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遠い記憶の守人  作者: 名波 笙
幼年期
13/99

12.家族の絆





 ギリギリで礼節を守りながら、打ちひしがれた公爵は今日は辞した。

 明日には妻子が到着する。またその時に一緒にやってくるだろう。


 ああなった次第を聞いたヴェルディは、低く笑った。


「ま、自業自得だな」


 レグルスに向かって言う。

 レグルスはシェリオンの膝の上に座っていた。疲れたのか、ぼんやりしている。



(どうしてでてきたのですか?)


 意識の奥に呼びかける。

 闇の中、足を組んで座っている黒髪の青年が微笑む。


(疑ったから)

(でも、とうさまなのに!)

(そうですね。だから私がやりました)


 彼は笑みを深くして、幼子の頭を撫でる。

 レグルスは彼の足にしがみつき、頬を膨らませた。


(必要だったからですよ)

(ひつよう?こんなことが?)

(ふふっ…情報が必要なら、自由に引き出しなさい。私はまた眠ります)


 姿が揺らめく。あっという間に霧散して、足元に白い靄が漂う。


 これが今の彼、前世の記憶。記憶だけで出来ている彼は、人の形をとる事が出来ない。意思なども存在しないのだ。

 レグルスを護るのは、防衛本能の一種だろうと彼は言っていた。

 本来ならば、記憶だけの彼は成長できない。新しく何かを記憶する事はないし、身に付かない。少しばかりレグルスに同調する事で、記憶を上書きしているのだという

 レグルスに融合し、レグルスの一部となる筈だった彼は今、完全に切り離されている。多重人格に近いのではないだろうかと思う。


 彼の記憶をレグルスは読み込む。だが幼いレグルスには、難しくて理解できない事ばかりだった。



 意識を外に戻す。

 レグルスは兄に寄りかかった。


「きら・われちゃ・た・でしょう・か?」


 ポツリと呟いた。

 兄の顔が頭の上に乗せられる。


「そんなに心の狭い人ではないよ。殿下も仰っただろう?自業自得だって」

「でも……」

「嫌ったんじゃない。悲しくなってしまっただけ。また『父様』って呼んであげたら、すぐに機嫌を治すよ」


 レグルスは顔を上げた。兄が微笑んでいる。


「にいさ・まは、ぼく・が『レグ・ルス』だって、しん・じ・て、くれるの・ですか?」

「信じているんじゃない。判ったんだよ」


 これが自分の弟だと。何気ない仕草で。癖で。喋り方で。

 レグルスは首を傾げる。暫く兄を見上げた後、すうっと目を細めた。


「にいさま、だいすき・です」

「…!!」


(兄馬鹿……)(イヤ、むしろただのバカ)


