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遠い記憶の守人  作者: 名波 笙
成長記録
79/99

魔術協会 4







 レグルスは父に手を引かれ、部屋に戻ってきた。ルオーとフラメル司祭も一緒だ。外交官たちは遠慮して、それぞれの部屋に戻っている。

 隣に座る父を見上げる。


「交渉団?何を交渉するのですか?」

「国としての賠償だな。主に金の話になるだろう」


 事が事だけに、本来なら領土や関税などに及ぶ話だが、遠い国で国交もない。謝罪の要求と金銭のやり取りくらいしか出来ない。

 レグルスは不満げに口を尖らせた。床に着かない足を揺らす。

 そんな息子に、父公爵は苦笑いを浮かべる。宥めるように頭を撫でる。


「感情に任せても、現実は何も変わらんぞ」

「それはわかっているのです……」

「子を殺した相手を差し出せというのは、三流国家のやる事だからな」

「…はい」


 それは戦の始まりだが、リスヴィアとスランダードでは現実的ではない。

 フラメル司祭も小さく息を吐きだす。


「交渉は難航しそうです。レグルス様たちの回復を待つ間で済むかどうか……」


 ルオーが不安気に司祭を見た。気付いた司祭は、安心させるように微笑む。


「孤児院の事もありますからね。長引くようなら、一度戻らせてもらいます」

「孤児院は誰が見てくれているのですか?」

「ウチから使用人を出している」


 レグルスの質問に答えたのは父公爵だ。

 フラメル司祭は公爵の要請で同行している。公爵家が残される子供たちの面倒を見るのは当然だと考えている。もちろん、近所の住人達も協力があってこそだ。

 グランフェルノの使用人たちが見てくれているのなら、皆大丈夫だろう。レグルスは仄かに笑った。


「そうですか…セイルは無事でしたか?」

「元気ですよ。にいにが居なくなってしまって、暫く大泣きしてましたけれど」

「そうですか……」


 欠伸交じりに何とか答えたレグルスは、とても眠そうにしている。何度も瞬きを繰り返す。

 司祭がルオーに視線を戻すと、既に舟を漕いでいた。

 二人とも、まだ体は回復しきっていないのだ。睡眠がまだ重要なようだ。

 椅子からずり落ちそうになる息子を公爵が抱える。膝に乗せるとすぐさま寝入ってしまったようで、寝息が聞こえた。


「…相変わらずいい寝つきだ」

「公爵様のお傍でだけですよ。ルオー、寝るのならベッドへ行きなさい」


 ルオーの体を軽く揺すって起こす。ルオーは目を擦りながら、司祭に手を引いてもらって何とかベッドまで辿り着いた。けれどそこで力尽き、布団の上で倒れ込んだきり、ピクリとも動かなくなる。

 公爵がレグルスを隣に寝かせる。纏めて上掛けをかけると、仲良く体を丸める。

 まるで双子のような行動に、グランフェルノ公爵は頬を緩めた。


「…無事に生まれていたら、こうなっていたのだろうな……」


 フラメル司祭は顔を上げる。訝し気な視線を受け、公爵は首を左右に振った。






   ◆◇◆◇◆◇






 


