15.王国守護隊
王国守護隊
それはリスヴィア王国を護る為に結成された、特殊部隊。
彼らの任務は、「リスヴィア王国」の守護・存続。
国家存続の為にならないと判断すれば、国王の命令を退け命さえ奪う。
構成員の中には非戦闘員もおり、全てを把握しているのは隊長のみとされている。
メレディス・レジナルドは、子爵家の二男として生まれた。家督継承権を持たない彼は、迷わず剣の道を選び、近衛師団に入った。そして王国守護隊士となった。
彼は名誉を重んじた。名を上げる事に何よりも喜びを感じた。
だから。
「だったら、王国守護隊には入るべきじゃなかったなぁ」
ベイルはそう言った。酒が入って、顔は更に赤くなっている。
「守護隊の仕事はさ、所詮裏方よ。時には汚ぇ仕事もこなさなきゃならん。だがな、罪は罪。逃れる事は許されん。罰せられる覚悟が無けりゃ、勤められんよ」
「…何故です?守護隊のお陰で改善されたものも多いはずです。それを……」
「良い部分ばっか出して栄光に浸んのは、誰だって出来らぁな。」
理解できない。
そう言うと、ベイルは低く笑ったきり、何も答えてはくれなかった。
以来、彼はメレディスを遠ざけるようになった。
ソレは踝まで届くローブを羽織っていた。フードを目深に被り、表情も窺えない。
傍には赤燕騎士団の団長がおり、訓練に励む団員達もいる。時折、何か話しかけられた団長が顔を寄せ、ソレの言う事に応える仕草を見せる。
名門公爵家に生まれただけの、何の取り柄もないただの子供。家名がなければ、何も出来ない。
全ての間違いはあの子供が生まれてきた事なのだ。
そしてあんな子供を後継者になどと言い出すから、先代には天罰が下った。それだけの事。
微かな気配を感じて振り向けば、そこにはよく知った顔が立っていた。
レリック・リム・ココノエ。侯爵家の当主。そして国王付きの近衛騎士。
何故こいつがここに居る…と、辺りを探れば、通常ではある筈のない気配を幾つも感じた。それとなく配置されているが、これは確実にあの子供の為の警備態勢。
「何を見ている?」
訊ねられれば、答えないわけにはいかない。
「赤燕の団長の傍にいる、妙なものだ」
「…随分と睨んでいたようだが?」
「睨んだつもりはない。何だろうと思って見ていただけだ」
ココノエは不躾にこちらを見た後、突然興味を失くしたように視線を逸らせた。謝罪の一つもなく、横を通り過ぎる。
「レリックおじさま!」
掠れた子供の声。振り返れば、フードをかぶったソレが、ココノエ目がけて駆けてきていた。但し、途中で足をもつれさせて転んだが。
「おっと」
そう呟いて、練兵場に設けられている低い柵を軽く飛び越えていく。座り込んでいるソレに駆け寄った。
たかが子供。家柄だけの子供。
そんなものに何の価値がある?
