「婿入りすれば『お隣さん』です。良好な関係を築いておきたいのですよ」

「…なるほど」


 グランフェルノ公爵は顎に手を当てた。けれど厳しい表情は崩れない。


「だが、あの二人はどうするつもりだ?」

「母が生きていてくれたらと思うことが多々あります」

「迂闊に結婚するからだ」

「まあ、跡取りは必要でしたから」

「二人目は必要だったか?」

「女の子が欲しかったんですよ。アルティア嬢のような」


 伯爵が溜息を吐く。

 子供の性別など運でしかない。男児であったからと言って、差別する気は最初はなかった。


「何であんなのになっちゃったかなぁ…」


 ポツリと呟いて、父親の方を見る。さっと顔を背けられた。

 母と祖父に甘やかされたとはいえ、父も兄も、生前の祖母もまともだったのだ。もはや生まれ持った本人の性質だろう。

 伯爵は己の頬を撫でた。


「取り敢えずは領地に閉じ込めようと思います。妻は監視付きで別邸へ。次男は本邸で再教育を」


 公爵は小さく頷いた。離婚を切り出さないのは、今更野放しにも出来ないからだろう。

 公爵家自慢の大庭園に子供たちの声が響き渡る。

 今まで市井に子供たちとしか交流が無かったレグルスだが、上手に付き合えているようだ。

 微笑ましく見つめる公爵に、執事が来客を告げた。招待状を持たない客だという。

 場合によっては国王ですら平然と追い返す執事の行動を、公爵は訝しく感じつつ、来客の名を聞いた。






 的当てを圧勝し、レグルスは広間で休憩していた。そろそろ宴もお開きだろう。

 帰り始める客がいる中、まだレグルスを気にする客もいる。

 ぼんやりと広間を眺めていると、周囲の目も気にせず近付いてくる令嬢が見えた。レグルスも立ち上がる。


「フォーンティアッド子爵令嬢」

「そろそろお暇しようと、ご挨拶に参りましたの」


 ダンスの練習に付き合ってくれる子爵令嬢は、可愛らしくお辞儀をする


「今日はダンスをお披露目する機会が無くて残念でした……」

「シーズンに入ったら、うんざりするほどありますわ。それまで練習にお付き合いしましてよ」

「セレスと踊るのは楽しいです」

「…またそういう事を……」


 セレスティーヌは目を吊り上げる。だが耳が赤く染まっていた。


「そんな浮気性では、ココノエ侯爵令嬢に嫌われましてよ」

「うわき、ですか…?」


 全く理解できていないレグルスが、不思議そうな目でセレスティーヌを見る。

 セレスティーヌが額に軽く手を当てた。


「まだ内々のお話と聞きますけれど、アリステア様かマデリーン様、どちらかとご婚約するのでしょう?」

「多分」

「ご婚約者があちこちで異性と仲良くしていたら、どなたでも気分を害されますわ」

「セレスとは仲良いですか……?」

「ええ分かっておりますとも!強いていうなら、悪友という関係ですものね!」


 最初のやり取りから、今では毒を吐きあう仲である。気を抜けばやり込められるので、ダンス練習中は常に緊張状態だ。

 セレスティーヌが溜息を吐く。


「マデリーンも可哀想に…こんなのが婚約者候補だなんて」

「失礼です……マデリーン嬢とお知合いですか?」

「親友ですわ」

「え、セレスと?」

「どういう意味ですの!?」


 ぎっとセレスティーヌがレグルスを睨む。レグルスは慌てて口を手で押さえて、首を左右に振った。

 セレスティーヌは怒りながらも、五歳のお披露目式からの付き合いだと教えてくれた。


「今日は来ていらっしゃらなかったようですけれど」

「体調不良と聞いています」

「……知っておりますわ」


 セレスティーヌは浮かない表情になる。彼女は視線を上げると、じっとレグルスを見た。


「セレス?」

「レグルス様は、美しいものがお好きですわね」

「…いきなりなんですか?」

「美しい人がお好きでしょう?」

