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レンタルショップのAとB

 バイトをしている。


 レンタルショップのレジ打ちだ。何をレンタルしているのかは知らないし、商品の陳列もしたことがないが、時給が良いので続けている。客層は微妙だが、基本無言客しか来ないのでそこまで悪い訳では無い。時々ハズレ客がいるくらいか。


「ねーAさん、あそこのコンビニの新商品食いました?なんか大々的にアピってたから買ってみたんすけど、おれはあんまハマんなかったっすねぇ。なんか想像通りの味でしかないっていうか、つまんねー感じでした」

「………………」

「無視っすか、ウケる笑」


 こいつはシフトが被りがちなB。

 へらへらちゃらちゃらしていて無駄口が多いが、なんだかんだ俺に次いでシフトに多く入っているし、遅刻も無断欠勤もしない真面目な奴だ。明らかに体調が悪そうな時でも来ているくらいなので、辞めてく奴が多いこのバイトでは結構な古株になってきている。

 まあ、それが良いこととは言えないが。


 パサついた茶髪を手で撫でながら、Bは「相変わらず愛想がないっすねぇ」とぼんやり呟いた。

 揃いのエプロンの下でもわかるほど痩せぎすの身体と、如何にも幸薄そうな雰囲気をした男だ。こいつもここ以外に行くところがないのだろう。


 一応互いに本名は知っているが、シフト中はどちらかが「A」どちらかが「B」になるため、使うことはほぼない。


 がらん、とドアベルが鳴り、重たい古びたガラス戸が軋みながら開く。

 客である。人相はわからない。俺の目には黒い人型にぼやけたモザイクが掛かったように映っていた。


「「いらっしゃいませー」」


 気の抜けた挨拶が被る。

 死ぬまでこんな生活をするんだろうな、と思い、嫌な気分になった。




 ◇




 ワンルーム、家具はほぼない。自炊もほぼしない。

 外で異様に鳴いている犬の声。いつものことだ。

 最近買い換えた照明は明るすぎて、影がいやにくっきりとしている。


 何も無い日、ベッドに座ってただぼーっと床を眺めていたところ、携帯がちかちか光っていることに気付いた。

 普段バイトの連絡以外で使わないため、私用のはずなのにバイト専用と化している携帯だ。


 誰かまた飛んだのだろうか。


 机の上に放っておいた黒縁の眼鏡を掛けながら、チャットアプリを開く。

 差出人として一番上に来ていたのはBだった。


『すみません

 体調が悪くて

 頼れる人がいなくて

 家に来てもらえませんか』


 初めての文面だった。

 もしかしてアカウントが乗っ取られでもしたんじゃないか、と一瞬疑う。


『なんで俺?』


 すぐに既読がついた。


『頼れるのがAさんしかいないんです

 お願いします』

『住所はここです』

『https://www.………………』

『お願いします』

『何も持ってこなくていいので』

『来てくれるだけでいいので』

『お願いします』


 ぽこぽこぽこ、と怒涛でメッセージが送られてくる。


 眼鏡のズレを直し、眉間を軽く揉む。

 俺は一旦返事をせずチャットアプリを閉じて、明日のシフトを確認した。


 Bだった。


 生憎他に入れる奴も居ない。既にシフトの穴埋めとしてBが入っていたからだった。

 あのバイトは必ず二人体制じゃないといけないので、このままだと少し良くないことが起こる。


 ひとつため息を吐く。


 外套を引っ掛けて外に出た。冬真っ只中で、指先が凍えて震えた。寒いのは嫌いだった。眼鏡が曇るのは困る。


 幸いにも、Bの送ってきた住所は俺の部屋から徒歩圏内であった。

 年季の入った彩度の低い外観に、生命力の強い蔦が絡みついているアパートだった。


 1階の角部屋のインターホンを鳴らす。

 他の部屋からは薄い壁を通して微かな生活音がしていた。

 こんな寂れた建物にも住人は複数いるんだな、と思った。


「……Aさん?」


 玄関扉の向こうから、やけに甲高い声がした。

 俺がそれに疑問を抱いていると、きい、と立て付けの悪い音を出しながらゆっくりと扉が開いていくので、一歩後ろに下がる。


「来てくれたんすねー」


 へらへらとした表情と、力の抜けた口調。痩せぎすの身体に幸薄そうな雰囲気。


 いつもより()()()()()()()()()()つむじを見下ろす。


「元気そうじゃないか」

「あは、これ(・・)見てそれ言うんすかぁ?」


