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遠い記憶の守人  作者: 名波 笙
成長記録
37/99

貴族のお買い物 2





 ココノエ侯爵の目当ての絵画がはっきりした後は、レグルスの番だ。

 オークションの商品は大抵、競りの前に実物を見ることができる。特に今回は、真贋入り混ざっての出品だ。数日展示されるのだが、公爵の仕事の都合で、最終日しか来れなかった。

 絵画や彫刻、陶芸など、美術品が並ぶ中を、レグルスは目を輝かせながら歩き回る。「きれいですねぇ」とうっとり眺める事はあるが、それで満足する様だ。わりと真作の前で立ち止まることが多いから、生まれついての目利きはあるようだ。

 オークションには、美術品の他にも、一風変わった物も出品される。有名人の使用した物や、王族の遺した物だ。


「例えば、英雄王シュバリエの馬具」

「シルヴァンにつかった?」

「そう。十何年前かに出品されたが、二億三千万だったか……」

「おく!バカです、そいつ!!つかえないばぐに、しろきんか二十三まい!!」

「…うん。お前はそう言うと思ったよ……」


 この子にコレクター魂はナイ。

 グランフェルノ公爵は遠い目になってしまった。

 だが、だからこそこのオークションに興味を持ったことに、違和感があった。出品物は愉しそうに眺めているが。場合によっては、下手な美術館より珍しい物が出品されているのだ。

 当時を思い出したのだろう。後から付いてきているココノエ侯爵が笑う。


「馬具コレクターと王族コレクターと英雄好きが競ってね。見る間につり上がっていったよ」

「こんかいはそういうの、ないのですか?」

「今回は…高値がつくという点では、ナハトの人物画がそれに当たるが…珍しい物というであれば……」


 公爵が出品物の目録を捲る。ざっと指でなぞり、ある一点で止まる。


「日記があるな」

「にっき?」

「ああ。王族の日記だ。王兄イルネージュとある」


 一瞬レグルスの動きが止まった。大きく目を見開いたまま、父を凝視する。やがてゆっくりと父の手を掴んだ。


「見たいです。ソレ、見たい!どこですか!?」


 強く引っ張るが、父はビクともしない。慎重にリストの番号を調べる。

 父はまず、息子の手をしっかりと握り直した。その上で答える。


「向こうだな」

「行くのです!!」


 父の手を振り払って駆け出そうとすれば、父はそれを許さなかった。不満げに顔を上げれば、冷徹な父の目に射抜かれる。レグルスは口を真一文字に結び、そっと父の手を握り直した。

 歩き出した公爵に大人しく並ぶ姿を、後ろでココノエ侯爵が必死で笑いを堪えながら眺めていた。




 古びた日記は、小さなガラスケースに納められていた。プレートには日記の書かれた年代が記されている。

 見た目には、何の変哲もない古い日記帳だ。特別子供が喜ぶような装飾があるわけでもない。

 だがレグルスは食い入るように見つめている。後ろから公爵が覗き込んだ


「イルネージュ・エクスタ・ファランド…ファランド公爵家の初代か」


 今はもう無い家名だ。三十年ほど前、世界規模で蔓延した病で、血筋が途絶えてしまったのだ。


「ウチの初代と同じ時代だな」


 ココノエ侯爵が呟けば、レグルスが驚いたように顔を上げた。


「この方は、しょだいさまの前の、おうこくしゅごたいちょうさんですよ」

「は?」

「知らないのですか?しょだいさまは、かれから、しゅごたいちょうさんをうけついだのですよ」


 その後の王国守護隊長が彼をリスペクトしていたというのなら、その彼が信奉していたのがこの人物である。

 ガラスケースに張り付いていたレグルスは、ようやく手を離した。ケースにはしっかり指紋が付いている。


「これ、ほしいです」


 恐る恐る父を見る。父は目を眇めていた。ピシリと体が強張り、レグルスは顔を伏せた。


「理由は?」


 険しい声が降ってくる。レグルスは首を左右に振った。


「いいのです…ちょっと、よんでみたかっただけ、なのです……」


 レグルスは諦めていた。

 競りにかけられれば、レグルスのお小遣いでは到底追いつかない金額になるだろう。どうしても父の財力に頼ることになる。そしてそれは、領民の血税だ。

 興味本意ではない。読みたいのは事実だ。この年、この月日なら、きっとあの事が書いてある。「ちょっと」どころではない。彼が知りたがっているの事の一部でも、触れてあるかもしれないのだ。

 その説明を、レグルスは出来ない。彼の事を知られるのは、レグルスも彼自身も、望んでいない。知られて、嫌われてしまったら。気味悪く思われたら。偽物として放逐されてしまったら。悲しくて、考えることさえ拒否しているというのに。

