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遠い記憶の守人  作者: 名波 笙
成長記録
25/99

失われた時の意味 3





 泣き声が聞こえる。子供の啜り泣きだ。

 誰かが喧嘩したかなと、ルオーは目を開けた。


「…どこだ、ここ?」


 ルオーがいたのは、真っ暗な闇の中。辺りを見回すが、黒しか見えない。

 その中で、ほんのりと自分の体だけが浮かびあがっている。光っているわけでもないのに。

 泣き声はまだ聞こえている。

 聞こえる方向を探り、そちらへ歩き出す。

 少し行くと、白いもやのようなものが足元に漂い始めた。思わず顔を顰める。泣き声は靄が深くなっている先の、中心部から聞こえるようなのだが、靄が気になって進む気になれない。

 躊躇っていると、靄がざあっと引いて行った。中心と思しき部分に集まったようだ。その中から泣き声がする。

 慎重に足を進める。靄の中身は全く見えない。


「…レグルス。ほら、お迎えが来ましたよ」


 何処からともなく声が聞こえた。大人の男の声だ。

 辺りを見回すが、そんな人の姿は見えない。視線を戻して、目を見開いた。

 濃い靄が残っていた辺りに、黒髪の青年が佇んでいたのだから。その腕には、青銀の髪の子供が抱かれている。

 子供は青年に縋って泣いていた。五歳くらいの小さな子だ。体はふっくらと、子供らしい丸みを帯びている。


「レグルス?」

「いやです!おそとはもういや!!」


 青年の呼びかけに、レグルスは激しく首を左右に振る。青年の服をしっかりと握った。


「いたいのはいやです!どうしてぼくばっかり…!!」

「貴方ばかりではありません。皆痛みを抱え、時に我慢して、歯を食いしばって生きているのです。あの子も」


 青年はルオーの方へ、レグルスの視線を向けるように促した。

 レグルスが顔を上げる。そこには痩せこけて落ち窪んだ目はなく、泣き腫らした幼子らしい表情があった。しゃくり上げる。


「…どうしてここにいるのですか?」

「それはオレが聞きたい。ここはどこだ?」


 レグルスはパチクリと、目を丸くした。それから青年を見た。眉を潜める。


「どういうことですかっ?」

「ふふっ」


 青年は笑う。彼はレグルスを降ろした。そしてルオーの前に屈む。


「ごめんなさい。この癇癪持ちがあまりに騒がしいので、精神世界を一時的に繋げさせて頂きました」

「せいしんせかい?」


 ルオーが首を傾げれば、彼は頷いた。


「記憶の世界とでも言った方が良いででしょうか。肉体の内側、魂を収める場所ですよ」

「…わかんない……」

「でしょうね。普通は来る事が出来ない場所…とだけ理解してくれれば」

「わかった。普通じゃない場所だな?」


 ルオーが応える。彼は目を瞠り、それから嬉しそうに笑った。

 彼の足元で、レグルスが頬を膨らませている。


「だれがかんしゃくもちですか!ひどいです!!」

「貴方に決まっているでしょう。少し甘やかしすぎましたか」


 ふっと息を吐く。そしてレグルスの頭を撫でる。


「帰りなさい。外の世界は嫌な事ばかりではなかったでしょう?」

「……だって」

「家族が待っていますよ」


 レグルスはぐっと言葉を詰まらせた。顔を俯かせる。

 ルオーが仕方ないというように、手を取った。

 驚いたレグルスが顔を上げる。


「行くぞ」

「…あなたは、だぁれ?」

「ルオー。教会の孤児院で世話になってる」

「こじいん?きょう、かあさまたちがいったばしょですか?」


 ルオーは頷いた。それからレグルスの手を引っ張る。

 青年が微笑む。手を振る彼をレグルスは振り返った。

 ルオーも足を止めた。


「アンタは?行かないの?」

「ここは私の居場所ですから」

「アンタ、生きてる人間じゃないのか?」

「聡い子は好きですよ」


 そう言った彼の姿が揺らめいた。人の姿が崩れ、あっという間に足元に白い靄が広がる。

 ルオーは目を瞠った。


(…こんな面倒はこれきりですよ……)


