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遠い記憶の守人  作者: 名波 笙
成長記録
29/99

諦めた恋の行く末 3





 ギネヴィアは恥ずかしさで両手で顔を覆っている。耳まで真っ赤だ。

 シェリオンも明後日の方を向いたままだ。


「…レグルスの記憶力は素晴らしいのね……」


 ギネヴィアは何とか言葉を絞り出す。あの時の些細な仕草など、本人も覚えていないというのに。

 だが、レグルスは理解してしまったのだ。思わずそらせてしまった視線の意味を。

 それを囚われた五年間、忘れずに覚えていたのだ。


「ギーの顔は覚えてないって言ってたけれどね。でも、あの時に思ったイメージはしっかり覚えていたらしいよ」

「イメージ?わたくしの?」


 ギーは恐る恐る顔を上げる。シェリオンと目が合った。その目が優しげに細められる。


「大輪の薔薇のような綺麗なひとだと」

「まあ……」


 ほんのりと顔が上気するのが分かった。両手で頬を抑える。

 褒められて悪い気はしない。相手が幼子だとしても。

 シェリオンから表情が消えた。再び顔を背ける。


「…別にいいけど……」


 不機嫌そうな声に、ギネヴィアはキョトンとする。少し前まで穏やかだった視線はもう見られない。

 シェリオンはそんな自分に気付いたのか、一度目を伏せ、改めてギネヴィアに向かい合う。


「結納金の事は心配しないでいいよ」

「え…?」

「父も気にしていたし、破棄されても見舞金って事で何とかなると思う。だから……」


 ギネヴィアは目を丸くした。

 彼女は、シェリオンに好意を抱いている。それはまだ幼い頃から。

 今回の件で怒っていたのは、あれほど無視してきたのに、弟が見つかった途端掌を返したような対応をしてきたと思ったからだ。それも、今はもう怒っていない。

 理由は何であれ、婚約できるというのであれば嬉しい。シェリオンも本当に望んでくれているのなら、尚更。

 しかしシェリオンは、ギネヴィアが王太子ヴェルディが好きなのだと思っている。その間違いは何処から来たのか。


「ねえ、シェリオン?」


 ギネヴィアは彼の袖を掴んだ。


「どうして私が王太子殿下を慕っていると思っているの?」

「君が言った事じゃないか」


 シェリオンの答えに、ギネヴィアは空いた口が塞がらない。

 ポカンとしていると、シェリオンが身を屈めた。視線の高さが合わせられる。


「君が言ったんだよ。君に告白した俺に」

「え!?」


 そんな記憶は一切ない。慌てて過去を掘り返す。

 シェリオンは眉を潜めた。


「俺の十三の誕生日直前だ。ギーが俺に誕生日の贈り物は何がいいかと訊いたから……」


 ふいっと視線が逸らされた。顔が僅かに赤い。

 ギネヴィアは何とか思い出そうとする。

 十三なら、レグルスが居なくなる前の冬だ。会ったのは王都ではなく、お互いの領地屋敷のどちらかだろう。

 ウンウンと唸るギネヴィアに、シェリオンは深い溜息を吐いた。


「覚えてないなら、そのまま忘れて……」

「そんな事出来ないわよ!」


 ギネヴィアは顔を上げる。目が合えば、居た堪れずに俯いてしまう。


「だって私…ヴェルディは大事な友人だけれど、王太子妃になりたいなんて思ってないもの……」

(好きなのは、シェリオンだけだもの)


