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遠い記憶の守人  作者: 名波 笙
成長記録
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物言わぬもの







 帰還の支度が整うには、もう少しかかる。何しろ、距離が距離だ。来たとき同様に一気に飛ぶことは出来ない。

 一度魔術協会の本部を経由する必要がある。そこで休憩を挟んで、リスヴィア直通の転移魔法陣を使う。

 けれどそれは、先に連れてこられた子供たちに対するもの。最後に来た二人は、更に長い休養が必要だと魔術師たちは考えている。

 一見、二人に疲労の様子は見られない。けれどそれは一時的な興奮状態によるものと思われる。再び転移をすれば、体に負担がかかり過ぎる。

 本部までも持つかどうか…というのが彼らの見立てだ。だからと言って、回復するまでここに置いておくのも危険だ。彼らの身がというより、本国で待つ彼らの保護者が。




 元の服に着替えたレグルスは、床に座って他の子供たちと遊んでいる。

 最初は怯えるばかりだった子供たちも、人当たりの良いレグルスに少しずつ気を許し始めたようだ。もうすぐ帰れる安堵感に、孤児院のルオーがぽんぽんと軽口を叩いても、決して怒る事なく接していたせいかもしれない。

 今は床にカードを広げ、二人一組になって絵合わせを楽しんでいる。

 レグルスと組になった少年は、最初の頃こそ無表情で反応も薄かったが、今では僅かながら目元が動くようになってきた。順番が回ってカードを捲り、当たるとほんの少しだけ目を細め、レグルスを振り返る。するとレグルスがにっこりと微笑み返す。少年はそっとカードで顔を隠した。

