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遠い記憶の守人  作者: 名波 笙
成長記録
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竜の住まう里~前編






 その日、赤燕騎士団は驚愕に包まれた。

 注目の的は一人の若い騎士。昨日は休みで、一日実家に帰っていたはずだ。

 その彼が驚くべき姿で現れた。誰もが彼…正確には彼の頭の上に乗ったものに目を奪われる。だがあまりに異様な姿に、誰も声をかけられない。

 それを乗せてなお、平素と変わらずいつも通りの行動をする。頭の上のものは物珍しいのか、きょろきょろと辺りを見回し、時折「きゅ~」と可愛らしい鳴き声を上げているのに、全く意に介した様子が見えない。


「デミトリィ」


 意を決したのは、赤燕騎士団の団長である。

 団長に呼ばれた若い騎士は振り返る。


「何でしょうか?」

「お前の頭に何を乗せている?」

ドラゴンです」

「何故だ?」

「預かってしまったからです」

「…誰から?」

「父からです」


 あ、ダメだ。これ、逆らえないやつだ。

 騎士たちは一様に頭を抱えた。

 若い騎士は、デミトリィ卿ハーヴェイ・グランフェルノ。筆頭貴族グランフェルノ公爵の次男である。

 その父に言われてこうなったというなら、たとえ上司の騎士団長でも命令出来ない。

 何とも言えない表情で、団長と平騎士が見つめあう。


「今、ドラグディール王国に問い合わせております。それまでに解決策があれば、そのように」

「…そうか……いや、そうではなく。何故そんな事になったんだ?」


 そもそも竜の子供、それもまだ生まれたばかりだろう赤ん坊が、その辺に落ちているわけがない。

 どこで拾った?と目線で問いかければ、ハーヴェイが大きな溜息を吐いた。


「昨日、弟と遠乗りに出かけまして」

「寂しいヤツだな」

「…失礼します」

「待て待て。俺が悪かった」


 一礼して去ろうとしたハーヴェイを、騎士団長は何とか引き留めた。

 騎士団の官舎にある談話室に場所を移す。

 団長と副団長、直属の上司である小隊長のロランと、野次馬騎士たちに囲まれた。ハーヴェイは頭の上の幼竜を膝に移し、話し始める。




 話の始まりは一昨日。

 業務終了後、翌日非番を利用して夜に実家に帰ったハーヴェイは、日々の勉強に疲れて廃人になっていた弟の息抜きをお抱え魔術師に頼まれた。

 外に出たいと弟が泣くので、ハーヴェイは遠乗りを提案したのだ。弁当を持ってピクニックがてら、オルノーの森の湖まで出かけることを決めた。




「デートスポットじゃねぇか」

「家族連れも多いですよ。それに近くに実家の別荘があるんです。必要とあれば、そちらも使えますし」

「オルノーは高位貴族の別荘地帯だものねぇ…」


 森の中に点在する建物は、全て貴族の別荘だ。

 森自体は国のもので、今では新たに建物を建てることは禁じられている。あそこに別荘を持つのは、貴族たちの一種のステータスになっている。

 素性を知る一部の騎士と、何となく察している年配の騎士は、ハーヴェイの話を当然のものと聞き流した。首を傾げるのはハーヴェイと年の近い若い騎士たちだ。


「デミトリィの実家って、高位貴族なの?」

「詳しく聞くと不幸になりますが、知りたいですか?」

「結構です」


 二年上の先輩騎士は、ハーヴェイの言葉と沈む騎士団長に向けられた上官たちの蔑みの視線に、すぐさま質問を撤回した。

 ハーヴェイは話を続ける。




 翌朝、料理長に作ってもらった昼食の入ったバスケットを持ち、ハーヴェイは弟と相乗りで家を出た。

 オルノーの森までは馬で片道一時間ほど。久しぶりの外出、しかも王都の外まで出た弟は、馬に乗っている間も非常にご機嫌だった。

 森はまだ雪が残っていたが、湖にはもう氷は張っていなかった。周辺を散策して、ボートに乗る。




「家族サービスする休日の父親か」