 続けたい言葉は、口に出てこなかった。あまりに恥ずかし過ぎる。

 自分の手を固く握りしめた。

 そして、はっと気付く。




 あの時も、ただ恥ずかしかったのだ。






   ◆◇◆◇◆◇






 オーゴット伯爵領にシェリオンが訪ねてきたのは、雪の積もる中だった。

 特に用事があったわけではなかったらしい。ただ乗馬訓練の一環で、近辺まで来てみただけだったという。

 だが突然の降雪に帰還が困難になり、近くの伯爵邸に助けを求めてきた。


「ばっかねぇ。天気くらい、読みなさいよ」

「面目ない」


 ギネヴィアが呆れたように言えば、シェリオンは素直に頭を下げた。

 二人は顔を見合わせる。どちらからともなく、笑い声が零れた。

 風に叩かれ、窓が不満を洩らす。


「吹雪いてきたわ。酷くなる前に来れて良かったわね」

「本当に。遠乗りで遭難なんて事になったら、シャレにならない」

「ご家族に不要な心配をかけない事よ」

「それこそ不要な事だね。父なら大爆笑だよ」


 シェリオンが肩を竦めた。ギネヴィアはコロコロと笑う。

 扉が叩かれ、オーゴット家の家令が入ってくる。後ろにワゴンを押す女中を連れている。


「今日はもう天候の回復は難しいでしょう。今日はお泊りになって下さい」

「ありがとう。シーザー、世話になるよ」


 シェリオンは礼を言う。

 オーゴット家の家令は「勿体無いお言葉です」と頭を下げる。

 女中が淹れてくれたお茶で、シェリオンはほっと息を吐く。突然の事態に、少し緊張していたらしい。温かいお茶の香りに癒されたのだろう。

 ギネヴィアが家令に訊ねる。


「でも、公爵家は大丈夫かしら?大事な跡取りが戻ってこないとなっては、騒ぎになるのではなくて?」

「魔具で連絡をさせて頂きました。先程夫人より、お願いしますとご返信を頂きました」

「本当に何から何まですまないな」


 抜かりない家令に、シェリオンから苦笑いが漏れる。

 家令もつられて仄かに笑った…ように見えた。なにしろ、オーゴット伯爵家の領地屋敷を任されるこの家令、表情が一切変わらない事で秘かに有名なのである。

 付き合いの長い伯爵は、本当にごく微量な表情の違いを見分けるらしいが。

 執事と女中がさがり、シェリオンは唖然としてギネヴィアを見る。


「笑った…よね?今」

「そう見えただけかもしれないわよ?」

「そうなの?何だ、残念」


 伯爵のように見分けられたのかと思ったが、違ったらしい。

 肩を落とせば、またギネヴィアが笑う。


「多分、笑っていたわよ。時々ね、笑ってるところだけ、皆にも解る事があるのよ」

「…初めて見たけど」

「一年に一回くらいだもの」

「何、その希少価値」


 二人で笑う。




 それから他愛のない会話が続いた。

 外はますます吹雪いてきていたが、冬場にはよくある事だ。鎧戸を閉めれば音は遠い。

 シェリオンが小さく欠伸を洩らした。外出で疲れたのだろう。いつの間にか、目もトロンとしている。


「眠いのなら休む?部屋に案内させるわ」

「うん…ゴメン。そうさせてもらおうかな」


 シェリオンは目を擦った。

 ギネヴィアがベルを振る。現れた女中に、シェリオンを客間に案内するように言いつけた。


「晩餐は一緒にしてね?」

「わかった。伯爵とレイモンドはいないの?」

「お父様の仕事に、お兄様を連れていったの。この吹雪では帰ってこれないのではないかしら?」


 独りの食卓ほど寂しいものはない。不謹慎だろうが、シェリオンが来てくれて良かったと、ギネヴィアは本気で思っている。

 ギネヴィアも自分の部屋に戻ろうと、一緒に応接室を出る。


「あ」


 不意に上がった声に、シェリオンは振り向く。


「何?」

「シェリオン、もうすぐ誕生日でしょう?何か欲しいものはある?」


 シェリオンは首を傾けた。じっとギネヴィアを見つめている。目が座っているように感じるのは、眠いせいだろう。

 ギネヴィアも同じように傾けて見せた。

