第11話 宰相の分析と絶望の深化 -2
数時間後、公爵邸の応接室には、王都の主要な商会の代表者たちが集められていた。彼らの顔には、オルテンシア公爵令嬢からの急な呼び出しに対する戸惑いと、わずかな畏怖が浮かんでいる。
「皆様、本日は急な呼び出しにも関わらず、お集まりいただき感謝いたします」
アメリアは優雅に微笑んだ。その微笑みが、商人たちにはまるで氷のように冷たく映った。隣に立つメアリーの無表情な顔も、彼らにとっては重圧だった。
「本日は、皆様にぜひご協力いただきたいことがございまして。
ご存知の通り、現在、市場では小麦粉の価格が高騰しており、多くの民が苦しんでおります」
商会代表Aが、おずおずと口を開いた。
「は、ははぁ……。しかし、原材料の高騰もありまして、我々もなかなか……」
(え、そんなこと言わないで!
私もお金持ちだけど、無駄遣いはしたくないのよ!
それに、安く買い取れれば、その分多く民に還元できるんだから!)
アメリアは内心で猛烈なツッコミを入れながらも、笑顔を崩さなかった。
「ええ、存じておりますわ。
ですが、わたくしとしては、できる限り多くの小麦粉を、できる限り安価で買い取りたいと考えておりますの」
商会代表Bが、訝しげな表情でアメリアを見た。
「安価で……と申されますと、具体的には?」
アメリアは、転生前の知識を総動員し、交渉の定石を思い出す。まずは相手の足元を見る、だ。
「そうですね……現在の市場価格から見て、半額ほどでいかがでしょうか?」
その言葉に、応接室の空気が凍り付いた。商人たちの顔色が一斉に青ざめる。
「は、半額でございますか!?そ、それはあまりにも……!」
商会代表Cが、震える声で抗議しようとした。しかし、その声はメアリーの鋭い視線に遮られる。
(メアリー!威圧しないで!
ただの交渉なんだから!
お願いだから私の善行を邪魔しないで!)
アメリアは内心で悲鳴を上げたが、メアリーは動かない。その無言の圧力に、商人たちは完全に沈黙した。
(この沈黙……成功!?やった!
私の交渉術、冴えわたってるわ!
これでたくさん小麦粉が買える!)
アメリアは内心でガッツポーズをした。しかし、商人たちの心の中では、アメリアの思惑とは全く異なる解釈がなされていた。
商会代表A(心の声)
「半額だと……!?あのオルテンシア様が、まさかここまで強引な手に出るとは……!我々の命綱を握り潰すおつもりか!?」
商会代表B(心の声)
「これは、市場を完全に支配するつもりだ……。我々に抵抗の余地など与えない、というわけか……!だが、もし逆らえば……メアリー殿の剣が火を吹くやもしれぬ……!」
商会代表C(心の声)
「あの冷徹な微笑みの裏に隠された、恐ろしい策略……!もはや、逆らうことなど不可能だ……!だが、もし従えば、我々の商会は、オルテンシア公爵令嬢の”手足”となることができるのか……?」
彼らは、アメリアの「民のために」という言葉など微塵も信じていなかった。
ただひたすらに、彼女の「悪役」としての冷徹な手腕と、市場を掌握しようとする恐るべき野心を目の当たりにしたと錯覚していたのだ。彼らの脳内では、すでにアメリアが彼らの商会を支配下に置くための壮大な計画を練っていると確信されていた。
アメリアは、彼らが沈黙したことに満足げに頷いた。
「では、皆様、ご協力いただけると理解してよろしいでしょうか?
もちろん、今回は大規模な買い付けとなりますので、今後の皆様の商会が、わたくしの慈善事業における独占的な供給元となることも検討させていただきますわ。長期的なお付き合いを、ぜひ」
アメリアの言葉に、商人たちは再び凍り付いた。
しかし、今度は恐怖だけでなく、わずかな希望と、そして混乱の表情が混じっていた。
商会代表A(心の声):
「ど、独占的な供給元だと……!?これは、まさか……我々に甘い蜜を吸わせ、完全に手中に収めるつもりか!?」
商会代表B(心の声):
「長期的なお付き合い……つまり、我々はオルテンシア様の”忠実な下僕”となれ、ということか……!だが、これは悪くない話では……?」
商会代表C(心の声):
「恐ろしい……ここまで見越して、我々を懐柔するとは……!もはや、我々には逆らう道など残されていない……!」
アメリアは、商人たちの顔が青ざめているのに気づき、慌てて付け加えた。
「もちろん、これは皆さんの協力に対する感謝の意も込めて、ですわ。
決して、皆さんの商会を不当に支配しようなどという意図はございませんことよ?」
(やめて!不当に支配なんてするわけないでしょ!
ただの感謝の気持ちと、今後の安定供給を考えているだけなのに!
なんでまたそんなに深読みするの!?
私の言葉ってそんなに悪意に満ちて聞こえる!?)
アメリアは内心で叫んだが、その焦りの表情は、商人たちには「さらに巧みな策略を隠している」としか映らなかった。メアリーはそんなアメリアの姿を静かに見つめ、商人たちに無言の圧力をかけ続けている。
商人たちは、生きた心地がしないという顔で、ただただ首を縦に振るしかなかった。
「は、ははぁ……喜んで、ご協力させていただきます……」
彼らの声には、完全に戦意を喪失した響きと、しかし一方で、どこか未来への諦めにも似た期待が混じっていた。アメリアは、これでまた一つ善行を積めたと、ひそかに胸を撫で下ろした。
(よし!これでたくさん小麦粉が手に入る!
これで民衆の皆も助かるし、私の懐もそんなに痛まない!
ウィンウィンだわ!……いや、これで私の悪役ポイントも下がるはずよね!?
下がってくれ!頼むから!
というか、商会を独占供給元とか言っちゃったけど、大丈夫かな!?
また誤解が生まれてない!?)
メアリーは、そんなアメリアの姿を静かに見つめていた。
(アメリア様は、あの商会代表たちの心を完全に掌握した……。
民の困窮を利用し、自らの影響力を拡大する。
そして、半額という破格の条件で小麦粉を買い付けるだけでなく、長期的な独占契約をちらつかせ、彼らを完全に手中に収めるおつもりか。
見事な采配……恐ろしいお方だ。この国の経済の要を、アメリア様はすでに掌握し始めている……)
メアリーの琥珀色の瞳は、主への絶対的な忠誠と、そして深まる畏敬の念で輝いていた。
彼女の中では、アメリアの慈善事業は、すべて国家経済を支配するための壮大な計画の一部として完璧に理解されていた。
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