 いつもより潤いを増して肩よりも長くなった茶髪を、いつものように指で弄るB。

 体全体がどことなく丸みを帯びた輪郭になり、だるだるの男物の服から覗く肌は更に生白くなっていた。


 これ、とはまあ、こいつが()()()()()()()ことを指すのだろう。


「いやー、女になるなんて初じゃんね。どうしよっかなって」

「何で俺に頼るんだよ…………」

「えぇ、書いたじゃん。頼れる人がいないんだってば」

「家族とかは?」

「いないんだって〜笑、ほんとにね、おれってひとりぼっちなんすよ」


 いつものへらへらとした表情だった。

 もうすっかり慣れていることが窺えるような。


 眼鏡の縁を押し上げる。


「取り敢えず店長に連絡すべきじゃないか。明日、俺とお前で入ってるだろ」

「店長受け入れてくれっかなぁ。女になりましたーって急に言われて」

「まあ、あの人なら大抵はいけるだろう」


 Bは不安だなぁ嫌だなぁなどとぶつくさ呟きながら、店長に電話を掛けた。あの人は基本的に多忙なので、何か連絡があったら電話で知らせてくれないと気付かないと言われているのである。


 スリーコールで通話が繋がる。

 Bはスピーカーモードにしているようだ。


『はいはーい、店長だよ』


 背景からはじゃらじゃらという金属音、やけに軽快な音楽、何かを念じているような低い声がしている。念じているというか、恨み言を延々と呟いているというか。有り体に言うと呪われそうなBGMだった。


 Bは一瞬顔を引き攣らせたが、すぐに自身の現状を説明する。昨日全身激痛がして意識が飛び、目覚めたら女になっていたらしい。


 店長はふんふん言いながら話を聞いていたが、心底不思議そうに応えた。

 ノイズが走る。


『えーっと、女の子になって、見た目的には人間のままなの?』

「え、はい。人間のままですね……?」

『ああ、そうなんだ?変わらず働けるならこっちとしても問題ないよ。雰囲気的に不可逆っぽいしね。はい、じゃ次のシフトもよろしくー』

「あ、っす……」


 ばいばーい、という言葉と共にぶちりと通話が切れる。


 携帯を握ったまま呆けるB。


「……な?」

「はは、えー、もしかしておれらってヤバいところで働いてるぅ?」

「今更それか?知ってただろ」

「あは、だよねぇ……」


 へらり、とBが笑う。

 ふらふらと何処かに落ちていきそうな、寄る辺ない笑みだった。

 まあ、それでどこかに落ちていくことが出来なかったから、こいつも俺もあの店でバイトをしているのだが。


「体調自体は問題ないのか」

「むしろ健康体っすねぇ」

「そうか。じゃあ、明日よろしく」

「うーん、ま、それでこそAさんっていう感じ?」


 意味はわからないが不名誉なことを言われていることだけは声音でわかった。

 結局何もなかった(わけではないが、喫緊の問題はなかった)ので無駄に外出をしたな、と思った。


「来てくれてあざしたー。あ、そだ。手ぶらで帰らせんのもなんだしちょっと待っててくんないすか」

「はぁ」

「すぐ戻るんでー」


 俺の曖昧な返事を同意と受け取ったのか、Bはぱたぱたと部屋の奥へ向かう。

 宣言通りすぐに戻ってきたその右手に何かを掴んでいた。


「お菓子どーぞ」

「なんだこれ」


 オレンジミルクまんじゅうとロゴが書かれた、ビニール包装の白くて丸い物体。


「うちの店の近くのコンビニで売ってたやつっす」

「……新商品?」

「あ、知ってたんすか?」

「いやお前、これハマらなかったって言ってなかったか?」

「あの時話聞いてたんだ?え、聞いてた上で無視してたってこと?」

「おい不良在庫だろ」

「あは、不味くはなかったんでいけるっすよ。んじゃ明日よろしくでーす、あざしたー」


 眼前でバタン、と扉が閉まる。

 折角心配して来てやったバイト仲間への仕打ちか?これが?


「…………はあ」


 外套のポケットにオレンジミルクまんじゅうを入れながら、俺はくるりと自宅へと足を向けた。

 ずっと外にいたせいか、末端部は寒さに鈍麻しているが、吹きすさぶ風に身体が思い出したかのようにぶるりと震えた。


 まあ、Bが死体や、それ以上に良くないことになっていなくてよかった。


 吐く息が白く、眼鏡を薄く曇らせた。

 やっぱり冬は嫌いだ。


 ちなみに、帰ってから食ってみたオレンジミルクまんじゅうは、確かに想像通りのつまらない味がした。

徒歩圏内は徒歩圏内ではない

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