 弟を抱きしめるというか、締め上げるばかを、同僚が呆れ果てた様子で引き剥がした。






   ◆◇◆◇◆◇






 グランフェルノ公爵夫人と長女・アルティアが王都に戻ってきたのは、昼も大分過ぎた頃だ。

 一度自宅へ戻り、支度を整えて王宮へとやってきた。二人とも緊張した面持ちだった。

 馬車を降りたところで、先に来て一仕事を終えた公爵が待っていた。


「元のあの子は忘れた方がいい」


 公爵はまずそう告げた。妻と娘は顔を強張らせる。


「貧民街の子供より、なお酷い。生きているのが不思議なほどだ」

「そんな…」

「こちらの顔は覚えていない。巧く喋れないようだが、話し方はあの頃のまま……」


 そこまで言って、口を噤んだ。昨日の事を思い出してしまったのだ。

 ひっそり落ち込む夫に何かを察した妻は、ジトっとした目を向けた。




 来客を告げられて、レグルスは知らないうちに身構えていた。

 傍にいた侍女が離れた為、一層不安になる。表情に出ないのが残念だ。


「失礼いたします」


 入ってきたのは二人の女性。まだ幼さの残る女の子と、その母親らしい女性。

 レグルスはキョトンとして、首を傾げた。が、すぐに体を竦ませることになる。

 二人に続いて、グランフェルノ公爵が入ってきたからだ。


「…レグルス?」


 年嵩の女性が、恐る恐ると言った様子で声をかけてきた。

 レグルスはそちらに目を戻した。


「あい?」

「あぁ…っ!」


 返事をすれば、女性は両手を伸ばしてきた。昨日の兄の抱擁を思い出して逃げ腰になる。

 だが彼女はふんわりと、優しくレグルスを包み込んだ。頭に頬を擦り寄せる。


「ようやく会えたわ!私の可愛いレグルス!!」


 体を離し、両手を頬に添える。女性の瞳からは涙があふれている。

 レグルスは女性を見ていた。表情は変わらない。

 女性は涙を拭い、笑顔を作ってみせる。


「ごめんなさいね、いきなり泣いたりして。嬉しくって」

「その前に抱きついちゃダメでしょう、お母様。驚いているじゃないの」


 少女が両手を腰に当てて言った。

 レグルスがそちらを見れば、少女も笑いかけてきた。


「久しぶりね。覚えてるかしら?」


 レグルスは首を左右に振った。

 顔を見ても、誰かは分からない。けれど、状況で解ってしまった。


「でも、あるてぃ・あ・ねえ・さま、で・しょう?」

「そうよ!名前は覚えててくれたのね。ありがとう」

「あらっ。じゃあ私は?わかる?」


 女性が自分を指差す。

 レグルスはやはり一度、首を横に振った。それから口を開く。


「かあさ・ま」

「…ええ、正解。その通りよ」


 やはり緩やかな力で抱きしめられる。

 レグルスは母の肩に頭を乗せた。懐かしい匂いに目を閉じ、頬を擦り寄せる。

 母は目を見開いた。それはすぐに笑みへと変わる。


「お帰りなさい、レグルス」

「あい」


 肩に顔を埋め、レグルスは母のドレスをしっかりと握った。



 しばらくそのまま動かなかった。

 離れたのは、私もと言わんばかりに姉が乱入してきたからだ。

 後ろから両手を回してくる。右手に何かを持っていた。


「ね、これは覚えてる?」


 レグルスの前に出されたそれに、口がぱかっと開く。


「まんげきょー!」

「そうよ。これ、好きだったでしょ?持ってきたの」

「あいっ。みしぇてくらぁい!」


 呂律が回っていない。

 アルティアは、ガラス細工のそれを慎重にレグルスに握らせた。目線の高さまで手を添えて持ち上げると、先の部分を回す。

 ぱっかりと開いた口から、微かな歓声が上がる。

 母はそれを微笑ましく見守っていた。そっと席を立つ。立ち尽くす夫の隣に並んだ。


「元のあの子は忘れろですって?何てことを言うの。あの子は、あの子のままだわ」

「……」

「変わったのは見た目だけじゃない。レグルスよ。あの子はレグルス。今まで出会った偽物とは明らかに違うわ。どうして分からないの?」

「……」

「顔を覚えてないのが何なの?これからまた覚えてくれればいいだけ…それだけよ」


 責めるような口調になったのは仕方ない事だ。


 表情は乏しい。それでも、十分に楽しいのだろうという雰囲気は窺える。

 後ろのアルティアが声を上げて笑えば、レグルスの目も細められる。僅かに口角が上がっている気がする。


 扉が叩かれた。


「失礼します。公爵家の方に頼まれた物をお持ちしました」

「ありがとう。入れて下さる?」


 夫人が微笑めば、扉が更に大きく開かれた。

 もこもことした大きな物体が運び込まれる。


「それは……」

「ひついしゃん!」


 目ざとく見つけたレグルスが、掠れた声を張った。ソファを滑り落ち、たどたどしい足取りで駆け寄る。