 再び団長から突っ込みが入る。けれどハーヴェイからの返答は冷ややかだった。


「俺の父親が、それをやっている姿を想像出来ますか?」


 素性を知る上官たちは想像しようとして、やめた。むしろ出来なかった。

 ハーヴェイは時間があればそれくらいやってのける父親だと知っているが、厳格で冷徹な仕事姿のグランフェルノ公爵しか知らない騎士たちには困難だっただろう。

 若い騎士たちはますます首を傾げたが、ハーヴェイが話し出すので何も聞かなかった。





 適当な頃合に昼食にして、休んで、帰路に就くことにした。

 ところが、だ。

 帰り支度を終えたハーヴェイが振り返ると、弟の姿が見えなくなっていた。大声で呼べば、どこか遠くから返事が返ってくる。

 安堵して声の聞こえた方に向かえば、弟は大きな卵を抱えてこちらに戻ってくる途中だった。


「ごめんなさい、兄様。おでこに角の生えたウサギさんを見つけて、つい追いかけてしまったのです」

「…それは魔兎だ。小さくても魔獣だから、気を付けないと襲われる…じゃなくて」


 ハーヴェイは卵を指さす。


「その卵は?」

「ウサギさんの通り道に落ちてました!」


 屈託なく笑う弟に、ハーヴェイは脱力しそうになった。が、そこは何とか堪える。

 弟はそんな兄の心情など理解するはずもなく、ニコニコと抱えた卵に頬を摺り寄せる。


「こんなに大きい玉子は初めて見ました!きっと大きなオムレツが出来るのです!!」


 食べる気満々な言葉に、少し引く。

 が、次の瞬間、更に驚く出来事が起こった。卵にヒビが入ったのである。ヒビは見る間に大きくなる。


「ぴぎゃあ」


 割れた卵の内側から、黒い鱗の幼竜が顔を覗かせた。兄弟の時が止まったのは言うまでもない。

 生まれたばかりの竜は、じっと弟を見つめていた。

 竜と見つめ合う弟は、おもむろに口を開く。


「ヴィー兄様」

「…おう」

「竜のお肉って、美味しいですか…?」

「ぴいぃぃぃ~!!?」


 幼竜の甲高い鳴き声が森に響き渡った。




「本気で食われると思ったのか、弟を気にしつつも自分から離れなくなりまして……」


 騎士団の面々が本気で頭を抱えている。

 竜の生態は、あまりよく知られていない。竜はドラグディール王国以外にはほとんど生息しておらず、何もかも占有している状態だ。

 竜は竜で集まって集落を作り暮らしている事。人型を取れる事。特に力の強い竜は【竜王】【竜将】などと呼ばれる事。

 広く知られているのはそんなところだろうか。どんな生活をしているのか、どんなものを主食とするのかさえ、他国には知らされていないのだ。

 ハーヴェイの膝にちょこんと座る幼竜は「ぴきゅう?」と鳴いて、首を傾げる。


「お前が世話をするのか?」

「そうなります」

「家人に預けるのは…」

「出来る事ならそうしてます」


 幼竜はハーヴェイから離れたがらない。無理に引き剥がそうとすると、甲高い声で「ぴゃあっぴゃあっ」と泣き続ける。仕方なく、ハーヴェイは幼竜を連れて騎士団に戻ることになった。

 団長が盛大な溜息を吐く。


「…仕方ない、か。下手すれば国際問題だ」


 竜の卵がここまで勝手に転がってきたわけではない。何者かが竜の集落から盗み出し、持ち込んだと考えるのが妥当だ。何故オルノーの森に放置したのかまでは解らないが。

 竜は昔から素材として重宝され、卵は薬の材料として取引される。ドラグディールの軍が厳しく取り締まっているが、今でも竜狩りや卵の盗難が絶えないと聞く。

 ふと、副団長が思い出した。


「そう言えば、何年か前に狂竜が飛来したことがありましたな?」

「ああ…番を殺されたとか。民に被害が出る前に国防権限で倒された」


 原因はドラグディールで雌の竜を殺し、素材を取って、リスヴィアに逃げ込んできた盗賊まがいの商人の一団だった。

 ハーヴェイは己の膝の上に視線を落とす。幼竜は己の手を咥え、小さな羽をパタパタと動かしている。


(あの竜も黒竜だったな)


