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遠い記憶の守人  作者: 名波 笙
成長記録
56/99

公爵令息の課外授業







 司祭が手を叩く。子供たちの視線が集まる。


「今日は魔具の魔力補充をします。皆さん、お願いしますね」

「「「はーい!!」」」


 庭に元気な声が響く。

 今一つ理解できないセイルのお喋りに耳を傾けていたレグルスも、皆の方を見た。


「魔力の補充?皆でやるのですか?」

「あい。みぃな、あしょーの」

「遊ぶわけじゃない」


 ルオーがセイルの頭をぽふんと叩いた。そのままくしゃくしゃと頭を撫でれば、セイルはキャッキャッと笑い出す。

 レグルスはルオーを見上げる。


「魔力の補充って、自分たちでやるものなのですか?」

「魔力があればな。自分たちの家で使ってる魔具は、自分たちで補充するのが普通。貴族の家じゃどうだか知らんけど」


 今度は二人で、後ろに控えていたレグルスの家庭教師に目を向ける。


「日常で使うものは一般的に出回っている物と変わりませんから、使用人たちが定期的に補充しています。家によっては、やはり子供の仕事にしている方もおられますよ」

「日常で使わないものもあるのですか?」

「たまにしか使用しませんが、大広間の照明などはやはり魔力の含有率が大きいですし、一回での消費も激しいですから。あとはお屋敷の室温調整機能も冬場は使用人たちだけでは追いつきませんので、私やシェリオン様が補充します」

「シェル兄様も?」


 レグルスが目を見開けば、家庭教師はゆっくりと頷いた。


「日々使用する機会があればいいのですが、大きな魔力を持つ方は定期的に発散させないと、魔力の暴走を起こすことがあるのですよ」

「そうなのですか……」

「旦那様や奥様も、身の回りの魔具の補充はご自分でなさってますよ」


 初耳だ。レグルスは少し情けない顔で家庭教師を見た。


「ぼく、何もしてないです……」

「まずお教えしていないのですから、仕方ありません」


 家庭教師は苦笑交じりに答える。

 そもそも、グランフェルノ公爵夫妻の魔力量は結構大きい部類に入る。平均的な魔力しかないレグルスとは、立ち位置が違う。

 集まった子供たちが、庭に散っていく。その中の数名が、レグルスたちの所に走ってきた。彼らの前に、鎖の付いた小さな金網を垂らす。


「はい、レグルス様!」

「何ですか、これ?」


 レグルスが受け取りながら、不思議そうにそれを眺める。丸い金網は半分に分かれるようになっていて、中に何かを入れるようだ。

 少年が持ってきた袋の中から、小さなガラス球を取り出した


「これが魔具だよ。僕らの担当は、二階の照明器具」

「これがランプの中に仕込まれていて、灯りを放つんだ」

「は~…そうなのですか」


 一見何の変哲もないガラス玉だが、よく見れば中で何かがチラチラと光っている。覗き込めば、光の魔法を放つ紋様が閉じ込められていた。


「で、これを丸いところに入れて……」


 金網に魔具を入れ、しっかりと留め具を締める。それから二人の少年が彼らから少し離れた。

 一人は魔具を入れた金網の鎖を、ぶんぶんと回し始める。


「見ててね!」


 何も持たない方が元気良く手を振りながら言った。

 レグルスはじっとしていないセイルを後ろから抱えて、二人を見ていた。彼らは適度な距離を取り、向かい合う。


「いっくよー!」


 何も持たない方の少年の手に、魔法の光が現れる。そしてそれを鎖を振り回す方へとぶん投げたのである。

 レグルスが驚く暇もなく、鎖を回す少年は魔具の軌道を器用に変え、光の玉へと鎖の先をぶつけた。すると、光の魔法は効果を失い、霧のように解けて流れて、魔具の中に吸い込まれていった。

