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遠い記憶の守人  作者: 名波 笙
成長記録
26/99

失われた時の意味 4





 ルオーが公爵の前に連れてこられたのは、レグルスがいなくなってから三ヵ月後。

 我が子を間違える筈もなく、無理やり連れて来られた事を伝えられ、ルオーはすぐさま両親のもとへと送り返された。

 しかし、である。

 無事に帰れるように護衛として付けた公爵家に仕える騎士たちは、ルオーを連れて戻ったのである。彼は神妙な面持ちで公爵に告げた。


「子供の両親は、既に亡くなっておりました」

「住んでいた村ぐるみで、子供を売ったのだそうです」

「両親は子供を取り返そうとして…村の男たちに殺された、と」


 公爵が言葉を失ったのは言うまでもない。

 そんな事情では村に置いてくる事も出来ず、騎士たちは連れ戻ったのだ。その判断は正しい。

 行く当てのなくなったルオーは、感情も失くしたまま佇んでいた。

 せめてもと、預ける孤児院は厳選した。大量の寄付金も渡し、動向も気にかけた。




 ルオーはしゃくり上げる。袖で涙を拭う。


「っく。わかってます。こんな事言ったって、どうしようもないんだって」

「ルオー…」

「レグルス、いい奴だし。これから苦労するんだってことも、わかってます。でも……」


 公爵は頷いた。

 理性は理解している。けれど感情がそれを許さない。

 レグルスが悪いわけではない。公爵が悪いわけでもない。悪いのは、欲に目が眩んだかつての隣人だ。

 そんなルオーの生まれ故郷も、今はない。村ごと罪を問われて、厳寒の地へ開拓民として移住させられた。

 ルオーは鼻をすする。


「…憎いか?」


 公爵が訊ねれば、ルオーは首を左右に振る。


「私であれば、憎んでいいぞ」

「…公爵様には、良くしてもらいました。司祭様にも言われました」


 ぐずぐずと鼻をすすりながら、ルオーは応える。


「お父さんたちが死んだのは悲しんでいい。苦しんでいい。でも、怒りに囚われてはいけないって」

「それで納得出来るか?」

「無駄死にじゃなかったって思えるから」


 ようやく涙が止まったようで、ルオーは顔を上げた。目がすっかり赤くなっている。

 公爵が首を傾げると、ルオーは続ける。


「孤児院でたくさん子供を面倒見れるのは、公爵様が寄付してくれるからです。公爵様が寄付してくれるのは、オレへの後ろめたさがあるからだって」

「…言い訳は出来んな」

「でも、リスヴィアの筆頭貴族であるグランフェルノ公爵が孤児院へ率先して寄付してくれるから…他の貴族もお金を出してくれて、他の孤児院の生活も良くなりました」


 真っ直ぐに公爵を見る。

 落ち着いたのか、泣きだした時の弱さはない。


「他にもいろんな事、してくれて…助かった子供は沢山いるって、司祭様が言ってました。きっかけはレグルス様で、オレだって」

「……」

「死んでいたかもしれない子供たちに未来を与えたのは、死んでしまったお父さんに母さんだって。ゼノやセイルを救ったのはオレの不幸だって」

「意味ある死だったと、納得出来るか?」


 両親が死が沢山の命を救った…それは美談だが、綺麗事でもある。

 見知らぬ沢山の子供より、家族の命の方が大事なのは言わずもがなである。

 ルオーは笑った。


「しなくちゃ…そうしないと、レグルス様が外を嫌いになっちゃうから……」


 外は嫌だと泣いていた。髪を引っ張られても転ばされても、涙一つ浮かべなかった子供が。

 ルオーはまた泣きそうになったところを我慢する。笑顔が歪む。

 公爵は立ち上がった。ルオーの前にしゃがむ。


「…あの子の為に無理をする事はないぞ」

「孤児院では、どうしたって年上の子がガマンする事になるんです」

「アレはお前と同い年だ」

「そうは見えないから困るんです」


 どう頑張っても、ルオーより三つは年下。中身は五歳児のまま。

 ルオーは眉を下げて笑った。


「小さな子を泣かせたら、フレアに殴られます」

