厄災の霧と邪視の瞳 4
父の執務室に入るのは、本当に幼い頃からの記憶を探しても、数えるほどしかない。仕事中でもそれ以外でも、ここにいる時はよほどの用事がない限り、立ち入ってはいけないと母から教えられているからだ。
戻ってきてからも、入ったのは一度きりだ。
扉を叩くのは長兄。中から開けたのは執事。本来、まず最初に部屋に入るのは上の兄から順番であるのに、彼らはレグルスに先を譲る。
不安に兄を見上げれば、彼らは優しく微笑んでレグルスの背を押す。レグルスは背筋を伸ばし、中に足を踏み入れた。
「父様。お呼びと伺い参りました」
「…ああ……」
一生懸命形式ばるレグルスに、公爵はふっと表情を緩めた。子供たちに座るように促す。
中にいるのは公爵と子供たちの他、執事だけだ。いつもなら、仕事の補佐をする使用人が何人かいるのに。
レグルスは父の向かいに座ると、揃えた膝の上に両手を乗せる。隣りに長兄が座り、後ろに次兄が控える。
「何から話そうか…」
父公爵から吐息のような掠れた声が漏れる。
レグルスは父親の言葉を待つ。
けれど先に口を開いたのはシェリオンだった。
「レグルス。今朝のことなんだけど…」
「ひゃいっ!」
思わず声が裏返った。恥ずかしさに顔が真っ赤になる。両手で顔を覆うと、父や兄たちに笑う声が聞こえた。
後ろのハーヴェイがぐりぐりと頭を撫でてくる。
「黒いって言ってたね?俺には何も見えなかったんだけど。どんなふうに黒かったの?」
「んと…真っ黒な煙みたいなものが皆に張り付いていたのです」
「煙なら、手で払えない?」
レグルスは首を左右に振る。煙みたいなものであって、それは煙ではない。
「触れなかったのです。煙なら空気の流れでも動くけど、その黒いものはすり抜けてしまう感じで……影…ううん、暗闇の中に手を入れてるような感じでした」
闇はどれだけかき混ぜても、闇でしかない。中を見通そうと思ったら灯りがいる。
光の魔法で触れれば、闇は一瞬で消えた。
「それは瘴気…邪気と呼ばれるものだ」
父公爵が重い口を開いた。眉間には深い皺が刻まれ、険しい表情をしている。
レグルスは目を瞬かせた。
「じゃきとは何ですか?」
「人の負の念。強い恨み辛みの塊と言われている」
「……幽霊?」
「とは違うな」
父は顎を撫でる。幼い子供にどう説明しようか、言葉を探す。
「邪気そのものには意思も何もない。ただそこにあるだけだが、人の悪意などに引き寄せられるという。薄ければ、日の光で霧散するようなものだ」
「…でも、お家の中いっぱいでした……」
「濃い邪気を放つものが、邸の中にあったせいだろう。季節が冬で、太陽の出ない日が多いという理由もあるだろうが」
完全に覆われていたのは奥庭とレグルスの部屋だけだ。他の部屋はある程度払われていたのだろう。
邪気は何もない場所より、人に付きやすい。特に悪心を持つものや、後ろ暗い過去を持つ者などに。
レグルスはきょとんとしている。
「でも、どうして突然、僕だけ見えるようになったのでしょうか?」
父がびくりと肩を震わせた。幾分顔色が悪いように見える。
それが肝心な話なのだろう。
レグルスはへにゃっと眉を下げた。
「僕、病気か何かですか?」
「そうではない……」
公爵は唸るように言った。そして再び黙ってしまう。
レグルスは目元に手を当てた。父譲りの水色の目。家族と何も変わらないと思っていた。
何が違うのだろう?
