14.記憶は語る
2日連続更新です。今度こそ。
「メレディス……」
唸るように呟いたのは、ココノエ侯爵だ。顔も険しい。
国王はそんな彼に気付かせまいと、レグルスの肩を抱き込んだ。
「レグルスは、メレディス・レジナルドという名を知っているか?」
首を振って否定する。
「じゃあ、サディアス・ベイルは?」
「サディ・おじいちゃま・ですか?しってます・よ」
レグルスは即答した。
国王は大きく嘆息する。驚きから、首を左右に振った。
「あのごっついのを『おじいちゃま』とは…」
「まだ猪の方が可愛いですね」
ココノエ侯爵も頷く。
サディアスは赤ら顔の巨人だった。性格も豪快の一言に尽きる。一応貴族の長男だったが、家督は弟に譲り、自分は剣一本でのし上がってきた。
豪快だが、実直だった。人の心の機微に敏感だった。そこがまた信頼できた。だから国王は、王太子を任せる事にした。
レグルスが、国王の服を引っ張る。
「おじいちゃま、どこ・ですか?」
少しだけ興奮しているように見える。
国王が答えられずにいると、レグルスが更に言った。
「おじいちゃま・と、やくそく・しまし・た」
「約束?」
「けん・を・くれるって」
大人二人が固まった。
レグルスが首を傾げる。笑顔のまま固まってしまった国王の前に、ひらひらと手を振る。
「へーか?」
「おう…」
何とか返事をする。
国王と侯爵の中で、何かが繋がった。脳が再活動を始めるまでに、若干時間がかかったが。
国王がレグルスの目を覗き込んだ。
「おじいちゃまはな、もういない」
「いない?」
「…死んでしまったんだ。お前が居なくなって、すぐ」
レグルスの口がぱかんと開いた。
長い髪を撫でる。見開かれた大きな眼に涙が浮かぶ事は無い。ただ国王が映るだけだ。
口が閉じられる。そして眉が下がる。
「しんじゃった…?じゃあ、やくそくは?」
「無理、だな」
レグルスの手は震えていた。それを隠す様に、ギュッとぬいぐるみを抱え込む。
レグルスの失踪後すぐ、病死した騎士がサディアス・ベイルだ。最初はただの風邪だと思われた。それが肺炎になり、高熱が続いてそのまま亡くなった。あっという間だった。
毒殺も考慮されたが、怪しい点は全く無かった。
ベイルが約束した剣…それは恐らく対の魔剣と霊剣だ。王国守護隊長に与えられる剣。
その剣を、こんな幼い子供に託すと決めたのか?どんな理由で?
レグルスの髪を撫でていた国王は目を眇めた。
「何故、サディお爺ちゃんは、お前に剣をくれると言ったんだろうなぁ?」
「…!!」
レグルスは慌てて両手で口を塞いだ。横を向く。
国王はにっこりと笑う。小さな頭を掴んで、強引に自分と目を合わせようとした。
「シェーナと約束したな?嘘は吐かないと」
「うそは、いって・ません」
「ちゃんと話せとも言われたな?」
「う~……」
レグルスの視線はあくまで横に向けられている。弱い力で、国王の手から逃れようともしていた。
このままでは首の骨を折ってしまいそうだ。国王は手を離す。
レグルスは大きく息を吐いた。ココノエ侯爵を見る。
視線を受けた侯爵の顔が引き攣った。
ぬいぐるみに顔半分ほどを埋め、レグルスは小さな声で言った。
「ごめん・なさい」
「…知ってるのかぁ……」
侯爵がぴしゃりと額を叩いた。腕を組み、明後日の方向を見ながら、「あー」とか「うー」とか呻いている。
国王は胡乱な眼を向けた。膝から降りようとするレグルスを、しっかり抱えて離さない。
侯爵と国王の目が合えば、緊迫した空気が生まれる。が、呆気なく侯爵が負けた。
「ぶっちゃけますとですね…」
「おう。思いっきりかましていいぞ」
「あの双剣は喋ります」
「…説明を求む」
若干緊張感のかけるやり取りに、侯爵は息を吐いた。
とりあえず説明をせねばならない。その前に、確認をする。
「レグルス。お前は、あの剣たちと話をしたんだよな?」
「はい」