「フレアは割と大人しい子だろう」

「公爵様の前では猫被ってんです!」


 最後の一言はいつもの調子に戻っていた。





 レグルスのもとへ戻れば、すっかり赤くなった目を心配された。べっちんべっちんと父を平手で叩きつけていたが、公爵はどこ吹く風で流していた。






   ◆◇◆◇◆◇






 ルオーが孤児院に戻ったのは昼近く。

 前の晩、ルオーの生活を聞きたがったレグルスに付き合って、眠るのが遅くなった為だ。孤児院ならそれでも叩き起こされるが、公爵家にそんな事をする使用人はいなかった。

 馬車を降りた際、真っ先に目に入ったのはフレアの怒った顔。彼女が口を開いたので、怒鳴られると思って体を竦めた。

 が、怒声はいつまでも降ってこなかった。恐る恐る顔を上げれば、司祭の袖が彼女の顔を覆っていた。

 フラメル司祭はフレアに微笑みかけ、彼女を黙らせる。そしてルオーを振り返った。

 一言謝ろうとしたルオーさえも遮り、彼は長身を屈める。


「お帰りなさい」


 ルオーは目を見開いた。司祭を凝視する。

 当たり前の言葉が、当たり前に聞こえなかった。あまりに場違いの言葉だ。

 司祭の手がルオーの頭に置かれる。ぽふぽふと頭を撫でる。


「どうでしたか?」

「え…?」

「お会いしたのでしょう?仲良く出来そうでしたか?」


 ルオーは目を瞬かせる。司祭が応えを促す様に首を傾げれば、ルオーも同じように首を傾けた。


「ルオー?」

「…オセロで遊んだ」

「はい」

「一緒にご飯食べた。アレは食べ過ぎ。本当はまだそんなに食べれない筈なのに、人の分まで食べようとしやがった」

「ほう」

「部屋にあった歴史書読んでたら、後ろから飛びつかれた。不意打ちだったから、本棚におでこぶつけた。涙出た」

「大丈夫でしたか?」

「うん。侍従さんが冷やしてくれた。でも、アレは危険だ。朝も階段から落ちて、助けた使用人に怪我させたって」

「それはそれは……」

「夜、一緒に寝た。孤児院の皆の話をしてやった。大した事じゃないのに、すごく楽しそうに聞いてた…今度、遊びに来るって」


 途中報告で、流石の司祭も怪訝そうな顔になっていた。だが、ルオーの最後の一言に顔を綻ばせる。そしてぎゅうぎゅうとルオーを抱きしめる。

 後ろで怖い顔をしていたフレアは、その様子にふっと息を吐いた。そして肩を竦める。


「楽しかった?」


 そうルオーに問いかければ、ルオーは満面の笑顔で応えた。


「うん、とっても!レグルス、面白いヤツだよ。公爵家の令息だとは思えないくらい!皆にお土産貰った!!」

「既に呼び捨てなのね……」


 呆れたように言って、フレアは盛大な溜息を吐いた。






   ◆◇◆◇◆◇






 バタバタと騒々しい足音が聞こえた。

 ルオーは茹でた芋の皮を剥いていたが、手を止めて顔を上げる。足音の主がルオーの名を呼んでいたからだ。


「ルオー!ここですか!?」

「おー、レグルス。いい所に来た」


 そう言って、飛び込んできたレグルスの前に、皮を剥いた芋を大量に入れたボウルを置いた。そして木ベラを渡す。


「ソレ、潰して」

「わかりました!」


 飛び込んだ勢いのまま、芋を潰し始める。ほくほくの芋がペースト状になっていく。

 茹でたての芋が蒸気に乗せていい香りを漂わせている。

 レグルスはその香りに目を細めた。


「これ、今日の夕飯ですか?おいものサラダ?」

「いや、おやつ」

「おやつ!?潰したおいもがおやつ!!?」

「お前のせいだろぉ!?」


 愕然とするレグルスに、ルオーも叫び返した。

 レグルスはキョトンと目を丸くする。可愛らしく首を傾げる。それでも手は止めない。

 ルオーは溜息を吐いた。


「お前の土壌改良が功を奏して、今年はフレーベルで芋が大豊作だったんだって?」

「ああ。はい、そうです。去年の七倍、例年の十四倍のおいもが収穫されました」

「その十四倍のおいもの一部だ」


 大量に収穫された芋は、流通に乗せきれなかった。棄てるのももったいないという事で、芋は格安で領主に買われた。