 しょんぼり肩を落として、最後に目に焼き付けておこうと、再びケースに張り付く。

 あっさりと退きながら、なおも縋りつく息子に、公爵は再度問いかけた。


「本音は?」

「……ほしいです」


 レグルスはポツリと呟く。くしゃりと顔を歪めた。


「もう、おたんじょうびのプレゼントはいらないのです。おべんきょうもがんばります。わがままも言いません。父さまの言いつけもまもります。だからかってほしいのです」


 これが今のレグルスに出来る精一杯の事だ。到底足りない、口約束だけ。

 ギュっと目をつぶる。

 その頭の上に、手が置かれた。


「約束したな。五年間頑張った、ご褒美をやると」


 優しい声色に、レグルスは顔を上げる。父公爵は笑っていた。


「こんなもので良いのか?向こうの彫刻辺りの方が、お前好みかと思っていたのだが」

「……きれいなおねえさんは、なまみがいいです………」

「将来が不安になる発言をするな」


 ぽふんと叩かれる。

 公爵は幼馴染を振り返った。


「こういうのは、どれくらいするもんなんだ?」

「欲しがるのは王族コレクターくらいだから、それほど上がらないと思うけど……」


 ココノエ侯爵は改めてプレートを見る。


「結構晩年の日記みたいだし。若い頃なら結構付きそうだけど。初代が若い頃との付き合いとか記してあれば、千くらい軽くいきそう」

「せん…っ?」


 勿論単位は万からだ。レグルスが息を飲む。

 ココノエ侯爵が笑った。


「多分五十か、百…はいかないかな。それくらいじゃないかなぁ?やってみないと解らんけど」

「ごじゅう……」

「そんな顔するなって。そもそも、グランフェルノ家に落札できないもんなんて、ないと思うぞ」


 公爵が僅かに顔を顰めた。だが事実なので反論はしない。苦い顔をしていると、軽く袖を引かれた。下を見れば、レグルスが不安そうにしている。


「…ムダづかいは、ダメなのです……」


 泣きそうな顔でそんな事を言う。思わず笑みが漏れる。

 公爵はしゃがんで、目の高さを合わせた。


「金持ちが金を使うのは、当たり前の事だ」

「でも……」

「子供の仕事は学ぶこと。そして親に甘えることだぞ」


 小さな笑い声を上げて、フードの中に手を差し入れた。頬を摘まめば、最近良く伸びるようになってきた。


「案ずるな。これくらい無駄遣いにも入らん」

「父ひゃま、いひゃいれふ」


 抗議が上がったので、手を離してやる。レグルスは小さな手で、頬をさする。


「ムリはしないでくださいね?」


 念を押して見上げれば、父はゆったりと笑って頷いた。

 が、幼馴染は騙されない。


(キレイゴトで、筆頭貴族が務まるもんか)


 決して家族には見せない一面があるのだ。グランフェルノ公爵にも、自分にも。

 遠巻きにこちらを伺うコレクターたちの視線を感じながら、ココノエ侯爵はひっそりと溜息を吐いた。





 結果から言えば――圧勝。グランフェルノ公爵の。


 日記の開始金額は五万イクル程だった。ただし、父子の会話を聞き、興味を持った王族コレクターと歴史コレクターが、喧嘩を売ってきたのだ。あっという間に値はつり上がった。公爵の隣で成り行きを伺う息子が、顔面蒼白になるくらいに。

 相場はせいぜい開始の十倍ほどだった日記は、百万の大台に乗った。そこからようやく動きが鈍くなる。

 グランフェルノ公爵は一切動かなかった。

 さすがに幼い子供に買い与えるには高すぎると、諦めたのだろう。誰もがそう思った。欲しいといった本人でさえ、無理だと思っていたのだから、仕方ない。

 百二十五万で終了しようとした、その時だ。公爵の手が、軽く上げられた。


 競売は、ある程度人を振り落とすまで、競売人が値を吊り上げていく。参加者は手を上げて購入意思を示し、予算を越えれば手を下ろす。希望者が数えるほどになった所で、後は直接対決だ。ここから参加する者もいる。


