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遠い記憶の守人  作者: 名波 笙
成長記録
43/99

揺らぐ心に巡る闇 2






 来客を告げられ、シェリオンは玄関ホールに降りた。


「いらっしゃい。ヴェル、ハロン」

「邪魔するぞ」

「外、すっげ寒い!凍るかと思った!!」


 幼馴染たちは鼻の頭を真っ赤にして叫ぶ。

 シェリオンは呆れた様子で、腰に手を当てる。


「馬で来たのか?そりゃ、寒いに決まってる」

「下手に馬車を使うと、身動き出来なくなりそうだったんだよ」

「今朝方まで、結構降ったからね。大通りは除雪されているだろうけれど……」

「憲兵隊の連中が必死だったぞ」


 執事に先導してもらい、彼らを暖かい応接室に通す。すぐさま、飲み物が運ばれてくる。

 暖かな湯気を立てたそれに、彼らは顔を綻ばせる。早速カップに手を伸ばした。一口飲んで、それぞれがほっと息を吐く。

 シェリオンは思わず噴き出しそうになり、慌てて笑いを噛み殺した。

 ソファにだらけて座っているが、今日は小言は言わない決まりだ。

 ハロンがあっという間に中身を飲み干した。


「寒い時は、妙に甘いものが美味いんだよな~」

「体が脂肪を蓄えようとしてるんだよ」

「「それは困る!」」


 二人の声が唱和して、シェリオンは口元を押さえた。視線を逸らす。

 ヴェルディが片眉を上げた。


「お前も太れ。結婚して、盛大に肥えろ」

「嫌だよ。バジュリ―ルの従弟みたいにはなりたくない」

「従弟って…エルネストは別に太ってないだろ?」

「長男じゃないよ。次男の方」


 ふっと、シェリオンは溜息を吐く。表情が険しくなる。

 幼馴染たちは顔を見合わせた。


「エルネスト殿に弟君がいるのか?」


 シェリオンは頷く。まだ幼い次男は、社交界に出ているわけではない。知らずとも仕方ない。

 レグルスが傷付けられた件は、シェリオンも聞いている。血縁である以上これからも付き合っていかねばならないだろうし、頭が痛い問題だと認識している。


 母方の親戚は、別に嫌いではない。伯父である伯爵は人柄も能力も尊敬できる人だし、祖父も、現役時代は国王の側近として政務に携わったような人だ。若くして公爵家を継ぐ事になった父も、当時は随分助けられたと聞く。

 従弟も、長男のエルネストは伯爵家の跡取りとして、将来を有望出来る人物だ。

 問題は、伯爵夫人と次男のジョルジュ。そしてジョルジュが係わる時の祖父だ。

 伯爵夫人は、何故あれほど人品優れた伯爵があんな女と結婚したのかと、周囲に眉を潜められる程の愚妻である。いや、正しく貴族の女ではあるのだが。高慢で浪費家。外見ばかりを気にし、貴族の貴族である所以を知ろうともしない。