 その芋はあちこちの孤児院や貧しい人に配られ、ここフラメル教会にも大量にやってきた。

 今日木箱いっぱいの芋を茹でた。まだ食糧庫の半分以上を占領している。

 ルオーはレグルスの前に、芋で満たしたボウルを追加する。


「芋はうまい」

「はい」

「だが、限度ってもんがある」

「だからって、おやつに潰したおいも…」

「喜んで食うだろ?」

「僕は何だって食べますけど~……」


 ハッとレグルスは目を見開く。


「ルオー!挽肉はありますか?」

「あると思うぞ」

「あと卵と小麦粉とパン粉!それから油!!」

「…何を作る気だ?」

「揚げ物です!!」


 レグルスは自信満々で答えた。

 ルオーは言われたものを用意する為、食糧庫へと降りていく。

 その間にレグルスはひたすら芋を潰した。三つ目のボウルの芋を潰し終わる頃、材料を整えたルオーが戻ってくる。


「で、これはどうするんだ?芋に混ぜるのか?」

「挽肉は混ぜます。卵と小麦粉とパン粉は別のタッパーに入れて、卵は溶いて下さい。油はフライパンに入れて熱します」


 挽肉を受け取り、芋のボウルに分けて入れていく。そして手でこね始めた。

 ルオーは言われるがまま、他の物を用意する。卵を溶き、古いパンを崩してパン粉も作る。

 レグルスが鼻歌を歌いながら芋をこね、塩胡椒で味を調え、適当な量を取って、平たい楕円形の形に整える。


「小麦粉、卵、パン粉の順につけて下さい。その後熱した油にドボンです」

「いや、ドボンはダメだろ」


 ルオーは衣をつけ、それを並べる。

 二人でせっせと作り上げ、何とか全ての芋を形成し終えた。かれこれ五十個は出来ただろうか。

 フライパンに食用油をたっぷり入れ、火にかける。そこにレグルスは余った衣を混ぜたものを落とし、温度を確かめる。


「こんなもんですかね。ドボンしますよ」

「だからドボンはダメだって」


 軽いやり取りをしながら、淵からそれを入れていく。僅かな水分を弾かせながら、こねた芋が沈む。


「で。これは何?」

「コロッケです」

「旨いの?」

「美味しいです」


 レグルスがにっこりと微笑む。

 ルオーは火の番はレグルスに任せ、使った道具を洗い始める。

 やがて浮き始めたそれを、レグルスはひっくり返す。ご機嫌で鼻歌を歌っている。

 そんな感じで次々とコロッケは揚げられていく。

 レグルスが来ていると聞きつけた子供たちも集まってくる。

 レグルスと同じ水色の目をした子供が、嬌声を上げて抱きついてくる。


「レグルスさま!あーそびーましょー」

「あ~と~で~、ですよ。おやつがもうすぐ出来ますからね」


 すっと子供を押す。火と油を使っている以上、危険から遠ざけねばならない。

 子供たちも解っているのだろう。一定の距離を取る。


「おやつ。レグルスさまの作るおやつ?」

「そうですよ。おいものおやつですよ」

「え~、またいも~?」


 不満そうな声が上がる。

 ルオーが眉を吊り上げる。レグルスは苦笑を洩らした。


「落ち込みます」

「作り過ぎなんだよ」

「う~ん…流通と保存も、もう少し考えねばなりませんね」


 揚がったコロッケを並べれば、下がっていた子供たちが不思議そうな顔になった。


「レグルスさまー。それおいも?」

「はい。潰したおいもです」

「いも、揚げたの?」

「揚げました。さて、お味はどうでしょうね?」


 油を切って皿に積み上げたそれを、ルオーに託す。ルオーはそれを食堂へと運んだ。

 子供たちは一回外に出て、遊ぶ仲間に声をかける。

 食堂に子供たちが集まってきた。


「おやつだぞ~」


 ルオーはそう言いながら、小さく切った油紙にコロッケを挟んで、子供たちに渡していく。

 子供たちは不思議そうな顔になる。


「ルオー兄ちゃん。これ、なぁに?」

「ころっけ」

「ころっけってなぁに?」

「潰した芋に挽肉を混ぜて衣をつけて揚げたもの」

「おいしい?」

「食えば分かる」


 ルオーは素っ気なく言って、子供は首を傾げた。