 スッと竜の顔を撫でれば、幼竜は顔を上げた。真ん丸な目でこちらを見て、手に顔を摺り寄せる。


「腹が減ったのか?干し肉食うか?」


 ポケットに入れておいた乾燥肉を出すと、幼竜は「ぴゃっ」と一声鳴いて、口を開けた。肉を放り込まれると、嬉しそうに口をもぐもぐさせる。


「…可愛いな」


 誰かがポツリと呟いた。だがハーヴェイは溜息を吐く。


「俺の手からしか食べないのも、大問題です」

「普通は親からしか貰わないのかもな」

「そもそも、何をもって親と認識したのでしょうか?」


 ハーヴェイの表情は険しい。

 騎士たちは顔を見合わせる。


「そりゃあ、最初に見たもの、じゃないのか?」

「最初に見たというなら弟です。俺じゃない」

「だってお前の弟、食おうとしたんだろ?」


 生まれた瞬間に食べられそうになったら、それから逃げようとするだろう。

 騎士団内に沈黙が降りた。






   ◆◇◆◇◆◇







 赤燕騎士団の前に大きな馬車が止まる。

 騎士たちは馬車に付けられた紋章に、身を固くした。

 馭者とは別にお仕着せ姿の従者が、踏み台を用意した後扉を開く。

 ひょこりと姿を現したのは、白いフード付きのローブを纏った少年だった。彼はリズミカルに降りると、馬車の上の方に手を伸ばす。


「エインセラーズ様」

「おお!着いたか」


 馬車の上から、ひょこりと顔を覗かせたそれは、翼を広げて滑空してきた。少年の肩に止まる。少年が竜の喉を撫でると、竜は気持ちよさそうに目を細める。


「竜騎士…!?」

「だ、誰か!団長とデミトリィ呼んでこい!!」


 騒がしくなった騎士団を見、少年は掛けようとした言葉を飲み込んだ。斜め後ろに立つ従者を振り返る。


「マリス~……」

「待ちましょう」


 困った様子の小さな主人に、従者はさらりと答えた。

 仕方なく建物の前で待っていると、慌ただしい足音が聞こえた。やがて現れたのは少年の兄である。

 兄は、あの日騎士団に戻っていったとき同様、頭の上に幼竜を乗せていた。少年は己の首をさする。


「…僕、やっぱり首を鍛えた方が……」

「レグルス!お前竜王国に士官したってどういうことだ!?」

「何がどうしてそうなりましたか!?」


 兄を呼びに行った騎士は、かつてない伝令ミスをしていた。






「きゅるるるるるるる……」


 騎士団でも聞いたことのない鳴き声を上げる幼竜は、レグルスの膝に乗っている。顔をレグルスの胸の辺りに擦り付けていた。

 そんな幼竜を撫でるレグルスの手は優しいが、兄を見るフードの奥の目は氷よりも冷ややかだ。母親譲りの優しい顔立ちだが、薄い水色の瞳は、表情を消すと酷く酷薄に冷徹に見える。

 視線を受け、ハーヴェイは体を小さくしている。




 グランフェルノ邸に、ドラグディール王国の親書を携えた竜が飛来したのは今朝の事だ。まだ公爵が出仕前で助かったと言っていい。

 竜は目立たぬよう小さく姿を縮め、紐で括った親書を公爵に渡した。そして幼竜がちょっとしたアクシデントでここにいない事を知らされると、すぐにレグルスに迎えに行くように言った。


