表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
遠い記憶の守人  作者: 名波 笙
幼年期
4/99

3.親の心子知らず






 レグルスの誕生日から、一ヵ月半後。

 長い外交を終えたグランフェルノ公爵が、無事帰ってきた。家人への大量のお土産を携えて。


(ああ、やっぱり……)


 公爵夫人は頬に手を当て、視線を逸らせる。

 レグルスがお土産と受け取ったそれを、死んだ魚のような目で見つめていた。


 長男には万年筆。柄の先にガラス細工を使った精緻なもの。

 次男にはスカーフ留め。

 長女には万華鏡。


 三男には、知育玩具(木製)


 兄姉もこのチョイスに、どん引きの様子である。

 



「…アリガトーゴザイマス、トーサマ……」




 片言の弟を兄姉が囲む。


「交換しよう。ね?」

「ううん、いいの…にいさまたちは、こんなのでもうあそばないでしょ……」

「じゃあ、いっしょにこの万華鏡を見ましょうね!」

「はいっ。ねえさま」


 弟は笑い、そっと姉にすり寄った。姉はギュッと抱きしめる。

 そして兄二人は、空気を読まない父にじっとりとした目を向ける。


「何故!?」

「「何故じゃない!!」」


 二人から突っ込まれ、父はすっかり拗ねてしまうのである。








 四角い箱に、様々な形の穴。それに積木に似た様々な形の欠片を、合う場所に嵌めて中に入れる。

 彼の前世が生まれた場所にも、こんな感じのおもちゃがあった。


(何か、もっと小さな子が遊ぶものだったような……)


 こんっという音と共に、最後の欠片が中に入った。

 これだったら、前に遊んでいた立体パズルの方がずっと難易度が高い。こちらの方がカラフルであるが、父の玩具を選ぶ基準が分からない。

 レグルスは溜息を吐き、玩具を片付けようと立ち上がった。そして少しだけ開いた扉に、びくりと肩が跳ね上がる。

 扉の隙間から、父が覗いていた。


「…と、とうさま……?どうしましたか?」


 声をかけると、扉がゆっくりと開かれる。

 公爵家の扉が軋むという事はないが、音もなく開く扉が不気味さを増す。

 何よりも、その向こうに佇む父の表情…目がイッてしまっている。



 こ ろ さ れ る



 レグルスの手から玩具が落ちた。蓋が開き、中身が散らばった。


「ひっ、ふぇっ…に、にいさ……」

「クソ親父!何やってんだ!!」


 ドカッ!!


 父の背に足跡をつけたハーヴェイは、膝をついて呻く父を無視して、弟の部屋に入った。涙ぐむレグルスの前で屈む。


「大丈夫か?」

「ヴィーにいさまぁ!」


 レグルスはハーヴェイに手を伸ばす。頭を撫でてやれば、ほっとしたように表情が緩む。

 ハーヴェイは父を睨んだ。


「で?マジで何やってんだよ、父上?」

「…レグルスが、お土産に不満がありそうだったから……」

「そりゃあるだろうよ。なぁ、レグルス」


 レグルスは答えない。眉尻を下げて、曖昧に笑うだけだ。

 ハーヴェイは頭を掻いた。


「まあ…うんとは、言わないよな」

「でも否定もしなかった!っていうか、愛想笑いなんてどこで覚えた!?」


 父は両手で顔を覆う。

 泣き真似と分かっているが、それはそれで鬱陶しい。

 レグルスは落としたおもちゃを拾った。


「木のおもちゃより、ガラスざいくがほしかったです」

「うっ」

「たんじょうびも、かえってきてくれなかったし」

「ううっ」

「なにをしても、にいさまたちのあとだし」

「そんな事は!」

「だからやくそく、まもってくださいね?」


 おもちゃを口元に当て、可愛らしく首を傾ける。

 不思議そうな顔の父に、レグルスは眉を潜める。


「わすれちゃったですか?」

「いやっ、忘れてないぞ!今思い出す!!」

「それを忘れたというんだよ、父上……」


 ハーヴェイが頭を抱える。

 レグルスは明後日の方を向いて、溜息を吐く。未だ四つん這いの父の前に行き、目線を合わせるようにしゃがむ。


「おうまさん。レリックおじさまに、おうまさんもらってくれるっていいました!」

「ああ!覚えているぞ。馬。レリックに頼んでおく」


 留守にする前の約束。覚えていてくれたことが嬉しくて、父親は息子に抱きついた。

 父親の腕の中で、レグルスは微笑む。

 父親は更に約束する。


「これから社交シーズンだから無理だが…秋になったら、コーレィに行こう。レリックの家に遊びに行かせてもらおう」

「おじさまのおうち?ひつじさんとおうまさんにあえますか?」

「羊も馬も、沢山いるぞ。そうだな、お前の……」


 言いかけて、やめた。代わりに頭をクシャクシャと掻き回す。

 レグルスは首を竦めたが、されるがままになっている。

 ハーヴェイが「オレも馬欲しい!」と間に割って入る。

 父はハーヴェイの頭もぐしゃぐしゃにした。


 


 忘れないならいい。些細な約束も覚えていてくれるなら、それでいい。

 望まれて行くのなら、精一杯育ててやろう。王国の盾にふさわしい人物に。





 リガールは僅かに熱くなった目を誤魔化す様に、息子たちにじゃれついた。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