 そのすぐ傍で、ユリアナが先ほどまで虚勢を張っていた少女の髪を結っている。

 すっかり意気消沈した少女は為されるがままだ。

 くるくるとサイドの髪を巻き上げ、ユリアナは随分と複雑に結い上げる。出来上がると、満足げに頷いた。鏡を少女の前に差し出す。

 少女が目を潤ませた。すぐに鏡から目を逸らしてしまう。

 ユリアナは困ったように微笑み、少女の顔を覗き込む。


「こんなの、意味ないもの…もう、お嫁さんになんてなれないっ……」


 小さな小さな呟きに、ユリアナはただ手を握った。

 リスヴィアで髪を結いあげるのは、主に既婚女性だ。それに正装しなければいけないような場所や、夜会など。未婚の、平民の少女が髪を結いあげる機会は皆無だ。

 苦しげに顔を歪める少女に、レグルスが言った。


「そんな事ないですよ。良い人がいなかったら、連絡してくださいな。将来有望な官吏でも騎士でも、いくらでも紹介してあげます」


 視線だけそちらに向けた少女に、レグルスは振り返りもせずに更に言葉を続ける。


「傷付いた女性を更に傷つけるような男、さっさと見切りをつけてしまったらいいのです。そんなのに縋らなくたって、お姉さんは美人さんだから引く手数多です」

「…勝手な事ばっかり……」

「顔も性格もいいのに、仕事熱心が過ぎてお嫁さん貰い損ねた騎士も官吏も、お城にいっぱいです。上手くいけば、子爵・男爵家の跡取りが捕まります」


 レグルスが顔を上げた。ようやく少女を見る。


「自分は花街で綺麗なお姉さんと遊んでおいて、女性には清純を求めるなんて、馬鹿げた話だと思いませんか?」

「それはそうだけど、お前に口に出されると幻滅するからやめろ」

「だって僕、綺麗なお姉さん大好きです」

「知ってるけど、黙ってろ」


 ルオーが両手でレグルスの口を塞いだ。「むごー…」とレグルスが不満げな声を上げる。

 少女は唖然とした表情でレグルスを見ていた。やがて、後ろのユリアナに視線を移す。彼女は頬に手を当て困っている。

 そこで手を上げたのは、別の少女だ。


「それ、私も紹介していただけますか!?」


 勢いよく立候補した彼女に、レグルスたちは目を丸くする。ルオーと顔を見合わせた。口を塞がれたままなので、レグルスはこくこくと頷いて見せた。

 「よしっ、玉の輿狙う!」と、少女が拳を握る。そして未だ呆然とする少女を見る。


「いつまでもくよくよしてたって、仕方ないもんね!いい男見つけて、幸せになるわ!!」

「……そう」


 短い一言だったが、何故かすべてを物語っている気がした。






 帰還の魔法陣が整ったのは、既に日も沈んだ後だった。

 まだ昼間の熱気がこもる中、子供たちは魔法陣に足を踏み入れる。帰れる喜びからか、皆一様に落ち着きがない。

 一度魔術協会の本部に飛ぶことは伝えてある。その後夜明けまで休憩し、朝になったら固定の転移魔法陣でリスヴィアまで飛ぶ。


「但し、お前たちは別」


 ノクターンがレグルスとルオーに指を突きつける。彼は険しい顔で言った。


「本当は二・三日、ここで様子を見たいくらいなんだ。それでも移動してもらわなきゃならない…多分、体には相当負荷がかかる。飛んだ瞬間、まず意識不明だろう」

「そんなに疲れてませんよ?」

「今はな。一気に来るぞ。だから無理に意識を保とうとするな。気を失うなら、さっさと失ってしまえ。その方が楽だ」

「…わかりました」


 まだ実感がないのだろう。二人は不思議そうな顔をしながらも頷いた。

 すぐに理解できると、ノクターンは無理に納得させることはしない。


「それから数日、魔術協会に滞在してもらう。帰るのは一週間後くらいだと思ってくれ」

「一週間!?」

「そんなに帰れないの?」


 さすがの二人にも絶望の色が垣間見えた。

 ノクターンが二人の頭を小突いた。途端、大人しくなる。

 レグルスがルオーの手を握った。ルオーも握り返す。


(依存なのか、ただの癖か…けれどこの二人は……)


 揃うと魔力の波が安定する。魂の波長といってもいい。魂の双子という存在があるらしいが、こういう事なのだろうか。

 外見は髪の色以外、全く似通ったところなどないというのに。

 ノクターンは首を左右に振った。二人を安心させるように、小さく笑ってみせる。


「帰れないが、恐らく迎えは来るだろう。協会の内部はほぼスフィア語が通じるから、安心していい」


 頷いたレグルスに対し、ルオーは不思議そうな顔でレグルスを見た。


「スフィア語って何?」

「僕たちが使っている言葉の事ですよ?魔法言語とも言いますけど…」

「へ~。初めて知った」

「…知らなかったことに驚きです」


 レグルスはポカンと隣の少年を見上げた。




 そんなやり取りをしている間に、魔法陣の発動準備が整った。攫われた少年少女たちは中央に固まり、魔術師たちで囲う。

 ガイアスと数人の魔術師はここに留まるようで、魔法陣の外にいた。


「ガイアス様は残るのですか?」

「ええ。行方不明者の捜索もありますし、橋渡しをせねばならないこともあるでしょうから」


 にこりと彼は笑った。そしてノクターンに向かい、深く一礼する。


「どうぞ宜しくお願いします」

「わかった。皆無事に送り届けると約束しよう」


 ノクターンは頷き、レグルスは手を振った。ガイアスは手を振り返す。

 甲高い金属音が鳴り始めた。魔法陣が光を放つ。

 レグルスの足から急激に力が抜けていくのが分かった。あの時と同じだ。立っていられず、堪らず膝をつく。ルオーも同じ様子だ。繋いだ手だけは離さないように、ギュッと力を籠める。

