おかえり
リビングのソファで仰向けになっていた僕は、玄関が開錠される音で目を覚ました。毎日がゲーム三昧・スマホ三昧ともなれば、さぞ極楽であろうと考えていた僕だったが、実際のところは三日も持たずして怠惰な生活には飽きてしまうものだ。やることがこれといってないので、こうして昼下がりの眠気に任せて、夕方まで意識を手放すほかない。
「おかえり」
「ただいま」
僕の隣に座った彼と、なんとなくの会話を交わす。
「学校生活は相変わらずか?」
「楽しすぎて時間が経つのが早いのなんの」
「そうだろうな。つまらなかったらつまらなかったで、『居眠り』すればいい話だもんな」
「そうともさ。おかげさまで一日が早いよ」
彼は乾いた笑いを見せた。それを見て、僕も小さく笑った。それと同時に、こいつとの会話なんて必要ないとも思った。
インターホンが鳴ったので、訪問者の姿をモニターで確認して扉を開けた。宅配便だった。
「このあたりにサインをお願いします。……あれ?」
母が注文した化粧品の箱にボールペンを滑らせていた僕は、思わず配達員が漏らした声を聞き逃さなかった。その視線は僕の背後をとらえている。
「……あー、双子です」
「どうもー」
「あ、そうなんですね! すごい、そっくり!」
しばしのやり取りをし、やがてトラックは去っていった。
今一度、彼に話しておく必要がある。
「ニセ博士、僕との約束は覚えてるか」
「忘れたくても忘れらんないさ。ボクはまさしく電脳だからね」
壁にもたれかかって、何となしに自分の爪を見つめる彼が憎たらしかった。
「……じゃあ、今のは何がいけなかったか分かるか?」
「そうだな。『博士と一緒に人前に出てはいけない』……この約束を破ったことかな」
彼はこちらを指さしながら正確に答えた。
「分かってるじゃないか。さっきのは配達員だったからよかったけど、知り合いの前では特に気をつけてくれよな」
「ああ、ガッテン承知」
そのままニセ博士は寝室へと上がっていってしまった。我ながら信用ならない物言い、そして態度だ。
時刻は18時をまわった頃、いつものように母が帰ってきた。
「ただいまー」
「おかえり」
「はぁ、今日はもう朝から忙しかったよ。お母さんちょっとひと眠りするから、お風呂お願いね」
「うん」
ここ最近の母は、やけに疲れて帰ってくる。帰ってくるなり早々に着替えて、自分の部屋のふすまをピシャリと閉めてしばらく出てこない。ついでにニセ博士も、僕の寝室に潜るとしばらく出てこない。
浴槽を擦りながら、僕はこれからのことを考えていた。
学費だってきっと、バカにならない。
◉
「じゃあ行ってくるね。鍵、頼んだよ」
「うん」
いつも僕より早く家を出る母を、今日も玄関から見送った僕は階段を登ろうとした。
「忘れてた! これ、お昼代ね」
「ああ、うん」
戻ってきた母は、財布から出した小銭を手渡すともう一度、出て行った。もらったのは200円。母は毎日、こうして昼食代をくれるわけだが、以前と比べて明らかに額が減っている。五百円玉だったのが400円になり、300円になり……いくらパンや学食がリーズナブルとはいえ、今日び200円ではあまりにも心もとない。そして、学校に行かない僕はその小銭をずっと貯めているわけだが、どうやって母のもとに返そうか、それがまた悩ましい。




