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遠い記憶の守人  作者: 名波 笙
幼年期
19/99

18.向かい合う






 おやつは五枚重ねのパンケーキ。クリームにジャム、チョコレートソースに果物たっぷり。

 それをほぼ一人で完食した為、夕飯はほぼ入らないという無様な結果になった。

 レグルスは湯気を立てるシチューを前に、満腹で食べられないという屈辱を味わう。


「…食に対する執念が凄過ぎるだろ……」


 共に夕食の席に着いた王太子が、呆れ果てたように言った。

 お腹がいっぱいなのに、食べたそうにシチューを眺めている。


「シチュー、おいしいのです」

「好物か」

「おいしいもの・が・たべられない・なんて、たべものに・たいする・ぼうとくです」

「…誰だ。そんな事を教えたのは」


 シェリオンとハロンは、笑いを抑えきれない。顔を伏せ、必死で声だけは堪えている。

 そんな事に気付かないレグルスは、スプーンを握りしめた。

 ヴェルディが溜息を吐く。


「後で気持ち悪くなっても知らないぞ」

「う~…ひとくち。あと・ひとくちだけ……」


 シチューを掬って、口に運ぶ。そして目を細める。


「おいひい…」


 そうは言うが、なかなか飲み込めない。お腹はもう限界を越えているのだから、当然である。

 何とか飲み下し、次の一口をどうしようかとシチューを見る。実は、先程からこの繰り返しだ。

 ハロンは机の端をバシバシと叩いた。


「ダメだ…腹筋崩壊しそう……っ」

「食べられないなら、無理しない」


 何とか笑いを飲みこんだシェリオンが、レグルスからスプーンを取り上げた。

 恨めしげに兄を見上げる。


「あとひとくち…!」

「ダメ。そう言って半分食べただろう?何でおやつも、ハーヴェイと半分こしなかったの?」

「だって……」


 レグルスは言い淀んだ。

 ハーヴェイも甘いものは好きだ。遠慮もしない。

 侍女たちが皿を片付けながら、クスクスと笑っている。


「レグルス様が鳥のヒナのように口を開けるものですから、楽しくなってしまったようです」

「あ~…ハーヴェイ殿が食べさせたのか」


 目に涙を浮かべたハロンが何とか体を起こす。

 レグルスは眉を寄せていた。片付けられてまっさらになったテーブルに顔を伏せる。


「おやつ、おいしかったの・です」

「そうか。だったら、夕飯はもう諦めろ」


 王太子から無情な宣告を受ける。

 テーブルに顎を乗せ、情けない顔で王太子を見上げた。

 ヴェルディは片眉を跳ね上げる。


「そんな顔をしても駄目だ。食べ過ぎは体に悪い」

「いままで・たりなかったから、だいじょうぶ・です」

「今まで足りなかったからこそ、急に大量摂取したら危ないんだ…っていうか、食い意地が張り過ぎてるぞ、お前の弟!」


 ヴェルディがシェリオンに文句を言った。シェリオンは「そんな事を言われても」と、苦笑いを零す。

 レグルスが不服そうに、ぺしぺしとテーブルを叩いた。

 それを見て、ハロンは盛大に噴き出すのである。




 そんな和やか(?)な夕食が終ると、それぞれ部屋に戻った。

 レグルスは早々にお風呂に入れられる。長い髪の手入れをされていると、欠伸が漏れた。


「今日はお疲れでしょう」


 侍女は髪にたっぷりと何かを擦り込み、丁寧にくしけずる。

 侍女は楽しそうな様子だが、レグルスは顔を顰める。


「かみ、きってほしい・です」


 ポツリと呟けば、侍女は目を大きく見開いた。


「そんな勿体無い事、出来ません!」


 またこの言葉。

 レグルスは肩を落とす。



 栄養状態が悪かったが、髪の痛みはそれほどでも無かったらしい。綺麗に汚れを落とされ、毎日油や謎のクリームを塗られると、あっという間に艶やかで美しい髪になった。

 侍女たちが羨むほどに。

 癖のない真っ直ぐな髪。少し梳いただけで、背中をサラサラと流れる。

 色は珍しい青みがかった銀色。青銀。

 父と長兄も同じ色合いだが、こちらは適度に短くしていて、癖もある。

 レグルスが父や兄と同じ色である髪を嫌う理由はない。直毛は母譲りだ。

 問題はこの長さ。

 救出直後に多少切り揃えられたが、やはり勿体無いという理由で、短くはしてもらえなかった。



 侍女は長い髪を三つ編みにした。その先を摘む。


「つかまれるのは、いやなのです……」


 侍女は眉を下げた。

 ソファで本を読んでいたシェリオンも反応する。顔を上げると、弟が憂鬱そうに髪を摘んでいた。

 本を閉じ、弟の傍に移動する。


「…痛かった?」


 頭を撫でれば、レグルスは小さく頷く。

 シェリオンは弟を抱き上げた。ソファに戻って、膝の上に座らせる。後ろから抱き締める。


「ごめんね」


 最初に掴んだのはシェリオンだ。しかも怯えさせた。

 あれから一切話題にしないが、今日、カーライルに掴まれたせいで恐怖が増しているのだろう。

 レグルスは兄を見上げる。


「いたいのは、いやです」

