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遠い記憶の守人  作者: 名波 笙
幼年期
6/99

5.事件発生





 シェリオンとギネヴィアが、逃げ回る王太子を捕まえたのは、それから三十分ほど経ってからだった。見つけた場所から随分離れ、後宮近くまで来ている。

 ギネヴィアは自身の靴を握りしめて仁王立ちし、王太子はギネヴィアから喰らった一撃に悶絶して、蹲っている。

 シェリオンは息を切らしながらも、それを冷ややかに見下ろしていた。息苦しさから、僅かに襟元を緩める。


「ヴェル。行くぞ」

「…お、お前には、気遣い…と、いうものが、ないの、か……」


 絶え絶えの息の中、王太子が抗議の声を上げる。

 ギネヴィアが王太子の首根っこを掴んで、無理矢理立たせた。その際、体が僅かに宙を浮いた。


「わたくしたちに気遣って欲しいのなら、王太子殿下もそれなりの態度を示すべきですわ」

「うぐっ。首が絞まる…!」


 シェリオンは呼吸を整える意味も込めて、大きな溜息を吐いた。


「行きますよ、王太子殿下」

「直すのは言葉遣いだけか!」

「ギーに担がれますか?」

「それはっ…嫌、だな……」


 尻すぼみになる言葉に、シェリオンは歩くように促す。

 王太子は渋々、王宮へ向かって歩き出した。隙を見て逃げ出そうと試みるも、二人の威圧に呑まれて出来なかった。

 あの控室の扉を前にしても、なかなか進もうとしない王太子に、焦れた二人は勝手に扉を開き、素早く背中を蹴飛ばした。

 王太子はつんのめる様にして、室内に押し入れられる。


「まあ!」

「ヴェルディ様がようやくいらしたわ」

「さあさあ、こちらへどうぞ」


 ご婦人方が子供たちの輪の方へ誘う。

 王太子は先程までの渋面は掻き消し、にこやかな表情を作った。人好きのする態度で、礼を言いながら輪へと加わる。


(お見事)(詐欺師)


 苦労してここまで連れてきた二人も、表面上は友好的な微笑みを浮かべながら、一歩控えた場所に立っていた。


「シェリオン」


 母に呼ばれ、彼は振り返る。ギネヴィアは一礼し、一人王太子の移動に付き合う。

 残ったシェリオンに、母は顔を近づけた。


「ご苦労様」

「いいえ。ただお連れしただけですから」

「そう?ならそういう事にしておきましょうか」


 母はクスクスと、悪戯っぽく笑った。それから辺りを見回す。


「ところでレグルスは?一緒ではないの?」

「え?先に戻しましたよ」


 シェリオンの言葉に、母は目を瞠った。そして首を左右に振る。


「戻ってきていませんよ。貴方が連れだしたから、ずっと一緒だとばかり」

「そんな…!途中で別れましたが、すぐそこの角ですよ?曲がって前の廊下へ入っていくところは見ました!」


 声が思わず大きくなる。母が遮るのは遅かった。

 王太子が顔を顰め、二人の近くに来ていた。


「シェリオン、どうした?」

「…いえ、私事です」


 シェリオンは硬い表情のまま答える。

 王太子の眉間に深い皺が刻まれる。


「この王宮で問題が起こったというのなら、それは王家にかかわること。答えよ」


 静かな声に、シェリオンは顔を伏せる。

 答えない長男に対し、母が進み出た。スカートを摘み、膝を折る。


「グランフェルノ公爵が妻、シェーナにございます。此処にいるシェリオンの弟の姿が見えませぬ。どうか、城内を探索する御許可を下さいませ」

「弟?確か、ハーヴェイだったか…」

「いいえ。末のレグルスです。本日、初めてこちらにお連れさせて頂きました」


 王太子はふむと、僅かに考え込む素振りを見せた。


「それなら、道に迷っているだけではないか?」

「いいえ…この部屋に戻ろうとした、直前まで一緒でした。別れたのは数メートル先の回廊へ出る場所です」

「物珍しさに、探索でもしているのだろう」

「…弟は、一人でどこかに行けるような性格ではありません。自分から戻ると言ったなら、必ず戻ります」


 シェリオンの顔から血の気が引いている。

 今まで、そんな勝手をしたことは一度もなかった。ダメだと言われればすぐに引き下がるし、この時間までと言われればその時間で終わる。範囲を限定されたらその範囲から動かない。