 彼の声が頭に響き、白い靄が下へと遠ざかる。

 同時に視界が霞んでくる。






 ルオーは目を覚ました。見慣れない風景に一瞬戸惑ったが、すぐに自分のいた場所を思い出す。

 隣で眠っていた筈のレグルスは既に起き上がっていて、両手をついてぼんやりしている。


「今の、何?」


 そう問いかければ、レグルスは首を振った。

 ルオーはそれ以上訊ねる事はせず、ベッドから降りた。水差しから用意されたコップへと水を注ぐ。

 それをレグルスへと渡す。


「ん」

「ありがとうございます」


 レグルスが受け取ると、自分の分も水を注ぐ。

 ルオーはそれをほぼ一気飲みした。レグルスはちびちびと飲んでいる。

 ルオーはお菓子の載った皿をレグルスへと差し出す。


「食え」

「…ありがとう・ございます……」


 行儀が悪いと知りながら、他に方法はない。

 ベッドの上に直接皿を置き、それを挟んで、二人並んで座る。


「ウマい」

「はい」

「皆にも食べさせてやりたい」

「みんな?」

「孤児院の家族」

「もってかえりますか?」

「足りないよ、これじゃ。孤児院は今、四十人くらいいるんだ」

「りょうりちょうなら、たくさんつくって・くれてますよ」


 レグルスは水を飲む。それからお菓子に手を伸ばす。


「こじいんへの・おみやげように」

「どうして?」

「おやしきのみんなは、ぼくに・あまいの・です」

「…みたいだな」

「だから、ぼくをたすけてくれた・ルオーに、おれいのおみやげ・くれます・よ。しつじのじいやに、きいて・みま・しょうか?」

「ふうん」


 ルオーは気のない返事をして、お菓子を取った。ナッツののったクッキーを頬張る。そしてにんまりと笑った。


「うん。ウマいわ、やっぱ」

「それはよかったです」


 レグルスも目を細めた。




 お菓子の皿はあっという間に空になった。水のコップも空になり、ルオーは今度はお茶を入れた。すっかり冷めてしまっていたが、執事の言った通り美味しかった。

 一心地付けて、ようやく二人はベッドから降りた。


 レグルスが渋るので、バリケードを退かすのはルオーの役目だった。

 本も片付けさせて、鍵を開く。

 廊下には侍従が二人、待ち構えていた。出てきたレグルスの様子に、安堵の表情を浮かべる。

 丁寧な一礼の後、容体を訊ねる。


「レグルス様。お加減は如何ですか?痛む場所はございませんか?」

「だいじょうぶです…ごめんなさい……」


 ルオーの陰に隠れて呟くように謝罪の言葉を告げる。

 侍従たちは首を左右に振った。


「奥様とお嬢様が心配されてます。お会いしに参りましょう」


 レグルスは頷いた。

 一方で、ルオーが体を強張らせる。忘れかけていたが、彼は不法侵入者なのだ。

 レグルスの痩せ細った手が、ルオーの手を握った。見下ろせば、レグルスが不安そうに体を寄せている。

 ルオーは唇を引き結んだ。手を握り返す。

 手を引いて歩き出せば、少し遅れてレグルスがとぼとぼとついてくる。

 その途中で、少しばかり騒がしい声が聞こえてきた。今度はレグルスがビクリと身を竦ませ、足を止めてしまう。

 ルオーが振り返る。


「大丈夫」

「……」

「あのじーさんが怒ってるのは、お前にじゃないから大丈夫」


 そう言って、少しばかり強引に手を引いて、歩かせる。

 遠くから聞こえるのはあの老人の声。それに対応しているのは誰だろう。

 侍従たちは声から遠ざけるよう、面倒だが回り道をして母と姉のもとへと連れていった。

 そこでレグルスは、更に気まずい思いをする事になる。

 母は泣き腫らして目を真っ赤にしていた。そんな母を慰め続けていたのだろう姉も、すっかり疲れ果てている。


「かあさま、ねえさま。ごめんなさい……」


