第2話 悪役令嬢、善行を誓う、そして最初の誤解の芽生え -2
馬車が領地の入り口を通過すると、目の前には荒廃した景色が広がっていた。
窓の外には、土埃が舞い、枯れ木が目立つ殺風景な風景が続く。痩せ細った子供たちが道端に座り込み、疲弊した村人たちが力なく歩いている姿が目に入る。
馬車の豪華な内装と、外の世界の惨状との対比に、アメリアは心が締め付けられるような痛みを感じた。
「これが私の領地…想像以上にひどい状況ね」
アメリアは思わず息を呑んだ。
(これは何とかしないと。私にできること、いっぱいあるはず!)
馬車の窓ガラスに映る、きらびやかな自分の姿が、この状況にはあまりにも場違いに見えた。
「このような場所へ、アメリア様が自らお出ましになるとは…」
メアリーが隣で呟いた。その声には感情がこもっていないが、どこか深い意味があるように聞こえた。
(何か言いたげな顔…いや、顔は無表情だけど。
多分、貴族らしからぬ行動だって思ってるんだろうな。)
アメリアは当然だと言わんばかりに答える。
「困っている人がいるなら、手を差し伸べるのが当然でしょう?
私には、この状況を看過することはできないわ」
メアリーは無表情のまま、アメリアをじっと見つめていた。その琥珀色の瞳の奥に、微かな疑問と、まるでアメリアの行動の裏を読もうとしているかのような鋭さがあることに、アメリアはまだ気づいていなかった。
(あ、あの目…何か深読みしてる!?
まさか、私の善行が「何か企んでる」って思われてるんじゃないだろうな!?
やめて!深読みしないで!)
村の中心に着くと、アメリアは私財を投じて用意した食料を配り始めた。大きな麻袋に入った小麦粉や、干し肉、薬草などが並べられていく。
同時に、職を失った村人たちには仕事の斡旋も行う。村人たちは驚きと戸惑いの表情を浮かべている。中には、あまりのことに声を失っている者もいた。アメリアの後ろには、メアリーが控えていた。
「皆さん、どうかこれをお受け取りください。
そして、この仕事で少しでも生活が楽になればと…」
アメリアの言葉に、最前列にいた年老いた村人がおずおずと手を伸ばした。彼の顔には深い皺が刻まれ、その目は疑念と希望がない交ぜになって揺れている。
「まさか、あの悪役令嬢様が…我々を助けてくださるとは…」
「悪役令嬢って言われてるし!」
(いや、それはゲームの設定だから!
私、本当は普通の日本人だから!)
アメリアは内心でツッコミを入れた。
(でも、これで少しは私の評判が上がるはず!
処刑フラグ、へし折れるかも!)
別の若い村人が不安そうに尋ねる。
「これは本当に、私たちに…?何か、裏があるんじゃ…?」
その言葉に、周りの村人たちもざわめき始める。ひそひそと囁き合う声が、風に乗ってアメリアの耳に届いた。
(うわ、疑いの目で見られてる!
やっぱり悪役令嬢のイメージって根強いんだな!
どうしよう、どう説明すればいいの!?)
アメリアは慌てて笑顔を作った。
その裏で、心臓がドクドクと音を立てる。
「ええ、も、もちろん。皆さんの力になりたいのです。
な、何の裏もありませんから、ご安心ください。
(お願いだから信じて!純粋な善意だから!私、良い人だから!マジで!)
困っている人を助けるのは当然でしょう?」
アメリアの言葉に、村人たちは半信半疑ながらも、差し出された食料や仕事の斡旋書を受け取っていく。震える手で米袋を受け取った老婆が、涙ぐみながら尋ねる。
「あ、ありがとうございます…本当に、よろしいのですか…?」
「ええ、もちろんです。遠慮なくどうぞ。
皆さんが元気になってくださることが、私の喜びですから」
アメリアは優しく答えた。少しでも彼らの顔に安堵の色が浮かぶのを見て、アメリアは安堵の息を漏らした。
(これで一安心…のはず!
次は何をしようかな?
これで悪役イメージも払拭できたはず…うん、きっと!)
村の中心で、食料や仕事の斡旋を終えたアメリアは、少しばかり達成感に浸っていた。
(よし、これで第一段階は成功!悪役ポイント、ちょっとは減ったはずだよね?
いや、減ってくれなきゃ困る!)
村人たちはまだ戸惑いを隠せない様子だったが、それでも助けを受け入れてくれたことに、アメリアは小さく胸を撫で下ろした。
その間、メアリーは村の片隅で微動だにせず、アメリアの行動を観察していた。
アメリアは、自ら食料を配り、職を斡旋している。その瞳には、確かに慈悲の色が宿っているように見える。
(しかし、ただの慈悲ではない。アメリア様は、決して無駄なことはなさらない。
この行動の裏には、深遠なる意図が隠されているはずだ。
この困窮した村人たちを救済し、彼らの心を掌握する。
そうすることで、彼らをアメリア様の絶対的な手駒として囲い込むおつもりか。)
メアリーは、アメリアが痩せこけた子供の頭を優しく撫でる姿を目で追った。子供の顔に、警戒が解けたような笑みが浮かぶ。
(あの子供の心を掴むことで、母親を、そして家族全体を支配する。
全ては計算された行動。見事だ、アメリア様。)
メアリーは静かに目を閉じ、そして開いた。
彼女の主は、やはり並々ならぬ才覚の持ち主だ。この忠誠心を試すかのような行動も、きっと全ては計画のうち。
(私も、アメリア様のお心に沿うよう、準備せねばならない。
アメリア様の慈悲は、同時に強さの象徴。弱き者がその慈悲を受け取る資格はない。
鍛え上げねば。アメリア様が望む、真の忠誠を示すために。)
帰りの馬車の中、アメリアは心底ホッとしていた。
「メアリー、村人たちが喜んでくれて良かったわね」
アメリアが微笑みかけると、メアリーは感情のない瞳でアメリアを見つめ返した。
「はい、アメリア様の慈悲深さは、彼らの心に深く刻まれたことでしょう」
(慈悲深さ…!よしよし、これで悪役ポイントが下がったわ!
ゲームではヒロインがやるようなことだけど、これで私の評価も上がって、処刑回避に一歩前進だ!)
アメリアは心の中でガッツポーズをした。
しかし、メアリーの心の中では、全く異なる解釈がなされていた。
(しかし、慈悲の裏には常に戦略が隠されているもの。
アメリア様は、この村人たちを手駒として囲い込むおつもりだ。
そのための布石として、慈悲深さを演出された。
やはり我が主は恐ろしいお方だ。
その先を見据える才覚、私にはまだ到底及ばない…)
アメリアは、メアリーの感情の読めない瞳をじっと見返した。そのまっすぐな視線は、いつも通り無表情で、アメリアの言葉に対して何の感情も読み取れない。
(うん、メアリーもそう言ってくれてるし、これで上手くいったってことだよね!
よかった~!)
アメリアは内心、大きな重圧から解放されたような気分だった。メアリーの瞳の奥に隠された「真の意図」に、この時のアメリアはまだ気づいていなかった。
ブックマークと評価、反応いただけるとモチベ維持となりますので、少しでもいいかな、と思ったらぜひぜひお願いします!




