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遠い記憶の守人  作者: 名波 笙
成長記録
57/99

嵐の予兆






 少年というが、もうすぐ十五歳になるという。

 名はリュカ・バロウ。リスヴィアでは一般的な薄茶の髪に青い瞳をしている。顔の造形も、可なく不可なく。崩れたところもなく全体的に落ち着いた感じで、特に特徴もない。

 リスヴィア南部にあるシャリテというそれほど大きくない町で、父母と共に暮らしていた。父親は魔術師で、町の公営学問所の教師も務めている。母親は専業主婦。

 魔術師の父というのが若干珍しいが、特に目立つような存在ではない。


 憔悴しきった様子の彼の目は虚ろだった。暖炉の前に座り、俯いたまま身じろぎさえしない。

 彼の前にレグルスが座っても、反応一つ見せなかった。


「リュカは、魔法使いなのですか?」


 呑気に訊ねるレグルスに、リュカはのろりと首を左右に振った。


「父の手伝いで魔法陣を描くことが多々ありましたが…魔力は人並みにしかありません」


 抑揚のない声で、淡々と答える。

 レグルスは首を傾げた。


「でも、魔法にとっても詳しいと聞きました」

「…知識だけです。誰でも知る事が出来る、知識だけ……」

「そうなのですか?でも、見ただけで魔法を解析できるって」

「……」


 リュカは俯いたまま、顔を上げることもしない。

 レグルスはそれに構わず、習ったばかりの光の魔法を発動させた。相変わらず手に張り付いたままの。


「リュカ。これ、どこが悪いのかわかりますか?」

「…これ……?」


 リュカはゆっくりと顔上げる。そしてレグルスの手の上に目をやった。ぼんやりとそれを眺める。


「ちゃんと発動しているようですが…悪いのですか?」

「手から離れないのです」


 レグルスは手を振ってみせる。光の玉はしっかりレグルスの手に張り付いて、動かなかった。

 リュカは暫くそれを眺めた後、レグルスの腕を取った。一言二言呟いて、張り付く光の玉とレグルスの掌の間に、己の手を滑らせる。

 すると、光の玉はふよふよと宙を漂い始めたのである。

 レグルスは目を丸くする。


「取れました…何をしたのですか?」

「別に。ただ、手に魔力を遮断する魔法をかけて、流れを切っただけです…魔力の供給を止めなければ、光球は離れませんから」

「止める?」


 キョトンとするレグルスの存在に、リュカはようやく意識を持った。


「若様の光球は、渦を巻いているのです。円を描かせるのが正しい発動方法です」

「円……」

「ある程度魔力を流し込んだら、己から切り取って中で循環させて下さい。でなければ、延々と若様から光球は魔力を吸い続けます」


 説明しながら、リュカは自分の手の内で光球を作り出す。そして宙に浮かせた。

 二つの光の玉が並ぶ。

 レグルスにそれらを指し示す。


「よくご覧になるとわかると思います。僕のは均一な光を放っていますが、若様がお作りになった光球は中心部が特に明るい。そして少しずつですが小さくなっています」

「……本当です」

「外から内へ渦巻いていて、中心部に集まった魔力が高濃度に凝縮されているからです。基礎魔法ですので特に問題ありませんが、上位の魔法になれば非常に危険な状態です」


 リュカは僅かに手を動かして、自分の作り出した光球をレグルスの光球にぶつけた。二つが弾けて、光が霧散する。

 ぶつかった直後の眩い光に、レグルスは目を瞬かせた。「すみません」と小さな声が耳に届く。

 リュカは再び俯き加減になっていた。だが、変わらず説明は続けてくれる。


「外側から中心へ…渦を巻けば、中心部に全ての魔力が集まってしまいます。それまでに魔法で使い切ってしまえばいいですが、次から次へと供給されれば、蓄積される一方です。大量に蓄積された魔力がその場に留まり切れなくなれば、次に起こるのは魔力暴走です」

「…危ないです」

「はい。だから円にしてください」


 レグルスはリュカに説明を受けたとおり、今度は円を描くように丸くする。だが、やはり上手くいかない。手を打ち鳴らして魔法を消し、再度挑戦する。だがやはり光の玉は渦を巻き、手から離れなかった。