 レグルスの口がぽかんと開かれる。


「これが補充の仕方ー!」


 少年たちが手を振る。セイルが手を振り返し、レグルスの顔を強かに打った。

 結構な衝撃が走り、我に返る。レグルスは頬をさすった。


「セイルぅ、酷いです~」

「う?ごぇんにゃしゃー」


 手に何か当たった感覚はあったようで、レグルスに手を伸ばした。小さな小さな手でレグルスの顔を撫でる。

 あまりに良い音がしたので、流石に心配そうに家庭教師が覗き込む。


「大丈夫ですか?」

「うぅ…まさか三歳の子に引っ叩かれるとは、思ってもみなかったのです」

「レグルス様も赤ちゃんの頃は、よくお兄様方を叩いておいででしたよ」


 家庭教師は笑いながら、軽く頬を撫でて傷がないことを確認する。

 そして改めて魔具の魔力補充方法を説明する。


「魔力はそのまま流すより、魔法として発動させたものから取り込んだ方が、効率が良いのです」

「へ~え」

「それから、灯りの魔具だからと言って、光の魔法である必要はありません。魔具は魔法を分解し、魔力に還元したうえで吸い込みますから」

「それって、普通に…といったらおかしいですけれど、攻撃された魔法も空の魔具があったら吸い込んじゃうってことですか?」

「レグルス様は理解が早くて、本当に助かります」


 家庭教師はにっこりと笑った。しかしすぐにその笑みを引っ込め、真顔になる。


「まさしくその通りです。正しく魔力の流れを読めば、敵の魔法を()()事が出来ます」

「流す?」

「リスヴィアではそういう言い方をします。他国で驚かれる技能ではあるのですが……」


 リスヴィアの子供たちは、誰でも魔具の魔力補充を経験する。それは子供の仕事であり、遊びであるからだ。だから大人になっても、襲われた時の魔法への対処が、当然のように出来る。

 敵に魔具で攻撃を仕掛け、空になった魔具で敵魔法使いから魔力を吸収して戦ったという、商人たちの武勇伝もあるほどだ。

 だからと言って、リスヴィア人全てに魔法が効かないというわけではない。強大な魔法は空の魔具ごときで防ぐことは出来ないし、そもそも勢いよく飛び出した魔法の流れを読むことは難しいのだ。


