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遠い記憶の守人  作者: 名波 笙
成長記録
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魔術協会~街歩き 2







 暫く進んで、ルオーが「あっ」と声を上げた。足を止め、空いた片手を見ている。


「どうしたのですか?」

「お土産、銅像のところに置いてきちゃった!」


 銅像のところでしゃがんだ際に、無意識に手提げ袋を脇に置いた。そしてその後の騒ぎで、そのまま忘れてしまったのだ。

 ルオーは公爵を見上げた。


「取りに行ってきます!」

「ただ待つのも面倒だ。皆で行こう」


 怒っていないことを示し、来た道を引き返す。

 広場近くまで戻ってくると、行く先が騒がしくなっていることに気付いた。慌ただしく逃げてくる人達とすれ違う。

 公爵の顔が険しくなった。流れに逆らう人を避け、広場に入った。

 そこで目にしたものを公爵が認識する前に、手元から息子の姿が消えた。


(対魔結界発動。短距離転移発動)


 反射で、レグルスは彼の声に従った。光の翼を身に纏い、広場に現れた炎の塊の前に飛び出す。


「うひゃあ!?」

(逃げない!)


 突然の恐怖に悲鳴が上がるが、内側からの威圧に足を踏ん張る。

 魔具から発動した結界が、炎を阻んだ。魔法に対する結界は炎を打ち消し、共に掻き消える。

 レグルスはほっと息を吐く。

 後ろに目を向ければ、先程の親子が先ほどと同じような体勢でいた。母親は子供を抱えて震え、小熊は相変わらずきょとんとしていた。だが小熊はレグルスを見て、にぱっと笑う。

 怪我はないようなので、前に視線を戻す。その先には一人の少女がいた。年は姉のアルティアと同じくらいだろうか。

 彼女は突然消えた魔法に戸惑いながら、レグルスの姿を見てポカンとなった。


「まあ。何故戻って来たの?」


 少女が言った。レグルスが解る言葉で。何事もなかったような口調で。

 レグルスは顔を顰める。

 あの火の魔法が当たっていたら、この親子は無事では済まなかった。消し炭どころか、跡形もなく消え去っていたかもしれない。周りに出店している店も、そこにいる人たちも怪我をしていたかもしれない。それほど威力の高い魔法だった。

 けれど少女に悪びれた様子はない。まるで仲の良い弟に向けるような表情で、レグルスを見つめている。

 それがレグルスを苛立たせる。自分の姉は、こんな無慈悲な事をしない。


「なぜこんな事を?」

「人に迷惑をかけたのよ?罰するのは当然じゃない」


 少女は何が悪いのか理解できず、不思議そうに首を傾げた。

 レグルスはふっと息を吐く。幼い心を押し込め、父や兄の後姿を思い浮かべる。


「僕が迷惑をかけたのです」

「あら?違うわよ。ワタクシ、見てたもの。貴方がぶつかったんじゃなくて、その獣人がぶつかっていったのよ」

「…僕が非を認めて謝罪をしました。貴女には関係ありません」

「関係あるわ。この国はワタクシの国だもの」


 レグルスが僅かに目を瞠る。

 けれどレイシアは自由都市だ。マイオールの王族といえど、手出しは禁物。魔術協会が黙っていない。

 首を左右に振り、レグルスは彼女の行為を否定する。


「僕が望んでいません」

「いやぁね。国の恥さらしを野放しになんて出来ないわ」


 彼女がくすくすと笑った。自分の行いが正しいを信じて疑っていない。彼女はレグルスに向かい、笑みを深めた。


「さあ、そこをどいて?悪い子にはお仕置きしないと」


 お仕置きのレベルはとうに超えている。あんな魔法をぶつけられるほど、母子は悪い事をしていない。

 淡い色の瞳が、氷のような冷やかさを含む。


「お断りします」


 少女が目を瞬かせた。そして可愛らしく小首を傾げる。

 内側から溜息を吐く音が聞こえた。彼の予言が当たってしまって、非常に残念な気持ちが沸き上がる。

 相手が何者なのかはっきりしないが、王族なのだろう。現王は父公爵と同じくらいの年齢と聞いた。ならば王女という可能性が高い。

 魔具を使って反撃するのは危険だ。怪我をさせて、妙な言いがかりをつけられても困る。


(……では、体を傷つけず、尊厳だけ重傷を負ってもらいましょう)