 その勢いのまま、ぼふんとそれの胴体に体当たりをする。

 母が笑う。


「レグルスは、本当に羊さんが好きねぇ」

「あい!ふっかふかでしゅ~」


 巨大な羊のぬいぐるみに埋もれ、レグルスは目を閉じる。顔を擦り寄せても、両手で撫でても、ふわふわな手触りは変わらない。

 その横に母がしゃがみ込んだ。


「それはいつ貰ったか、覚えている?」

「おたんじょーいでしゅ。ごしゃいにょ」

「誰に貰ったか、覚えている?」

「だぇ…」


 レグルスは体を起こした。口元に手を当てる。

 ぬいぐるみの反対側に回ったアルティアが、からかうように言った。


「小父様のこと、忘れちゃったの?」

「おじしゃま…?おじしゃまは…こーしゃくしゃあ(さま)でしゅ。ひちゅい(ひつじ)しゃんの…れいっく(レリック)おじしゃあ(おじさま)れしゅ!」


 興奮しているのか、喋るのは早い。が、呂律が回らない。長く喋れば喋るほど、どんどん曖昧になっていく。

 呂律が回らないからこそ、普段は区切るように喋っているのだと理解した。

 それが今はすっ飛んでいるのだ。羊のぬいぐるみによって。

 ぬいぐるみを撫でたり抱えようとしてみたり、寝転んだり…実に落ち着きがない。



 こんなに素早い動きをするレグルスを、侍女は初めて見た。あれだけ大きな声を出したのも初めてだ。

 さすがご家族。ちゃんと解っていらっしゃる…と、涙を拭う。

 それに比べて父親は……思わずジト目で見てしまった。



 シェリオンがやって来て、侍女仲間がお茶の用意を整えたので、彼女は控えめながら声をかけた。


「レグルス様が息切れしております。お座りになって休憩されませんか?」


 ほんの少しはしゃいだだけで、レグルスは肩で息をしていた。額に汗も掻いている。

 母はほんの少し眉を顰め、すぐに笑みで上書きをする。


「そうね。レグルス、いらっしゃい」

「もーすこし……」

「ダメよ。羊さんはソファの隣に置いてあげるから。座りなさいな」


 アルティアにも窘められ、レグルスは渋々といった様子で羊から離れた。侍女に汗を拭われ、母と並んで腰かける。

 シェリオンがソファの横まで羊を運んだ。

 全員が座ったところで、母がシェリオンに訊ねる。


「ハーヴェイはどうしたの?」

「騎士団の演習です。今日の夕刻には戻る予定です」

「知らせは送ったの?」

「いいえ…流石に呼び戻すには……」

「どうして?行方不明だった弟が見つかったのよ!?酷いわ」


 抗議の声を上げたのはアルティアだ。

 シェリオンは困ったように笑う。


「知らせてあげたいのは山々だけどね。生命に関わる緊急事態でもないのに、そうそう連絡は入れられないんだよ。他の騎士たちの手前、ね」

「そんなの……」

「勿論、グランフェルノという名を出せば、幾らでも融通は利くよ。でも、それをあいつは望まないから」


 次男ハーヴェイは現在、赤燕騎士団に所属している。諜報や工作活動を主とした、少数精鋭の騎士団だ。

 実力主義なその場所で、ハーヴェイは出来るだけ家名を明かさずに過ごしている。騎士として生きる道を選んだ時、ハーヴェイは剣の腕をちゃんと評価されたいと願った。だから


「戻ったら驚かせてやればいい。恨み事なら幾らでも、俺が聞く」


 ふわりと微笑んでそんな事を言う。

 アルティアも久しぶりに見た兄の笑顔に、目を丸くした。

 驚く彼女を他所に、シェリオンは父を見る。


「それで?まだ偽物とお疑いですか、父上」

「あら。そんな事を言ったの、あなた?」


 父の顔色が悪くなる。

 母が口元にカップを運ぶ。優雅な姿なのに、何故かレグルスが距離を取ろうとしている。この幼子は妙に人の気配に敏いところがある。

 シェリオンはにっこりと母に向かって笑いかけた。


「はい。レグルスの目の前で。というより、本人に向かって堂々と?」

「あらあら。通りでレグルスが、お父様と目を合わせないわけだわ」


 レグルスは今、母とも目を合わせないようにしている。肘掛にぴったりと体を寄せ、真っ直ぐに羊のぬいぐるみを見ている。

 我に返ったアルティアが席を立った。居た堪れない様子の弟の前にしゃがむ。


(大丈夫よ。貴方を責めているわけじゃないんだから)

(ねえ・さま…で・も、きのう・は、ぼく・も・ひどい・こと・を・いったの・です)


 本当に言ったのはレグルスではない。しかし彼は、どんなに呼びかけてももう、反応してくれない。

 レグルスは肘掛に両手を乗せ、顎を乗せる。僅かに眉を寄せている。

 何とか父に名誉挽回の機会を与えたい。ちゃんと「とうさま」と呼びたい。

 考えに考え、レグルスはそっと後ろの様子を窺った。


 冷気を纏った兄と、怒気を孕んだ母の間に挟まれ、父が小さくなっている。


(無理よ)


