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遠い記憶の守人  作者: 名波 笙
幼年期
21/99

エピローグ




 五年ぶりに戻ったレグルスに、その日のグランフェルノ邸は夜、お祝い騒ぎだった。

 寝静まったのは日付も変わった頃。

 当の本人は、一足先にベッドに潜り込んでいる。

 執事が様子を確認しに来た時、ぐっすり眠っていた。万歳をしていた両手を布団の中にしまい、肩までかけ直して、部屋を後にした。

 王宮ではシェリオンと一緒に眠っていた。

 異変があれば、真っ先に気付いてくれた。

 だからこの日は、誰もすぐには気付けなかったのだ。


 目を覚ましたレグルスが暗闇に混乱して、自分の居場所を忘れ、悲鳴を上げるまで。




 真夜中の屋敷に響いた声に真っ先に飛び込んできたのは、夜番の使用人だ。床に蹲るレグルスを見つけ、駆け寄る。


「レグルス様!どうなさいました!?」


 覗き込めば、蒼白な顔がある。全身にびっしょりと汗を掻き、目は虚ろだ。

 体を起こし何度も呼びかけるが、返事がない。駆け付けた使用人たちも必死で名を呼ぶ。

 レグルスは喉から奇妙な音をさせている。


「レグルス」


 落ち着いた声が降ってきた。使用人たちが素早く脇に避ける。

 レグルスを抱えていた者から受け取ると、慎重に抱き上げた。


「レグルス。戻っておいで」


 グランフェルノ公爵は静かに呼びかける。


「戻っておいで。いつまでそんな場所に居るつもりだ?レグルス、おいで。ここまで戻っておいで」


 父の声が聞こえたのか、呼吸の奇妙な音は消えた。

 公爵の表情が緩む。頭を肩に乗せさせ、背をさする。


「おかえり」

「…と…さま……」


 今にも消え入りそうなか細い声。力なく、公爵に抱きつく。

 何処を見ているともつかない眼に、ふっと光が戻る。だが元気はなく、そのまま閉じられてしまった。

 公爵はレグルスを抱えなおした。集まった者たちを見回す。


「夜中にすまなかった。戻ってくれ」

「お医者様を呼ばなくて、大丈夫でしょうか?」

「ああ。夜が明けてからで構うまい」


 すぐに診せたからと言って、良くなるものではない。診察に来たところで相談するくらいで十分だ。

 使用人たちは安堵の息を吐き、それぞれ持ち場へ、或いは寝室へと戻っていく。

 シェリオンとアルティアもそこに居た。風邪に伏せていたはずのアルティアは女中に促され、後ろを気にしながら部屋に戻っていく。

 父に出遅れたシェリオンが、居た堪れなさそうに面を伏せる。


「すみません。前にもこんな事があったのに…報告を怠りました」

「一回だけか?」

「はい。夜中に起きたのは一度だけでしたから」

「そうか」


 後悔に顔を歪ませるシェリオンに、公爵は顔を緩ませる。


「気にするな。その時ばかりの事だと思っても、無理はない」

「…けれど、後遺症がないなんて、ある筈ないのに……」

「それを支えるのが、これからの家族の役目だ。出来なかった事を後悔する事ではないぞ」


 シェリオンの顔を覗き込み、軽く頭突きをかます。両手が塞がっている為、小突く事が出来なかった。

 シェリオンは目を瞠る。


「朝、前回の様子を聞かせてもらう。もう休め」


 シェリオンは渋々ながら頷き、自室へと引き上げていった。

 入れ替わりに、公爵夫人が入ってくる。レグルスを抱える公爵に寄り添った。


「大変なのは、これからなのね」

「そうだ。喜んでばかりはいられない」


 公爵は表情を引き締めた。

 レグルスは公爵の肩に頭を乗せ、再び眠りに落ちていた。

 公爵が妻の額に口づけを落とす。


「部屋に戻れ。この子は俺が見るから」


 夫人は泣きそうな顔で公爵を見上げた。公爵は安心させるように微笑みかける。

 彼女は深く頭を下げ、女中に伴われて部屋を出ていく。

 公爵はレグルスをベッドに戻した。自分も隣に潜り込む。


「強くあれ」


 そう囁いて、公爵も目を閉じた。






 翌朝、目を覚ましたレグルスは隣りで眠る父に、目を丸くした。

 まだ寝息が聞こえる為、抱きかかえられているレグルスは、迂闊に動く事も出来ない。じっと父の寝顔を見つめる事になった。

 自分と同じ青銀色の髪。自分と違うのは短くて、癖があるという事。

 そっと腕を抜き、手を伸ばして髪に触れる。ピクリと眉が動いた。睫毛が震え、自分と同じ水色の瞳が開かれる。


「…おはようございます、とうさま」

「……………おはよう」