「…説明、終わった?」


 長々と話を続けていた家庭教師とレグルスの間に、少年たちが割って入った。

 家庭教師は苦笑する。


「習うより慣れよ、ですね。やってみましょう」

「おー!」


 レグルスより先にセイルが返事をした。




 周りは子供たちの歓声が上がっている。殆どが当たっても被害の少ない灯りの魔法だが、中には火の玉を噴出させている一団もあった。

 レグルスは金網に魔具を入れ、先をゆらゆらと揺らす。しょんぼりと肩を落として、寂しげだ。

 ルオーが補充の終わった魔具を別の袋に入れる。思わずぽつりと呟いた。


「…まさか、簡単な魔法さえ使えないとは思わなかった……」

「使えるわけないでしょう!?全く教えてもらってないのです!!」


 魔法の授業は、去年父親に王宮に連れて行かれて潰されて以来、全く組まれていない。 

 家庭教師が額に手を当てている。お抱え魔術師でもある彼にしたら、とんでもない失態だ。

 ルオーもレグルスと同じくらいの魔力しかないが、それでも灯りの魔法と小さな火の玉を出すくらいなら出来る。

 レグルスは口をへの字に曲げた。


「ぼくだってガッカリです」

「申し訳ございません」


 順番を間違えた。家庭教師はレグルスの隣に座る。慰めるように頭を撫でるが、レグルスは頬を膨らませるばかりだ。

 少年たちが顔を見合わせる。


「せっかくだから、今教えたら?」

「灯りの魔法と発火の魔法くらいなら、レグルス様ならすぐに覚えられると思うよ?」

「その間、俺ら三人で補充しとくからさ」

「…そうですね。お言葉に甘えさせていただきます」


 若干気落ちした家庭教師は、脹れっ面のレグルスに向かって弱く微笑んだ。

 少年の一人がレグルスの頬を両手で挟む。尖らせた口から空気が音を立てて噴き出した。


「あにをふるのれふか」

「そんなに拗ねないの。いっこ残しとくから、教えてもらった後にやってみようよ」

「そうそう。セイルと一緒に魔法を習っておいでよ」


 自分と同じ年頃の少年たちに幼児扱いされ、レグルスはますますむくれそうになったが、そこは我慢した。せっかく魔法を習う機会を得たのだ。

 セイルを隣りに並ばせ、家庭教師は前に立つ。

 少年たちはその後方で、魔具の補充を始めた。

 羨ましそうにそれを眺めるレグルスに、家庭教師は咳払いをして意識を戻させた。


「受ける側は既に完璧でしたので、今度は放つ側の方法を」


 そう。魔具の補充に関して、鎖を振り回す方は問題なかったのだ。日頃の武術訓練が功を奏したといえる。レグルスの動体視力は、ここで遺憾なく発揮された。

 ある程度魔力があれば、基本的な魔法に呪文は要らない。頭の中に、基となる魔法の紋様さえ思い浮かべれば発動する。魔具と同じだ。魔具の最初の起動には自分の魔力が必要なので、魔力の扱いは既に体に染みついている。


「あとは慣れになります。まずは光の魔法の紋様を手に書いて、魔法を発動させてみましょう」


 そう言って、家庭教師は地面に光魔法の基本的な文様を描いた。レグルスとセイルが真似をして、掌に描く。

 ポッと手の中が光った。


「あうっ」


 驚いたセイルが手を振って、光を振り落とそうとした。その為か光はすぐに消える。

 レグルスは光ったことに驚いて、そのままの状態で顔を上げる。


「光りました!」

「はい。それを丸くできますか?」


 手の中でクルクルと円を描くようなイメージをといわれ、レグルスは言われた通りに光を丸くした。




 が、出来たのはそこまでだった。




 ルオーは鎖の先をレグルスの手の中に落としていた。先っちょについた金網は、順調に手の中に出来た光を吸い込んでいる。

 それを眺めていた二人の少年のうち、呟いたのはどちらかは解らない。


「…地味……」

「そういう事を言わない!」


 光がプルプルと震えだした。否、それを放つ手が震えている。

 はるか遠くで家庭教師が司祭に慰められている。




――……まるで線香花火ですね………――




 レグルスの中から、そんな幻聴が聞こえた。ぐっと眉が寄せられる。

 レグルスの放った光の魔法は、なぜか手から離れることを拒んだのである。どんなに振っても消えることさえしない。手を打ち鳴らせば発動自体は止まるのだが。

 従って、魔具を光の中に落とし入れて吸い込ませるという、何とも言えない構図が出来上がった。

 手の中の光が強まった。魔具が魔力を吸わなくなったのである。

 ルオーは鎖を引き上げる。


「よし。もういいぞ」

「なんか違うのです~!!」


 両手で顔を覆ったレグルスに、少年たちはよしよしと頭を撫でるのであった。






   ◆◇◆◇◆◇






 打ちひしがれたレグルスに、家族もかける言葉がない。

 アルティアが何も言わずにギュッと抱きしめれば、悲しそうに顔を歪める。

 その光景を遠目に見ながら、公爵夫人が頬に手を当てる。


「まさか、そんなおもし…妙な事になるなんて……」


 母上。今『面白い』って言おうとしましたね。

 末っ子の不幸を笑うわけではないが、確かに面白い事にはなっている。本人にとっては笑いごとではないから、皆真面目な表情を取り繕っているが。

 シェリオンも状況を見せてもらったが、何故そういうことになるのか、理解できなかった。手の中で丸く光る球体は、どんなに手を振っても、投げる動作をしても、決して掌から離れない。

 むしろ、必死で引きはがそうとする末っ子の姿が可愛かった。怒られるのが解っているので、誰も口にしないが。

 お抱え魔術師である家庭教師は、一緒になって落ち込んでいる。本職である彼は、レグルスに起こった状況を解明できない事が相当ショックだったのだろう。

 日頃は割と不遜な分、それはそれで面白い。

 

