第19話 悪役令嬢、国を救う、そして… -2
謁見の間での騒動から数日後、アメリアは屋敷の庭で、満開の花々に囲まれてリリアナと向かい合っていた。リリアナの顔には、才能を開花させた自信と、何よりもアメリアへの深い感謝と敬愛が満ち溢れている。
「アメリア様!私、アメリア様のおかげで、本当に強くなれました!」
リリアナは、アメリアの手を両手で包み込むように握り、キラキラとした瞳で訴えかけた。その瞳は、まるで希望に満ちた未来を映し出しているかのようだった。
(リリアナ……あなただけが、私の善意を、本当に受け取ってくれたのね……!
嬉しい、本当に嬉しいわ!この子を育てて本当によかった!)
アメリアは、リリアナの純粋な気持ちに触れ、胸の奥が温かくなるのを感じた。この子が、唯一、彼女の真意を歪曲せずに受け止めてくれた人間だった。
「私、これからもずっとアメリア様の傍にいたいです!
アメリア様は、私にとって最高の先生であり、最高の友人です!」
リリアナの言葉に、アメリアは複雑な笑みを浮かべた。最高の友。それは彼女が望んでいた関係だ。
しかし、それは同時に、彼女の「悪役令嬢」としての地位を揺るぎないものにする要因でもあった。
(最高の友達を得られたのは嬉しいけど……これで悪役令嬢ライフは確実ね……。
私がどんなに善行を積んでも、この子もまた、私の行動を「愛ある試練」だと解釈し続けるんだろうなぁ……)
アメリアは、心の奥で小さくため息をついた。
「ええ、リリアナ。これからもよろしくね。
貴女の成長が、わたくしの何よりの喜びだわ」
アメリアは優しくリリアナの頭を撫でた。リリアナは、その言葉に顔を輝かせ、さらにアメリアの手を強く握りしめた。
彼女の純粋な陶酔は、アメリアの「悪役」としての評判を、さらに美しく、そして誤解に満ちたものとして高めていくのだった。
数ヶ月後。
この国の情勢は、大きく変化していた。
宰相アレクシスは、アメリアの「深謀遠慮」と「計画」を忠実に実行し、腐敗した貴族たちは次々と排除され、国の経済は驚くべき速度で安定を取り戻していた。民衆は「影の女王」アメリアを畏怖し、その「冷徹な采配」が国を救ったと信じて疑わない。
オルテンシア公爵邸では、アメリアは「影の女王」として、静かに国の改革を進めている(と周囲は思っている)。実際は、ただ領民の生活を向上させるための善行を積んでいるだけなのだが。
アメリアの執務室。
アレクシスが、最新の報告書を読み上げる。
「影の女王様。この度の農地改革も、見事な采配でした。
長年手をつけられなかった貴族の利権を排除し、民に土地を還元するとは……
まさに神業としか言いようがありません」
アレクシスは深々と頭を下げる。その横には、エドワード王子がアメリアの腕を優しく抱き寄せ、熱い視線を送っている。
「やはり君は、私にとって唯一無二の存在だ、アメリア。
君のような賢明な王妃を得て、この国はどれほど幸運か」
その少し離れた場所では、メアリーが完璧なメイドの所作で紅茶を淹れながら、アメリアを見つめていた。
「アメリア様は、常に完璧でいらっしゃいます。
この国の全てが、アメリア様の御心のままに」
(今日もまた、私の善意が、なぜか国の改革を推進していると誤解されている……。
農地改革とか、私、ただ「農民の生活が苦しいなら、土地を増やしてあげたら?」って言っただけなんだけど!
それが、なんで貴族の利権排除になるのよぉぉおおお!)
アメリアは内心で絶叫した。周囲の賛辞と歪んだ愛が、彼女をがんじがらめにする。
(王妃って言われても、私はただ処刑されたくなかっただけなのに……。
それにしても、皆、私のこと信じ込みすぎじゃない!?
この国、大丈夫なの!?)