 手の中でぐるぐると回る光球を見つめ、レグルスは肩を落とした。


「……原因が解っただけでも、良しとします……」

「そうですか……」


 リュカは相変わらず俯いて、瞳に何も映さない。

 そんな彼にレグルスは笑いかける。


「リュカは凄いですね!あっという間に原因を突き止めてしまいました」

「……誰でも説明できることです………」

「そんな事ありません!エミール先生もシェル兄様も、こうなる原因が全く解らなかったのですよ」


 リュカは首を横に振った。両手で顔を覆う。


「そんなわけないっ…ちゃんと仕組みを理解していれば、誰だって……!!」


 嗚咽が漏れる。

 レグルスはそんなリュカをしばらく見つめていた。いきなり泣き出した彼に戸惑っている…風に見せながら、意識は深い闇に沈んでいた。漂う靄に手を突っ込んで、役に立ちそうな知識を探る。




 リュカが王都に連れてこられたのは一か月前の事だ。

 きっかけは些細な事だった。

 恋に狂った男に、とある貴族のお嬢様が呪いをかけられた。それを魔術師である彼の父が解呪したのである。

 それだけなら何の問題もない。呪術を行った男に問題はあるが、リュカに何の被害もないはずだった。

 解呪したのは、確かに彼の父親だ。しかし、呪いの術式から解呪の魔法式を組み立てたのが、リュカだったのだ。

 高度な魔法は、幾つもの魔法文字を組み合わせて魔法式を作り、そこから導き出した紋様を重ねて魔法陣を作って発動する。

 人を呪う魔法も同じだ。呪いを解く際は、魔法陣から魔法式を導き、そこから効果を打ち消す魔法式を作り出して魔法陣を作り、呪いにぶつけて相殺する……という、非常に面倒くさい工程を必要とする。

 リュカは、呪いの魔法陣を一目見ただけで、解呪の魔法式まで一気に組み立てたのである。父親は息子が導いた魔法式から魔法陣を作り上げ、解呪まで行った。

 それを貴族の男から聞いた宮廷魔導士が、リュカを強引に家族から引き離して王都に連れ去ったのである。


 非常に稀有な異能の持ち主として。


 当然、家族は誘拐事件として役所に訴えた。その訴えがようやく王都に辿り着き、国王に嘆願書として渡った。宮廷魔導士が起こした不祥事だ。

 それがグランフェルノ公爵の耳に入ったのが昨日。

 研究施設に閉じ込められていたリュカを、渋る魔導士たちから強引に奪ったのが今朝のこと。




 レグルスは必要な知識を彼から受け取ると、ぽたぽたと涙を零すリュカに視線を戻した。


「んと…多分、リュカのそれは異能ではなく、才能なのだと思います」

「え…?」


 泣き腫らした目が、レグルスを見た。

 レグルスはこめかみに人差し指を当て、首を傾ける。


「魔術師は、芸術家と一緒なのです。理論を知っているようで、実はほぼ感性なのです」

「……え?」

「だから既存の魔法は使えるけど、新しく魔法を作り出せる魔術師は、とっても少ないのです」

「…え?」

「言い換えちゃうとですね、新しい魔法を作り出すのはほぼ魔術師じゃないのです。学者や、魔具技師なのです」


 リュカの涙が止まった。口をぱかんと開けている。

 レグルスは立ち上がった。リュカに手を差し出す。


「この先は、父様の前で説明した方がよさそうです」


 唖然とするリュカの手を引いて立ち上がらせ、レグルスは父の仕事部屋へと急いだ。

 扉を叩けば、執事が姿を見せる。


「レグルス様。旦那様にご用ですか?」

「はい!リュカの異能の理由がわかったので、父様にもお話したいです」

「何と…少々お待ちください」


 執事は一度扉の向こうに引っ込んだ。ややあって、再び扉が開く。


「どうぞ、お入りください」

「父様!」


 レグルスはリュカの手を引いて、部屋に飛び込んだ。

 父の執務室は荒れていた。いつも綺麗に整えられた部屋に、数多くの書物が積み上げられている。

 奥の机には父、壁際に置かれた机には家庭教師が座っている。

 公爵は分厚い書物から一瞬だけ視線を上げた。不愛想な声が一言だけ告げる。


「説明を」


 レグルスは眉を下げたが、仕方ないと首を振る。怯えるリュカを振り返り、執事が用意した椅子に座らせた。その隣に立つ。


「リュカの魔法の解読は、きちんとした理論から推測する知識です。異能じゃありません」

「その根拠は?」

「リュカは魔法使いじゃありません。魔力だって、人並みだって言ってました」

「理由にならん」


 公爵は一蹴した。

 レグルスがむくれる。


「もうっ!最後まで聞いてください!!」


 声を張り上げれば、公爵は煩わしそうに手を振る。先を促しているのだ。

 レグルスは不満を溜めながら、説明を続ける。


「高度な魔法を使えることと、高度な魔法の仕組みを知っていることは、意味が違います。高度な魔法を使うためには高い魔力が必要ですが、仕組みを知るために必要なのは知識と頭脳です」