「うん。そうだね。痛かったね。ごめん」


 頭を撫で、顔を寄せる。

 レグルスはお腹の上に回された腕を撫でた。

 無言になってしまった所に、扉が叩く音が響いた。近衛兵が来客を告げる。


「グランフェルノ公爵様がお見えです」

「父が?」


 シェリオンは目を瞠った。すぐに通してもらう。

 父公爵は若干疲れた様子で現れた。それでも、駆け寄ってきた末息子に顔が崩れる。

 レグルスは父の前で両手を上げる。


「とうさま、だっこ」

「よしよし」


 軽々と抱き上げ、腕に座らせる。

 レグルスは父の肩に顔を埋めた。そのまま目を閉じてしまう。

 大人しくなった末息子に訝しむような視線を向ければ、長男が笑いながら口元に人差し指を当てる。

 思わず苦笑してしまう。


「父は枕か」


 もう聞こえていないようだ。小さな寝息が耳に届く。

 ソファに座ると、膝の上に横にする。頭を撫でながら、父は満足そうに笑う。

 しかし、その笑みはすぐに消えた。

 シェリオンもその様子に気づいて、姿勢を正す。父が話し出すのを待った。


「…正式な抗議を出した」


 主語がなくても、何の事かすぐに解る。シェリオンは硬い表情で頷いた。


「王宮内で起こった事件だ。厳正なる処罰を下すよう、勅命が下された」

「イノセント小父上には……」

「公爵に落ち度はない…とは言えない」


 既に財務大臣の座を辞する意を示されている。幸いな事に領地の没収などはなかったが。

 父公爵の言葉に、シェリオンは顔を歪めた。

 この結果は予想の範囲内だ。だから心を痛める必要などはないと、自分に言い聞かせる。


「ご子息は当分動けんそうだ。派手にやったな」


 父の口元に笑みが浮かんだ。

 シェリオンは視線を下げる。

 本当は腕の一本も切り落としてやろうかと思っていた。だが、出来なかった。

 すっかり寝入ってしまったレグルスに目を向ける。


「…生かしてやったのが正しい事なのか……俺には解りません」

「怖い事を言うな。無駄な殺生をされても困る」

「二度と剣を持てないようにしてやろうかと思ったのですけれどね」

「似合わんな。血生臭いのは、お前には向かん」

「…ハーヴェイなら良いのですか?」

「アレは泥臭いくらいで丁度良い」


 父は視線を落とした。頭を撫でていた手を止め、髪に指を絡める。

 あどけない顔で眠る小さな息子。やっと帰ってきた、大事な末息子。


「多分…血生臭い道を行かねばならないのは、この子だろう」

「はい」


 シェリオンは同意した。

 幼いけれど、時折見せる不思議な表情。大人びた思考。

 何かを隠しているのだろうが、聞きだす事が出来ない。幼い表情に隠して、愛らしい仕草に隠して。「お願い、聞かないで」と、全身で懇願するように。


「明日、レグルスを家に連れて帰る」


 突然と言葉に、シェリオンは反応が遅れた。首を傾げると、父は更に続ける。


「朝、医師の診断を受けさせた後、昼には連れて帰る許可を得た」

「陛下の、ですか?」

「国王陛下も、王太子殿下も」


 沈んだ声で答えた父は、眉間に深い皺を刻んでいる。

 深い溜息が洩れた。


「嫌だと言っていたのにな……」

「え?」

「今朝、王宮はもう嫌だと言われた。馬鹿と揉めた後だ」


 それを流してしまった。結果、更に怖い思いをさせてしまった。

 シェリオンが何も言えずにいると、父は眠る末息子を抱き上げた。

 奥の寝室へと向かっていくので、シェリオンは慌てて追いかけて、扉を開けた。

 公爵はベッドにレグルスを寝かせると、布団を肩までかけた。顔にかかる髪をよけ、額を顕わにさせる。


「頼りない父ですまない」


 そう呟いて。

 後悔に苦悩する後ろ姿。


 シェリオンは知っている。この数年、何度も見てきた。

 偽物が連れて来られるたび、厳しい言葉で追い返した…その後で。

 執務室に一人消えていく、後ろ姿。

 何も言わなかった。何を考えていたのかも分からなかった。

 ずっと、そんな風に考えていたのだろうか。見つけてやれない我が子に対して。

 …或いは、己の罪に感情を押し潰されてしまった我が子(自分)に対して。

 こうやって自らの不甲斐なさを嘆いていたのだろうか。


 父親がシェリオンを振り返った。思わず身構えてしまう。

 そんな長男に、父親は苦笑した。


「お前も明日は帰ってこい。クリストフが寂しがっているぞ」


 クリストフはグランフェルノ家の執事だ。

 過保護な執事の名に渋い顔で肩を竦めると、父の手が頭を掻き回した。


「ちょ…っ、やめて下さい!子供じゃあるまいし」

「何を言う。親にとって、子供はいつまでも子供だ」


 公爵は両手でかき回して、息子の非難を楽しんだ。






誤字脱字の指摘、お願いします。


評価、ありがとうございます!

小心者は恐れ多いあまり、ビビって冷や汗掻いてます。


とりあえず、手術は11月以降に後回しになりました。

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