 その夫人に溺愛されて育った次男が、まともであるわけがない。そんな次男を可愛がる祖父も。

 そんな中でよく、エルネストがまともに育ってくれたものだと、シェリオンは秘かに感心している。


 ひらりと目の前を掠めたものがあり、シェリオンは我に返った。目の前でハロンが手を振っている。


「お~い?シェル~?」

「あっ、ああ……ごめん。少し、考え事を……」

「そんな遠い目をするほどなのか?」


 まだ話はバジュリ―ル家の次男のようだ。

 シェリオンは肩を落とす。


「我が家では、あの次男は白豚で通じる」

「白豚……」

「それはまた……」


 二人が絶句する。

 あの体格なら納得だが、運動どころか、出歩く事もほとんどしない。だから、色白だ。髪は美しいプラチナブロンドというのも原因かもしれない。

 エルネストも同じ髪色で、やはり肌は白い方なのだが、こちらは白金の貴公子という呼び名が相応しい。


「レグルスと同い年なんだけど、見事なくらい、ぶくぶくと丸くて…見るたびに大きくなってるんだよね。縦にも横にも、前後にも」


 子供なのだから成長するのが当たり前なのだが、同じ年頃の子供と比べても大きすぎた。平均的な体格の子供が後ろに立つと、すっぽり隠れてしまう。

 シェリオンは額に手を当てる。


「同い年の孫同士、仲良くさせたいって言う祖父の気持ちは分からなくもないけれど、無理なんだよ。レグルスとは徹底的に反りが合わない」

「それは本人たち次第だろう?」

「初対面で決定的な溝が出来てるよ。お蔭でレグルスは怪我もしたし、人見知りと貴族嫌いが定着したし」

「怪我?あの子に怪我をさせたのか、お前の従弟は!」


 ヴェルディが立ちあがった。このままバジュリ―ル家に押しかけんばかりの勢いだ。

 シェリオンはそれを渋い顔で押し留めた。


「子供の喧嘩だよ。俺たちが踏み入っていい事じゃない」


 父に言われた言葉を、そのまま繰り返した。

 ヴェルディが眉根を寄せる。レグルスは今や、ヴェルディにとっても弟のようなものである。

 ハロンが肩を竦めた。


「自分で何とかするって踏んだんだろ。厳しいからな、公爵は」


 今のが自分の言葉ではないとばれていた。シェリオンはじとりとハロンを睨む。

 ハロンが視線を逸らす。


「その当人は?元気でやってんだろ?」

「…一応。今は庭にいる筈だけど」


 今朝の姿を思い出し、シェリオンは少し表情を曇らせた。

 ハロンが応接間を飛び出していく。何処の庭にいるか、わかっているのだろうか。

 侍従に後を追わせ、ゆっくりと立ち上がったヴェルディを振り返る。


「この寒いのに、庭か。元気だな」

「弓の練習をしてるんですよ」

「公爵は弓の名手だったな」

「体力作りの一環だったんだけど、結構筋は良いみたいだよ」


 連れだって廊下を歩く。

 先を行っていたハロンとも、途中で合流した。やはりどこか分からなかったらしい。

 レグルスはあまり奥から出てこない。部屋もそちらにある為だが、来客との鉢合せを恐れているのだ。だから、今いるのは奥庭だ。

 廊下から無人の部屋を通って、庭に出る。

 そこには矢を番えるレグルスがいた。傍にいた侍従がこちらに気付き、頭を下げる。


 ぺいんっ――矢が放たれる。

 ひょろろろろ~――矢が放物線を描き、飛んでいく。

 かこんっ――矢が的に当たって跳ね返る。


 五メートルほどの距離だが、あんな張りの弱い弓で良く当てる。

 二人が感心している後ろで、シェリオンが生温い視線を送る。


 ぺいんっ ひょろろろろ~ かこんっ

 ぺいんっ ひょろろろろ~ かこんっ

 ぺいんっ ひょろろろろ~ かこんっ

 ぺいんっ ひょろろろろ~ かこんっ


 レグルスが弓を下ろした。矢が尽きたようだ。落ちた矢を拾い集めに駆けていく。

 一本一本拾い、丁寧に汚れを払って、矢筒に戻していく。そして元の立ち位置に戻ろうとして、固まった。

 あんぐりと口を開け、こちらを凝視している。

 こちらも、ポカンとしていた。


「な、んで……」


 そう呟いたのはどちらだったのか、シェリオンには分からない。


「王子さ……」

「「何で当たるんだ!?」」


 茫然としたレグルスの声は、二人の驚愕の叫びに打ち消された。びくりと肩を揺らす。

 二人がすぐさま傍に行き、レグルスから弓を取り上げる。ハロンが軽く弾くが、玩具にしか思えない。


「こんなの、まず矢が飛ばないって」

「や~!ハロン、かえしてください~!」


 レグルスがハロンの腕にとりすがる。

 ハロンは僅かに目を見開き、すぐに弓を返した。ポンポンと頭を撫でる。


「ごめんごめん。無礼だったな」


 武器を取り上げるのは、相手を屈服させるという意味を持つ。例え見せてもらうだけであっても、相手から正しく受け取らねばならない。

 騎士であるハロンにとって、これは守らねばならない重要なしきたりであったはずだ。それだけ驚かされたという事だろうが。ばつの悪そうな顔は、流石に反省しきりというところか。