目じりの辺りをグリグリと押してみる。見えるものに今は変わりない。ただやはり、薄い影のようなものが時々通り過ぎる。
目の端を左右に引っ張ってみる。
「…っ、何をしているの……」
シェリオンが噴き出した。
変顔を晒していたらしい。慌てて手を離して膝に戻す。父に視線を戻せば、ずっと見ていたのか僅かな笑みを浮かべていた。
ふっと父公爵が息を吐きだした。
「お前の目は私の母…先代グランフェルノ公爵夫人から受け継いだものだ」
「お祖母様?」
公爵の母親と言えば、先王の妹姫、降下した王女である。公爵が若い頃に流行した疫病で、夫である先代公爵と共に亡くなっている。
小さなレグルスはこれまで、ほとんど祖父母の話を聞いたこともなかった。
「王族には時々、邪気を見ることが出来る子供が生まれる。それはリスヴィア王家始祖に由来する」
リスヴィア王国の建国王の妻は魔族だ。魔族は邪気を感知することが出来るという。そして個体によっては視覚で捕らえることが出来るらしい。
建国王の妻、初代王妃も見ることが出来た魔族だった。そしてその能力は、人の血が濃くなった今でも時折現れる。
王女リンジェリンも、邪気を見る瞳を持って生まれた。
「けれどその力は隠蔽されることが多い。何故かわかるか?」
レグルスは首を横に振る。
公爵は他の子供たちに目を向ける。ハーヴェイは肩を竦めたが、シェリオンは暫し考え込んだ後に口を開いた。
「その力が、悪い事…厄災を呼ぶと考えられたから、でしょうか?」
公爵は重々しく頷いた。
レグルスは目を見開く。目元に手を置く。
「僕の目は、良くないものなのですか?」
「違う!」
公爵が声を荒らげた。
息子たちは驚いて父を凝視する。
はっと我に返り、公爵は拳を握った。己を落ち着けさせるように、深い溜息を吐く。
「邪気が見えることは何も悪い事ではない。魔族はその目で災いを回避するという」
「…邪気は、災いが起こる場所に集まりやすいから?」
「そうだ。それ故に見ることが出来た王子や王女は、【厄災の子供】と、時代によっては処刑された」
見えたからこそ、王族の責任を持ち、災いを回避しようと助言する。けれど見えぬ者たちからすれば、それは悪しき予言だ。
彼らが災いを呼んだと、謂れもない罪を押し付けられた。そうして命を奪われた王子・王女が歴史上にどれだけいたか。
第二の王家と呼ばれるグランフェルノ家も例外ではない。
「先代は王女殿下が【厄災の子供】だったのをご存じだったのでしょうか?」
「勿論だ。それがただの迷信であるという事も知って、妻にと望んだ。大恋愛だったと、よく惚気ていたよ」
ふっと父親の顔が和らぐ。しかし一瞬のことだ。すぐに目が伏せられた。
「けれど母は『自分が災いを呼んだ、夫と兄を殺した』と…最期は絶望と共に亡くなった」
父公爵が組んだ両手の中に表情を隠す。
兄たちは視線を逸らせたが、レグルスだけがそんな父を見つめていた。
父から目を逸らしたまま、シェリオンは質問を続ける。
「お祖母様は、疫病が広まったのはご自分のせいと思われたのですか?」
「そう言っていた。開発された特効薬も飲んでくれなかった」
母は助かるはずだったのに。
小さな呟きは、更なる静寂を呼んだ。
重い空気の中、レグルスはただ父親を見つめていた。ふっと、視界の端を黒いものが掠める。それはスーッと引き込まれるように、父の腕に取り付いた。
レグルスは椅子から降りる。
相変わらず光の球は手から浮き上がらない。だから手を包むように発動させる。
その手で父の腕に着いた黒いものを払った。
父公爵が顔を上げる。けれど顔は見ない。光の消えた己の手を見つめる。
「…お祖母様は、どうして疫病はご自分のせいだと思われたのですか?」
話を聞いている限り、祖母も自分が災いを呼んだと最初は思っていなかったはずだ。正しい知識を教えられ、正しく己の力を理解して、理解してくれている人たちに囲まれていたはずだ。
何か、きっかけがあったはずだ。
