第10話 宰相の分析と絶望の深化 -1
舞踏会での悪夢のような出来事から数日後。
アメリアは自室で、疲れ果てた表情で紅茶を啜っていた。窓の外は穏やかな秋の空が広がっているというのに、アメリアの心は荒れ模様だった。
「はぁ……」
深いため息が、豪華な部屋に虚しく響く。
(舞踏会、本当に最悪だったわ。
ヒロインと王子をくっつけるどころか、私が王子に独占されて、悪役令嬢ポイントがまた爆上がりするなんて!
誰が予想できたっていうのよ!完全に私の計画は破綻よ破綻!
もうやだぁ!)
目の前には、メアリーが用意した最新の報告書が置かれている。そこには、舞踏会でのエドワード王子の行動に対する貴族たちの反応、そしてそれを受けてさらに増幅したアメリアへの「悪役」としての評判が、事細かに記されていた。
「『殿下をも手玉に取る真の悪役令嬢』、『国の闇を裏から牛耳る影の支配者』、『闇の聖女の計略』……」
読み進めるごとに、アメリアの顔から血の気が引いていく。
「もう!どこまで私の評価を盛り上げるつもりなの!?
こんな仰々しい称号、履歴書にも書けないわよ!
っていうか、書くわけないけど!
私の平穏な生活はどこへ行ったのよ!ねえ、誰か教えてよ!」
アメリアは報告書を乱暴にテーブルに叩きつけた。ガチャンと音を立て、紅茶の波紋がカップの縁で小さく揺れる。熱い紅茶が少しだけ指にかかり、思わず小さく「あちっ」と声が漏れた。
(私、ただ処刑されたくないだけなのに!
なんでこう、やることなすこと全部裏目に出るかなぁ!?
こんなんじゃ、いつか本当にギロチン台に送られちゃうんじゃないの!?
いや、待って。むしろこのままだと私が国を乗っ取っちゃいそうなんだけど!
冗談じゃないわ!そんなの私、望んでない!
断じて望んでないったら!)
彼女の心の中は、パニックと絶望、そして一抹の諦めでぐちゃぐちゃだった。もう何をどうすれば、この誤解の連鎖を断ち切れるのか、全く見当がつかない。
まるで、底なし沼に足を取られたかのように、もがけばもがくほど深みに嵌っていく感覚だった。
「もう、本当に……どうすればいいの……」
途方に暮れて、アメリアは天井を仰ぎ見た。このまま部屋に閉じこもっていても、悪い方向に考えが向かうばかりだ。
その日の午後、アメリアは領地の市場を訪れていた。
舞踏会での精神的な疲労と、自室での憂鬱な思索から気分転換をかねて、庶民の活気に触れたかったのだ。しかし、そこでもまた、彼女の善行が新たな誤解を生むことになる。まるで、彼女の善意を嘲笑うかのように。
(よし、ここは一つ、市場で買い物でもして、庶民の暮らしに貢献しよう!
そしたら、ちょっとは「悪役」のイメージも薄れるはず!
というか、薄れてくれ!お願いだから!)
アメリアは護衛のメアリーを伴い、色とりどりの野菜や果物が並ぶ露店を巡った。活気あふれる声が飛び交い、新鮮な食材の匂いが混じり合う。人々のざわめきが、少しだけアメリアの心を落ち着かせた。
「あら、このリンゴ、とても美味しそうね」
アメリアが一つ手に取ると、店主の老女が驚いたように目を丸くした。老女の隣にいた小さな子供が、怯えたように母親の陰に隠れる。
「お、オルテンシア様が、こんな庶民の店に……まさか、何かご不満でも……?」
老女の声は震え、アメリアは内心で頭を抱えた。
(うわぁ、また悪役令嬢ってバレてる……!しかも、ご不満って!?
なんでそうなるの!?
私はただ美味しいリンゴが欲しかっただけなのに!深読みしないでぇ!)
アメリアは内心で冷や汗をかきながらも、努めてにこやかに微笑んだ。
「いいえ、不満などございませんわ。
ただ、美味しいリンゴを探していたのよ。
……そうだわ、最近、市場の物価が高騰していると聞きました。
何か困っていることはありませんか?」
老女は恐る恐る口を開いた。その声には、諦めと、ほんの少しの希望が混じり合っていた。
「実は……ええ、最近は本当に大変でして。
特に小麦粉などは、もう手が届かないほどに。
子供たちも、毎日お腹を空かせておりまして……」
老女の言葉に、アメリアは眉をひそめた。その言葉の節々から、民衆の苦しみがひしひしと伝わってくる。
(物価高騰!?これはゲーム序盤の「民衆の不満が爆発するイベント」じゃない!
まずい、このままだと暴動が起きて、私が悪役として鎮圧する羽目になるかも!
それだけは絶対に避けたい!
断罪ルートじゃなくて、暴動鎮圧ルートなんてまっぴらごめんよ!)
アメリアはすぐに閃いた。ゲームの知識が、こんなところで役に立つとは。
(そうだ!私財を投じて、小麦粉を安価で提供すればいいんだ!
これなら確実に善行ポイントを稼げるし、民衆の不満も解消できる!
完璧だわ!
これで私のイメージも「民を救う慈悲深い令嬢」に変わるはず!
そうに違いない!)
アメリアはメアリーに命じた。その声には、確かな決意が宿っていた。
「メアリー、すぐに商会と連絡を取り、上質な小麦粉を大量に買い付けてちょうだい。そして、この市場で原価で販売するように手配を。
一刻を争うわ!」
メアリーは一切表情を変えず、静かに頷いた。彼女の琥珀色の瞳の奥に、何か深い思考が巡っているようにも見えたが、アメリアはそれに気づかなかった。
「かしこまりました、アメリア様。迅速に対応いたします」
メアリーは一礼すると、音もなく人混みの中に消えていった。その手際の良い動きに、アメリアは内心で感心しつつ、これで一件落着だと胸を撫で下ろした。
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