 ぼんやりとした父はたっぷり十秒は間を置いて、返事をした。体を起こし、大きな欠伸を洩らす。

 レグルスも一緒に起き上がる。


「どうして・とうさまが、ここでねている・の・ですか?」

「…昨夜のこと、覚えてないのか?」

「ゆうべ?」


 レグルスは首を傾げる。

 思い出そうとするが、何も思い出せない。両手を顎に当てる。


「ぼく、なにか・しましたか?」

「悲鳴を上げていた。怖い夢でも見たのだろう」


 隠しもせずにそう言って、父はレグルスの頭を撫でる。

 レグルスはポカンとして口を開いた。父に口元を指で叩かれ、閉じる。同時に顔が強張った。

 父は笑った。


「気にするな」

「ち、ちがうの・です…こわいの・は、ゆめじゃない・の・です……」


 レグルスは父の手を握った。

 訝しむような視線を送る父に、たどたどしく話し始める。


「とうのよる・は、まっくらに・なるの・です。おきたら、まっくらで…おうちに・かえってきた・の・が、ゆめ・だった・と・おもった・の・です」

「……」

「とうさま・たちが・おむかえに・きて・くれる・ゆめを、よく・みた・の・です。だから・また、ゆめ…だった・と……」

「もういい」


 どんどんと俯いていくレグルスを、父は抱き寄せた。膝の上に座らせる。


「聞いて欲しいなら、幾らでも聞いてやる。だが、無理して話すな」

「ごめんなさい」


 謝るなという言葉を、父は飲み込んだ。代わりにギュッと抱きしめる。

 扉が叩かれる。返事を返せば、執事が入ってくる。

 執事は、主とその膝に乗せられたレグルスをみて、わざとらしく目を瞠った。


「おはようございます。朝から仲がよろしいようで、何よりでございます」

「ふふん。羨ましいか」


 主が挑発すれば、執事は乗らずににっこりと笑った。


「いえいえ、微笑ましゅうございます」


 そう言って、手を叩く。


「さあさあ、旦那様。早くお仕度なさいませんと、秘書殿がお迎えに来られますよ」

「やれやれ…レグルス。お前も着替えろ。一緒に朝食を取ろう」

「はい、とうさま!」


 レグルスの元気良い返事を聞き、公爵は笑った。






   ◆◇◆◇◆◇







 闇の中ふわふわとまどろむ彼は、不意に意識が覚醒した。


―― お師匠さま…? ――


 懐かしい声に呼ばれた気がして、目を開ける。だが、あるのは深い闇だけ。

 気のせいか。

 もう一度闇に融けようとして、ふと外の様子が頭に届いた。




 あの子が笑っている。




 彼の顔にも笑みが上る。

 これでいい。こうでなければ、彼が苦しみながら守り続けた意味がない。


 けれど……



 これは、何の罰?



 自身に問いかける。

 彼が終生仕えた王は、もういない。大切な仲間も、愛した人も。

 全てが墓の中だ。彼の時代は終わったのだ。

 なのに、なぜ自分はここにいる?記憶を持ったまま生まれ変わった意味は?


 ぽたり


 一粒の涙が闇に落ちる。

 彼は両手で顔を覆った。

 本当に苦しかったのは、五年間独りでいた事ではない。

 冬の厳しい寒さも、足りない食事も、どうでもよかった。



 会いたい。

 同じ時を過ごした人たちに。

 ただ無性に会いたくて、寂しい。

 あの五年は、その寂しさを紛らわせるのに丁度良かっただけ。



―― お師匠さま…何処ですか?どうしていないのですか……? ――


 もしかしたら会えるかもしれないという、一つの希望。

 けれど、彼の人はもうこの国にいなかった。いなければ、探し方は分からない。

 魔術協会に問い合わせれば判ったのかもしれないが、理由が見つからない。幼い子供が伝説の『賢者』の行方を追うには、相応の理由が必要で、その本当の理由は話せなかった。

 師を呼び、もう一つ……彼はある人物の名を呼ぶ。これも今では相応の理由がなければ、出会えない存在になってしまった。

 彼が生きていた時代であれば、ただ愛らしかっただけであるのに。




 ぽたりぽたりと涙を零しながら、彼は闇に融ける。

 抱えた傷を、漂う闇と共に更に深くしながら……






誤字脱字の指摘、お願いします。


とりあえず幼年編は終わりです!

これから成長記録編(笑)です…が、書き進んでおりません!!

少し投稿をお休みして書き貯めますので、次の更新は来月以降になると思います。

読んでくださっている方々には申し訳ないのですが、次話はしばらくお待ちください。


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