第12話 宰相の分析と絶望の深化 -3
翌日、市場ではオルテンシア公爵家が提供する安価な小麦粉の販売が始まった。告知されるや否や、瞬く間に長蛇の列ができ、村人たちは感謝と驚きの声を上げた。
「まさか、オルテンシア様がこんなことをしてくださるとは……!」
「これでしばらくは、飢えずに済みそうだ……本当にありがたい!」
子供を抱いた母親が、涙を流しながら小麦粉の袋を抱きしめる姿を見て、アメリアは心から安堵した。
(よし!これで民衆の不満も解消できたし、私の評価も上がったはず!「慈悲深い悪役令嬢」は矛盾してるけど、まあいいや!処刑回避への道は、まだ残されているわ!いや、残されててくれなきゃ困る!)
しかし、この行動もまた、裏側では全く異なる解釈を生んでいた。アメリアの善意は、どこまでも誤解の渦に巻き込まれていくのだった。
一方、王宮の宰相室では、天才宰相アレクシス・クロフォードが、アメリアの市場での行動に関する報告書を読んでいた。彼の口元には常に笑みが浮かんでいるが、その双眸は全てを見通すように冷徹だ。
「なるほど……市場への介入か」
アレクシスは報告書から目を離し、静かに呟いた。彼の指が、優雅な弧を描いてテーブルを叩く。カツ、カツ、と静かな部屋にその音が響く。
「物価安定など口実。本質は、流通経路の掌握と経済的影響力の拡大……
これほど見事な手腕、凡庸な貴族には思いつきもしまい」
アレクシスは、アメリアの行動の裏に隠された「真の意図」を分析していた。彼の脳内では、アメリアのささやかな善行が、壮大な国家戦略の一部として完璧に組み込まれていく。まるで、複雑なパズルが目の前で組み上がっていくかのように。
(この若さでそこまで見据えているとは……恐るべし。オルテンシア公爵令嬢)
彼は、アメリアという「予測不能な変数」が現れたことで、自分の完璧な計画が狂い始めていることに、むしろ喜びを感じていた。
退屈な日々に、ようやく面白い「玩具」が現れた、とでも言うかのように。アメリアの善行が裏目に出る度に、それは「自分の知謀を上回る策略」だと勘違いし、次第に彼女の才能に惚れ込んでいく。
「私の計画に、彼女を組み込むべきか……
いや、彼女こそが、この国の真の支配者となるべきなのか。
そうすれば、私の計画もより完璧なものとなるだろう」
アレクシスは不敵な笑みを浮かべた。その笑みは、まるで獲物を見つけた捕食者のようだった。
「面白くなってきた。実に、面白い」
彼の冷徹な瞳の奥に、アメリアへの歪んだ興味と、そして深い愛が宿り始めていた。彼は、この国の腐敗を一掃し、アメリアが望む「理想の国」を作り上げることを、密かに決意する。
だが、それはあくまで彼がアメリアの「理想」だと”誤解”しているものでしかなかった。そして、その全てを成し遂げた時、アメリアが自分を認めるだろうと、確信していた。
「さあ、アメリア。私をどれだけ楽しませてくれる?
君の深遠なる知謀、このアレクシスが全て受け止め、この国を君の掌中に収めてみせよう」
アメリアの自室では、メアリーから届いた新たな報告書を読み、愕然としていた。その報告書は、宰相アレクシスから王宮に提出されたものだった。
それをどうやってかメアリーが入手してきたのだ。
「は……はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
アメリアは椅子から転げ落ちそうになった。報告書には、市場での小麦粉の提供が「市場を支配し、国の経済を掌握するための策略」として、宰相アレクシスによって評価されていると書かれている。
しかも、その評価は極めて高く、アメリアの行動を「国家的偉業」として称賛しているのだ。
「市場を助けただけなのに、経済支配!?
しかも宰相まで私を恐れてるどころか、”面白がって”るってどういうこと!?
もう嫌だ!本当に嫌だ!何をやっても裏目に出る!
これじゃ処刑されるのが怖くて何もできないじゃない!もう何もしたくない!」
アメリアは報告書を握りしめ、顔面蒼白で震え上がった。自分の善行がことごとく「悪行」として評価され、しかもそれが国の最高権力者にまで誤解されているという現実に、深い絶望を感じる。
(私はただ、平穏に生きたいだけなのに……なんでこんなことに!?