 リュカは幼い頃から父に魔法の理論を習っていた。魔力がなくても、魔法を使う手伝いは出来るからだ。魔法陣の書き方を習い、魔法式の作り方を学んだ。

 つまり、魔法理論の英才教育を受けていたという事だ。リュカに才能があったという理由もあるだろうが。

 とにかく、小さい時から触れて学んできた魔法陣は、リュカにとって複雑な物でも何でもない。


「リュカにとって、魔法陣は九九のようなものなのです」

「九九?」

「実際に計算しているわけではなく、暗記なのです。普通なら一桁の段で終わってしまうところですが、リュカの場合は二桁・三桁の計算まで暗記してしまっているのです」

「そんな馬鹿な!!」


 レグルスの言葉を遮ったのは、家庭教師だ。椅子を蹴倒し立ち上がっている。


「魔法陣にも、ある程度の定番というものがあります。けれど彼が解析した呪いは、それどころじゃなかった!!」

「生まれた時から英才教育を受けているのです。言語、式、陣。その全てを、赤ん坊が親の真似をして喋り出すのと同じように、見聞きしてきたのです。彼の解析能力はそうやって培われてきたもので、何ら不思議な能力じゃありません」

「そんな事が……」

「十分有り得ることです。まったく…近年、新しい魔法を編み出した魔術師がいましたか?いないでしょう。そう言うことですよ」


 家庭教師が力なく項垂れ、レグルスは父公爵に視線を戻す。


「魔術師は魔法を使うことばっかりに長けていて、理論は後回しになっています。確かに理論なんて知らなくたって、魔法陣と呪文があれば魔法は使えますけれど、それでは解析は出来ません」