レグルスは偶々、ベイルと剣が話をしているのを聞いたらしい。不思議な剣に興味を持って、話しかけたのが始まりだ。
その日、ベイルはグランフェルノ公爵に呼ばれて、屋敷を訪れていた。公爵が所用で席を外した隙に、好奇心旺盛な子供は客人に突撃したという。
「ベイル殿も軽率な…」
ココノエ侯爵は呆れ半分にそう呟いた。
彼がここにいたら『仕方ねぇだろ。まさか、こんな坊ちゃんが聴くとは思わねぇモンよ』と嘯いただろう。
気を取り直して、侯爵は説明に戻った。
「あの双剣は意思を持っています。いえ、魂と呼ぶべきでしょうか。魔剣『シュバリエ』には英雄王、シュバリエ・レ・スヴィエの意識があり、霊剣『シルヴァン』には、彼の愛馬であったユニコーンの意識があるのです」
「…気は確かか?」
「私は直接目にした事がありませんが、使用者の魔力を使って『具現化』と呼ばれるかつての姿を取る事も出来たそうです。これはココノエ家初代当主の日記にも記されています」
唖然とする国王に、ココノエ侯爵は更に説明を続ける。
魔剣シュバリエと霊剣シルヴァン
一対の双剣は代々、王国守護隊長に伝わってきた。双剣はそれぞれが意思を持ち、剣に選ばれた者が隊長を務めると定められている。
銘の由来であるリスヴィア王国の建国の英雄王と、その愛馬。そのものだと言う者があれば、ただの幻影だと言う者もある。
真実は定かではないが、とにかく彼らは人と話す事を好んだ。隊長以外では剣術の才能のある者という制限はあったが、ベイルが主だった頃はココノエ侯爵もよく話しかけられた。具現化は、主の魔力不足とか相性の問題で見せてはもらえなかったが。
しかしこの事実は現在、あまり知られていない。王国守護隊の仕事の妨げになる事もあったからだ。王国守護隊の中でもごく僅かな人物が知るのみ。
レグルスが、どうしてその声を聞く事が出来たのか。剣の才能を秘めているとしても、声を聞くには幼すぎる。
だからこそ、ベイルはこの子を後継者として選んだのだろう。大きくなるまでの十年余り、何とか職務を全うして。
国王が唸る。
ココノエ侯爵の表情も渋いものだ。
レグルスはぬいぐるみを抱えなおした。
「サディ・おじいちゃまが・しんだ・のは、ぼくの・せい?」
国王は首を横に振る。侯爵も苦笑いを零す。
「違う。ベイル殿は、病気で亡くなったんだ」
「…それ、ほんとうに・びょーき・でした・か?」
「勿論。ちゃんと調べて、怪しい点は無いって判断されてる」
レグルスの眉が僅かに寄せられた。ぬいぐるみに顔を寄せ、少しだけ首を振る。
「正直に話せ。全て聞こう」
上目遣いに国王を見る。可愛いと思われる仕草も、この子がやると不気味だ。
レグルスは何かを隠している。国王は確信していた。話すのを躊躇っているのは、長く幽閉されたせいか、死者が出たと聞いたせいか…とにかく、素直には話さないだろう。己の年齢も自覚しているのかもしれない。
国王は更に言い募る。
「此処だけの話でもいい。他には洩らさないと約束しよう」
「…ぜったい・ですか?」
「ああ。信頼には信頼で返そう」
内容によるが、と心の中で付け加えて。
レグルスが目を閉じた。ぬいぐるみに顎を乗せる。考え込んでいるようにも見えるし、拒否しているようにも見える。
大人たちは子供の目が開くまで待った。話さないと決められても、話してくれるまで待つ事にして。
やがて、レグルスは小さく息を吐きだした。ぬいぐるみに頬を当てる。
「めんどうくさいです……」
ポツリと呟いて、顔を上げた。
「にっきがあるのでしょう?」
それはココノエ侯爵に言われていた。
「誰の?」
「しょだいとーしゅのにっきです。さがせば、びょーきにかんするどくのきじゅつも、あるはずです」
そう言って、欠伸を一つ噛み殺す。
国王は眠そうに眼を瞬かせる少年に、違和感を覚えた。動作は幼いが、何かが違う。これは本当に子供だろうか?