 姉の冷酷な一言が胸に刺さる。

 けれど、ここで頑張らねば、今度は家庭崩壊の危機に直面する…ような気がする。それは本意ではない。

 レグルスは体を起こした。


「えと…です・ね……」


 微かに声を上げれば、微笑む母と兄が振り返る。


「いいんだよ、レグルス」

「酷いお父様ね。辛かったでしょう」


 優しい声色が、恐怖を増す。姉を振り返れば、首を横に振られる。

 援護はここにない。父を救えるのは自分だけ。表情が表に出ないのがもどかしい。涙の一つも出て「もう止めて」と叫べれば、あっという間に事態は回避できるのに。



(こんなのがひつようってどういうことですか!?)


 答えはないと知っていながら、思わず彼に問いかけていた。


(こんなじょうきょうになるなら、にせものだったほうがましです!)

(違いますよ。これは君が親子に戻る為の試練です)


 答えが返ってきた。思わず口が開いてしまう。


(父様が好きですか?ならば、救ってあげなさい。疑心暗鬼に囚われたままでは、親子に戻れません)



 レグルスは一旦口を閉じた。

 顔色を悪くしている父を見る。


「やく・そく・は、おぼえ・て・ますよ・ね?」


 それが誰に向かっての言葉なのか、一瞬理解できず、父は戸惑っていた。

 目が自分を向いていると気付き、更に動揺する。


「約束?」

「とおの・り・に・いった・とき。やくそ・く・しまし・た!」


 父が瞠目した。

 レグルスはほっと息を吐く。これで父が忘れていたらどうしようかと思ったのだ。


「おうま・さん。もらって・くれ・るって、いいま・した」

「…覚えている。馬…レリックに頼むと言ったな」

「はい。おうち・に・かえっ・たら、くだ・さい・ね」


 父は首を横に振った。


「駄目だ」

「父上!」


 勢い良く、シェリオンが立ち上がった。

 だが父は動じなかった。更に続ける。


「頼んではやる。だが、貰うのはお前が馬に乗れるようになってからだ」


 父が目尻を下げた。顔が緩む。


「満足に歩く事も出来ない今のお前では、宝の持ち腐れだ。体力をつけて、乗馬訓練もして…一人前になったら、だな」

「は…っ」


 シェリオンが息を吐く。母とアルティアは微笑む。

 レグルスはソファから降りた。父の膝に縋る。


「おうま・さん、のる・れんしゅう、させて・くれま・すか?」

「その前に、長時間一人で歩けるようにならないとな」

「たいりょ・く、つけた・ら?」

「勉強も疎かにしてはならん。剣術の稽古もだ。礼儀作法も身に付けろ。覚える事は沢山ある」

「……それ・は、ぼく・が……」


 縋る手が離れた。言いかけた言葉を飲みこむ。


 にせものかもしれないからですか?


 父が逃げようとするレグルスの体を捕えた。持ち上げれば、その軽さに内心で舌打ちを洩らす。抱え上げていれば壊してしまいそうで、己の膝の上に座らせた。後ろから顔を覗き込む。