アメリアは、望んでいなかった「悪役令嬢」として、皆に必要とされ、平和な日々を過ごしていた。処刑される恐怖からは解放された。それは、確かにハッピーエンドだ。しかし、その内実は、彼女の思いとは大きくかけ離れていた。
「(やれやれという顔で)……まあ、処刑されないだけ、いっか」
アメリアは、小さく呟いた。
その日の夕食後、アメリアは自室で、暖炉の火を見つめながら紅茶を飲んでいた。
温かいカップを両手で包み込み、窓の外に広がる王都の夜景を眺める。煌々と輝く王宮の光が、彼女の顔を照らしていた。
(まさか、悪役令嬢として国を救い、王妃になるとはね……。
ゲームでは、リリアナが王妃になって、私が処刑されるシナリオだったのに)
彼女の脳裏には、転生前の平凡な学生だった頃の記憶が蘇る。あの頃は、こんな豪華な部屋で、こんなにも複雑な人間関係に悩むことなど想像もできなかった。
(これも、全部みんなの歪んだ愛のせいなんだけど。
私が善行すればするほど、彼らは勝手に深読みして、私を「冷徹な策士」とか「影の女王」とかにしていくんだから……もう、疲れたわ)
アメリアは、自分の人生がゲームとは全く違う方向に進んだことに、諦めと、どこか皮肉な満足感を感じていた。処刑される恐怖から解放された安心感は大きい。だが、引き換えに得たものは、果てしない誤解と、自由の喪失だった。
(でも、こうして平穏に過ごせるなら、悪役令嬢も悪くないのかしら……?
いや、やっぱり処刑されないのが一番よね。
生きてるって素晴らしい!
多少の誤解は、もう気にしない!たぶん!)
彼女は、自分にそう言い聞かせた。もう、この歪んだ世界の中で、自分なりの「幸せ」を見つけるしかないのだと。アメリアの瞳の奥には、どこか達観したような、でも少しだけ呆れたような光が宿っていた。
「今日も明日も、私は悪役令嬢として、この世界を生きる……!」
翌朝。
アメリアは、公爵邸の庭で、小さな花壇に水をやっていた。色とりどりの花々が、朝露に濡れてきらめいている。
「(花に水をやりながら)すくすく育ってね……」
アメリアは、優しい声で花に語りかけた。それは、彼女にとって、ささやかな、そして純粋な善行だった。心を落ち着かせるための、日課でもあった。
しかし、その背後には、彼女の行動を監視し、深読みするメアリーの影が静かに立っていた。
(アメリア様は、この花を通して、新たな生命を創造する力を示しておられる……。この小さな命にも、深遠なる意味を見出すおつもりか。
やはり、私の主は、ただ者ではない)
(ただの水やりなんだけどな……。
というか、メアリー、なんでそんなに真剣な顔で私の水やりを見つめてるの!?
何か私、間違ったことしてる!?)
アメリアは、内心で冷や汗をかいた。彼女のささやかな善行ですら、メアリーのフィルターを通すと、途方もない深謀遠慮へと変換されてしまうのだ。
「(静かにアメリアの後ろに立ち)何か、御用でございますか、アメリア様?」
メアリーの声に、アメリアはびくりと肩を震わせた。
(うわ、いつの間に背後に!?忍びの術かよ!
もう!私の平穏な善行ライフは、まだまだ続く……。
この誤解の連鎖は、永遠に終わらないんだろうなぁ……)
アメリアは、空を見上げた。青い空には、今日も白い雲がゆっくりと流れている。
数年後。
アメリアは、王妃としてエドワード王子と共にこの国を治め(と周囲は思っている)、その「影の女王」としての手腕は、もはや伝説となっていた。
メアリー、アーサー、アレクシス、そしてリリアナは、それぞれの立場でアメリアを支え、彼女の「計画」を忠実に実行し続けている。
ある穏やかな午後、アメリアはバルコニーで、庭園を眺めながら、ふと独り言のように呟いた。
「転生したら悪役令嬢みたいなんだけど、最強護衛メイドさんの過剰な愛に振り回される……」
彼女の顔には、どこか達観したような、でも少しだけ呆れたような、複雑な笑みが浮かんでいる。
「本当に、その通りだわ」
アメリアは、自身の状況を自嘲気味に受け入れた。
「でも、まあ、これでいいのかな。
処刑されないんだから、これ以上の幸せはないのかもしれない」
彼女は、深く息を吸い込み、そしてゆっくりと吐き出した。
「だって、処刑されないんだから!」
(もう!私の悪役令嬢ライフは、これからも続く!
だけど、私は、この世界で生きていくんだ!
この、誰も私の真意を理解してくれない、だけど、誰も私を見捨てない、この世界で!)
アメリアは、小さく笑いながら、未来へと続く道を歩み始めた。彼女の物語は、処刑ルートを回避し、望まない形で「最強の悪役令嬢」としてハッピーエンドを迎えたのだ。
そして、今日もまた、彼女の善行は、周囲の歪んだ愛と誤解によって、新たな伝説を紡いでいくのだった。
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