「…っと、思考が逸れた」


 シェリオンは一人呟いた。

 レグルスは相変わらず姉に引っ付いたまま離れない。あれは暫く続くだろう。

 不安なときは誰かに引っ付きたがるのが末っ子で、その犠牲…否、対象になるのがアルティアである。成人前で傍にいる時間も長いせいだろう。だがアルティアも嫌がらずに、よく付き合っている。一緒にベッドに入ることもあるくらいだから、全く苦痛にはなっていないのかもしれない。

 アルティアが根気良く頭を撫でている。



 レグルスには平均的な魔力しかない。魔法に頼るような事態にはまずならない。魔具で十分事足りるはず。

 だから別に、現状でも全く問題ない。本人さえ納得すれば。


 納得しないだろうなぁと、皆思っているが。



 いつもなら一発で機嫌を治す父親が、今日は帰りが遅い。

 夫人が長男を見た。


「今日は旦那様は遅いのね?」

「…王宮内で問題が発生しておりましたから…巻き込まれたかと」

「まあ。政務大臣は相変わらず大変ねぇ」


 おっとりと母が言う。

 シェリオンは首を左右に振り、困った表情を見せた。


「大臣としてというか…結構私情は挟んでいると思うのですが……」

「あらあら?珍しいこともあるものね」


 冷徹なグランフェルノ公爵は、時として冷酷とすら称される。決して感情に流されないと噂されている。……少なくとも、外では。

 そうこうしているうちに、レグルスがおねむになってきたらしい。姉の膝を枕にして、ころんと横になる。小さく体を丸めて。


「レグルス、ねんねするの?なら、お部屋に戻りましょうか」


 幼児をあやすように、アルティアが声をかける。レグルスはむずがって、首を左右に振る。

 そんな弟の頭を撫でながら、アルティアはなおも言葉を続ける。


「姉様も一緒に行くから。ね?」

「……ん………」


 渋々といった様子でレグルスは上体を起こした。眠いのか、起きたはいいもののそのまま動かない。それどころか、かくんと頭が下がる。


「疲れがどっと来たのかしら。お母様たちにおやすみなさいして」

「…かーしゃま。にーしゃま。おやしゅみなしゃい」


 呂律も怪しく、かっくんと頭を下げられた。

 夫人が立ち上がり、何とか瞼を上げようとするレグルスの額に口付ける。


「おやすみなさい。良い夢を」

「…うぁい……」

「おやすみ」


 姉に促されて長椅子を降りたが、足元が覚束ない。使用人が呼ばれ、結局抱き上げられて居間を後にした。

 シェリオンが頬杖をつく。


「あれは魔力切れだなぁ」

「そうなの?」

「魔力補充であんなになることは無いんですけどね。やっぱりどこかおかしいんですよ」


 体内の魔力の流れが。

 原因を探るために家に戻っても何度か使っていたようだが、あんな基礎魔法で魔力切れを起こすほどではない。理論だけで考えれば、平均的な魔力でも二日は休みなく使い続けられる。

 それがああなるということは、レグルスは必要以上に魔力を流しているということだ。

 夫人は小首をかしげる。


「日常生活は問題ないのでしょう?」

「おそらく。けれど本人が許しませんよ。意外と負けず嫌いだから」


 母子は顔を見合わせ、苦笑いを零した。








 その日、公爵は帰ってこなかった。


 ようやく戻って来たのは、翌日の昼過ぎだ。しかも、一人の少年を伴って。




「あら、あなた……隠し子ですか?」

「違う!」


 玄関先で、そんなやり取りをして、子供たちを震撼させた。






誤字脱字の指摘、お願いします。


拍手&コメント、ありがとうございます!

7/25、8/12にお話を追加しています。同日の活動報告にその日付までに頂いた拍手コメントレスも上げてあります。

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