レグルスが父の腕に置いたままの自分の手を見つめて動かないでいると、その腕が動いた。レグルスの手を取り、引き寄せる。レグルスは父に抱きしめられた。
「父が臥せった後、母が自分が病にかかる前、とある人物に会いに行っていた」
「どなたですか?」
「母の従兄だ。帰ってきた直後倒れた」
「お祖母様の従兄?」
レグルスが訊ねると、抱きしめる腕に更に力が込められた。痛い抱擁に、レグルスは顔を顰めつつ、文句は言わない。
「父様。それはどなたですか?今もご存命なのですか?」
「…生きている」
くぐもった声が答えた。けれど決して名を言おうとしない。
レグルスは父を抱きしめ返した。
「父様。父様にとって、僕は厄災ですか?」
「馬鹿な!そんなことあるわけがない!!」
「ならいいです」
ふにゃりと笑い、レグルスは父の肩に頬を摺り寄せた。ぎゅっと父の服を掴む。
「お祖母様はバカなのです」
「おい」
「違うってちゃんと教えられたのに。父様を一人残して死ぬなんて、母親としても公爵夫人としても、王女としても失格です」
レグルスは顔を上げた。まっすぐに父親を見る。そしてへらりと笑った。
「僕は僕を信じません。今も、自分が一番信じられません」
その場にいた全員が目を見開いた。
レグルスは構わず、更に続ける。
「でも、父様のことも、母様のことも、兄様たちも姉様も。使用人たちも皆を信じるのです。だから皆が言うことが一番正しいのです」
「レグルス?」
「父様が『違う』と言ったら、違うのです。父様がそうだって言ったから僕は『レグルス』だし、父様が違うって言ったから僕は【厄災の子供】じゃないのです」
父公爵は顔を歪めた。ぽんぽんとレグルスの頭を撫で、もう一度抱きしめる。
レグルスは嬉しそうに父の肩にすり寄る。
まるで自分で考えることを放棄したような考えだが、レグルスなりに一生懸命考えた結果だ。
父はきっと祖母に、懸命に訴えたはずだ。母は【厄災の子供】なんかじゃないと。疫病は単なる不幸な偶然の結果だと。けれど母は信じなかった。もしかしたら愛する夫を失った哀しみもあって、生きる気力が失われていたのかもしれない。けれど、実際に命を手放すのは話が違う。
父を信じず、己の不幸に酔って、役目を放棄した祖母のようにはならない。たとえ誰に何を言われようと、父が言う事を信じよう。どこかの誰かではなく、家族の言う事を。
レグルスは決めた。
「…母の従兄は」
父が口を開いた。
レグルスは身を離し、父の顔を見る。先ほどまでの情けない顔をはない。ちゃんと公爵の顔だった。
「王太子だった父を持つ。王国守護隊によって、継承権を奪われた王子の息子だ」
「王族ですか」
父は頷く。レグルスの頬を撫でた。
「元王太子は未来の玉座は奪われたが、王族としての席までは取られなかった」
王族が王族のままいられる立場。それは一つしかない。
「大公ですか?」
「そうだ。今の当主はアラン・エイム・クラルバーニュ。年を食って、もう大した力は持たない」
レグルスは首を傾げる。それならば大した脅威にならないはずだ。
大公を名乗れるのは二代だけだ。賜った本人と、子供まで。その先は実力で爵位を賜るか、平民になるかだ。
けれどグランフェルノ家の警戒は続いている。
「クラルバーニュ大公には、息子が一人いる」
「父様のはとこですね」
「考えたくもないがな。さらに孫も一人いる」
「ええと…遠縁ですね」
何と呼んでいいかわからず、レグルスは知っている言葉を出すしかなかった。
けれど父は笑わなかった。血縁と思いたくないのだろう。
「息子の名はクロード。孫はアラスター。息子の方がどうにも嫌な気配がする」
「嫌な気配?」
「もしかしたら、お前が見れば何か判るかもしれない」
「…生きている人間が、邪気を操れるのですか?」
父公爵は首を横に振る。
「人間なら無理だ。けれど邪霊に乗っ取られた人間ならばできる」
「じゃれい?」
「邪霊は悪意の塊。意思を持ち、人に憑りつき、人を壊し、人を乗っ取る。憑りつかれたら最後、逃れる術はない」
悪霊のようなものだろうか。レグルスは表情を曇らせる。
