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遠い記憶の守人  作者: 名波 笙
成長記録
28/99

諦めた恋の行く末 2






 領地に戻ったギネヴィアには、纏まりつつある見合い話があった。

 相手はフュームという商業都市の商人。年は四十を越えていて、腹は何が入っているのか訊ねたいくらいに膨らんでいる。絶えず汗を掻き、頭部は見事なくらい太陽を反射する。

 脂ぎった手に握られる度、言いようのない嫌悪感が全身を襲った。さりげなく己の手を引きながら、それでも表面だけは悠然と微笑んで見せた。

 全ては、伯爵家が抱えてしまった借金返済の為。

 重病に倒れた父に変わり、伯爵家を切り盛りしていた兄が商売に失敗して作った、莫大な借金。父伯爵が気付いた時には、もう手がつけようにないくらいに膨らんでいた。

 幸いにも父の病気は快癒し、治った途端、借金返済の為に遮二無二働きだしたのは言うまでもない。

 兄は父に散々怒られた。が、借金が帳消しになると喜び勇んで持ってきた縁談は、父を更に怒らせた。

 だが、他に手段などない。

 父は若い頃外務省に努めており、大使として世界各地を飛び回っていた。その伝手もあり、今では貴族でありながら流通に関する商売をしている。

 借金は商いの信用問題にも係わる。

 ギネヴィアは、「断っていい」という父の言葉に首を振り、その話を受けたのである。


『いいの…本当に好きな人とは一緒になる事は出来ないもの』


 ついうっかり、本音を漏らして。


 最初の出会いから一年近く経っている。

 領地に戻り、いよいよ正式な婚約かと覚悟を決めた。

 行方不明になったレグルスが見つかったという話が届いたのは、それから半月もしない頃。確かめるため、父は王都に戻っていった。

 手紙でそれが真実だと知らされ、ギネヴィアは床に座り込んで泣いた。


 が、更にその半月後。

 いつも冷静沈着な父が小躍りせんばかりに大興奮して帰ってきた。そして声高にギネヴィアを呼びだしたのである。


『ギネヴィア、喜べ!グランフェルノ公爵より、縁談のお話を頂いてきたぞ!!』


 あまりに唐突な申し出に、ギネヴィアは最初、兄とアルティアの事かと思ったほどだ。

 あれほど徹底的に無視してきたというのに、今更どういう事か。ギネヴィアは嬉しさを感じるよりまず、怒りを覚えた。

 父は即行今まであった縁談に断りを入れると言い、ギネヴィアは真実を問い質す為、王都に舞い戻ったのである。






   ◆◇◆◇◆◇






 走馬灯のようなものを見た。だが、未だ地面にぶつかる衝撃は襲ってこない。

 いくらなんでも遅くない?

 真っ青な空を見上げ、腕を組む。


(どういうこと?)


