何を言ったの?
目覚めてみれば、やっぱり白いカーテンが視界にちらつていた。
今日もまた、自分を思い出せずに終わるのかと思うと、起きる気力がなくなりそう。
いつになったら?
自問自答をしてみても答えが出るはずもなく。
「やっほ~カガちゃん。来たわ~」
「おはようございます。ってこれは?」
指月さんの陽気な声で現実に引きもどされる。
渡されたのは観光雑誌。かなり分厚い。
どういうつもりなのか思いつかなかった。
「…。景色で何かを思い出せるかもしれないかなって思ったのよ」
「ありがとうございます。」
指月さんは凄い。
だって、こんな私にこんなにも優しくできるのだから。
もし、逆の立場だったら出来ない気がする。
「……。ね、ねえ早速見てみたらどう?」
「あ、はい」
気まずい空気の中、雑誌を開いてみた。
そこには、たくさんの色彩に彩取られた写真達が掲載されていた。
同じ日本なのかと疑うくらいに色彩に溢れている。
「あ、ここ」
その中に懐かしい様な感覚を覚えた。
いくつもの朱塗りの鳥居から木漏れ日が洩れている写真。
ただ、違和感もあった。何かは分からないけれど。
「ん?この写真は…伏見稲荷大社ね。どうしたの?」
「見覚えがあるという訳じゃないんですけれど、何か懐かしい気がしまして」
「そっかぁ。でも一歩前進ね。」
少し嬉しそうな表情をする紫月さんにこころなしか、私も嬉しく思った。
「そうね…少し趣旨を変えないかしら」
「趣旨?」
「もし、観光で行けるならどこに行くって話よ」
◇
「302号室はここであっているかな?」
身なりの小綺麗な中年ぐらいの男性が病室に入ってきた。
立派なひげを蓄えている。なんというか、例えるならー
それは置いといて。
一瞬、他の患者さんのお見舞いに来た人なのかと、思った。
だって、今この病室を使っているのは私だけ。
でも、確かに、”302号室”と言った。
「あ~!イオリ!ちょうどいい所にきたわね。」
沈黙―数秒だけれどーを真っ先に破ったのは紫月さんだった。
随分と親しい仲らしい。
滝渕さんがこれを知ったら、嫉妬しそう。
「知り合いですか?」
「ん?榊田の探偵事務所の一階で喫茶店やっている人よ」
まずは、あの人が探偵事務所を持てていることに驚いた。
どう見ても、少年にしか見えなったのに。
「ほら。名刺。」
「ああ、そうだね。渡しておかないと…」
喫茶店 逢魔灯
店主 己織
店員さんか何かなのかなぁと思っていたけれど。
まさかの店・長。
「おうま…?」
「おうまがあん。そう読むんだ。」
読み方に困っていたら己織さんが横から助け船を出してくれた。
見た目の威圧感の割には優しい雰囲気が漂っている。
「それでなんだけど…この子の…」
「この子が例の。ふむふむ。」
紫月さんと己織の間で意味ありげな会話がなされた。
例のって?
「あの…「これは…どうなっている?」」
聞こうとした矢先にまた別の声がかかる。
廊下を見れば、そこには榊田先生がいた。やや困惑気味な顔で。
鈴木さんに車椅子を押してもらっている状態で。
◇◇
その日の夜。
「よく平気でいられるな」
カーテン越しにそんな質問が飛んできた。
そうは言われましても。
自分の拠り所の無さに時々不安になるけれど。
でも、それ以上に己織さんや紫月さん達が優しい。
もう、むしろ安心感の様なものまで感じ始めている。
「これでもか?」
「へ?」
声が近くにに聞こえた様な気がして、出どころを探したら。
榊田先生が浮いていた。それも半透明で。
彼が水を操れるのは事件の時に見ていたから知っていたけれど。
「そんなこともできたんだ」
「フツーは怖がるとこだろだろ、そこは。俺が悪意を持っていたらどうする?」
呆れたような声で、それも丁寧に身振り付きで言われた。
その様子にどうしても悪意を感じられない。
「それが本当なら、言わないですよね?」
「!……。」
彼の瞳がすっと細くなったかと思うと元に戻った。
悪意というのはむしろー
「……。……め」
「あの、今何て言いました?よく聞き取れなかったのですけど」
よく聞きとれなくて、返事は返ってこなかった。
黒兎が言ったのは「お人好しめ」