 一層光が強くなり、向こう側が見えなくなった。

 同時に視界が歪む。

 レグルスはノクターンの言葉通り無理に抵抗はせず、流されるまま意識を手放した。






   ◆◇◆◇◆◇





 日付が変わった深夜。

 リスヴィアの王宮内に設置された転移魔法陣が光り、二人の男と三つの細長い箱を吐きだした。

 迎え入れた役人と騎士たちが、素早く箱に近づく。彼らは数人がかりで一つの箱を担ぎ、粛々と部屋を出て行った。

 三つの箱が消え、後に魔術師と数名の役人が残される。役人たちは深く頭を下げた。


「ありがとうございました」

「いいえ」


 言葉少なに魔術師は応える。そして再び魔法陣を発動させるべく、魔力を注ぐ。

 彼らの姿が消えると、役人たちがそれぞれ深い溜息を吐いた。彼らも部屋を出る。

 薄暗い廊下に、彼らの足音だけが響いた。


「遣る瀬無いな」


 ポツリと一人が呟く。

 隣の一人が頷く。

 後ろの一人は、そろそろと息を吐きだした。




 三つの細長い箱は、王宮内にある霊安室に運ばれた。

 がらんとした室内に、細長い箱が等間隔で並べられた。その上に金の縁取りをされた、真っ白な布が掛けられる。


「花はどうなっている?」

「用意させているはずなんだが…無いな」


 棺を運んで来た者たちが、辺りを見回す。

 一人の騎士が聞いて来ようと霊安室を出ようとして、足を止めた。慌てて敬礼をする。


「王太子殿下」


 その言葉をきっかけに、全員が最敬礼を取る。

 仄かな明かりに金色の髪が煌いた。


「花を持ってきた。遅くなって済まない」

「いえ!殿下自らですか?」

「父上に許可を頂いて、温室の花を切って貰ってきた」


 そう言ったヴェルディの手には、小ぶりだが色鮮やかな花輪が三つ抱えられている。

 この北国で、冬の花は貴重だ。死者の手向けに色鮮やかな花を添えるのは、最上級の礼だとされている。実際冬に生花を用意しようと思ったら、高額金貨が必要なほどだ。

 だから平民は、鮮やかな布で作った花を添える。彼らが用意しようとした花も、そういうものだった。

 けれどヴェルディが持ってきたのは生花だ。

 彼は抱えていた三つのうち、二つを控えていたハロンに渡した。そして残った一つを白い布のかかった箱の上に置く。


「遅くなってごめんね」


 そう呟いて。

 ハロンから一つだけ花輪を返してもらい、次の箱へ。同じ行動をもう一度繰り返し、三つ全ての箱に花輪を置いた。

 最後に三つの箱へ向かって、祈りの言葉を捧げる。彼に追随していた近衛騎士と近侍が黙祷し、他の者も慌ててそれに倣う。

 ヴェルディが振り返った。


「作業の邪魔をして済まなかった。後は頼む」

「「「はっ」」」


 ヴェルディはさっとマントを翻し、霊安室を出て行った。

 普段、直接話をする機会のない騎士や官吏たちは気付かなかった。王太子と近衛騎士が旅装だったことに。それが薄汚れていたことに……






 日付が変わる前に何とか戻ってこれたヴェルディに真っ先に届けられた報せは、行方不明者の死亡だった。

 最悪な結果を想像しなかったわけではないが、現実になると想像以上に心に重くのしかかった。

 帰ってきたその足で父王のもとに向かい、手向けに温室の花を使用する許可を得た。正確には「好きにしろ」だったが。

 王子宮に戻ってくれば、溜息しか出ない。酷い疲労感にも襲われた。


「もう、休んでもいいだろうか…?」

「どうぞごゆっくりお休みください」


 近侍は遠出の成果を聞き出すこともせず、ヴェルディの着替えを手伝った。彼の聞きたいことも話さず。

 ベッドに潜り込みながら、ヴェルディは言った。


「保留になった。考える時間が欲しいそうだ」

「それはそうでしょう」

「…あの人は、何も知らされてなかった」

「そうですか」

「あと、ユリアナの故郷だった……」


 返事がなかった。ヴェルディは固く目を閉じる。

 王子宮の侍女だった少女がいなくなったのは、年が明けてすぐの事。お遣いに出て、そのまま帰らなかった。誘拐されたのか、別の事件に巻き込まれたのかもわからず、ただ行方不明という扱いにしかならなかった。

 取るに足らないお遣いだった。ヴェルディの手紙を密かに遠い友人に送るため、市井から郵便を使って送らせるだけの、個人的なお遣いだったのだ。

 後悔した。手紙なんて、ハロンにでも任せればよかったのに、と。

 ぽん、と布団の上から叩かれた。


「あちらから報告があったリストの中に、ユリアナ・リーデンの名がありました」

「何!?」


 布団を跳ね上げ、ガバリと起き上がる。思いの外近くに近侍の顔があり、仰け反って倒れたが。ぽんぽんと子供にするように頭を叩かれた。


「恐らく本人でしょう。良かったですね」


 シェリオンは寝ころんだままのヴェルディに布団をかけ直し、一礼した。


「お休みなさいませ」


 灯りも消される。扉が開き、そして静かに閉まる。

 それでもなお、ヴェルディは動けずにいた。

 彼が小さく身じろぎをしたのは、更に時間が経ってからの事。のそのそと布団をかき集め、その中で小さく丸まった。微かな嗚咽は誰にも届かず、零れた雫と共に布団に吸収されていた。





 出てきたシェリオンに、ハロンが片手を上げる。シェリオンは思わず肩を竦めた。


「さっさと寝ろよ」

「酷くないか?せっかく俺が話をしてやろうと思ったのに」

「殿下もお前も、寝ないと効率が著しく落ちるんだから、早く寝ろ」


 気遣いの言葉のはずなのに、ちっとも優しく聞こえない。ハロンが僅かに涙目になる。


「ユリアナの兄君に会ったよ」

「ユリアナなら、向こうで見つかったぞ」


 驚かせようと思って言った言葉に、更なる驚きの返答があった。

 口をパクパクさせていると、呆れたような顔をされる。


「だから早く寝ろって。うちの弟の無事も確認されてるし、結構な人数が明日帰ってくるから」

「ま~じで~……」


 ハロンはがっくりと肩を落とす。

 トボトボと部屋に戻っていく彼を、シェリオンが笑いながら見送っていた。






誤字脱字の指摘、お願いします。


脱出はした!ただ帰国には程遠かった!!←

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