「初代の日記といっても、五十年近くあるんだぞ。何処を探せば……」
「おーこくしゅごたいちょうになったあたりです。サディおじーちゃまのしにぎもんがあったのなら、しぼうほうこくしょにくわしいきじゅつがあるでしょう?しょうごうしてみればいいです。ただ……」
言葉を切る。眉根を寄せ、険しい顔を作ってみせた。
「あのどくのせいさくほうほうは、かぎられたにんげんしかしらなかったはずなのです……てっていてきにさくじょして、のこったじょうほうはまじゅつきょうかいしか、ないはずなのですけどねぇ……」
「…お前、誰だ?」
レグルスではない。
ココノエ侯爵が腰にあった剣に手をかける。しかし、国王が片手を上げて制した。
レグルスの顔をした少年は、口元に笑みを乗せた。レグルスでは作れない表情だ。
「ただの亡霊です」
「誰のだ?」
「亡霊の名を知って、どうするんです?無意味ですよ」
「敵か味方かの判断はつく」
「此処まで情報を与えられて、まだ敵扱いですか?」
少年は笑った。ふっと体の力が抜け、国王の腕にかかる重みが増す。目を瞬かせ、少年は眠そうに欠伸を洩らす。
「私はレグルスの味方です。それ以外にはなれません」
「敵ではない、と?」
「どうでもいいだけです。私はこの子を護らねばなりません。それだけです」
「レグルスの敵がお前の敵という事か?」
「どうでしょうね…この子を成長させてくれるものならば、少しばかり手助けをしてやってもいいと思いますし、甘やかすばかりで堕落させるようならば、手厳しく突き放すでしょうから」
「お前は親か」
少年はクスクスと笑う。目を擦り、国王を見上げる。
「保護者みたいなものですよ…でも本当にもう眠らせてもらえませんか?あの五年間は、亡霊でも結構堪えるんですよ」
「お前がこの子を護ったのか?」
「そうでなければ、とっくに狂って…恐らく死んでいたでしょうね。ああ、人の顔だけを覚えていないのも私のせいですよ。意識を切り離しても、この子は少しずつおかしくなっていましたから。他の大切な部分を護るため、そこに歪みを集めて切り取りました」
唖然としてしまいそうになる自分を叱咤して、今にも眠って消えてしまいそうな相手に質問を重ねる。
「眠いのはお前か。それとも宿主か?」
「宿主とは、なかなか良い表現ですね。私ですよ。言ったでしょう?幽閉生活は辛かったんですよ。眠ったところで回復するわけではないんですけれど」
「次はいつ起きる?」
「五年は寝ていたいです。完全に眠りに着いたら、そうそう起きられません。でも、レグルスが私の記憶を読む事は出来ますから…理解出来るかどうかは別として、情報は多少引き出せると思います」
「お前、何者だ?」
改めて問えば、彼は首を振った。
「答える必要のない質問です」
「何と呼べばいい?」
「お好きなように。亡霊でも幽霊でも」
「そうか。では……」
国王は耳に顔を寄せた。彼にだけ聞こえるように、思いついた名を告げる。
少年が目を瞠った。それから苦笑を洩らす。
「それはダメです。何故名乗らないと思っているのですか」
「そうか。それは残念だ。ではファントムと呼ぼうか」
国王は悪戯っ子のような笑みを浮かべ、少年の頭を撫でた。
「起きたら会いに来い。今度は無駄話がしたい」
「いいですね。楽しみにしてます。起きたら死んでたなんて事にはならないで下さいよ」
「簡単には死なんさ。お休み、ファントム」
「…おやすみなさい……レグルスをお願いします」
少年が完全に目を閉じた。が、次の瞬間にかっと見開かれる。
国王は内心の動揺を押し隠した。レグルスの体を抱えなおして、訊ねた。
「すまなかったな。無理をさせたか?」
レグルスは首を左右に振った。どこかぼんやりとした様子で、辺りを見回す。
「おはなし・は・おわりです・か?かあさまの・とこへ・いってもいい・ですか?」
「ああ、終わりだ。今、母を呼ぼう」
レグルスを膝から下ろして座らせる。ベルを鳴らして侍女を呼ぶと、別室で待つ母を呼ぶように申しつける。
国王は立ち上がった。公爵夫人が戻ってきたら、すぐにでも出ていくつもりだ。
そんな国王の服を、レグルスが摘んだ。不安そうに、国王を見上げている。
「どうした?」
「かれのこと、ないしょに・して・くれますよ・ね?」
「安心しろ。誰にも言わん。なあ?」
ココノエ侯爵に視線を向ければ、硬い表情で彼は頷いた。
レグルスがほっと息を吐く。手を離す。
「かれは、ぼくだったの・です」
「……」
「いってました。ほんとうは・すこしずつ・ゆうごうし・て、ひとつに・なるはず・だったって。でも、ぼくを・まもるため、わかれたって」
「そうか」
国王はレグルスの頭を撫でまわした。
間もなく公爵夫人が戻って来た。僅かに言葉を交わし、レグルスには手を振って、国王は自分の場所へ戻っていったのである。
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