 公爵は無言で立ち上がった。机を回り込み、レグルスの前に立つ。

 見慣れた姿だが、無言の威圧にレグルスは少し尻込みをした。体が大きい分、壁がそそり立つようだ。

 大きな手が頭の上に乗った。


「その説明……」


 公爵がぼそりと呟いた。

 次の瞬間、グワッとレグルスの体が持ち上げられた。荷物のように肩に担がれる。


「魔導士どもの前でもう一度!」

「うにゃあああぁぁぁあああ!!!」


 いきなり走り出した公爵に、レグルスが猫のような悲鳴を上げた。







   ◆◇◆◇◆◇






 父の肩が食い込んだ腹が痛い。そして荷物の如く揺られた胃が気持ち悪い。


「若様、大丈夫ですか?」


 ぐったりとソファに沈んだレグルスの背を、リュカがさすっている。

 こんなになっても、レグルスは説明義務を果たした。

 リュカの解析能力は異能ではなく、才能。単に宮廷魔導士たちの理論の読み込み不足だと。

 もちろん、非難の声は上がった。知識欲が人一倍強いとされる魔導士たちが、知識不足を指摘されたのだから。

 知っていることと、理解していることと、活用できることは、同じ知識を持っていても意味が違う。

 具合の悪さを懸命にこらえ、レグルスはそう論破した。まだ話し合いは続いているが、リュカは無事家に帰れそうだ。

 やつれた姿は変わりようがないが、憔悴した様子は消えていた。


「いたいです。きもちわるいです……」

「若様。誰か呼んできましょうか?宮廷魔導士なら、治癒術くらい……」

「いらないです。エミール先生じゃなきゃ、嫌です」


 宮廷魔導士を信用していないわけではないが、この状況で治療を受けるのは好ましくないと思った。

 レグルスは横になったまま、体を丸める。

 リュカは心配そうに顔を曇らせながら、レグルスの背をさすり続ける。隣室から時々聞こえる怒鳴り声に、体を竦ませながら。

 時折聞こえる父の怒鳴り声に、レグルスはうんざりしたような溜息を吐いた。


「あの父様の一喝に怯まないだけ、今の宮廷魔導士たちは骨があると褒めて差し上げましょう」

「…そうですね」


 リュカの顔に微かな笑みが上る。しかしそれはすぐに消えた。

 固く目を閉じ、眉を寄せて丸くなるレグルスを、彼はじっと見つめる。


「……若様」

「何ですか?」

「若様はなぜ、僕が異能持ちではないと思われたのですか?」


 レグルスが目を開いた。不機嫌そうな眼差しに、リュカはびくりと体を強張らせる。


「そういう人を知っています」

「僕以外にも、同じ事を出来る人がいるのですか?」

「『いた』ですね。昔の人ですから」


 リュカの喜びも、束の間に消えた。

 レグルスが笑う。


「リスヴィア王国が誇る『守護天使』ですよ。少しくらい誇ってもいいじゃないですか」

「守護天使って…異界人の?」

「はい」

「異界人が、魔法に詳しかったのですか?」


 リュカは心底不思議そうに尋ねてきた。

 異界には、魔法という概念はあっても存在しない。それは広く知れ渡っている。


「この世界に来た彼の後見人を務めたのは、不老の魔術師『賢者ルーグ』ですよ。この世界で生きていく術を覚えると同時に、魔法に関する知識も蓄えていったのでしょう」


 宮廷魔導士たちに囲まれて育った彼は、極自然に魔法の理を覚えた。彼もまた平凡な魔力しか持たなかった為、高度な魔法を使うことは出来なかったが。


「彼もまた、高度な魔法陣を一目見ただけで、反魔法の式を組み立てたといいます。そのせいで、魔術協会に敵対視されたそうですよ」

「『守護天使』も、僕と同じような目に……」

「これで解ったでしょう?」


 レグルスは上体を起こした。途端、腹を抑えて顔を顰める。

 慌ててリュカが背をさすった。


「まだ横になっていた方がいいです」

「う…そうします」


 リュカに支えられ、レグルスは再び転がった。体を丸める。

 借りた毛布を掛けて、リュカは背をさする。

 レグルスはへにょりと眉を下げながらも、言葉を続けた。


「昔から、魔術師たちは魔法学者たちに批判的」

「…理論を知っていても、理解はしていないから…ですか?」


 レグルスは小さく頷き、目を閉じた。

 隣室から聞こえてくる怒鳴り合いは、まだ終わりそうにない。


「少しだけ寝かせてください。父様が来たら、起こし……」


 最後まで言い切れず、レグルスは意識を手放した。

 まるで幼子が遊んでいる途中で突然眠ってしまうかのように、かくんと落ちたレグルスに、リュカは小さな笑みを浮かべた。


「はい。お休みなさい」


 隣から、何かを壊したような盛大な音が轟いた。

 リュカは身を竦めたが、レグルスは全く目を覚ます様子を見せない。ほっと息を吐き、リュカは再びレグルスの背をさすり始めた。











 待ちくたびれたのだろう。

 隣室で待機させていた子供たちは、二人とも寝息を立てていた。レグルスは長椅子の上で、リュカはその椅子に突っ伏すようにして。レグルスには毛布が掛けられているから、リュカが面倒を見たのだろう。


「この短時間に、仲良くなったもんだねぇ」

「藁にも縋ったんだろう」

「えっ?この子、藁なの?」


 とんだ上等な藁があったもんだねと感心する幼馴染の後頭部を、公爵は思いっきり殴った。

 恨みの混ざった唸り声を背後に、公爵は子供たちを起こそうと手を伸ばした。が、あどけない寝顔に揺り起こすのを躊躇う。軽く頬を撫でれば、迷惑そうに顔を顰められた。思わず笑みが漏れる。