そんなレグルスの頭を撫でる公爵も、顔は険しい。
後ろで聞いている兄たちも若干顔色が悪い。
「先代王妃陛下も邪霊に憑りつかれ、精神を病み、最期は自ら死を選ばれた。それもまだ幼かった王太子殿下…今の国王陛下の前で」
流石にレグルスの顔が強張る。
先代王妃は表向き病死とされている。事実は緘口令と共に闇に葬られた。言えるはずもない。
顔面蒼白な末息子に、父親は顔を歪ませた。ぐっと奥歯を噛みしめる。
「お前が行方不明になった時、真っ先に疑ったのは、クラルバーニュ大公家の介入だ」
「……」
「王国守護隊長だったベイルが同時期に亡くなっただろう?王国守護隊に恨みを抱いている家だ。当然探ったが、証拠は何一つ出なかった。それどころか、裏方が何名かやられた」
「そんな……」
「邪霊に憑りつかれていたのかもしれない。あの箱も、その中の誰かが埋めたのだろう」
レグルスの目にぶわっと涙が溜まる。零れる前に袖で拭った。
裏方は幼かったレグルスの良き遊び相手だった。遠い国の話を聞かせてくれる、語り部だった。全員を覚えているわけではないが、喪って何も感じないわけでもない。
こんな裏切りをさせて、死なせていいわけでもない。
「父上」
二人が無言になると、シェリオンが呼びかけた。やはり表情は硬い。
公爵は末息子を膝に乗せた。
「何だ?」
「邪気はともかく…邪霊は、物語の中だけのものではないのですか?」
「私もそう思っていた。先代王妃がそうなる前までは、な」
何しろ目で確認できるものではない。存在は知っていても、皆お伽話の中だけのものと思っている。
実在すると知っているのは、関わった事がある者と、ヴァラガル大神殿の中枢のみ。
「三神教の神子だけが、邪霊を消滅させる力を持つ」
「神子様?」
膝の上のレグルスが顔を上げる。
「三神教は、この世界に未だ現存する神を降ろす、神子がいるんだ」
「三神教の神子様なら、僕も知ってます。司祭様が教えてくださいました」
「…何を教わった?」
レグルスの頭を撫でながら、公爵が訊ねる。
レグルスは顎に手を当てる。
「えーっと…三神教で一番偉いのが神子様です。あ、でも実質的な権力はないって仰ってました。それで…神子様が神様を降ろされて、司教様たちとお話しするのです。神子様を選ぶのは神様で、次代の神子様に選ばれても拒否権はあるけれど、大抵は断れないって聞きました」
「ちゃんと教えてもらっているな」
公爵の目が細められる。
頭を撫でられ褒められてご満悦だったレグルスはハッとする。
「神様しか消せないという事ですか?」
公爵が頷いた。
アレは人の手に余る存在。人の力の及ばぬ領域のものなのだ。
レグルスは口を尖らせる。自分が持った目が、そんなものに対抗できる力とは思えない。
撫でる手を止めた公爵は、息子の尖らせた口を摘まんだ。レグルスは目を見開く。
「ふーむむ」
「戦えとは言わない。けれど覚悟をしておけ」
口を摘まんだ手を放し、公爵は子供たちを見回す。上から順番に見、最後に末に視線を戻す。
「大公家は、必ずお前に接触してくる。レグルス、お前が王国守護隊長の座を諦めない限り。そして私が、お前をココノエ家に婿入りさせる考えを改めない限り」
「ココノエ家?」
「ココノエは初代当主から、代々守護隊と深い関りを持つ。守護隊入りするしないは別として、守護隊の情報網は把握している」
クラルバーニュの王太子を廃した守護隊長はココノエ家ではないが、当然手を貸している。
先代大公は当時のココノエ侯爵をかなり恨んでいた。息子が恨みを引き継いでいてもおかしくない。
「グランフェルノ家から、王国守護隊士を輩出することは出来ない」
「えっ!?」
レグルスが驚きの声を上げる。慌てた様子で父を見上げれば、父が苦笑している。
「当然だろう?グランフェルノは王家を守るものだ。国家の為に王を害そうとする存在を、何故許せる?」
「でも、でもっ!だって、僕は……!」
「お前は王国守護隊長になりたいのだろう?」
父の言葉にレグルスは何度も頷く。大きな手がレグルスの髪を梳くように撫でる。