 翌日、公爵たちは交渉の為に朝からいなかった。

 レグルスたちは建物から出ないように言い聞かせられ、大人しく部屋で魔術師から公用語を学んでいた。様々な絵の描かれたカードが二人の前に並べられている。

 魔術師が三枚のカードを並べ、その下に更に一枚置く。


「朝は『モーント』」

「「もーんと」」

「おはようは『ゴアモント』」

「「ごあもんと」」

「昼間は『レイーヌ』」

「「れいーぬ」」

「こんにちはは『フェイン・レイル』」

「「ふぇいんれいる」」

「夜は『ネイ』」

「「ねい」」

「こんばんはは『ネーレイ』」

「「ねーれい」」


 魔術師がそれぞれ【朝・昼・夜】を現した三枚のカードと、【挨拶】を現したカードを交互に指しながら言葉を教える。二人はそれを繰り返す。

 魔術師は頷いて、挨拶のカードをもう一度指さす。


「『フェイン・レイル』は正しくは昼間だけど気軽な挨拶だから、時間はあまり気にせずに使って大丈夫」

「夜でも?」

「夜でも。『ネーレイ』はおやすみの意味でも使われるから」

「じゃあ、夜のお別れの時に『ネーレイ』って言うのはいいのですか?」

「正しいね」


 魔術師は満足そうに微笑む。

 二人は顔を見合わせ、言葉を繰り返す。


「ごあもんとー!」

「ごあもんと」

「ふぇーんれーる!」

「ふぇいん・れいる、だろ?」

「ふぇえん、れぇるー?」

「何故伸ばそうとする」


 レグルスは口をもにゅもにゅさせる。「ふぇー」とか「ふぇーう」など、惜しい感じでぶつぶつと呟く。

 実際、レグルスは長く喋ることを放棄していたせいか、今でも早口が苦手だ。妙なところで区切ったり、間延びしたりする。

 母国語は慣れで何とか誤魔化せていたが、外国語で滑舌の悪さ明るみに出た。


「フェイン・レイル」

「ふぇいれーう」

「フェイン」

「ふぇえん」

「イン」

「いん」

「フェイン」

「ふぇーん」


 繰り返すうち、ルオーの発音が良くなっていくのに対し、レグルスは呂律が回らなくなっていく。そして涙目になっていく。

 魔術師が指揮するように、軽く手を振る。動きに乗せて、言葉を繰り返す。


「フェイン、レイル」


 上げて、下げる。歌うように。

 レグルスはその動きに合わせて、言葉を続ける。


「ふぇいん、れいる」

「そうそう。上手、上手」

「ふぇいん・れいる?」


 魔術師がうんうんと頷いた。

 レグルスはその後口の中でモゴモゴと繰り返し、何とか挨拶の言葉を獲得した。

 ルオーが言った。


「いっそ歌うか?」

「歌う?」

「歌うの好きだろ」


 意味が解らず、レグルスが首を傾げる。


「あーさはおっはよう『ゴアモント!』。みたいに」


 その場で簡単なリズムを付けただけの調子っぱずれな歌だが、レグルスには妙にしっくりきた。

 それならばと、魔術師が別の提案をする。


「こちらの童謡なんかを歌うかい?そんな感じの歌もあるよ」

「はい!」


 レグルスが元気よく返事をするので、魔術師が小さく噴き出した。

 この部屋には音楽を再生する魔具が置いてある。高価なもので、リスヴィアでも貴族や裕福な商人の家にしかない。勿論、グランフェルノ家にはあるが。

 魔術師が音源の入った道具をよういする。紙に公用語の歌詞と読み方を書き、意味を書く。


「簡単な歌だから、すぐに覚えられるよ。まずは一通り聞いてみようか」

「「はーい」」


 再生機から明るい音楽が流れ始めた。






 交渉が一旦打ち切られたのは昼前だった。

 スランダード側の態度に、リスヴィアの外交官たちは怒り心頭だ。公爵も頭の痛い限りである。同行する司祭はもう無表情だ。

 彼らは完全にリスヴィアを下に見ていた。王宮を崩壊させた魔術に恐れ戦きながらも、由緒正しい自分たちは何をしても許されるのだと思い込んでいた。

 公文書に残る場で、彼らが最も忌む言葉を堂々と言い放つくらいに。

 そして魔術協会の魔術師たちの逆鱗に触れるくらいに。

 魔力の乱れは一瞬だったにもかかわらず、会議室は半壊した。流石、不老の魔術師である。

 リスヴィア側は魔力の高い者が数名いたため、微弱ながら咄嗟に張られた結界により無害だったが、何の抵抗も出来なかったスランダード側は怪我人を出したようだ。

 力業の交渉は望まないリスヴィアだが、留飲を下げたのも事実だ。


「もう実力行使に出ないと理解できないんじゃないですか?」

