第4話 追跡と覚醒の夜
森を抜け、夜の闇がルシアとエリオットを包んだ。月明かりが木々の間から零れ落ち、銀色の髪を静かに照らす。だが、安堵の時間は長くは続かない。
「……奴ら、まだ追ってくる」
エリオットが低い声で告げる。森の奥から、複数の甲冑の足音が微かに響いてきた。帝国の追手だ。
「……自由になんて、なれないのね」
ルシアの声は静かだが、瞳には決意が宿る。十五歳の少女が抱く覚悟――それは、ただ自分のために生きるという揺るぎない意思だった。
「待っていろ、少しでも抑えられるなら」
エリオットは剣を握り、ルシアの前に立ちはだかる。追手の魔導具が光り、火花が飛び散る。だが、ルシアは魔力を小さく波立たせ、攻撃を跳ね返すだけで十分だった。力を使いすぎれば、自由は失われる。
「……私が、私のために……戦う」
小さな声が夜の森に響く。紫の光が、枝葉の間を駆け巡り、追手たちを遠ざける。だが、それでも数は多く、完全に退けることはできなかった。
その時、闇の中に新たな気配が忍び寄る。アリシア――敵国の王女が、月明かりの影に現れた。笑みを浮かべ、手には煌めく魔導具。
「逃げられると思ったの?」
王女の声には余裕がある。彼女は計算高く、ルシアの力を観察し、誘導している。戦闘の中でルシアの感情を揺さぶり、力を引き出そうとしていたのだ。
「……関係ない」
ルシアは声を低くし、魔力を集中させる。森全体が紫の光に染まり、追手も王女も、視界の中で揺らぐ。
「これが……古代魔女の力……!」
エリオットが息を呑む。ルシアの力は制御しきれないほど膨らみ、森の闇を裂く。だが、彼女の目には恐怖よりも自由への渇望があった。
アリシアは攻撃を仕掛けるも、ルシアの力は予想を超えている。魔導具の光が紫の渦に押し返され、王女の態勢が崩れる。
「ふふ……面白い、もっと力を見せてくれるかしら?」
王女の笑みは挑発的だが、同時に計算が透けて見える。ルシアの力をさらに引き出すため、敢えて手を緩めているのだ。
夜空に光の渦が舞い上がり、森全体が震える。ルシアの魔力は覚醒の頂点に近づき、制御することで初めて自由が守られる――その感覚を彼女は掴みかけていた。
「……私のために……生きる!」
紫の光が夜を切り裂き、追手は逃げ惑う。エリオットは彼女の力を守るため、剣で最後の防御を固める。
戦いの後、森は静寂に包まれる。だが、その静けさの中で、アリシアの策が次の段階へと進んでいることをルシアはまだ知らない。
「……自由に、ただ自由に……」
少女の瞳は、月光に照らされて強く輝く。戦いは終わったわけではない。だが、ルシアは確かに、自分の力と意思を確認したのだった――世界の運命を揺るがす少女として。