 公爵は静かにある金額を告げた。同時に、会場が静まり返る。

 呆れたように笑ったのは、ココノエ侯爵だけ。レグルスは蒼い顔で、口をパクパクさせるだけだ。


カンッ


 木槌の音が鳴り響いた。冷静なハンマープライスが、落札金額を繰り返す。


「王兄イルネージュの日記、五百万で落札です」

「バカですか、父さま――!!」


 レグルスの悲鳴に似た叫び声が、会場に響き渡った。




 終了後、支払と実物確認の為に裏手に案内された。レグルスは既に疲労困憊である。

 だが、それ以上にやつれていたのはココノエ侯爵だ。


「思ったより上がらなかったな」

「人物小さいし、保存状態が悪いからね」


 …六千三百九十七万は上がらなかったですか。そうですか。

 レグルスは口に出さなかった一言も発しなかった。なのに、だ。


「八年前に出品された人物画には、一億二十七万出したぞ」


 父の言葉に、レグルスが噴いた。「アレは痛かったぁ」と、隣は涙目である。

 自分の感覚、何かおかしいのかなと、本気で心配になりだす。

 布張りの箱を差し出された瞬間、全て吹き飛んだが。

 父が受け取り、息子へと手渡す。係員が用意してくれた低い台に箱を置いた。慎重に蓋を取れば、先程の日記帳が姿を現す。

 レグルスは内側で靄が跳ねたのを感じた。ゆっくりと表紙を開く。


「…れいめいれき三〇六四年は、あるじんぶつがなくなった年なのです」


 誰にともなく、レグルスは語りだす。一枚、また一枚と、ページを捲りながら。


「それはイルネージュにとって、もう一人のおとうとのようなそんざいでした。でしであり、おなじじんぶつをしとよぶ、おとうとでしでもありました」


 ぱらり、ぱらりとページを捲っていた手が止まる。

 それまでは一日数行しか書かれていなかった日記。そこから急に、ぎっしりと文字が詰まっていた。一枚捲れば、次のページもびっしりと埋まっている。

 レグルスは顔を歪める。


「三〇六四年九月一五日。ココノエこうしゃくけしょだいとうしゅ、リョーヤ・ココノエがなくなった日です」


 周囲の大人たちが息を飲む気配が伝わってきた。

 日記の日付は一日遅い、一六日だ。レグルスは文字をなぞる。


「リョーヤのしは、あまりにとつぜんでしたから…きっと、かなしんだのでしょうね」


 そこは日記というより、思い出が延々と綴られていた。

 レグルスは日記を閉じた。大事に抱える。


「おうちにかえって、ゆっくりよむのです」


 公爵がレグルスを抱き寄せた。父の肩に顔を埋める。


「おなじ年の十二月には、グランフェルノのごせんぞさまもなくなっているのです」

「…そうか……」

「さいしょうだったその方は、イルネージュのしんゆうだったのです」


 弟分と親友。立て続けに失った衝撃は大きく、悲しみは深かっただろう。古い日記帳の表紙は、僅かによれた部分があった。水滴が落ちたように。

 父が頭を撫でてくれている。


「…レグルスは、リョーヤ・ココノエについて、随分詳しいのだな」


 レグルスは父の肩にすり寄った。寂しげに笑う。


「まえに、サディおじいちゃまが、いろいろお話してくれました」

「……そういえば………」


 サディアス・ベイルを以前、自宅に招いたことがあった。その際、何が気に入ったのか解らないが、あの巨人と話を弾ませていた。

 最後に、あの双剣を託したいとまで言いだしたのだ。

 アレか。ソレか。だからか!

 公爵の中でいろいろ合点がいった。顔を上げれば、ココノエ侯爵に目を逸らされた。


(お前!知ってたな!!?)

(レグルス、すっげ言い訳用意してた!!俺、なんて言えばいいの!?)


 意思疎通をしないまでも、お互い気まずい雰囲気を醸し出す。

 そんな父親たちの心の声は露知らず、日記を箱に戻したレグルスは父親に向かって手を出した。


「父さま、早くかえりましょう。リッティもまっているのです」


 父の手を握れば、公爵は微笑んで頷いた。







 リスヴィアの長い冬。五年ぶりに厳冬と言われた冬が来る。

 それはレグルスにとって、何年ぶりかの暖かく過ごせる冬になった。






誤字脱字の指摘お願いします。


前世君の名前がようやく出てきました。漢字に直すと「九重 領夜」


通貨に関しては、1円=1イクルでお願いします。

作者は単位を考えるのが大の苦手です。だから距離や時間は現実に準じるという事でお願いします。

レグルスが叫んでいた白金貨は貴族や商人が使用する流通用の高額通貨。1枚1千万円くらい。

一般的には銅貨・銀貨が使用されています。10円・1000円くらいの単位でしょうか。小粒の1イクル銅貨や大型の100イクル銅貨、5百円玉くらいのサイズで1万イクル銀貨くらいまでが庶民のお友達でしょうか。

金貨は1枚10万~って所で。


あくまで空想世界の産物なので、価値はそれぞれと大目に見て下さい。

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