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遠い記憶の守人  作者: 名波 笙
幼年期
3/99

2.誕生会





 レグルスの誕生会は、身内とごく限られた知人の中で、それなりに祝われた。

 本来ならもっと盛大に行われる筈だった事を知らないレグルスは、プレゼントの包みを開いては歓声を上げている。

 その姿に、事情を知る大人はそっと憐憫の目を向ける。


「公爵様がいらっしゃったら、立派なお披露目になったでしょうに……」

「聡明なお子様だと伺っていただけに、残念ね」

「そんな事を言ってはいけないよ。一番残念に思っていらっしゃるのは、公爵様だろうからね」


 ひそひそと交わされる言葉も、レグルスの耳には届かない。

 レグルスは巨大な羊のぬいぐるみを抱えて、ご満悦のようだ。もふもふとした羊の胴体に顔を埋めている。


「レグルスは羊さんが好きねぇ」

「はい。ふっかふかです~」

「それは良かった」


 男性の声がかかり、レグルスは顔を上げた。

 長身の男がレグルスを覗き込み、満面の笑みを浮かべている。


「そんなに喜んでもらえたのなら、こだわった甲斐もあったってもんだ」

「レリックおじさま!」


 羊から手を離し、レグルスは男へと飛びついた。男はそれを受け止めると、軽々と抱き上げる。

 レリックおじ様ことココノエ侯爵は、レグルスを抱えて一回転した。レグルスから歓声が上がる。

 グランフェルノ公爵夫人があらあらと、口元に手を当てる。


「レリック、あまりレグルスを乱暴に扱わないでちょうだい」

「大丈夫、落としたりしやしないさ。楽しいもんな、レグルス?」

「はい!」


 レグルスは頷き、レリックの肩へと擦り寄る。レリックはポンポンと背中を叩いた。


「いいよなぁ、男の子。うちは娘ばっかりだからさ。なかなか構ってくれんのよ」

「…もう一人、頑張ってみたら?」

「いや。これ以上は無理させたくない」


 表情は変えないまま、若干声色が硬くなる。

 レグルスは顔を離し、レリックの表情を窺う。レリックはにっこりと笑った。


「だからさ、レグルス。お前、うちにお婿に来ないか?」

「おむこ?」

「レリック…」


 夫人の咎めるような声が聞こえたが、レリックは聞き流した。更に言葉を重ねる。


「うちの娘と結婚しない?年上と年下、どっちが好みだ?」

「おじさまのこ?ぼく、けっこんするのですか?」

「そーそー。マデリーンはお前より二つ下、アリステアは二つ上」

「マデリーン?アリステア?」

「オレの娘の名前だよ。どっちも奥さんに似て、可愛いぞ~」


 銀灰色の瞳が細められる。

 レグルスは不思議そうにその目を見つめていたが、やがてゆっくりと頷いた。


「いーですよ」

「やった!」

「レグルス!レリック!!」


 夫人の怒声に、二人は身を竦ませることになった。

 レリックから息子を奪う。息子を抱きしめ、キッと睨んだ。


「そういう事は、旦那様がいらっしゃる場で仰い!」

「馬鹿言うなよ。リガールに言ったら、確実に血を見るじゃないか。オレ、まだ死にたくない」

「死んでしまえばいいわ。大丈夫よ、クリスタルには適当に言い繕っておくから」

「母上、小父様…その辺で」


 呆れた様子で仲介に入ったのはシェリオンである。彼は大きな溜息を吐いた。


「アルティアが泣きそうで、レグルスがびっくりしてます」


 そう言ったシェリオンの後ろにはやはり呆れ顔のハーヴェイがいて、アルティアがしがみついている。母の腕の中にいたレグルスは何が起こっているのか理解できず、目を瞬かせていた。