 レグルスの呟きに、母はゆっくりと首を振った。レグルスに向かって手を伸ばす。

 ルオーと繋いでいた手を離し、母の傍に駆け寄る。

 気だるげな様子で末息子の頭を撫で、抱き寄せた。


「謝らないで。お願い……」

「かあさま?」

「連れていけば良かったのよね。いいえ。行かなければ良かったんだわ。おいてけぼりになんてしたから、こんな事になったのよ」


 包むように抱きしめて、母はしゃくり上げる。

 レグルスは戸惑っていた。どうしていいか解らず、とりあえず母に抱きついてみる。ぐずる声が耳に付く。


(…どうしましょう。ブスはつかっちゃダメですし……)


 ぎゅうっと母にしがみ付きながら、掛ける言葉を探す。

 母は相変わらず、良い匂いがする。香水なのだろうが、甘ったるくない爽やかな香りだ。

 目を細め、母の胸に顔を擦り寄せる。


「かあさま、いいにおい」

「…レグルス、変態くさいわ」


 すかさず姉に突っ込まれた。頬を膨らませて姉を振り返る。


「だって。かあさまにぎゅーって・される・のは、だいすきなの・です」

「ぎゅー?」


 母は小首を傾げ、レグルスを抱きしめる。

 レグルスは目を細めた。


「かあさまやねえさまの・ぎゅーは、やさしくて、いいかおり・なの・です」

「まあ」

「シェルにいさまのぎゅーは、いたいから・いやです」

「ああ…うん。わかるわ……」


 アルティアがそっと視線を外した。

 最近の長兄の抱擁は痛い。凄く痛い。レグルスがよく手を突っ張っているのは知っていたが、本気で嫌がっていたらしい。

 今、抱きしめられているレグルスの頭は、ちょうど母の胸の位置にある。レグルスはあまり意識していないが、豊かな胸に頬を押し付ける姿は、子供でなければ出来ないだろう。

 母の表情が、僅かに緩められた。


「ぎゅー」

「ぼくもぎゅーなのです」


 微笑ましい母子を、羨ましく眺める者があった。

 それは素早くレグルスの後ろへ近づくと、母から引き剥がす様に抱き上げた。


「とうさま!?」

「それ以上は男として赦せんな」


 キョトンとして首を傾げる息子に、娘は溜息を吐き、母は呆気にとられた。

 どう見ても子供が母親に甘えているだけなのに、何に嫉妬したのか。

 父の言葉を反芻し、レグルスの頭の周りにクエスチョンマークが乱れ飛ぶ。


「ぼく、かあさまにぎゅーしちゃ・ダメです・か?」

「…そんな事より」


 息子の疑問を放置し、グランフェルノ公爵は言った。視線は妻に向けられている。


「バジュリ―ル伯…ジョスラン殿はお帰りになられた」

「やっと帰ってくれた?」

「ああ。本当に、困った義父上だ」


 歯に衣着せぬ娘に、父は苦笑交じりに応えた。

 レグルスがペシペシと、父の肩を叩いた。


「あのひとはおじいさま・ですか?」


 訊ねれば、父は頷く。


「お前の母の実父だ。あの丸いのは、お前たちの従兄弟にあたる」


 レグルスが思いっきり顔を顰めたので、父は苦笑いをするしかない。

 一つ息を吐いて、近くのソファへ座る。レグルスを膝に乗せ、それから視線をルオーへと移した。

 今まで空気のようにそこに佇んでいたルオーは、一瞬で身を固まらせた。

 ふっと公爵は目元を和ませる。


「あの子豚からこの子を庇ってくれたそうだな。ありがとう」

「いえ!あのっ、でも…」

「突き飛ばした事は、気にしなくていい。大した怪我はしていない」


 公爵は笑いながら、座るように席を勧める。

 ルオーは場違いな事を感じていた。家族水入らずで寛ぐ中に、自分がいてはならない。

 それでも、控えていた女中たちにも促され、恐る恐る腰掛ける。座った所で、公爵自身が何かとんでもない事を言った事に気付く。

 息子の従兄弟なら、公爵にとっては甥。血の繋がりはともかく、甥を子豚と言った。


(その前に、丸いのとか言ってた…)