「ぶんどるだけぶんどって、終わらせましょう」


 手練れの外交官たちからそんな意見も出る。

 グランフェルノ公爵が眉根を寄せる。それが出来るならしてしまいたい。だが、立場上許可は絶対出来ない。公爵は今、国王の代理としてここにいるのだから。

 顔を顰めただけで無言の公爵に、外交官たちもその内の葛藤を察する。

 リスヴィア側の交渉団に与えられた客室棟まで戻ってくる。階段を上っていると、歌声が聞こえてきた。


「おや」


 誰かが声を上げた。全員が歌に耳を傾ける。

 子供の拙い歌声だが、実に楽しそうだ。先程までの荒んだ心が癒されていく。


『 おはよう おはよう 小鳥が歌う

   朝のひかり受けて 森の奥に

  おはよう おはよう 風に乗せて

   どこまでも広がるよ 草原までも 』


 公用語で歌われるそれは、言葉の分からない子供たちが歌っていると思えないほど滑らかな発音だった。

 疲れた外交官たちの顔に笑みが上る。

 曲が変わり次の歌が聞こえてくる。


『 かわいい私の赤ちゃん こんにちは

   待っていたのよ あなたに会える今日を

  小さい私たちの天使 いらっしゃい

   待っていたのよ 二人指折り数えて

  新しいみんなの希望 はじめまして

   待っていたのよ 家族が増える日を 』


 童謡だろうか。短い歌を次から次へと歌っている。

 部屋の前に着くと、つい歌の切れ目を待ってから扉を叩いた。音楽が止む。それから中から返事があって、扉を開いた。

 部屋では、レグルスとルオーが一つの紙を一緒に持って立っていた。彼らの姿を見て、パッと顔を明るくする。


「父様、おかえりなさい!」

「ただいま」


 駆け寄ってきたレグルスに、公爵は表情を緩ませる。以前のように抱き上げると、レグルスは驚いた様子だった。構わず腕に座らせる。


「歌を習っていたのか?」

「ううん。公用語を習っていたのです」

「ほう?」


 公爵が僅かに目を瞠る。レグルスが恥ずかしそうに両手で頬を押さえた。


「あのね、僕、上手に言葉が言えなくてですね……」

「うん?」

「発音が良くなくて…でも歌うように言ったら、上手に言えたのです。だから歌で覚えたらどうかってルオーが……」


 何故かどんどん小声になるレグルスに、公爵は首を傾げた。ルオーを見るが、ルオーは世話役の魔術師を見ている。

 魔術師は苦笑いをする。


「歌がお好きと伺いましたので、それなら簡単な童謡で覚えては如何かと思いまして」

「なるほど」


 実際、結構な効果を上げているようだ。それならば仕方ない。

 フラメル司祭がルオーの頭を撫でていた。


「こんな所でまで勉強とは、中々熱心ですね」

「だって暇だし。言葉わかんなくて、色々大変だったから」

「あの国とこの言葉は、また違うものですよ?」

「でも公用語って、沢山の国で使われてる言葉だろう?覚えてたら、役に立つんじゃないの?」

「そうですね。国境を超える商人や冒険者たちなんかは大体話せますし…それなら、戻ってもちゃんと勉強しましょうか」

「本当に?」

「ええ。私も話せますし、教えることは出来ますよ」


 司祭がにっこりと微笑むと、ルオーも嬉しそうにする。

 公爵がレグルスを見た。

 レグルスはこの先、語学は必須である。けれど憂鬱そうだ。眉をへにょりと下げて、父公爵にしがみ付く。

 公爵は少し考え、ふと思い出した。息子の背を撫でながら告げる。


「お前の従弟の数少ない取り柄だったな」

「はい?」

「ジョルジュだ。バジュリール家の。あれは確か、既に北方公用語も話せたはず……」


 肩にしがみ付くレグルスが固まった。ややあって、ぎこちない動きで体を起こす。


「何ですって……?」


 目が座っていた。こういう所も妻似なんだなと呑気に思いながら、公爵は繰り返す。


「ジョルジュは公用語が話せる。ほぼ完璧に」

「豚のくせに生意気な!」


 心の叫びが室内に響き渡った。

 レグルスはすぐさま父親に降ろすように催促する。そして魔術師を見上げた。


「言葉!教えてください!!そりゃあもうビシバシと!!」

「…えっと……?」


 魔術師は困惑して公爵を見る。

 公爵は一つ息を吐いて、息子の肩に手を置いた。


「それより、昼食にしよう。そろそろ腹が減るころじゃないか?」


 ぐうぅ~きゅる……返事は腹の虫がした。






 昼食は外交官たちと一緒だった相変わらず桁違いな食事量を、彼らは苦笑い一つで済ませる。