「だからお前には、ココノエ侯爵令嬢との縁談がある。未だ曖昧な話だがな」
「僕がココノエ侯爵になれば、王国守護隊長さんになっても良いのですか?」
「本当は良くない」
良くないが、ココノエ家はそういう家である。婿入りした先で、レグルスがグランフェルノ家と決別しても、口を出すことは家族にもできない。むろん敵になれば、容赦なく叩き潰す用意はするが。
父の言葉に、レグルスは目を潤ませる。
父公爵は笑い、レグルスを腕の中に囲った。
「何だ、父を敵に回すつもりか?」
「しません~!!」
「ならいいだろう。仮定の話だ」
ぎゅうぎゅうとしがみ付くレグルスを宥めつつ、公爵は上の子供たちを見る。
「これまで同様、クラルバーニュには出来るだけ関わるな。レグルスの目に気付かれれば、あの家は必ずグランフェルノを揺さぶりにかかる」
「…何で今更?」
ハーヴェイが呟いた。首を傾げている。
「ヴィー?」
「あっ、ごめん…」
「心配事なら今のうちに言っておけ。早々口に出していい事じゃない」
ハーヴェイは頭を掻く。気まずそうに目線を下げた。
「いや…そういう能力って、生まれつきのものじゃないの?今まで無かったのに、何で今頃発現したんだろって……」
そこまで言って、慌てて両手を振る。
「や!レグルスを疑う訳じゃないけど!!」
「解っている」
公爵は慌てる次男を座るように促した。ハーヴェイは僅かに顔を紅潮させながら、椅子に座る。
公爵がレグルスを見る。
「この子には、守護天使が付いている」
ぎくりとレグルスは身を強張らせる。
ふっと公爵が笑う。
兄たちは首を傾げる。
「守護天使?ココノエ家の?」
「違う。敢えて言うなら、だ」
彼の守護天使も、ある伝説になぞらえて付けられた二つ名だ。
神の御使いである天使が、英雄となる人物を守り、導く。そんな伝説が先にあって、【リスヴィアの守護天使】は生まれた。
「レグルスにはレグルスの守護天使が付いている。今まではそれが守ってきてくれたのだろう。行方不明の間も」
レグルスはきょとんとして父を見上げている。優しく慈しむ目がこちらを見ていた。けれどそれが自分を通して別のものを見ている。
レグルスにも、比喩的表現だと判っている。父が『何を』守護天使と言っているのか、判らない。彼のことは知らないはずだ。
ハーヴェイが顔を顰める。
「レグルスを英雄にする気?」
「さあな。レグルスがなりたいと願えばなれるんじゃないか?」
レグルスは首を左右に振る。
そんなものになる気はない。彼とて、なりたくてなったわけではない。守護天使と呼ばれることに一番拒否反応を示したのは、彼自身だ。
くっくっと笑う父に、レグルスは眉を寄せる。
父公爵は不満げな息子を抱きしめ、頭に頬ずりした。
「話はここまでだ。レグルス。くれぐれも、外では見えるものに気を付けるように。シェリオン、王太子殿下の周りに異変が起こった時は、レグルスを使うといい。騎士団も安全ではない。わかっているな、ハーヴェイ?」
子供たちは頷き、席を立った。レグルスも膝から降ろされる。終わって気が抜けたのか、欠伸が漏れる。
どれだけ話していたのか、いつもならレグルスは眠っている時間になっている。
レグルスは兄たちに手を引かれて、執務室を出た。
「朝からお疲れ様だったね」
シェリオンが声をかければ、レグルスは頷く。そしてもう一度欠伸をする。目がとろんとしてきていた。
ハーヴェイが苦笑いと共に、弟を抱き上げる。
「昨日やっと帰ってきて、今日も一日大騒ぎだったもんなぁ」
「うちの末っ子は本当に、色々引き起こすね」
「う~…ぼくのせーじゃ、ないのでしゅ……」
眠いせいか舌足らずになっている。
兄たちに部屋まで送り届けられ、側付たちに引き渡された。眠い目をこすりつつ、クーに寝間着に着替えさせてもらい、フェリトにベッドに引き上げてもらう。
レグルスはそのまま意識を飛ばし、気付けばすでに翌日の朝だった……
誤字脱字の指摘、お願いします。
説明ばっかりで申し訳ない。