 俯いて良く見えない。仕方なく、小さな体を包むように抱き込んだ。


「…兄たちも貰えなかった、コーレィの軍馬だぞ?そう容易く手に入らない」

「いいだ・したの・は、とーさま・です」

「そうだ。だからお前が大人になったら、必ず貰ってやる。レリックに土下座してでも、必ず。お前の為に」

「やくそ・く・です・よ。とうさ・ま」

「二言はない」


 力強く、父は言った。

 レグルスは目を細める。膝の上で体を反転させ、両手を父の肩へ伸ばす。


「しょーが・ないで・すねぇ…ゆる・して・あげま・す」

「そうか。それは助かった」


 父の肩に腕を回す。それから頬を擦り寄せる。

 父は笑った。壊さないようにそっと抱きしめて、浮かんだ涙を誤魔化して、自分と同じ色の髪に顔を埋めた。


「五年間、よく耐えたな。偉かったぞ。頑張ったご褒美は、必ず用意するからな。欲しいものはあるか?」

「おうましゃん!」

「…乗れるようになったらと言っただろうが」


 呆れる父に、笑う家族。

 レグルスはぐるりと見回し、再び父を見上げた。穏やかな目にレグルスが映っている。


「とうさ・ま」

「ん?」

「ぼくは・だぁれ?」


 父は目を見開いた。驚きに彩られた顔は、ゆっくりと笑顔に変わる。


「レグルスだ。グランフェルノ家の三男で、私の子だよ」


 胸の奥の塊が溶解していく。

 レグルスは目を細めた。その際、口角が上がる。

 そのぎこちない、それでもあどけない笑顔を見る事が出来たのは父だけだった




(こういうことですか?)

(そういう事です)


 彼が笑った。





   ◆◇◆◇◆◇






 演習に行っていた赤燕騎士団が帰還したのは、予定より遅れて、陽が完全に沈んだ頃だった。

 王子宮に駆け込んできたハーヴェイは演習に行った恰好のままで、薄汚れていた。

 変わり果てた弟を前に、力なくへたり込む。


「びー・にいさ・ま」 


 動かない兄にレグルスが自分から近づけば、彼は顔を歪めて距離を取ろうとする。膝の上に置いた拳は硬く握られていた。

 レグルスはハーヴェイの前にしゃがんだ。顔を覗き込む。


「きもち・わる・い?」

「そんな事あるわけないだろ!」


 反射で叫んで、顔を上げてしまった。だがすぐに視線を逸らせる。


「ハーヴェイ?どうしたの?」


 母が訊ねれば、ハーヴェイは情けない顔で両親を見上げる。

 父が息を吐き、頭を抱き寄せた。


「今まですまなかった」


 自分の肩に顔押し付けさせ、父は頭をぐしゃぐしゃと掻き回す。

 ハーヴェイは声を押し殺して泣いていた。

 アルティアがレグルスの手を引き、そっと距離を取った。耳打ちをする。


「貴方がいなくなってから、一番苦労したのがヴィーお兄様だから」


 崩壊しそうな家族を、ギリギリでつないでいたのがハーヴェイだ。変わってしまった家族の前で、変わらぬ態度を貫くというだけの事がどれだけ大変だったか。

 いつも張りつめた空気の中、壊さないように、それでも気を使っている様を見せる事もなく。騎士団に入っても、休暇のたびに王都の家に戻っては、父の、兄の様子を伺っていた。

 レグルスが戻ってきて嬉しくないわけではない。だがそれ以上に、緊張感からの解放が勝った。


 ハーヴェイが落ち着いて、父から体を離す。鼻をすする。

 姉と並んで座るレグルスを見、自分の格好を思い出す。


「せめて軍装を解いてくるんだった。これじゃ、レグルスに触れない」


 自分の身を護る鎖帷子は、弱った弟を傷付けてしまうだろう。上から所属を示す隊服を纏っているが、埃にまみれている。

 レグルスは膝をつく兄の顔に触れた。顔は布巾で拭ったから、汚れてはいないが。


「また明日来るよ。休みには屋敷に帰るからさ」


 その手を離し、名残惜しそうに立ち上がる。

 シェリオンが廊下まで一緒に出た。


「数日はこちらで様子を見る。お前は自由に出入りできるよう、伝達しておくから」

「ガイコツと変わりないもんな」


 ハーヴェイは軽く笑う。シェリオンもつられて微かに笑った。


「俺もここに泊まりこんでるから。早朝でも夜中でも、会いにくればいい」

「本人、寝てんじゃん。団長の許可が出たら来るよ」


 ハーヴェイはあっさりと騎士団に戻っていった。

 顔は晴れやかだったから、彼なりに切り替えたのだろう。

 シェリオンは未だ離れがたい。昼間は仕事で傍に居られないが、出来るだけ目の届く範囲に居て欲しいと願ってしまう。

 五年間、抱えていたものが違い過ぎた。


(弟離れ、出来るようにしないとな……)


 妹と戯れる弟に、シェリオンは秘かな溜息を吐いた。






誤字脱字の指摘、お願いします。


区切りどころがわからず、ちょっと長めになってしまいました。

読み辛かったら申し訳ないです……

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