皆、狂っている。
先代も、あの剣も。
お前も、王太子も、国王も。
だから、正しいものに正しい評価が与えられないのだ。
それら全てに背を向けて、王宮へと歩き出す。
ココノエ侯爵が見送っていた。腕にはレグルスを抱えている。
「あのひとが、おーこく・しゅごたい・ちょうさん・ですか?」
「そう。メレディス・レジナルドだ」
「でも・けん、もってま・せんよ?」
レグルスは首を傾げた。守護隊長の剣は、常に持ち歩くものだ。
「腰に下げてただろう?」
「あれ、ちがい・ます。ちがうもの・です」
侯爵が目を瞠った。一瞬で動揺を隠し、フードの奥を覗き込む。
「それは…喋らないから、そう思ったんだろう?」
「ちがい・ます。おなじなの・は、みためだけ・です」
侯爵の眉間に皺が寄る。
レグルスはそれを指で付いた。両手で皺を伸ばす。
「ダメです。とうさまみたい・に・なっちゃいます・よ」
「おおぅ。それはマズいな」
顔の力を抜いて、緩い笑みを浮かべる。
グランフェルノ公爵はこの五年間の苦労からか、眉間の皺が痕になってしまっている。折角の美中年なのに、それが気難しい雰囲気を作っていた。
ココノエ侯爵は赤燕騎士団長を振り返った。
「今の話は……」
「何も聞いてません」
団長は面倒は御免だと言わんばかりに言い捨てた。
苦笑いをして、レグルスに目を戻す。
「そろそろ戻ろうか。お腹が空いただろう?」
「はい」
レグルスも目を細めて応えた。
後ろから赤燕騎士団長が頭を掴む。乱暴に髪を掻きまわす。
「今度はもー少し、体力付けてから来い。構ってやる」
「はい。ありがとう・ござい・ます」
手を振ると、団長も手を振って見送った。
そこに新米騎士が駆け寄ってくる。彼は深々と頭を下げた。
「ご迷惑をおかけして、申し訳ありません!」
「まー…少しくらいの我儘は、なぁ……」
団長は歯切れ悪く応える。
弟が騎士団の訓練を見たがっていると、この新米騎士が直接頼みこんできたのは昨夜の事だ。見学だけだから、大人しく手もかからないからと、押し切られた。
今朝初めて会って、ただただ唖然とさせられた。フードの奥の目は落ち窪み、頬はこけている。袖から覗いた指も骨に皮を張り付けたようで、抱え上げた時も十歳の子供の重さとは思えなかった。
職業柄、そんな状態の人間も目にする事がある。その中には子供もいた。貧しさから食べることさえままならない孤児や、親から虐待を受けた子供だ。
そんな子供たちでさえ、あれよりまだマシだったように思う。ましてや、あれは筆頭貴族である公爵家令息なのだ。
「それを言ったら、お前もか…」
「は?」
独り言だったのだが、聞き損じた新米騎士が顔を上げたので、団長は苦笑いを零した。
ハーヴェイ・デミトリィ。家名はグランフェルノ。
あの子供、レグルス・グランフェルノの下の兄。多くの地位を持つ父親からデミトリィ卿の位を預かり、家名の代わりに名乗っている。
家の名に頼りたくないと、近衛師団では無く騎士団を選んだ、変わり者の貴族令息。
団長は新米騎士の頭をぐしゃぐしゃと掻き回した。
(しかし、王国守護隊の剣が偽物とはな…真実ならとんでもない話だ)
それを見抜いた子供の能力も。
赤燕騎士団長はその事実から、暫く目を逸らす事にした。
目を逸らす事が出来ないのは、ココノエ侯爵だ。
王子の宮に戻りながら、レグルスに訊ねる。
「アレは本当に偽物なのか?」
レグルスはコックリと頷いた。目を細める。
嬉しそうな様子に、ココノエ侯爵が首を傾げる。
「楽しそうだな?」
「さがし・だせば、ぼくのもの・です」
とんでもない言葉に、侯爵は目を向いた。
この子は、あの男から奪う気でいる。戦う事は勿論、日常生活さえ一人で満足にこなせない幼子が。
思わず噴き出す。レグルスを抱えているのであまり大笑いは出来ないが、盛大に笑いだしてしまった。目に涙が浮かぶ。
「そっかそっか。是非見つけてくれ」
「はい。きっと、みつけ・ますよ」
幼子は力強く応えた。
その様子にココノエ侯爵は表情を変える。
あまりに途方もない話に聞こえるが、レグルスは本気だ。まだ現実が見えていないだけなのか、ただの無謀か。
レグルスがぎこちなく、口の端を上げる。
「だって、あれは・ぼくの・です。おじいちゃま・が・いないのなら、ぼくがしゅご・たいちょうさん・なのです」
「それはそれは……」
ココノエ侯爵が物騒な笑みを浮かべれば、レグルスはその額をペチリと叩いた。
「ひがみは・ダメ・なのです」
侯爵は盛大に噴き出し、腕から落ちそうになったレグルスに首を絞められる事になった。
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夏ですね。暑いですね。
…パソコン、立ちあげたら室内温度が三度上昇。もうムリ……ガクリ
エアコンなんて存在しない我が家です。夏場は更新が滞るので、諦めてください。