 だがレグルスが作ったと聞いて、躊躇いもなく齧り付いた。目を瞠る。


「「「お~いし~!!」」」

「そりゃ良かった」


 粗方配り終え、ルオーもコロッケを齧った。

 旨い。

 ここのところ三食芋で飽きてきていたので、この味は嬉しかった。

 全てを揚げ終えたレグルスが追加を持ってくる。油紙を一枚貰って、自分も一つ摘んだ。


「ん。美味しいです」

「チビどもにも好評」

「パンに挟んでも美味しいですよ。その際はソースをつけて、葉物を挟むといいです」

「そりゃいいな。ところで」


 ルオーは最後の一かけを口に放り込んで、租借する。


「お前、俺に何か用があったんじゃないの?」

「!!」


 レグルスはハッと我に返った。秀麗な面に奇抜な表情が張り付く。


「そうですよ!ルオー!!」

「はいよ」


 勢い込んだのは最初だけ。すぐに言いにくそうに言葉を濁す。


「あの…ルオー……?」

「何だよ」


 レグルスは視線を彷徨わせる。

 ルオーは首を傾げた。

 辺りに子供たちの姿はない。おやつを食べ終えた子供たちは、再び外へ出ている。

 レグルスが顔を俯かせた。


「ごめんなさい」

「…今度は何をした」


 剣呑な表情になれば、レグルスは首を左右に振る。

 言いにくそうに、それでも言葉を絞り出す。


「…僕のせいで、ご両親が亡くなったと……」


 ルオーは目を瞠った。

 初めての出会いから三年が経っている。もう気にも留めていない事だ。

 ルオーの表情がますます険しくなる。唸るような声が漏れた。


「誰だ」

「え…?」

「誰が今更、お前に教えた?」


 レグルスが怯んだ。一歩後ずさる。

 ルオーは鋭い舌打ちを洩らす。

 ここでレグルスに凄んでも、意味はない。レグルスは誰に聞いたかなんて死んでも口にしないだろう。

 がしがしと頭を掻く。


「終わってんだよ。俺の中ではもう折り合い付いてんだ。今更謝るな」

「……そうですか」


 レグルスはそれ以上謝る事をしなかった。「どうして」とも「いつから」とも聞かない。

 聡いレグルスは、それらをルオーが望まない事を知っている。

 ルオーは大きく息を吐き出した。


「無駄じゃなかったんだ」

「何がですか?」

「お前の誘拐も、俺の両親の死も」


 レグルスの視線がルオーの横顔に向けられている。

 外から聞こえてくる嬌声に、ルオーは僅かに表情を緩めた。


「お前が行方不明になって、俺が攫われて両親が殺されて。それで変わった世界がここだ」

「……」

「あいつらが今不自由なく過ごせるのは、確かにそれがきっかけなんだ。俺たちの不幸は意味がある」


 かつては、孤児院では満腹になるまで食べさせる事が出来なかったと聞いた。国からの補助金は横領され、孤児院にまで回ってこない。孤児院によっては、ようやくきた雀の涙ほどの補助金も責任者の懐に治まってしまい、僅かな食事を与える為に子供が売買されていたという。

 おやつに不満が言える今は、当時から考える事も出来ないくらい幸せなのだ。

 それは二人の不幸の上に成り立っている。


「レグルスさまー!」

「ねぇ、おそとであそぼうよ!!」


 子供たちが顔をのぞかせる。屈託なく笑うのは、自分が行方不明になった時より幼い子供たち。

 ふっとレグルスの顔にも笑みが上る。


「綺麗事です」

「否定はしない」

「でも、嫌いじゃありません」




「「「レグルスさまー!!」」」




 子供たちの唱和に応えるように、レグルスは外に出ていった。歓声が聞こえる。

 ルオーは笑う。


「全く素直じゃないね」


 レグルスが聞いたら「お互い様です」と言い返されただろう。

 そこまで考えてしまい、ルオーはただただ苦笑いを零した。


「さて。余ったコロッケは夕飯かね?」


 ルオーは未だ大量のコロッケの乗った皿を見た。







誤字脱字の指摘、お願いします。


まずは一話終了です。

次はまだ途中です…(涙目)

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