「……見ていて楽しいだけです」


 レグルスは真顔で答えた。


「美術品ならともかく、人を見た目だけで好きになるほど、愚かではないつもりです」

「その言葉、信じましてよ」


 セレスティーヌはそう告げた後、暇の挨拶を述べて帰っていった。

 レグルスが言葉の意味を知るのは、もっと後のことである。






   ◆◇◆◇◆◇






 賑やかだったグランフェルノ家が、ほんの少しだけ静かになる。

 部屋着に着替えたレグルスの膝に、一日使用人に預けっぱなしだった幼竜が乗って動かない。キュルキュルと鳴いている。

 頭の辺りを撫でてやる。


「ラズは良い子にしていましたか?」

「ぴゃっ」


 幼竜は顔を上げ、元気な声を上げる。喉を撫でられれば、気持ちよさそうに目を細める。

 親と離れられない幼竜とはいえ、人前に大っぴらに連れだすことは出来ない。竜の巣材となる植物で作った籠に入れ、部屋に閉じ込めていた。理由をわかっているのかどうかは知らないが、騒ぐことはせず、ずっとふて寝をしていたらしい。

 暫く傍にいられない日があるが、今日の様子なら大丈夫だろう。人間の赤子と同じで幼竜はよく寝る。ふて寝でもしてくれた方がありがたい。

 扉が叩かれ、晩餐の支度が整ったことが告げられる。

 レグルスは幼竜を抱えなおした。椅子から降りる。


「今日の晩餐は無礼講なのですよ」

「きゅい?」


 幼竜に話しかけるが、解っていない様子で首を傾げる。パタパタと羽が揺れている。


「朝は孤児院の、昼は貴族の。夜はお家の皆と、です」


 奥広間の扉が開かれた。中からわっと声が上がる。


「「「お誕生日、おめでとうございまーす!!」」」


 使用人から一斉に祝いの言葉が飛ぶ。昼間の誕生会での疲れは全く見えない。

 レグルスは顔を綻ばせる。


「ありがとうございます。今日はお疲れ様でした。また明日からよろしくお願いしますね」


 元気な返事があった。グランフェルノ公爵の声が響く。


「今日の善き日を迎えることが出来たのも、皆の働きがあってこそだ。主役が未成年だから酒は出せんが、思う存分楽しんでくれ」


 地響きのような歓声が起こった。

 晩餐会とは名ばかりの、使用人も交えた食事会が始まる。中央のテーブルには昼間にも劣らない、豪華な料理が並んでいる。それぞれ好みのものを取り、周りの席に散っていく。

 レグルスも適当な席に着くと、あっという間に使用人たちに囲まれた。お祝いと共に抱きしめられたり、泣かれたり。力いっぱい背中を叩こうとした騎士は体格の良い女中に張り倒されていた。


 家族すら近づけない状態となり、お腹いっぱいになったレグルスが眠い目をこするまでそれは続いた。






 そっと籠に降ろされた幼竜は、既に寝息を立てている。

 寝支度を整えたレグルスも、ベッドに潜り込んだ。


「お休みなさいませ」

「おやういなしゃぃ、まいす…」


 もう半分夢の世界に意識を飛ばしながら、レグルスは何とか挨拶だけ返した。

 部屋の明かりが消える。サイドテーブルに置かれたランプだけが僅かに遅れて、最後の煌きを残した。

 マリスはソファに置き去りにされた、小ぶりな羊のぬいぐるみに気付く。真ん丸ボディに顔と手足がくっついている、酷くデフォルメされた可愛らしいぬいぐるみは、昼間ココノエ侯爵令嬢から贈られたものだ。

 そうそうに寝入ったレグルスの枕元に置く。


「……どうぞ良い夢を」


 無防備に眠っていたように見えたが、やはりまだ眠りが浅かったのだろう。顔に当たった何かを探り、ふわりと微笑んだかと思ったらそれをしっかりと抱き込んだ。

 優秀な側付はそれを見届けて、今度こそ部屋を出た。






誤字脱字報告、お願いします。

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