第2話 逃亡者と忠義の騎士
村を抜けたルシアは、森の奥深くへと足を踏み入れた。銀色の髪が木漏れ日に輝く。鳥の鳴き声すら、彼女には静寂の合図のように聞こえた。
「自由……ただそれだけなのに……」
紫の瞳に浮かぶのは、村での日々の孤独と、初めて目覚めた力の恐怖。誰も彼女を理解してくれない――それが日常だった。
その時、背後から音がした。木の枝を踏む軽い音。ルシアは瞬時に身をかがめ、周囲を見渡す。
「そこにいたのか……」
声の主は、第一話で出会った元騎士、エリオットだった。傷だらけの鎧をまとい、肩には無数の擦過傷。目には覚悟が宿っている。
「……あなた、ついてきたの?」
ルシアは警戒を隠せず、魔力をほんのわずか、指先に集める。光が微かに揺らいだ。
「助けてもらった恩は返す。それに、君を一人にはできない」
エリオットの声には、真剣さと揺るがぬ忠誠心が混じっていた。ルシアは息をつき、わずかに肩の力を抜く。
「……私は英雄になんてならない。救世主でもない。ただ、自由に生きたいだけ」
ルシアの言葉に、エリオットは軽く頷いた。
「わかってる。ただ……君の力が狙われる以上、放っておけないんだ」
森を進む二人の背後では、帝国の追手の足音が次第に遠ざかる。しかし、安堵は長くは続かなかった。
翌日の夕刻、彼らの前に現れたのは、異国の王女――アリシアだった。王女は華やかな装いで、でも目つきは鋭く、狡猾さが滲む。
「ふふ、あなたが……噂の“魔王の器”の少女?」
アリシアの声は甘く響いたが、そこには策士の冷たさが混じっている。
「……私は関係ない」
ルシアは身構えるが、アリシアは一歩も引かず、微笑みを崩さない。
「関係あるわ。あなたの力で、私の国の未来が変わるのよ」
アリシアの手には、煌びやかな魔導具が握られている。戦闘の意思が明確に漂った。
エリオットがルシアの前に立ちはだかる。
「勝手に巻き込むな!」
その言葉に、ルシアは静かに魔力を膨らませる。森の空気が震え、枝葉がざわめいた。
「私は、誰のためにも戦わない!」
ルシアの瞳から、紫の光が闇を裂くように放たれる。アリシアの笑みが一瞬、わずかに揺らいだ。
「ふふ……面白い。なら、この力を奪うしかないわね」
その瞬間、森全体が光と影に包まれる。ルシアの力が、少女の意思とは裏腹に、世界の運命を揺らし始めていた。
「私は、私のために生きるだけ!」
ルシアの叫びが森に響き渡る。その声に応えるように、魔力の渦が巻き上がった――自由を渇望する少女の覚醒の力が、戦いの幕を開ける。