第1話 忌み子の覚醒
辺境の小さな村――ローデル村は、昼でもどこか陰鬱で、空気に湿った土の匂いが混じっていた。村人たちは口をそろえてこう言った。
「忌み子め……あの子はろくなことにならん」
十五歳の少女、ルシア・ヴァルデンは、そんな言葉を聞き流すのが日課だった。銀色の髪が風に揺れ、紫の瞳は遠くを見つめている。誰も彼女に声をかけず、彼女自身も他人に興味を持たなかった。
「……ふん、勝手に言ってればいい」
ルシアは淡々と、小屋の裏に積まれた薪を整理していた。村人の好奇の視線を避けるため、彼女は人目につかない場所で過ごすのが日常だった。
その日、村は突然の騒ぎに包まれた。地鳴りのような馬の蹄の音、甲冑の光が太陽を反射する。帝国の討伐隊が、ルシアを狙って村に現れたのだ。
「そこにいるのは……魔王の器か!」
隊長が鋭く叫ぶ。ルシアは動かなかった。ただ、胸の奥で不思議な熱がうずいた。
「……やめて」
言葉とともに、銀色の髪が逆立ち、紫の瞳が深く光る。討伐隊が放った魔法の矢が、ルシアの目の前で宙で砕けた。彼女の内側で、眠っていた何かが目覚めた瞬間だった。
体の中に流れ込む圧倒的な力。まるで世界が揺れ動くように感じる。気づけば、討伐隊は村の外へ吹き飛ばされていた。
「な……何これ……」
ルシアの手から、淡く光る魔力の渦が消えてゆく。彼女はただ息を切らし、心臓の鼓動を感じるだけだった。
その夜、村の廃屋に身を潜めながら、ルシアはつぶやいた。
「私……ただ、自由に……生きたいだけなのに……」
しかし、その願いを知る者はどこにもいなかった。帝国も、村人も、そして世界も、彼女を「英雄」として見ようとしている。
翌日、ルシアの前に現れたのは、元騎士の青年だった。傷だらけの鎧を着た彼は、敬意と恐怖を混ぜた目で言った。
「あなた……僕を助けてくれた。お願いだ、力を貸してくれ」
ルシアは首を横に振った。
「私は、ただ私のために生きるだけ。誰も救わない」
だが、世界は彼女を放ってはおかない。次々と現れる者たちが、彼女の力を求め、あるいは奪おうとする。敵国の王女、冷徹な魔導師、忠義に生きる騎士……。
「お願い、力を貸して」
「あなたしか、この国を救えない」
ルシアは拳を握りしめ、紫の瞳を鋭く光らせた。
「私は、ただ私のために戦う!」
その決意とともに、彼女の新しい物語が動き出す――世界を揺るがす“古代魔女の力”とともに。