普通に生きて、普通に死にたいだけなのに!
どうしてこんなにハードルが高いの!?)
瞳には、絶望の涙が滲んでいた。
(このままじゃ、本当にゲームとは違う意味で、最強の悪役令嬢になっちゃう……!
いや、もうなってる!
宰相まで私の手中に収めようとしてるって!
そんなの私、絶対無理!キャパオーバーよ!
もういいから、私をゲームの世界から出してぇええ!)
アメリアは、震える声で空に向かって叫んだ。その声は、虚しく部屋に響き渡るばかりだった。
「誰か、誰か助けてええええええ!!!」
アメリアの善行が「経済支配の策略」と誤解され、宰相アレクシスまでがその策略に感銘を受けていると知った後も、誤解の連鎖は止まることを知らなかった。
彼女の絶望が深まる中、ヒロイン・リリアナの活躍が、さらなる悪役令嬢としての評判を固めていくのだった。
王都の片隅にある小さな公園。噴水の水がキラキラと陽光を反射する中、リリアナが人々を取り囲んで話していた。
彼女の腕の中には、怪我をした小鳥がそっと抱きかかえられている。その優しい緑の瞳は、人々の感情の悩みを読み取り、動物たちと協力して解決へと導いていた。
「大丈夫、この猫ちゃんが教えてくれたよ。おばあちゃんはきっと元気だから、心配しないで」
リリアナが、不安げな表情のおばあさんの手を優しく握ると、おばあさんの顔に安堵の表情が広がる。
「リリアナ様のおかげで、心が晴れました!本当にありがとうございます!」
人々はリリアナの周りに集まり、口々に感謝の言葉を述べていた。その光景は、まるで絵画のように美しく、純粋な希望に満ちていた。
(やった!リリアナ、本当に才能を開花させてる!
これなら、ゲームのシナリオ通り、彼女が国を救ってくれるはず!
そうすれば、私は……!)
アメリアは遠巻きにその様子を観察しながら、心の底で歓喜していた。しかし、その喜びも束の間、すぐに新たな誤解の影が忍び寄る。彼女の後ろには、メアリーと、偶然通りかかったアーサーの姿があった。
「さすがはアメリア様が育てた人間。
この国を動かす存在となるのは、時間の問題ですな」
メアリーが静かに呟くと、アーサーが深く頷く。
「うむ。リリアナ嬢の成長は、アメリア様がこの国の未来を担う人材を育てるための布石……まさに王妃の器だ!その先見の明、我ら騎士は感服するばかり!」
(え、ちょっと待って!?
なんでリリアナの活躍が私の「育成手腕」の証になってるの!?
というか、また王妃の器って……!
私の善意が、どうしてこうも壮大な悪意にすり替わるのよぉ!)
アメリアは頭を抱えたくなった。リリアナの純粋な善行が、結果的にアメリアの「冷徹な策士」としての評価をさらに高めている現実に、もう笑うしかなかった。
その日の夜、アメリアの屋敷にリリアナが満面の笑みで報告に来た。
「アメリア様、今日、たくさんの人を助けることができました!
これもアメリア様が私に厳しい試練を与えてくださったおかげです!
私、もっともっと頑張ります!」
リリアナはキラキラした目でアメリアを見つめる。アメリアは、その純粋な瞳に、一瞬だけ胸が締め付けられるような痛みを感じた。
(リリアナ……あなただけが、私の善意を受け取ってくれるのね……。
でも、それが結果的に、私の首を絞めることになってるなんて……
言えない!絶対言えないぃ!)
アメリアはやや引きつった笑顔で頷きながらも、内心では複雑な感情に苛まれていた。
「ええ、リリアナ。貴女ならできるわ。
これからも、その素晴らしい才能を人々のために活かしてちょうだい」
(私のおかげだけど……これで悪役じゃなくなる……はず……。
いや、お願いだからなってくれ!もう本当に頼むから、私を解放してぇ!)
アメリアの心の叫びは、誰にも届かないまま、夜空へと消えていった。
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