 山盛りのピラフを片付けた後、レグルスとルオーは強烈な眠気に襲われ揃ってテーブルに突っ伏した。

 今はベッドで昼寝中である。

 魔術師が眠る二人に楕円形の魔具をかざす。透明なそれが鮮やかに色付いていく。


「緑になりました。もう少しですね」


 魔具は魔力の残存量を量るための物だ。魔力が個人の容量一杯あれば青、空っぽだと赤くなる。

 二人が魔術協会に来た時、これは真っ赤に染まった。空っぽからの回復は、魔力の低い一般人でも時間がかかる。

 魔具が青にならないと、リスヴィアには連れ帰れない。

 魔力が低くとも魔法に慣れ親しむリスヴィアの民なら、それは十分理解している。外交官たちはほっとする。


「いきなり倒れ込むから、驚きました」

「良い音がしましたからねぇ」


 空になった皿が給仕の手によって片付けられた瞬間、顔面からテーブルに突っ込んだのだ。レグルスが。ルオーは腕で枕を作ってからその上に落ちた。

 公爵が顔を歪める。真っ赤になった額をそっと撫でる。

 つい先程まで元気良く喋っていたというのに、ぷつりと糸が切れたように急に眠ってしまう。突然倒れるので、頭では解っているが心臓に悪い。

 今は普通に眠っているだけと知っていても、このまま目を覚まさなくなるのではないかという心配も常に付き纏う。


「…心配が尽きませんね」


 そんな公爵の心の内を読んだかのように、誰かが言った。公爵の眉間に深い溝が刻まれる。

 油断した。ここにいるのは手練れの外交官たち。僅かな表情の変化や仕草で、相手の心理を読むことに長けた狸の集まりである。

 それを逆手に何かをするような輩ではないし、そんな時でもない。

 ただ、筆頭貴族として、グランフェルノ公爵としてのプライドで、相手に感情を読ませた自分が許せない。

 厳めしい顔を作っていると、誰かが笑う。老獪な外交官がパンパンと手を打った。


「さてさて、我らは今後の作戦会議といくかな」

「どうせ今日は再開されないでしょうしねぇ」

「明日もどうなる事やら……」

「何だったら、公爵様はお休みいただいても宜しゅう御座いますよ。我らだけでも十分何とかなりましょうて」


 彼らはぞろぞろと部屋を出ていく。公爵の背に、微笑ましいものを見る優しい視線を残して。

 パタンと扉が閉められると、司祭の微かな笑い声が聞こえてきた。

 公爵が剣呑な目を後ろに向ける。


「ふふふ…すみません」


 一応謝っているが、悪びれた様子はない。

 下手な返事も出来ず、公爵は黙り込んだ。

 ルオーがもぞもぞと寝返りを打つ。横向きになって、体を丸める。

 レグルスはピクリとも動かない。豪胆に万歳をしたままだ。何度か手をしまったのだが、暑いのかすぐに出てきてしまう。

 今日は対照的な寝方をする二人を、公爵はじっと見つめていた。

 司祭がその背に問いかける。


「公爵様は、レグルス様をどうなさりたいのですか?」


 柔らかな口調だったが、厳しい質問だった。

 公爵はすぐに答えられない。ゆっくりと司祭を振り返る。

 司祭はにこりと笑う。


 司祭はリスヴィア西南部の小さな農村出身とされている。実際今も両親や弟妹、その家族がそこで生活しているから、嘘ではない。

 父親は今は引退しているが同じ司祭で、母親は薬師をしている。上の妹が母の跡を継ぎ、弟は地道に畑を耕している。下の妹は別の村に嫁に行った。

 全て事実で、嘘ではない。

 ただ、司祭と上の妹が、父親と呼ぶ人の子供ではないというだけで。


 司祭は公爵がまだ公爵ではなかった頃を知っている。一人息子で我儘放題で、腕白坊主だった公爵を。

 だからというわけではないが、公爵は司祭が苦手だ。司祭は昔から、こういう性格だったから。

 そして彼は、周囲が知る以上に公爵家の内情を知っている。


「どう、とは?」


 情けない話だが、公爵は質問に質問で返すことしか出来なかった。

 司祭の目がすっと眇められた。口元の笑みは消さないまま。


「レグルス様はグランフェルノ家の三男でしょう?」


 はっきりと言わない言葉に含まれた意味を、公爵が解らないわけがない。

 公爵家に三番目の男児が生まれたのは、百年以上ぶりだ。先代公爵も一人っ子で、更にその前も姉が一人いたきり。

 もちろん、歴代の当主の中には現当主以上に子沢山な者もいる。けれど歴史を紐解いても、次男以降の男児の存在がはっきりとしているものはない。婿に出た者を除いて。