「それがこの国の秩序だとしても、僕にはそれが認められません」

「…愚かね」


 少女から笑みが消える。そして蔑むようにレグルスを見下ろしてくる。

 どんなに綺麗な女性も、心が歪むと表情も醜くなる。レグルスはそっと自分の胸に手を当てた。

 彼は女性を傷つけることも、女性が傷つくことも嫌う。

 だから任せておけば、大丈夫。

 レグルスはそっと頷き、翼を舞わせた。くるくると光の粒が回転し始める。

 少女に歪んだ笑みが戻る。そして耳障りな音。


「やぁね。魔具で本物と渡り合おうなんて…」


 レグルスの耳元をパチッという音と共に、微かな熱を持った。思わず顔を顰め、耳に手を当てる。ピリピリとした痛みが走る。

 目が眇められる。

 少女は自分の力に自信があるのだろう。高い魔力を持つが故、何か勘違いしているのかもしれない。魔力だけで、魔法を使いこなすことは出来ない。

 それは魔具も同様だ。いかに高性能な魔具を持っていても、使いこなせなければ厄介な道具でしかない。【守護天使の翼】は、世間一般からすれば恐らく、世界で最も使い勝手の悪い魔具だ。

 レグルスも本格的に使いこなすのは、彼の補助なしでは難しい。


(対魔結界に広域補助乗算発動。上空に上位火魔法発動待機)