「幼竜は主に母親が育てるのだ。生まれて三カ月は親から離れぬ。生まれたばかりの子供だ。最初の問題など一日経てば忘れてしまう」


 あれから一週間だ。すっかり忘れて、どうして自分の傍に母親がいないのか、疑問に思っているはずだと言われては、急いで迎えに行かざるを得なかった。

 送っていくという父親を制して馬車と護衛を用意してもらい、狭い箱の中は嫌だという使者の竜を屋根の上に乗せて、赤燕騎士団の官舎へと向かった。




 先触れを出さなかったレグルスも悪かったのかもしれない。しかしそれ以上の問題もある。




 兄に預けた幼竜は使者の言う通り、最初の失言も忘れレグルスに飛びついてきた。甘える時に出すという鳴き声を上げ続けている。

 溜息を一つ零す。ビクリと兄の肩が跳ねた。

 幼竜を受け取り、レグルスは兄と騎士団に感謝の意を告げると、すぐさま馬車に引き返そうとした。それを止めたのは騎士の兄だ。

 団長に弟を送る許可を受け、共に乗り込んできた。騎士ならば馬で護衛をするのが通常だろうに。けれど今回に限っては、時間がない。

 レグルスは口を開く。


「兄様は迂闊です」

「面目ない」

「どうして僕が一番言ってほしくない事を言うのですか」

「すまん」

「兄様が身分を隠してるって事を知らずに、いつもの馬車で来てしまった僕も悪かったですけれど……」

「それは俺の都合だ。お前が気にする必要はない」


 グランフェルノ家の家紋入りの馬車から降りてきた少年が、新米騎士を兄と呼ぶ。意味するところを理解できなければ、赤燕騎士団の一員としてはやっていけない。

 幼竜が顔を上げ、「ぴ?」と小首を傾げる。レグルスはふわりと微笑み、頭を撫でる。すると幼竜は安心したように、再び頭を擦り付けてきた。

 そしてレグルスは再び兄に鋭い目を向ける。

 堪えきれず、特使の竜が笑い声をあげた。狭い箱は嫌だが、初めて会う甥っ子と共にいたいという気持ちの方が強く、今はレグルスの隣に座っている。


「中々に末君は厳しいな」

「…笑い事じゃありません。よりにもよって竜騎士になっただなんて…あんまりです」

「おや?末君は竜がお嫌いか?」


 レグルスは慌てて首を左右に振る。


「そんなことありません!竜も竜騎士様も、とても格好いいものです」

「ならばそんなに兄君を苛めてやるな」


 竜は宥めるように、翼でレグルスの腕を撫でた。


「そなたらに我ら竜と絆を結ぶ資格があるのは事実。それを否定されるな」


 ぱふぱふと、翼が腕を叩く。

 背中の翼は彼らにとってもう一つの腕なのだろうか?

 そんな疑問もわきつつ、レグルスは小さく頷いた。幼竜を抱えなおす。


「ヴィー兄様」

「はい」

「こちらはエインセラーズ様。この子、ラザローディアスの伯父に当たる方です」


 エインセラーズは前足を組み、ゆったりと座ったまま口角を上げた。

 ハーヴェイも座ったままだが、きちんと姿勢を正して頭を下げた。


「ハーヴェイ・グランフェルノです。先ほどは失礼しました」

「うむ。ラザローディアスを預かって頂き、感謝する」


 ハーヴェイの簡潔な自己紹介を、エインセラーズは気に入ったようだ。ゆっくりと頷く。

 そしてレグルスを見上げた。


「それに、兄君も共に来ていただいたのは僥倖かもしれぬ」


 レグルスの眉間に皺が寄った。不機嫌を隠すこともなく、無言で幼竜を抱きしめる。幼竜は母代わりの人間の機嫌など理解できるはずもなく、抱きしめられたことで嬉しそうにぴいぴいと鳴く。

 ぽふぽふと再び翼がレグルスの腕を撫でる。

 ハーヴェイは訳も分からず弟を見ていたが、視線が合わないのでエインセラーズに目を戻す。

 エインセラーズはにんまりと笑う。


「さて…兄君は我ら竜と竜を従える騎士、それらを結ぶもの話をどこまでご存知か?」







誤字脱字の指摘、お願いします。


遅くなり申し訳ありません。

投稿のない間も拍手やコメントくださった方々、本当にありがとうございました!

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