 グランフェルノ家にとって、一番大事なのは嫡男。万が一に備えた次男。それ以降の男児は表舞台では不要なものとして、裏方に回される。本人の望む望まないに関わらず。

 レグルスも当初はそのつもりだった。だからフォンたちと積極的に関わらせたし、彼らがレグルスに直接かかわることを止めなかった。

 いずれはそちら側に送るつもりでいたから。


「…この子は、ココノエ家に婿にやる」

「それは決定事項ですか?」

「いや…まだ親同士の口約束にすぎん。だが……」


 裏に送るには、この子は目立ち過ぎた。失踪後、大々的に捜索した公爵に責任はあるのだが。


「この子はいずれ、グランフェルノ家には置いておけなくなる」

「どういう意味ですか?」

「この子が望む将来に、グランフェルノ家は関われない」


 公爵は息子に向き直る。相変わらず豪胆な寝相で、深く眠っている。そっと髪を撫でる。


「この子は、王国守護隊長になるそうだ」

「それは…また……難かしい事を……」


 歯切れ悪くなった司祭に、今度は公爵が笑った。苦い笑みだった。

 グランフェルノ家は王国守護隊士を出してはならない。そんな不文律の決まりがある。

 王国守護隊の任務は、「リスヴィア王国」の存続。時に王家にさえ刃を向ける立場。

 それに対しグランフェルノ公爵家は、リスヴィア王国の筆頭貴族。王家を守る側である。

 暗君を引き摺り下ろすのが王国守護隊長の役目なら、国王を害そうとする王国守護隊長を始末するのがグランフェルノ公爵の役目なのだ。グランフェルノの血を引く守護隊長などが現れたら、均衡が崩れることになる。


 それとも。

 グランフェルノ・王国守護隊・王家…三つとも一つに集約するか。


 公爵の目に仄暗い闇が落ちる。

 素質はある。後は本人のやる気次第だが……


「ないな」


 ないないと公爵は頭を振った。くつくつと笑いだす。


「何がですか?」

「建国の時代に遡り、王国守護隊長の座を奪い、兄を追い落として公爵家を継ぎ、王位を簒奪するかとも考えてみたんだが……」

「ありえませんね」


 やろうと思えばできるだろう。けれど決してレグルスはやらない。まずそんな考えは持たない。

 公爵家は兄が継ぐものと思っているし、王位は王太子が継承するものと信じている。

 一頻り笑うと、公爵はくしゃくしゃと眠るレグルスの頭を撫でまわした。


「ないなら仕方ない。要はこの子が王に凶刃を向けるような事態にさせなければいいだけだ」

「……とんだ親バカですね」


 司祭が呆れを滲ませつつ言った。

 けれど司祭は知っている。それだけ甘やかしても、レグルスの進む道が険しいだろうことを。だから反対はしない。


「ですが…それならお返しせねばなりませんね」

「返さないつもりだったのか?」

「貴方があまり馬鹿なことばかりをしでかすようなら」


 司祭はにこりと笑う。


「あまり愚かな振る舞いを繰り返すようなら、母に頼んでその手の薬を送ってもらおうと思ったのですが……」

「やめてくれ。確実に助からない」


 公爵は真剣な顔で言い返した。

 すると手の下の物がもぞもぞと動いた。


「…んー…とーしゃま……?」

「ん?すまない、起こしたか。まだ眠っていて大丈夫だぞ」

「う~…とーしゃま、グシャグシャ、やーでしゅぅ……」


 レグルスは目を開けないままそう訴えて、また眠りにつく。

 公爵は無意識に撫で続け、ついうっかりぼさぼさにしてしまった。絡みにくいレグルスの髪だが、やはり根元から撫でたら少々絡まる。

 丁寧に直して、公爵はレグルスの頭から手を離した。


「…明日休んでいいなら、この子たちを連れて街に降りようか」

「それは構いませんが、護衛はどうなさるおつもりですか?」


 公爵が護衛も連れずに街歩きなどありえない。

 けれど今回は個人の護衛は連れてこれなかった。外務省の護衛騎士が三名同行しているだけだ。彼らは外交官たちの護衛だ。連れて行けない。

 司祭の心配を公爵は笑い飛ばした。


「大丈夫だ。護衛なら心強いのを連れているからな」


 そう言って袖口を叩いたが、そこに何もない。

 司祭は不思議そうに首を傾げた。







誤字脱字の指摘、お願いします。


無理はするもんじゃないと痛感しました。

そしてプロットの大切さも知りましたが、もうどうしようもない←

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