 ぼんやりと考えていると、背中と足に何かが当たった。

 ようやく地面か。そう思ったのだが、何かが違う。顔に影が落ちる。


「あのね、ギー」


 呆れたような声が降ってきた。水色の目が自分を覗き込んだ。


「流石の君でも、四階から飛び降りたら死ぬと思うよ?」


 ゆっくりと舞い降りた彼女をシェリオンは受け止めて、そのまま横抱きにする。

 ギネヴィアは目を丸くした。そして理解する。彼が落ちるギネヴィアに浮遊の魔法をかけてくれたのだ、と。

 忘れかけていたが、シェリオンは優秀な魔法使いだった事を思い出す。


「ギネヴィア?聞いているの?」


 久しぶりに視線が合わさっている。ちゃんと彼の瞳に、自分が映っている。

 柔らかな口調も何年ぶりに聞いただろうか。

 瞬きもせずにこちらを凝視してくるギネヴィアに、シェリオンは気まずそうに溜息を吐いた。


「…ちゃんと説明して、断るから……」


 呟くような声。困ったように眉を下げ、視線を逸らせる。


「泣く事ないじゃないか。そこまで嫌がられると、結構傷付く……」

「え?」


 ギネヴィアは頬に手を当てる。窓から落ちる前に零れたものかと思ったが、後から後から溢れてくる。


「あら…?あらあら?」


 何故涙が出てくるのか。自分でも理解できないまま、目元を擦る。

 シェリオンはギネヴィアを地面に下ろした。目を擦るギネヴィアの手を抑え、ハンカチを取り出した。それで軽く涙を拭いていく。

 ギネヴィアは抵抗する事もなく、じっとシェリオンを見上げる。


「わかっているから」


 唐突に彼は言った。

 ギネヴィアは首を傾ける。


「君が好きなのはヴェルだって」

「……………は?」


 ギネヴィアは唖然とした。何故ここで王太子殿下の名が出てくるのか。

 シェリオンの手が離れる。その顔に微かな笑みが上る。

 それはギネヴィアが何年も望んでいたものだ。だが、こんなに寂しそうな笑顔が見たかったわけではない。

 前で組んだ手を固く握る。


「…そう思っているのなら、何故こんな……」

「その前に」


 シェリオンが言葉を遮った。


「君が俺との婚約を聞いたのはいつ?」

「え?五日前だけど……」

「俺が父から聞かされたのは昨日だよ」

「ええっ?じゃあ、誰が申し込んだの!?」

「……多分父。けれど」


 シェリオンは盛大な溜息を吐いた。片手で顔を覆う。


「きっかけは弟だ」






   ◆◇◆◇◆◇






 その日、グランフェルノ公爵が帰ってくるなり、家族に告げた。


「オーゴット伯爵令嬢が婚約するそうだな」


 何気ない様子だったが、その言葉を聞かせたい相手は一人だった筈だ。

 母が溜息を吐く。


「そうなのよ。ご領地に戻る前にご挨拶に来て下さったの」

「知っていたのか」

「ええ。去年お見合いなさって、そろそろ頃合いでしょうって」


 シェリオンにとって初耳だったが、そんな話はあって当然だろう。

 母の恨みがましげな視線を受け、シェリオンは苦笑する。


「俺と同い年ですからね。もう結婚していてもおかしくはない」

「…ギネヴィア嬢が結婚するのは、兄君の作った借金返済の為だぞ」


 父の声は冷たかった。

 その話は知っている。オーゴット伯爵が病に倒れた時、何かやたらと息子のレイモンドが張り切っていた。アレが張り切る時は碌な事にならない。

 黙って事の推移を見守っていたら、案の定だったのは記憶している。

 シェリオンは首を振る。


 がしゃん


 大きな音が響き、全員の一線がそちらに集まる。

 レグルスだ。兄と遊ぼうと、オセロを部屋に取りに戻っていたのだ。

 床を容れ物から零れた白と黒の平たい駒が転がっていく。落とした本人は目をまん丸にして父を見ていた。


「どうした、レグルス?」

「…けっこん……ねえさまが………」


 茫然と呟けば、母が笑う。


「アルティアはまだまだお嫁に行きませんよ?」

「わかってます!」


 レグルスは父に駆け寄った。服を鷲掴みにする。


「どうしてですか?ギーねえさまは、うちにおよめにきてくれるのでは、なかったの・ですか!?」

「ほう。何がどうしてそう思っていた?」


 この末っ子がギネヴィアを知ったのは、失踪する直前の事だ。話をしたのも極僅かな時間だったはず。

 だがやはりちゃんと覚えているらしい。

 レグルスは必死な様子で父に縋る。


「だって!ギーねえさまは、にいさまのことがすきなのに!にいさまだって、ギーねえさまがすきなくせに!!どうして!?」


 言った。言い切ったよ、この子。

 父は奇妙に顔を歪め、後ろを向いた。肩が震えている。

 この家で、今まで誰も言わなかった事だ。あれほど解りやすい感情なのに、当人同士だけが気付いていていない。

 シェリオンが弟を父から引き離し、抱き上げた。


「ギネヴィアが好きなのは、俺じゃないよ」

「いーえ!にいさまです」

「どうしてそう思ったの?ほんの少ししか話もしていないのに……」

「ぼくがねえさまってよんだら、てれてました!!」


 シェリオンは苦笑する。たったそれだけの事で。

 だが、更にレグルスは言い募る。


「みてればわかるのです。ギーねえさまが、にいさまをしたってるってくらい…ぼくにだってわかるのですよ?なんでにいさまはわからないですか?」


 シェリオンは首を振る。そしてレグルスを抱え込んだ。


「そうだったかもね。でも、嫌われるようなことしかしてこなかったから…もう、呆れられちゃったんじゃないかな?」

「う~…ねえさま、およめにきてくれないですか?」

「うん。ごめんね?」


 そう言ってレグルスの背中をポンポンと叩く。

 レグルスは兄の肩に顔を埋めたが、ハッとしたように顔を上げた。兄の腕から降りると、再び父に駆け寄る。


「じゃあぼくがおよめにもらいます!」

「レグルス!?」

「ほう」


 焦るシェリオンに対し、父が面白そうに笑った。レグルスの頭を撫でる。


「年が離れているが…ギネヴィア嬢は頷いてくれるかな?」

「ぼく、がんばります!」

「待ちなさい、レグルス!」

「甲斐性なしの兄のようになるなよ?」

「ちょっと父上!?」

「そうね…八歳差なんて、あっという間にわからなくなるわよ」

「母上まで!!」

「レグルス、戻って来てから積極的だものね。押して押して、押しまくったら結構簡単になびいてくれるかもよ?」

「いつ来たの?どこから聞いてたの?っていうか、不吉な事を言うな、ティア!!」


 とうとうシェリオンが切れた。テーブルを叩く。


「弟に盗られるくらいなら、最初っから俺が貰う!!」

「あ~あ、見事に乗せられちゃって……」


 それこそいつ戻ってきたのか。

 ハーヴェイが呆れたような一言で我に返った。が、時既に遅し。

 この後、散々家族にからかわれて、話は終わった。




 と、シェリオンは思っていた。





 そして今朝、父から聞かされたのだ。それこそ、世間話でもするような気楽さで。


『ギネヴィア嬢を貰ってきてやったぞ』

『はあ!?』

『結納金はもう渡してしまったからな。婚約破棄は出来んぞ』

『はぁあ!!?』






誤字脱字の指摘、お願いします。


主人公のトンデモ発言は天然です。

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