第1話 悪役令嬢、善行を誓う、そして最初の誤解の芽生え -1
柔らかな朝の光が、豪華絢爛な天蓋付きベッドに差し込む。
ゆっくりと目を開けた少女は、見慣れない天井、高級そうな調度品に、戸惑いと同時に奇妙な既視感を覚えた。
「え、何ここ…?
何この豪華な部屋は…?」
ぼんやりとした頭で周囲を見回す。
見慣れないけれど、やけに凝った刺繍が施されたシーツは、指先が触れるとひんやりと滑らかだ。自分の指先は細く、白く、転生前の平凡な自分とは似ても似つかない。
(これが私…?いや、こんな美少女、私じゃない!)
恐る恐る伸ばした手で、視界に入り込む銀色に輝く髪を掴んでみた。しなやかな感触が指を滑り落ち、続いて視界の端に映る、まるで紫水晶のような瞳が自分を見つめ返している。その瞳の色は、自分の知るどの色よりも深く、神秘的だった。
「銀髪…紫の瞳…それに、この見覚えのある部屋の内装…!
まさか私が、あの悪役令嬢アメリア・オルテンシア!?」
ごくりと喉が鳴る。
(マジかよ…なんでよりによって、あのゲームの、あの悪役令嬢に…!?)
これは夢ではない、現実だ。ぼんやりとした頭の奥で、断片的な記憶が次々と鮮明に蘇り始めた。乙女ゲーム…『プリンセスの輝く未来』…
たしか、やり込んだはずのそのゲームの、誰かの記憶。それは、徐々にリアルな情景として結びついていく。
(悪役令嬢…アメリア・オルテンシア…!
そう、ラスボスルートで、処刑される…!)
最悪のシナリオが、じわじわと脳裏に形を結ぶ。ギロチン台の冷たい感触、群衆の嘲笑、そして首が落ちる鈍い音までが、まざまざと耳に響くような気がした。
(しかもバッドエンド確定ルートじゃん!私の人生、終わった…!)
よりにもよって、ラスボスルートで処刑される悪役令嬢に転生なんて。冗談でしょ!
「これからどうすれば…」
絶望に打ちひしがれそうになった時、部屋の扉が静かに開いた。
メイド服に身を包んだ女性が、音もなく入ってくる。黒髪をタイトにまとめ、表情はクールで、まるで人形のようだ。その足音は、絨毯の上を滑るように一切の音を立てず、アメリアは思わず息を潜めた。
「アメリア様、おはようございます。朝食の準備ができております」
その声に、アメリアはハッとした。
メアリーだ。最強護衛メイドにして、後に自分を裏切るキャラクター。
(え、マジで?この子、裏切り者じゃん!
って、いやいや、まだ裏切る前だし!)
「ああ、メアリーね…」
裏切る、という記憶が脳裏をよぎるが、確かそれは、自分がヒロインを虐めた後のことだったはず。
(ということは、まだ時間はあるってことか…?よし!)
「本日のお召し物でございます」
メアリーは一切表情を変えず、完璧な所作で今日のドレスを差し出す。その所作の一つ一つに無駄がなく、美しすぎて、むしろ不気味にさえ感じられた。
(うわぁ…なんかすごい豪華なドレス…。
でも、これで私が完璧な悪役令嬢に見えるってこと?それだけは勘弁して!)
本当に完璧なメイドだと、アメリアは内心で舌を巻いた。メアリーの琥珀色の瞳が、一瞬だけアメリアの顔を見上げた気がしたが、すぐに伏せられた。
朝食は豪華だった。
焼きたてのパンからは甘い香りが立ち上り、色とりどりの果物が皿に盛られている。
(こんなにたくさんご馳走があるのに、なんで食欲が出ないんだろ…)
しかし、アメリアは喉を通らない。
口に含んだ紅茶は、なぜか泥のように苦く感じられた。脳裏には、ゲームのバッドエンド、自分が処刑されるシーンが再びフラッシュバックする。ギロチンの冷たい刃、観衆の嘲笑、そして最後に見た、自分の首が飛ぶ光景。生々しい血の匂いと、鉄の臭いが鼻腔をかすめる錯覚に陥った。
「処刑…まさか、あの首が飛ぶシーンを私が体験するなんて…」
体が震えた。全身の毛穴が開き、冷や汗が背中を伝う。
(嫌だ!絶対嫌だ!死にたくない!)
ゲームのシナリオ通りにはさせない。私は悪役令嬢なんかじゃない!
「よし、決めた!
私はこの世界で、ひたすら善行を積む!」
アメリアは固く拳を握りしめた。
「悪役令嬢からの脱却!それが、私の生きる道よ!」
(処刑回避のためなら、何でもやってやる!)
書斎に入ると、アメリアは領地の地図を広げ、頭を抱えた。
(まずは何から始めよう…善行ポイントを稼がなきゃ…)
静まり返った書斎に、ペンが紙を擦る音だけが響く。メアリーが背後で静かに控えているのが気配でわかる。
「ゲームの序盤で、隣の貧しい村が疫病で壊滅寸前になるイベントがあったわね…」
独り言のように呟く。
(あれは確か、王子がヒロインと出会うきっかけになるイベントだったはず。
私が介入すれば、処刑ルートから外れられるかも!)
「あそこを救済すれば、領民の信頼を得られるし、悪役ポイントも下げられるはず!」
「アメリア様、何かお探しでございますか?」
メアリーの声に、アメリアは少し驚いた。常に完璧で表情一つ変えない彼女が、気遣うように声をかけてくるのは珍しい。
(ん?何か怪しんでる?
いや、気のせいだよね!
まさか、私の思考が筒抜けとか!?)
「いいえ、メアリー。少し考えることがあるの。
…あの、村の様子って今どうなっているの?」
「報告書によりますと、依然として困窮しているとのことです」
メアリーは淡々と答えた。
その言葉に、アメリアの決意は一層固まる。
(困窮か…ちょうどいい。
いや、困窮してるのは良くないけど、私にとってはチャンスだ!)
第1話を読んでいただきありがとうございました。
悪役令嬢xゲームに入っちゃう系です。
周りの勘違いがひどく、アメリアの計画はすべて破綻しますが、結果的にハッピーエンドになりますのでご安心ください(笑)
ブックマークと評価、反応いただけるとモチベ維持となりますので、少しでもいいかな、と思ったらぜひぜひお願いします!




