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遠い記憶の守人  作者: 名波 笙
成長記録
45/99

揺らぐ心に巡る闇 4





 リスヴィアの冬は、日が沈むのが早い。

 地獄の訓練を終えた三人は、侍従たちに傷の手当てをされた。それからもう暫く他愛のない話を楽しみ、二人は帰路につく。

 シェリオンと共にレグルスも玄関に見送りに出る。

 訓練の内容は刺激が強すぎたのか、レグルスはシェリオンの腹にしがみ付いている。シェリオンは笑っているが、随分歩き辛そうだ。

 ヴェルディが身を屈め、頭を撫でる。


「またな」

「…つぎは、いつきますか?」

「来年の冬かな。これは年に一回の、息抜きだから」


 少しだけ声に寂しげなものが混ざる。

 毎年一度、一日だけ。王太子としての立場を忘れ、友人と共に王宮を出る。今年は天気が良くなさそうだというので、友人宅に遊びに来たが、例年なら街歩きだ。

 屈むヴェルディに、ハロンがのしかかる。


「来年はレグルスも一緒に、外に遊びに行こうな!」


 レグルスは首を左右に振る。


「来年は、りょうちにかえるのです」

「あ、そっか…残念だな」


 今年はレグルスの体調を考慮して、王都から動かなかった。だが、来年には母や姉と共に戻るだろう。父と兄達は務めがあるので、王都に残るのだろうが。

 ヴェルディは起き上がって、ハロンを弾き飛ばした。


「その時は、お前がウチに遊びにくればいいさ」

「あそびに行ってもいいですか?」

「ちゃんと父君の許可を貰うんだぞ?」

「はいっ」


 レグルスが笑顔になる。両手が兄から離れる。

 ヴェルディも笑い返した。そして踵を返す。

 シェリオン達は扉の外まで見送りに出た。外は再び雪が降り始めていた。

 二人は預けていた馬に跨る。軽く手を振った後、馬が歩きはじめる。

 レグルスも手を振り返し、兄と共に彼らを見送った。


「さあ、中に入ろう」


 促されて、邸に戻ろうとした。だが、足を止める。

 閉ざされようとした門扉が動きを止めたのだ。振り返れば、門番が再び開こうとしている。

 客人たちと入れ替わりに入ってきたのは、グランフェルノ家の紋章をつけた馬車。

 レグルスの顔に満面の笑みが上る。その様子に、邸内から出てきた執事と共にシェリオンが苦笑した。

 御者が器用に馬を操り、玄関前に馬車を横付けする。踏み台が用意され、扉が開かれる。


「おかえりなさい、父さま!」

「おや?ただいま」


 馬車から下りた父公爵は、不思議そうな顔で息子達の出迎えを受けた。嬉しそうな末息子が飛びついてきて、そのまま抱き上げる。


「こんな所でどうした?待っていたわけではあるまい」

「丁度、友人たちを見送った所なんです」

「お帰りになられたのか。たまには一泊なさっても良ろしかろうに」

「お父上との約束ですから」


 シェリオンは肩を竦める。

 公爵はレグルスを抱えたまま、邸内に入った。シェリオンも続く。

 一度レグルスを下ろし、外套を執事に渡す。そしてもう一度抱え上げた。


「父さま?重くないですか?」

「抱えられるのは嫌いか?」

「ううん。うれしいです。でも……」

「なら、いいじゃないか」


 それ以上の異論を受けつけんと言わんばかりに、公爵は歩き出す。

 レグルスは暫く父の顔を見つめていたが、ふにゃりと表情を緩めた。肩にしがみ付く。


「うふふ。父さま、大すきです」

「ん?どうした?」


 父もどこか締りのない顔で訊ねれば、レグルスはご機嫌な様子で、肩に頬を擦り寄せる。

 シェリオンがふっと息を吐いた。


「結局、父上が一番なんだもんなぁ……」

「何だ?」


 足を止めて振り返れば、シェリオンは首を左右に振った。


「レグルスを落ち込ませるような事を一番言うのは父上だけど、簡単に喜ばせちゃうのも父上だってことです」

「羨ましいのか?」

「少し」


 寂しさを滲ませて微笑めば、父公爵は顎に手を当てた。レグルスは首を傾げている。

 

「……でもなぁ…お前を抱っこするのは流石に……」

「そっちじゃない!」


 すかさず突っ込んだ後、シェリオンは眉を吊り上げた。

 その後ろで使用人たちが肩を震わせていた。

 憤慨したシェリオンが、父を追い越す。


「何なんですか。天然ですか」

「くくっ…お前はからかって遊ぶと、本当に楽しいな」

「ワザとか!何て親だ……」

「ふん。今頃気付いたか」


 父が意地悪く笑えば、シェリオンはがっくりと肩を落とした。






   ◆◇◆◇◆◇






 父親と夕食を共にし、レグルスはご満悦の様子だった。食後も公爵の傍を離れず、絵本を片手に今日の出来事を一生懸命話していた。

 だが、眠気には勝てない。

 目がトロンとしてきたところで、部屋に戻るように促したのだが、レグルスは断固として頷かなかった。口を尖らせ、父公爵にしがみ付く。

 公爵は苦笑しながらも、それを良しとした。

 やがて公爵の服と絵本を握りしめたまま、公爵の膝で寝息を立て始めて、ようやく部屋に戻されることになった。

 公爵からレグルスを預かったマリスは、慎重に抱え上げた。普段なら公爵自身で運ぶのだが、今日はシェリオンの方を優先させた様子だ。

 そして寝入ったレグルスは、そう簡単に起きない。枕元で誰かが喋っていても、気にならないらしい。すれ違う使用人たちと言葉を交わしても、全く起きる気配を見せなかった。

 マリスは途中で捕まえた女中に手伝ってもらい、抱えていたレグルスをベッドに寝かせた。湯たんぽで温めておいたから、布団はぬくぬくのはずだ。

 布団をかけ、肩まで包む。


「ありがとう、ディアーヌ」

「扉を開けて、布団を捲っただけよ」


 わざわざ仕事を中断して手伝ってくれたのだ。礼を言うのは当然だ。

 だが彼女は気にした様子もなく、笑顔で軽く手を振って部屋を出ていった。

 マリスは室内を見回した。変わった様子はない。巨大な羊のぬいぐるみが倒れていたので、起こしてやる。そしてその頭を軽く撫でた。


「後は頼むよ。メリー」


 ぬいぐるみに声をかければ、その目が僅かに煌めく。




 マリスも部屋を後にした後、レグルスが寝返りを打った。むにむにと口を動かす。それはやがて弧を描き、満足げな笑みへと変わっていた。







誤字脱字の指摘、お願いします。


ラスト手前の一シーンを抜いたら、大分短くなりました。

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