 甥を表す言葉ではない。

 ルオーはそっと公爵の顔を窺えば、公爵はまた不機嫌そうになった息子を宥めている。


「どうしておじいさまが、おうちにきた・の・ですか?」

「お前に会いたかったそうだ。あの従弟は、お前と同い年だから、良い友人になるだろうと思って連れてきたらしい」


 祖父は確かに、行方不明になった孫を心配していた。見つかったという報せを聞き、大層喜んだのも事実だ。

 だが、報せ一つで連れても来ない娘に焦れて、前触れもなく訪問してきたという。

 先触れのない訪問は、貴族間では失礼にあたる。突然やってきた前伯爵に、使用人たちは大いに慌てたのは言うまでもない。まして、今は主人一家は全員留守なのだ。いるのは対応できない孫本人のみ。

 不在を理由に追い返そうとしたが、老人は聞き入れず、仕方なく応接室に通した。

 クリストフやエミールたちが対応を思案しているうちに、夫人たちが戻って来て、事なきを得た――と思ったら、一緒にいた筈の孫がいないと言うのだ。

 そこでエミールはレグルスを置き去りにした事を思い出し、奥の庭から盛大な泣き声が聞こえ…駆け付ければ、何故か子供は三人で、怪我をして尚冷やかなレグルスがいた。


 レグルスはされた事を思い出し、べしっと父の腕を叩いた。但し、力が弱いので痛くはない。


「あんなゆうじん、いらない・です!」

「だろうなぁ。だが、代わりに良い友人が来てくれたな」


 頭を撫でてやれば、レグルスはちょっと首を傾げた。 

 ルオーに目を移す。そしてルオーも一緒に首を傾ける。

 レグルスが目を細めれば、ルオーも笑って見せた。

 レグルスは父の膝から降りた。ルオーに駆け寄る。


「ぼく、ルオーとあそびたい・です」

「いいけど…オレ、帰らないと」

「もうかえっちゃうですか?」


 レグルスが眉を下げる。そして父を振り返る。

 父は心得ていると言わんばかりに頷く。


「泊まっていけばいい。クリストフ、教会に連絡を入れておいてくれ」

「かしこまりました」


 ルオーは焦った。不法侵入したのは、公爵も解っている事だろう。

 無邪気に喜ぶレグルスに、ルオーは何も言わずに曖昧な笑顔を返した。

 公爵一家や使用人たちが何も訊いてこないのは、幼いレグルスの手前だから。一応、意地悪な縁者から助けた恩人という建前もあるだろう。

 しかしルオーは拷問のように感じていた。怒られるなら、さっさと怒られてしまいたい。

 そもそも、レグルスを助けたのはただの偶然だ。結果として助けて助けられて、面倒を見ているだけ。本当は、そんな目的で忍び込んだのではない。


「ルオー、おそとのおはなし・を・きかせて・ください」


 同い年とは思えないあどけなさで、ルオーに話しかけてくる。

 本当は、あの従兄弟と同じ事をしてやろうと思って忍び込んだのだと知ったら、どんな反応をするのだろう……

 ズキリと胸が痛む。

 ふと、レグルスがルオーの顔を覗き込んだ。


「どうしましたか?かおいろが、よくない・です」

「ん…平気。ちょっと、緊張してきただけ」

「きんちょう?」


 ルオーは苦笑いする。


「親無しの孤児が、公爵家に泊まるとか…ないだろ」

「ルオーはぼくのおともだち・に・なるのは、いやですか?」

「それもおかしな話なんだ。一般的な貴族の子供なら、オレみたいなのと仲良くしたいなんて思わないんだよ」


 最後は自嘲になってしまった。

 レグルスはパチクリと目を丸くしていた。父親を振り返る。

 父公爵は低く笑った。


「まあ、そうだな。ルオーの言う事は間違っていない」

「でも、ぼくはあの・いとことなかよくする・くらい・なら、ルオーとおともだち・に・なりたい・です」

「…だそうだ」


 公爵は軽く肩を竦めてみせる。隣で夫人が小さく笑った。

