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遠い記憶の守人  作者: 名波 笙
幼年期
7/99

6.閉ざされるもの






 グランフェルノ公爵家末子行方不明



 事件が発生してから一週間。初動が遅れたせいか、彼の行方はまったく掴めていない。

 公爵は幾分やつれた様子で、国王の前に姿を見せた。


「外に連れ出された形跡はない。かといって、王宮内では見つからない。どこへ行ったのか……」


 王の呟きに、公爵は頭を垂れる。


「ご迷惑をおかけし、誠に申し訳なく……」

「よい。もとはと言えば、こちらの警備の不備と慢心。気にするな」


 軽く手を振る。

 公爵は視線を下げたままだ。

 そんな彼を気遣うように、国王は家族の様子を尋ねた。


「奥方と子供たちの様子はどうだ?落ち着いたか?」


 公爵は首を横に振る。


「妻は子の手前、気丈に振舞っていますが、長男は…部屋に籠り、自ら出てこようとはしません」

「……他の子らは?」

「次男が何とか堪えております。妻や娘に声をかけて…娘はすぐに泣き出してしまいますが」

「そうか」


 国王は溜息を吐く。軽く頭を掻いた。

 グランフェルノ公爵は、国王の信頼する人物の一人である。現在は政務大臣を務め、議会を纏める役を担っている。

 この一週間、仕事は若干遅れがちであるが、決して疎かにしていない。そこが信頼できる所以であるが、無茶をしているのではないかと、国王は心配している。

 公爵が呟くように言った。


「…諦めねば、なりますまい……」

「リガール!」


 すかさず咎める。うっかり名で呼んでしまった事は責められまい。

 元は幼馴染。一番の親友で、従兄弟でもある。大人になり、互いの立場を理解して、距離を置くようになった。あまり親しくし過ぎれば、周囲にあらぬ不安を与える。国王と筆頭貴族の公爵。その立場を明確に示す為、互いの名を封じた。

 公爵は顔を上げる。瞳は仄暗い、不気味な影が漂っている。


「陛下のご恩情を受け、国内外問わずに、今日まで行方を追って参りました。騎士団や近衛師団、各街の自警団にまで捜索のご命令を出して頂き、感謝しております。ですが……」

「生きていたらどうする?お前が助けにきてくれると、今も信じて待っているんだぞ。裏切るのか?」


 公爵は体を強張らせた。拙い声で自分を呼ぶ声が聞こえた気がする。

 両手を固く握り、肩を震わせる公爵に国王は静かに笑いかける。


「必ず見つかる。お前の子が、そう簡単に死んだりするものか」

「…陛下……」

「お前だって、一度戦死の報が入ったくせに、生きて戻ったじゃないか。必ず帰ってくるさ」


 そう言って国王は軽く片目を閉じた。

 公爵は目を瞠った。不意に肩の力が抜け、表情が崩れる。


 

 もう随分と前の話だ。


 隣国のトラッゼリア王国と小競り合いになった際、公爵は援軍として出陣した。最初は小競り合いだったのだが、思ったよりも大規模になり、戦になった。

 その時、公爵は敵の奇襲に遭って、行方不明になったのだ。似た騎士の死体があったとの敵からの噂が流れ、公爵は戦死したとみなされた。

 が、その二日後。

 何事もなかったように生き残りの騎士たちを纏めて戦場に現れたのだ。その時の混乱は、味方にこそ大きかった。


 

 公爵の口元が歪む。


「そんな事もありましたね」

「そんな事じゃ済まなかったぞ。こっちは弔い合戦だって意気込んでたら、ひょっこり現れやがって」


 国王が文句を言えば、公爵は堪え切れずに笑った。

 それを確認して、国王も表情を緩める。


「…だから、きっと大丈夫だ。生きて戻る」

「はい。ありがとうございます」


 公爵の目元に滲んだものに、国王は気付かない振りをした。

 何とか公爵を元気づけて退室させると、国王は盛大に息を吐きだした。背もたれにだらしなく体を預ける。


「ホントどこ行っちゃったんだよ、末っ子おぉ~」

「陛下…」


 部屋の影から窘める声が掛けられた。国王は眉を潜める。

 顔を向ければ、こちらも憔悴し切った様子だ。


「何か掴めたのか、レリック?」


 レリック・リム・ココノエ侯爵は視線を逸らせる事で返答にした。

 国王はますます顔を顰めた。


王国守護隊(おまえんとこ)に怪しいのがいるのは分かってんだろ?なんでそっから先が進まないんだよ?」

「尻尾を掴ませてくれません」

「犯人捕まえろっつってんじゃないんだよ。子供の行方だけ分かればいいんだぞ?」

「接触する形跡がありません。全く」


 レリックの表情は険しい。

 恐らく犯人は彼の所属する王国守護隊の者。だが、全く接触しないという事は、既に彼の手を離れているという事。

 人買いに売られたのか、最悪の場合か……

 国王は頭を振る。


「そんな事にはならんさ」


 自分に言い聞かせるように呟いた。






 ◆◇◆◇◆◇






 小さな手が必死で鉄の扉を叩く。


「ねえ、だれか!だして!!ここからだして!!!」


 届かない声は既に枯れている。小さな手は何度も扉に叩きつけたせいで、血が滲んでいる。

 レグルスはしゃくり上げる。どんなに呼んでも届かない。誰も来ない。


「とーさま、かあさまぁ…だしてよお……」


 弱い声と共に、床に蹲る。床を引っ掻けば、血の線が引かれる。




(これ以上は……)




 小さな手を包むのは、過去の幻影。

 涙に濡れた瞳から、急速に光が消えていく。レグルスは目を閉じた。


(おやすみなさい、レグルス。ここから先は、私が引き受けます)


 幻影は小さな体を抱き、暗い闇に堕ちていく。深い闇に幼い記憶と経験を沈めて、彼だけ浮上する。

 再び開かれた目には、子供のあどけなさは消えていた。


「…本来なら私は、成長する君に溶け込んで融合する筈でした。でも、これ以上は君が壊れてしまいます」


 胸に手を当て、暗闇の底に眠る少年に声をかける。

 意識を伸ばして、青銀の髪を撫でる。


「ここでの辛い経験は私が引き受けましょう。助けは必ず来ます。それまで、体をお借りします」


 前世の彼は鉄の扉を見上げる。睨むように、挑むように。

 やがて背を向けると、重い鎖を引きずって、彼は塔の上に戻っていった。








 月日は流れる。







誤字脱字の指摘、お願いします。



次回更新はいつになるか分かりません!

早く更新できるようには頑張りたいと思います…orz

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