3.親の心子知らず
レグルスの誕生日から、一ヵ月半後。
長い外交を終えたグランフェルノ公爵が、無事帰ってきた。家人への大量のお土産を携えて。
(ああ、やっぱり……)
公爵夫人は頬に手を当て、視線を逸らせる。
レグルスがお土産と受け取ったそれを、死んだ魚のような目で見つめていた。
長男には万年筆。柄の先にガラス細工を使った精緻なもの。
次男にはスカーフ留め。
長女には万華鏡。
三男には、知育玩具(木製)
兄姉もこのチョイスに、どん引きの様子である。
「…アリガトーゴザイマス、トーサマ……」
片言の弟を兄姉が囲む。
「交換しよう。ね?」
「ううん、いいの…にいさまたちは、こんなのでもうあそばないでしょ……」
「じゃあ、いっしょにこの万華鏡を見ましょうね!」
「はいっ。ねえさま」
弟は笑い、そっと姉にすり寄った。姉はギュッと抱きしめる。
そして兄二人は、空気を読まない父にじっとりとした目を向ける。
「何故!?」
「「何故じゃない!!」」
二人から突っ込まれ、父はすっかり拗ねてしまうのである。
四角い箱に、様々な形の穴。それに積木に似た様々な形の欠片を、合う場所に嵌めて中に入れる。
彼の前世が生まれた場所にも、こんな感じのおもちゃがあった。
(何か、もっと小さな子が遊ぶものだったような……)
こんっという音と共に、最後の欠片が中に入った。
これだったら、前に遊んでいた立体パズルの方がずっと難易度が高い。こちらの方がカラフルであるが、父の玩具を選ぶ基準が分からない。
レグルスは溜息を吐き、玩具を片付けようと立ち上がった。そして少しだけ開いた扉に、びくりと肩が跳ね上がる。
扉の隙間から、父が覗いていた。
「…と、とうさま……?どうしましたか?」
声をかけると、扉がゆっくりと開かれる。
公爵家の扉が軋むという事はないが、音もなく開く扉が不気味さを増す。
何よりも、その向こうに佇む父の表情…目がイッてしまっている。
こ ろ さ れ る
レグルスの手から玩具が落ちた。蓋が開き、中身が散らばった。
「ひっ、ふぇっ…に、にいさ……」
「クソ親父!何やってんだ!!」
ドカッ!!
父の背に足跡をつけたハーヴェイは、膝をついて呻く父を無視して、弟の部屋に入った。涙ぐむレグルスの前で屈む。
「大丈夫か?」
「ヴィーにいさまぁ!」
レグルスはハーヴェイに手を伸ばす。頭を撫でてやれば、ほっとしたように表情が緩む。
ハーヴェイは父を睨んだ。
「で?マジで何やってんだよ、父上?」
「…レグルスが、お土産に不満がありそうだったから……」
「そりゃあるだろうよ。なぁ、レグルス」
レグルスは答えない。眉尻を下げて、曖昧に笑うだけだ。
ハーヴェイは頭を掻いた。
「まあ…うんとは、言わないよな」
「でも否定もしなかった!っていうか、愛想笑いなんてどこで覚えた!?」
父は両手で顔を覆う。
泣き真似と分かっているが、それはそれで鬱陶しい。
レグルスは落としたおもちゃを拾った。
「木のおもちゃより、ガラスざいくがほしかったです」
「うっ」
「たんじょうびも、かえってきてくれなかったし」
「ううっ」
「なにをしても、にいさまたちのあとだし」
「そんな事は!」
「だからやくそく、まもってくださいね?」
おもちゃを口元に当て、可愛らしく首を傾ける。
不思議そうな顔の父に、レグルスは眉を潜める。
「わすれちゃったですか?」
「いやっ、忘れてないぞ!今思い出す!!」
「それを忘れたというんだよ、父上……」
ハーヴェイが頭を抱える。
レグルスは明後日の方を向いて、溜息を吐く。未だ四つん這いの父の前に行き、目線を合わせるようにしゃがむ。
「おうまさん。レリックおじさまに、おうまさんもらってくれるっていいました!」
「ああ!覚えているぞ。馬。レリックに頼んでおく」
留守にする前の約束。覚えていてくれたことが嬉しくて、父親は息子に抱きついた。
父親の腕の中で、レグルスは微笑む。
父親は更に約束する。
「これから社交シーズンだから無理だが…秋になったら、コーレィに行こう。レリックの家に遊びに行かせてもらおう」
「おじさまのおうち?ひつじさんとおうまさんにあえますか?」
「羊も馬も、沢山いるぞ。そうだな、お前の……」
言いかけて、やめた。代わりに頭をクシャクシャと掻き回す。
レグルスは首を竦めたが、されるがままになっている。
ハーヴェイが「オレも馬欲しい!」と間に割って入る。
父はハーヴェイの頭もぐしゃぐしゃにした。
忘れないならいい。些細な約束も覚えていてくれるなら、それでいい。
望まれて行くのなら、精一杯育ててやろう。王国の盾にふさわしい人物に。
リガールは僅かに熱くなった目を誤魔化す様に、息子たちにじゃれついた。