 アルティアが手を振る。


「なってあげたら?面倒臭いって思うなら、仕方ないけど」

「…面倒だとは思いません」


 ルオーは思う。

 孤児院に世話になるようになってから、色んな子供を見てきた。悲惨な過去を持つのは、自分ばかりではなかった。

 あの孤児院で、大人は司祭一人だけだ。周囲の住人たちが何かと手を貸してくれるが、基本小さな子の面倒は、年長の子供が面倒をみる。

 五年前、あの場所に連れていかれたルオーの面倒を見てくれたのも、今は一人立ちしたお兄さん・お姉さんだ。

 今は見られる側から、見る側に移りつつある時期。だから、レグルスを邪険にするような気持は湧かない。

 逆に、自分がやろうとした事に対する嫌悪感が増す。

 じっとレグルスを見つめれば、レグルスは不思議そうに首を傾けていた。


 最初から無理だったのだろう。 


 孤児院には、飢えて死ぬ寸前の子供が連れて来られた事もある。そんな子供に今のレグルスは姿かたちがそっくりだ。

 姿を知ってしまえば、出来る筈がない。

 ルオーは視線を伏せる。


「…考えとく」

「そうね。友達なんて、なろうと思ってなるものでもないしね」


 寂しそうな顔をしたレグルスに、アルティアがフォローを入れた。


「そのままの貴方でいれば、いずれ仲良くなれるわ。がっかりしないの」

「はい、ねえさま」


 レグルスはそう言って、ルオーの手を握った。

 骨と皮ばかりの、細い指だ。不健康にも程がある。

 グランフェルノ公爵はそんな我が子をひょいと持ち上げて、ルオーから引き離す。


「さて、お前と遊ばせる前に、父はルオーと話がある」

「おはなし?ぼくがいっしょに・いたら、ダメですか?」

「お前には聞かれたくない事もあるだろう」


 息子を妻に預けるとルオーを手招きする。

 ルオーは立ち上がり、公爵の後に続いて部屋を出た。硬い表情でうつむくルオーに、公爵は軽く頭を叩いた。


「何、叱ろうと言うわけではない。ただ話を聞くだけだ」

「はい……」


 強張る体を何とか動かして、ついて行った先は公爵の仕事部屋。

 公爵は応接用の椅子にルオーを座らせた。自分も向かいに腰をかける。


「…まぁ、見事に忍び込んだものだな」


 苦笑交じりに言った。公爵家の警備は決して甘くない。


「馬車の荷物入れに……」

「狭くなかったか?振動だって酷かっただろうに」


 ルオーは頷く。

 二人の乗った馬車は小さなものである。座席の下にある荷物入れは、子供一人が入ったら一杯だ。

 それほど長い時間ではなかったから、揺れには耐えられた。若干息苦しかったが。


「それで?殴ってやろうとでも思ったか?」


 ルオーは眉根を寄せた。膝の上で拳を握る。

 くくっと公爵は笑う。人の悪い笑みを浮かべ、更に問いを重ねる。


「出来るわけないだろう。お前はそんな子ではないよ」

「でも…悪口言ってやろうって思ったんです……」


 顔がくしゃりと歪んだ。


「…っ、だってっ…お父さんとお母さん……っ、死んだのにっ。殺された!アイツがいなくなったりするから!!」


 ぼろぼろと、とめどなく涙が溢れる。

 公爵は首を振る。


「違う。レグルスがいなくなったからではない。いなくなったあの子に懸賞金をかけた私の責任だ」

「でも!お父さんたちは帰ってこないのに!!どうして…どうして生きてるんだよぉ……アイツばっかり、ズルイ……」


 公爵は視線を下げた。







誤字脱字の指摘、お願いします。


あと一話分ですかね?

これを一話で終わる、前後篇くらいかな?と思っていた自分が凄いw

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