 頭を抑えたままその様子を眺めていた幼馴染は、ふっと視線を鋭く眇めた。


「ところで、お前、あの事言ったのか?」

「……いや………」


 公爵は歯切れ悪く答えた。

 幼馴染であるココノエ侯爵は、益々表情を険しくした。


「早めに伝えて納得させないと、後が大変だぞ」

「……」

「それとも、この子が拒否した場合、議会に撤回させる事が出来るのか?」

「いや……」

「なら、後回しにするな。わかってんのか?」


 グランフェルノ公爵は苦しげに顔を歪めた。

 否定も肯定もしない相手に、ココノエ侯爵が苛立つ。


「王位継承権だぞ?下手すりゃ、その子を手放さなきゃならないんだぞ?本当にお前、理解してるんだろうな!?」

「わかっている…それは……」


 ぼそりと呟いたグランフェルノ公爵に、尚も言い募ろうとしたココノエ侯爵はぎくりとして視線を下げた。

 レグルスがのそりと起き上がったのである。


「…どういうことですか……?」


 ぼんやりとした様子で、レグルスは父を見上げる。

 父公爵は完全に固まっていた。強張った表情で息子を見下ろしている。


「父様…」


 呼びかけにも全く応えられない。目が泳ぐだけだ。


「王位って何ですか?手放すって…ぼくはもういらないですか?」


 公爵は何か言おうと口を開いたが、上手く言葉が出ずに再び閉じてしまう。

 レグルスが顔を歪ませた。


「ぼく、王位なんて望んでないですよ?」

「…望む、望まないに関係ない」


 ようやく絞り出した声は、レグルスを突き放すような答えだった。

 さぁっとレグルスの顔から血の気が引く。


「リガール!おまっ…何言ってんだ!!」


 ココノエ侯爵の一喝にはっと我に返るが、もう遅かった。

 レグルスは今にも泣きだしそうな顔で父親を見上げるばかりだ。

 慌ててその場に膝をつく。


「違うっ。違うんだ…レグルス、これは仕方ないことなんだ……」

「……ぼく、は、仕方ないで、手放せるもの……?」

「そうじゃないよ。最悪の事態を想定するとそうなる事も有り得るってだけで、まずそんな事にはならない」


 ココノエ侯爵も助け舟を出す。けれど、大人たちの言葉は今のレグルスには届かない。

 父譲りの薄い水色の瞳は、同じ色を持つ当人を映したまま動かない。


「最悪の事態って何ですか?それに王位継承権って…王太子殿下がいらっしゃるのに、何で……」

「…国王陛下と王太子殿下が同時に倒れた場合に、今この国は対処できない。その事態に備えるためのお前だ」

「そんな事態になったら……!」


 レグルスは言いかけ、口を閉ざした。そして頭を振る。


「違いますね。父様はやっぱり、ぼくなんて要らないのです」

「そんなことは無い!断じて!!」

「居ても居なくても同じ三男坊でしょう!?」


 いつかどこかで聞いた不愉快な言葉が、最愛の息子の口から飛び出た。

 呆然と息子を見つめる父に、レグルスはいたたまれず視線を逸らせた。固く手を握りしめれば、別の手が重ねられた。隣に目を移す。


「リュカ」

「自分の言葉で自分を傷つけてどうするのですか?」


 震える手を開かせて、リュカはレグルスに微笑みかけた。そして公爵を振り返る。


「公爵様。僕の件はどうなりましたか?」

「…あ、ああ。もう暫く話し合いが必要なようだ。だが、身柄は公爵家預かりとなった。両親と共に、こちらで生活は保障しよう」

「まだ帰ることは出来ないのですね」

「すまない。それから、例の行方不明事件の解決にはまだ協力してほしいのだが」

「勿論です。僕に出来ることがあるのなら、ですけど」


 リュカは顔だけ公爵の方を向きながら、手はしっかりと開いたレグルスの手を握っていた。

 沈むレグルスの頭に、ポンと大きな手が置かれた。無表情に見上げれば、ココノエ侯爵が申し訳なさそうにレグルスの頭を撫でている。

 レグルスは再び俯いた。




 暫くして、レグルスは抱き上げられた。抱き上げたのは勿論父公爵だ。

 グランフェルノ公爵は硬い表情のままだった。それでも息子をしっかりと抱え、いつものように悠然と歩きだす。

 レグルスは悲しげに父を見つめていたが、何も言えずに肩に手を回した。いつものように、父の頭に顔を寄せる。


「さあ、帰ろう」


 そう言った父親に、レグルスはただ頷くことしかできなかった。






誤字脱字の指摘、お願いします。


魔法に関するあれこれはもやっとわかってくれたらいいと思います!

表現不足なのは解っている!!(開き直り)

表現不足ついでに、ウェブ拍手に一本追加。現在小話四本。


今回アップした拍手小話ですが、こちらには河川の氾濫による水害の表現があります。ですが各地の被害以前に構想したものですので、そのまま掲載させていただきます。ご理解いただければ幸いです。

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