 レグルスがしっかりと弓を抱える。


「どうしておうちにいるのですか?」

「あれ?シェリオンに聞いてない?」

「…兄さまは、お友だちがくると言っていたのです」

「そのお友達だよ」


 兄の言葉に、レグルスは目を瞬かせる。


「王子さまが?」

「今日は王子様じゃないぞ。ただのヴェルディだ」

「……ヴェル兄さま?」


 首を傾げれば、ヴェルディが満面の笑みで頷く。

 しかし、レグルスがへにょりと眉を下げた。


「ヴェル兄さま。かみのけはどこ行っちゃったのですか?」

「髪はあるぞ!?」

「あー、うん。髪はあるな」

「髪は勝手にどこかに行かないよ……」


 慌てるヴェルディに対し、二人は笑いを堪えて言葉を足した。

 しかし、長かった髪はバッサリと切られている。レグルスは悲しげだ。


「どうして切っちゃったですか?おそろいだったのに……」

「お揃いって…まぁ、それも悪くなかったが、あれは神との誓約の証だからな。神に捧げたよ」

「かみさま?」


 レグルスが訊ねるが、ヴェルディは微笑むだけだ。

 何か発音がおかしかったような気がするが、聞かなかった事にしよう。


「驚くよね。ウチでガーデンパーティやった翌日、仕事に行ったら見事に短くなってるんだから」

「本当はハロンくらい短くしてもらおうと思ったんだが……」

「「それはダメ」です」


 シェリオンとレグルスの声が重なった。ヴェルディは肩を竦める。

 自然な長さで整えられた金髪は、以前より光沢を増しているようにも見える。よく似合っているし、物語の王子さま像にも近い。おそらく、その隣を狙う女性たちの人気も跳ね上がっているだろう。

 これ以上短くすれば、逆に落胆されるだろう。ハロンは精悍な顔立ちだから、この短さで映えるのだ。

 ハロンが身を屈める。


「レグルスは切らないのか?」

「きりたいのです。でも、きってもらおうとすると、母さまが……」


 口籠るレグルスに、ハロンは顔を上げた。視線をシェリオンに向ければ、肩を竦められる。


「その髪は母のお気に入りだからね。猛反対を喰らっている」

「女ってのは、どーしてそんなに髪に拘るかねぇ……」


 ハロンにも姉と妹がいる。だから解る。

 ドレスは勿論だが、髪にも異様に拘るのが女性だ。髪形がどうの、飾りがどうの…それだけだったら理解しないところもないが、日頃から艶がどうの長さがどうのと、煩い事この上ない。折角洗って綺麗にしたのに、わざわざ油やクリームを塗り込む意味も解らない。

 レグルスの髪を摘まむ。邪魔にならないように、背中にかかる部分から三つ編みにされている。どんな手入れをされているのか、相変わらず艶やかで滑らかな手触りだ。

 ハロンが侍従に目を向けた。


「これの髪も、油やら何やら、塗ったくってんの?」

「ええ、まあ…ご指示ですので……」


 侍従は言葉を濁す。誰からとは言わないが、何となく察しはついた。

 ハロンは溜息を吐く。


「大変だなぁ、お前も」

「なれてきたのです。それに、母さまがこれがいいとおっしゃるのなら、それでいいのです」


 レグルスがはにかむように笑う。

 年長者たちはその様子にほんわかとする。

 ほのぼのとした空気が流れたところで、レグルスが盛大なくしゃみをした。


「まだ訓練の途中か?時間があるなら、お前とも遊ぼうと思ったんだが……」

「これは…えぇっと……じしゅれん?なのです。だから、あそんでください」


 レグルスの表情がふにゃりと緩んだ。嬉しそうだ。

 弓を片付けると言うので、ヴェルディ達は先に室内へと戻っていく。その前に、庭に乱立する雪だるまが目に付いた。


「あれは…?」

「レグルスの傑作たちです」

「一人で?」

「おそらく」


 ヴェルディは小さく噴き出すと、大小様々な雪だるまを見渡した。

 三段は難しかったのか、雪だるまたちは大半が二段だ。小さな物だけ三段もみられる。それも少し溶けてバランスを崩したのか、倒れてしまっているものもあった。目鼻は庭の樹木の葉を張り付けてある。