 だから「一人で戻る」という言葉を、シェリオンは信じたのだ。


「…探して、きます……」


 倒れるのではないかと思うほど蒼白な顔で、シェリオンは扉へ向かった。

 ギネヴィアが後を追いかける。


「わたくしも手伝いますわ」

「そんなことしなくても、衛兵!」


 王太子は部屋の隅に立っていた衛兵に目を向けた。

 彼は心得ているように一礼し、すぐさま部屋を出て行く。城内を巡回する仲間たちに、グランフェルノ家の末子を探すように伝えに行ったのだ。

 王太子はシェリオンの肩を掴んだ。


「お前の弟が賢いのは、お前から聞いた。だが、幼児は幼児だ。いきなり何をするか分からん」

「…そう、ですね。俺がちゃんと連れて来ていれば良かっただけの……」

「思い詰めるな。ただの迷子だ。すぐに見つかるさ」


 そうして軽く叩く。公爵夫人にも微笑みかけた。


「大丈夫。すぐに連絡が来るだろう」

「お心遣い、感謝いたします」


 公爵夫人は深々と頭を下げた。




 だがその連絡はいつまでも来ず、陽が沈んでしまっても杳として行方は分からなかったのである。






  ◆◇◆◇◆◇






 レグルスは茫然としたまま、冷たい床に座り込んでいた。辺りは真っ暗だ。


「どうして…?」


 思わず出た言葉は聞く者もない。

 身じろぎすれば、足元で重い金属音が鳴る。鉄の輪が彼の足に纏わりつき、壁から伸びる鎖が動きを制限する。

 重い頭を振れば、くらりと地面が揺れた。バランスを崩して両手をつく。




 何故こんな状況になっているのか、懸命に思い出す。






 兄と別れた後、レグルスはすぐに角を曲った。そこに一人の騎士が佇んでいたのである。


「こんにちは」


 王宮内に騎士がいるのは当たり前。

 簡単な挨拶をし、前を通り過ぎようとした瞬間である。


「…グランフェルノ家のレグルス様でございますね?」

「はい!」


 レグルスは元気良く返事をした。

 騎士が仄かに笑った。


「お父上に、レグルス様をお連れするように申しつけられました。一緒にいらしてくださいませんか?」

「とうさまが?いいですよ。でも、ちょっとまっててくださいね。かあさまにいってきます」

「いえ。お母上には既に連絡済みです。私はここで、レグルス様をお待ちしていたのです」

「そうなのですか?」


 レグルスは首を傾げたが「騎士は嘘を吐かない」という、次兄の言葉を思い出した。

 騎士の差し出した手を素直に取ったのである。






 それから後の記憶が曖昧である。少しばかり歩いたのは覚えているのだが。




 気が付いたら、石造りの部屋の中。どうやら牢獄であるらしい。

 灯りを求めて辺りに魔力を流せば、手持ちの魔具が反応した。幽かな灯りだが、室内を歩き回って、どういった場所なのかを探る。

 見つけた家具は、寝台一つ。

 そして重い扉が一つ。

 頑張れば、扉は何とか開いた。鍵がかかっていないのだ。


(ここはもしかして、黄昏の塔?)


 前世の記憶が蘇る。


 黄昏の塔…王宮内に存在する、王族を幽閉する為の場所。

 彼がいた時代には使われていなかったが、特殊な仕掛けは教えてもらっていた。

 ここは幾つもの扉があるが、その全てに普段、鍵は掛かっていない。鍵が『自動』で掛けられるのは、塔の出入り口が開いた時のみ。

 出入り口の扉が開くと、罪人の足に繋がれる鎖が縮み、最上階の部屋へと連れ戻される。そして全ての部屋に鍵がかかる。

 出入り口に再び鍵がかけられ、全ての扉は開くのである。

 だから外から入った時は、一つ一つ鍵を開かねばならないのだ。


 レグルスは外へ出た。慎重に階段を下り、一番下まで到達する。

 外に出る扉だけは硬く閉ざされている。

 小さな手で、扉を叩く。


「だれか~、いませんか~!?」


 声を張り上げるが、外には届かない。この塔には防音の魔術も施されている。

 ぺちんぺちんという、扉を叩く小さな音など、誰かに聞こえる筈がない。

 やがて諦めたレグルスは、塔の最上階に戻る。


「すぐにだれかきづいてくれます」


 一人ぼっちの暗闇に不安を抱きながらも、この時は彼自身、まだ楽観視していた。







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