「えっ?」


 レグルスは思わず声を出してしまった。だが相手には届かなかったようで、さらっと表情を戻す。

 彼の指示に従って魔具を発動させるが、火魔法を発動させた瞬間、自身の顔も強張るのを感じた。

 少女が眉をひそめる。


「ふうん。本気なのね」

「遊びで発動させる魔具ではありません」


 少女の呟きにレグルスが答える。内側からの指示に応えて、更に魔具を展開させる。

 少女が先手必勝とばかりに雷撃を放つ。けれどそれはレグルスに届く前に霧散した。少女の瞳が驚きに見開かれる。しかしすぐに挑むような視線に変わった。

 続いて幾つもの炎の球が、レグルスを取り囲むように現れる。

 炎の球が放たれる前に、氷の矢がそれらを貫いた。反する属性の魔力に、炎の球が形を保てずに消えていく。


 可愛らしい魔法ですねと、彼が言った。基礎魔法で霧散してしまう程度の練度しか持っていない、見習い魔法使いの技だと。

 本当の魔法使いならこの程度で崩れたりしない。氷の矢を飲み込み、更に威力を増すだろう。

 結界を破壊し、その場にある全てを跡形もなく消し去ってしまう。


 レグルスは首を左右に振る。

 彼女は学生なのだ。自分の力は素晴らしいものだと信じ、自分は特別な存在だと信じている。ただそれだけだ。

 いつか思い知る過信は、本物の前に脆く崩れ去るだろう。特別な血を受け継いでいるであろう彼女が、それを挫折として素直に受け止められるかどうかは別として。


 悔し気に頭を振る少女の魔力が跳ね上がった。風圧として感じられるほど。

 彼の指示に従い、レグルスが最後の仕上げを投じる。


「発動」


 その一言で地面が凍り付いていく。魔具から解放された魔力が勢いよく、地面を伝って辺りを白く染める。

 風が起こった。強い風だ。

 彼女の魔力が風を起こし、地面付近から一気に空へと吹き上がった。




 彼女のスカートを巻き込んで。




 風が起こったのは一瞬で。けれど吹き上がった風はそう簡単には止むことはなく。

 そしてひらひらと揺れるスカートが落ちるまでにはさらに時間がかかり。

 何が起こったのか、少女が全てを理解するにはまだ時間が必要で。

 けれどそれらをしっかりと見たレグルスは、持ち前の天然を発揮して叫んだのである。


「白の総レース―――!!」


 その言葉を聞いた少女が、はっと我に返った。顔を真っ赤にし、今更ながらスカートを手で押さえる。


「何見てるのよ!」

「ちょっと有り得なくないですか?いかにもな高慢悪役令嬢なくせして、白とか!レースのフリフリとか!!何清純ぶってんですかって話です!!」


 少女の顔が更に赤く染まっていく。怒りの為か羞恥の為か。あるいは両方か、それは誰にも分からない。

 レグルスが小さな握り拳を作って、力説を続ける。


「中身は可憐なお姫様とでもいうつもりですか!そんな期待、誰もしちゃいないんですよ。期待外れもいいとこ……っ!?」

「いいからもう黙れー!!!」


 レグルスの側頭部に、小さなリンゴが激突した。投げたルオーの顔もリンゴ並みに赤い。その斜め後ろでは公爵が両手で顔を覆っていた。

 頭を押さえて蹲ったレグルスは、涙目でルオーを睨む。


「だって!女性の下着は男のロマンなのですよ!!」

「誰だ、そんなこと言ったヤツ!!」

「兄様たち」

「弟の前でなんて会話してんの、あの人たち!」

「…シェル、ヴィー……」


 公爵が呻くように、ここにはいない息子たちの名を紡ぐ。

 レグルスは頭をさすりながら立ち上がった。


「ヴィー兄様は違います。シェル兄様と、ヴェル兄様と、ハロンです」

「あの方は…似なくていいところばかり父親に似て……いや、母親に似られても困るんだが……」


 公爵の苦悶の声が漏れる。

 ヴェル兄様とハロンが誰かわからないルオーだったが、敢えて聞かずにおくことにした。顰め面を崩さない。

 しばらくレグルスと睨み合っていたが、やがて聞こえてきた笑い声に視線が外される。

 そちらに目を向ければ、見覚えのある魔術師が一人、笑い転げている。他にも肩を震わせる魔術師が数名。


「会長さん」

「くくっ…ああ、すまな……ぶふっ!」


 ノクターンは何とか抑えつつ取り繕おうとしているが、笑いの発作が治まらないようだ。

 未だ痛みが引かない頭を自分でさすりつつ、内側で同じような反応をしている彼と確かに親子だなぁと呑気に考えていた。

 例の少女がこちらを指さし、魔術師たちに何かを叫ぶ。

 そこで魔術師たちは少しばかり冷静になったようだ。一部の魔術師など、冷ややかな視線を少女に投げつけている。


(貴方を捕らえろ、と)


 中から聞こえた声はまだ笑いを含んでいて、レグルスは不満げに口を尖らせる。彼がやれと言ったことを忠実に行っただけなのに、なぜ笑われているのか理解できない。

 そして少女の言い分も。

 魔術師たちと何か話している少女に背を向ける。けれどそこにいたはずの獣人の親子は、逃げ出してしまったのか、姿が見えない。辺りを見回せば、残っていた露天商たちが何人か、力強く頷いて、同じ方向を指さした。

 レグルスの表情が安堵で緩む。残られていても、また面倒に巻き込まれるだけだ。それならばさっさと逃げてくれた方がいい。

 足元に転がるリンゴと忘れ物のお土産の袋を拾う。まだ食べられるリンゴの泥を払い、お土産と一緒に袋に入れた。


『私が辱められたのよ!?罰するべきでしょう!!』


 一際甲高い声が広場に響き渡る。

 レグルスは顔を顰め、片耳に手を当てる。

 少女が魔術師たちに向かい、ただ感情的に叫んでいる。


『お父様に言いつけてやるわ!覚悟することね!!』

『どうぞ。それで困るのはそちらだよ』

『…奴隷国の、成り上がり貴族の魔術師風情がっ。偉そうにっ!』


(どれいこく?)


 聞きなれない言葉に、レグルスは聞き返す。けれど彼からの返答はなかった。どうにも苦々しいような感情だけが伝わってくる。

 ノクターンの口元が、ゆっくりと弧を描く。


『そちらにいらっしゃるのは、その奴隷国の公爵閣下だよ。勿論公用語は堪能な方だから、君の悪態も全部通じているからね』

『なっ……!』

『ご子息たちは話せないし、聞き取りも出来ないけど…どうかなぁ。あの国の王太子殿下が弟のように可愛がっていると聞いてる』

『ふ、ふんっ。奴隷国の王子なんて、こちらから願い下げよ!』

『そうかなぁ?絵姿に大騒ぎしてたって、陛下に聞いたけど……』


 彼女がキィキィと大声で喚く。

 いつの間にか眉間に皺を寄せて眺めていれば、後ろから伸ばされた手に皺を伸ばされた。驚いて顔を上げる。


「父様」

「跡が付くぞ」

「そしたらお揃いですね」

「…それは嬉しくはないな」


 そう言って公爵の眉間が寄せられる。

 レグルスはふふっと笑うと、父に抱き着いた。

 すると大きな手が耳に被せられる。音が少しだけ遠くなる。ほっと息を吐く。

 いつの間にか全身に力が入り、強張っていた。それが一気に抜けていく。


「…お土産も回収しました。帰りましょう?」


 まだ彼女とノクターンのやり取りは続いている。彼は起きているようだが、声は止んでいる。通訳がいない今何を言っているのかわからない。だが、繰り返される単語に変化はないので、堂々巡りをしているようだ。

 ふっと公爵の表情も緩んだ。レグルスの手を取り、ルオーの背を軽く押し出す。


「行こう」


 後は魔術協会の仕事だ。僅かに視線を送れば、魔術師の一人がこくりと頷いた。

 獣人の親子同様、レグルスたちもまた、彼女の意識が逸れている内にその場を立ち去ったのである。







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