 シェリオンが放った言葉に、ギネヴィアも、傍にいた女中も固まったのである。いや、まず耳を疑った。


「………え…………?」

「だから、ギーが欲しい」


 シェリオンはきっぱりと言い切った。

 が、ギネヴィアは彼が疲労故に、何か血迷ったのだと思い込む事にした。


「……わたくしは物ではなくてよ?」

「うん。でも俺はギネヴィアの事が好きだから。ずっと一緒にいたいから」


 すっと手が伸ばされる。筆頭貴族の跡取りとして日々鍛えているだろう手は、思ったよりずっと硬かった。

 顔が熱くなる。

 ギネヴィアは慌てて身を退かせた。そしてつい、心にもない事を言ってしまった。


「寝る前から寝惚けているの?わたくし、王子様に迎えに来てもらうのが夢なの。その人と結婚するんだから」

「そうなの?」

「ええ。女の子なら、一度は夢見るのではなくて?」

「…そう……」


 シェリオンはつまらなさそうに言って、再び欠伸を洩らした。

 ギネヴィアはその背に回り、ぐいぐいと押す。


「ほらほら。疲れて思考もまともじゃなくなっているわ。早くお休みなさいな」

「本気なんだけどな」

「寝言は寝て言ってちょうだい。晩餐の前に起こしにいくわ」


 一生懸命背中を押して、シェリオンを客間へと向かわせる。

 ギネヴィアは駈け足で私室に戻った。少し乱暴に扉を閉める。そして、そのままその場にへたり込んでしまった。両手で顔を覆う。


「もう!いきなり何てこと言うの!!シェリオンのばかっ!!」


 毒吐きながら、本当は嬉しかった。けれど、きっと彼の本心ではないと諦めていた。

 少し落ち着くと、よろよろと立ち上がる。

 ふと、鏡が目に入った。顔を赤くした自分が映っている。それがまた恥ずかしさを増す。


「ううぅ…晩餐までには普通に戻さなきゃ」


 ギネヴィアは必死で自分を取り戻そうと、室内を一人、ぐるぐると歩きまわる事になったのである。






   ◆◇◆◇◆◇






 思い出した。

 ボンっと顔が真っ赤に染まる。

 つられて、シェリオンも赤面した。片手で顔を覆う。


「だから忘れてって言ったのに」

「そ、そそそ、そういうわけには!」


 どもりながら答えれば、クルリとシェリオンに背を向けられる。そのままその場にしゃがみ込んでしまった。


「若さの暴走だと思って、忘れて!」


 懇願の声は、悲鳴に近い。

 思い出してしまった以上、忘れることは難しい。


 ギネヴィアは背を眺めながら、自分の言った事を反芻する。

 ギネヴィアはそれ程夢見がちな性格ではない。そんな物語を好んだのは、幼い頃に亡くなった母だ。彼女は娘に毎晩読み聞かせた。

 本を閉じた母は、最後に必ず言ったのだ。『貴方にもいつか王子様が現れるわ』と。

 母の形見となってしまった本は、今もギネヴィアの傍にあり、母との思い出を辿るように開かれている。

 ふっと笑みが漏れる。

 ギネヴィアはシェリオンの隣にしゃがんだ。両手で頬杖をつく。


「王子様って、別に王族の事ではないのよ?」

「え…?」

「母がよく言っていたの。『貴方にもいつか王子様が迎えに来てくれるわ』って」


 シェリオンが顔を上げる。隣に目を向ける。

 ギネヴィアは視線は前に向けたまま、更に続けた。


「『お母様にもとっても素敵な王子様が来てくれたようにね』って。それってお父様の事でしょう?だから王子様は喩えで、ヴェルの事ではないのよ」


 シェリオンはポカンとギネヴィアの横顔を見つめている。

 ギネヴィアはふいっと反対側を向いた。


「わたくしの王子様は、いつ迎えに来て下さるのかしらね」


 そう言ってギネヴィアは立ち上がった。そのまま走り出す。

 シェリオンが彼女の名を叫んだが、立ち止まらずにそのまま駆け去った。待たせていた馬車まで走って戻り、王都の屋敷に逃げ込んだのである。







誤字脱字の指摘、お願いします。


つまるところ、両方恋愛初心者であるwww

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