「よく作ったものだ」


 微笑ましくそれらを眺めた後、室内に戻った。






 武器の手入れは自分でするように言われている。だが、お客様を待たせてはいけないと侍従に言われ、最後の片付けは任せることにした。

 廊下を急ぎ足で通り、彼らが待つ部屋に向かう。

 何をして遊んでくれるのだろうか。少しだけ期待をしてしまう。自分より八つも年長だから、それほど楽しくもないのかもしれないが。

 部屋の前で立ち止まり、扉を叩く。


「はい、どうぞ」

「しつれいします」


 従者を伴わないレグルスは、中から聞こえた声に、自分で扉を開けた。

 三人はそれぞれの位置に座っており、テーブルにはチェス盤が置かれている。駒が動かされているのを見ると、既に勝負は始まっているらしい。

 レグルスは急いでテーブルに駆け寄る。


「ヴェル兄さまと、シェル兄さまですか?」

「連合軍と執事だよ」


 真面目な声で兄が応える。レグルスは目を見開いた。隣を仰ぎ見る。

 執事のクリストフは、にっこりと微笑んだ。座らないまま白い駒を取り、黒い駒を跳ね除ける。三人の顔が歪んだ。

 レグルスは盤面に視線を戻す。

 チェスが得意なわけではないが、父や兄が対戦するのを見て、状況を読む事くらいは出来る。既に黒がかなりの劣勢だ。

 こんな短時間にどうして。レグルスは不思議に思うが、相手は執事である。

 クリストフは本当に人間かと思うほど、有能である。父公爵の剣の師匠も、最終的には彼だというのだから、空いた口が塞がらない。

 シェリオンは幼い頃「クリストフはできないことがあるの?」と訊ねた事がある。有能な執事はにっこりと微笑み「出産は出来ません」とのたまった。

 三人で頭を寄せあい、次の一手を考えているが、これはどうも負けが決まっているように思う。レグルスは彼らを見る。


「投了しないのですか?」

「「「断る!」」」

「……あそんでくれるって、言ったのです……」


 ぼそりとレグルスが呟けば、三人の動きが止まる。ぎぎぎっと立てつけの悪い戸のように、ぎこちなくレグルスに視線を移す。

 拗ねているのかと思えば、レグルスは無表情だった。シェリオンが直感的に危険を悟る。

 咄嗟に席を立ち、レグルスに視線を合わせる為、床に膝をついた。


「何して遊ぼうか?」

「……」


 レグルスは首を左右に振る。シェリオンに向ける瞳に生気がない。

 両手で顔を挟んで、額をつける。


「遊んでくれないの?もう嫌になっちゃった?」


 レグルスは俯いてしまう。

 シェリオンがなおも言葉を募ろうとすれば、レグルスが持ち上げられた。ハロンが父のやる様に抱き上げている。

 後ろから執事の声がかかる。


「王手でございます」

「全く…手加減の一つもあっていいと思うんだがな」

「旦那様より、無粋な遠慮は不要と申しつけられております」


 慇懃無礼な執事だと、ヴェルディは小さく呟いた。

 チェスは終わりを告げ、抱き上げたレグルスの体から力が抜けるのを、ハロンは感じた。笑いかける。


「さて。とりあえずお前の部屋に行こうか」

「ぼくのおへや?」

「何か、遊び道具くらいあるだろ?」

「…ぼくのおへやには、おもちゃしかないですよ?」

「おもちゃがあれば充分だろ。行くぞ~!」

「お~?」


 ハロンが片手を突き上げれば、レグルスも首を傾けながらそれに倣う。

 レグルスを抱きあげたまま、ハロンは歩き出す。


「それにしても、重くなったなぁ」

「せいちょうしたと言ってください」

「にしては、相変わらず小さいなぁ」

「へいかと同じこと、言わないでください!」


 声が遠ざかる。

 シェリオンは安堵の息を吐き、立ち上がった。


「…随分と不安定だな」


 背後から掛けられた声に、肩が跳ねた。落ち着かせようと、軽く目を閉じる。


「落ち着いていると思っていたんだけどね」

「…見た目では分からんな」

「本当に。振り回されてばかりだよ」


 シェリオンは笑顔で振り返る。ヴェルディも、口元に皮肉な笑みを乗せる。


「心配するばかりではないのか」

「ここにいてくれるのなら、何でも受け入れるさ」


 二人は改めて、ハロンたちの後を追いかけた。






誤字脱字の指摘、お願いします。


スマホで読み返していて、「誤字見っけ。後で直そ」と思うのですが、いざ直せる段階になると、どこだかわからないっていうね……orz

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