 周りの大人たちは苦笑しきりだ。

 シェリオンが母から弟を取り上げた。ポカンとしている弟を、兄は優しく諌める。


「レリック小父様の言葉でも、何でも頷いちゃいけません」

「なんでですか?」

「後で父上との喧嘩の火種になるから」


 やはり弟は理解できず、目をまん丸にして兄を見ている。

 兄はふっと笑った。


「父上と小父様が喧嘩になったら、お前だって悲しくなるだろう?」


 レグルスは頷く。

 それを確認して、シェリオンは言った。


「だったら、よく分からない事に頷いちゃダメだ」

「レリックおじさまのことけっこんするのは、ダメなことなのですか?」


 兄は言葉に詰まった。母の表情も凍りつく。

 レリックだけがちょっと目を見張った。

 レグルスはこてんと首を傾ける。


「ぼくがけっこんするのがダメなのですか?それとも、レリックおじさまのこがダメなのですか?」


 シェリオンが完全に絶句した。

 母が額を抑え、レリックが噴き出す。


「あ~、うん。オレが悪かった」


 レリックは笑いを噛み殺しながら、シェリオンの頭を撫でた。そしてレグルスの顔を覗き込む。

 レグルスの瞳にレリックの顔が大きく映る。


「ダメっていうのはな、お前の年齢だよ」

「ねんれい?」

「そう。お前はまだ小さい。傍にいてほしいんだよ。他にやる約束なんかしたくないし、して欲しくないんだ」

「でも、けっこんするのはおとなになってからでしょう?」

「そうだな。だけど、今はまだそんな事も考えて欲しくないんだよ。親にとって、子供ってのはそういうもんなんだ」


 レグルスが考え込むような仕草を見せた。口元に手を当て、視線を逸らせる。

 レリックはレグルスの返事を待つ。

 暫くして、レグルスは視線を戻した。


「レリックおじさまも、むすめさんがおよめにいっちゃうのはイヤですか?」

「嫌だね!」


 即答だった。

 レグルスは首を傾げる。


「ぼくがおむこにいくのはいいのですか?」

「オレの息子になるからな」

「じゃあ、ぼくがおよめにもらうのは……」

「やらん!」


 辺りから失笑が起こる。

 レグルスの表情も変わった。何か、胡散臭いものを見るかのような目で、レリックを見ている。

 レグルスを後ろから、姉・アルティアが抱きしめる。涙目だ。


「小父さまは勝手だわ。小父さまの娘なんかにレグルスはあげないんだから!」


 レリックはしまったと額を叩いた。子供を泣かせるのは、彼の本意ではない。両手を軽く上げる。


「はい、すみませんでした」


 その後頭部を目を釣り上げた夫人が思いっきり叩き、周囲の更なる笑いを誘っていた。






 誕生会は、レグルスの睡魔によって終了を迎える。目を擦る主役は、侍女によって寝室へと連れていかれた。

 退席した幼い主賓に代わり、招待客を見送るのは公爵夫人。そして最後に残った客はココノエ侯爵だ。

 レリックは見送る公爵夫人に言った。


「リガールが帰ってきたらでいい。今日の話、考えといてくれよ」

「貴方ねぇ……」

「あの子になら、侯爵家をくれてやってもいい」


 公爵夫人は眉を潜めた。

 レリックの目は本気だ。それを悟れない公爵夫人ではない。

 思わず溜息が洩れる。


「どうして?」

「うちはこれ以上、子供は望めない。どうしたって、婿が必要なんだ」

「それは分かっているわ」


 ココノエ侯爵夫人は、彼女の友人でもある。体の弱い少女だった侯爵夫人を、彼女は覚えている。

 幸いにも二人の娘たちはどちらも健康そのものだ。ただ、跡取になるのは難しい。帝国との国境に近いコーレィの領主として、女性は不向きなのだ。

 公爵夫人は精一杯厳しい表情を作る。


「どうしてあの子なの?他にも将来有望な子はいるでしょう?」

「さあ…強いて言うなら、直感、かな?」


 レリックは苦笑する。それは僅かで、すぐに真顔に戻った。そして頭を下げる。


「酷いこと言ってんのは分かってる。お前にとっちゃうちの後継ぎなんて、死刑宣告受けてるようなもんだよな」

「そんなこと……」

「だからだよ。だから欲しいんだ、レグルスが。いいだろう?この家には優秀なのが、他に二人もいるじゃないか」

「…シェリオンもハーヴェイも、レグルスも…アルティアも、世界にたった一人の私の子よ」


 必死な様子の幼馴染に、公爵夫人は悲しげな視線を向けた。

 ココノエ侯爵も自嘲する様な笑みを浮かべる。


「返事はリガールが帰って来てからで構わない。断られても、恨みはしないさ」


 軽い調子で言って、侯爵は屋敷を後にした。

 公爵夫人は首を左右に振る。心配する侍女に笑みを向け、彼女は子供部屋に向かった。

 レグルスは寝支度を整え、ベッドに向かうところだった。重い瞼を何とか開ける。


「かあさま?どうしたのですか?」

「…今日は疲れたでしょう。ゆっくりおやすみなさい」


 額にキスをして、ベッドに入らせる。端に座ると、肩口を軽く叩く。

 レグルスはふにゃんと顔を緩めた。


「かあさまといっしょ。うれしいです」

「…そうね。添い寝は久しぶりね」


 すぐにでも眠ってしまいそうな様子だが、母が傍に居てくれるのが嬉しいのか、なかなか目を閉じない。

 公爵夫人はポン・ポンと、緩やかなテンポを取って肩を叩く。

 レグルスは母の方へ体を向ける。


「かあさま」

「なあに?」

「ぼくね、レリックおじさまのおうちにおむこにいっても、ホントにいいのですよ」


 公爵夫人の顔が引き攣った。手も止まる。

 レグルスは眠たそうに微笑む。


「わかってます。おじさまのおうちは、たいへんなんだって。『おうこくのたて』なのでしょう?」

「レグルス……」

「おじさまの…こが、イヤがったら、しかた、な……」


 言葉は切れ切れになり、細くなっていた眼が完全に閉じる。寝息が取って代わり、辺りが静寂に包まれた。

 母は頬にキスをして、立ち上がる。そして静かに部屋を出るのだった。







誤字脱字の指摘お願いします。



従来通り、文字数は少なめで行こうと思います。

自分で書いといてなんだが、凄く読みにくかった…

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