クロユリ
第四話
明かされ始める真実
※3~4は過去回想
―した
「ふぎゃ⁉」
鳥居を潜ろうとした赫。
その瞬間に見えない壁にぶつかった。
痛くはー無い。
「は?」
「……。っ!」
手を伸ばして押してみるとゴムの様な弾力が返ってきた。
「……通れる、よな」
サカキバラの伸ばした手は空を切る。
「え?なんで」
「……もう一度試してみろ」
「……。」
もう一度手を伸ばしてみてもやはり壁がある。
「……!まさか」
「どうかした?」
数秒黙り込んだ後。何か思い当ったかのように。
彼が面倒くさそうに、呆れた様な視線を投げかけて来た。
「ここに来てから何か口にしたか?」
「……あ。」
「心当たりが?」
「おにぎり!」
カリンちゃんと食べたおにぎり。
「はあッ⁉それを早く言え!」
「ただのおにぎりだったしー」
「ヨモツヘグリって知ってるか⁉」
「ヨモツ、ヘグイ?」
「黄泉の竈で煮炊きされた食物全般のことだ。もちろん幽世とも呼ばれるここ、隠れ里も同じだ!」
彼が早口で言った。
ものすごい権幕で。
とにかく、大変なことは分かった。
「…。わかってないだろ。こうなるとー」
「こうなると?」
「協力してもらう、しかないよなぁ?」
爽やかな顔で笑う彼の顔に青筋が確かに、ひっそりと存在していることにアカは気づかないー
◇
しばらくして。
助手という設定で落ち着いた。
「あのぅ~どこにー」
「〝あ?この結界の管理者のところだが?」
「それって、ライー」
「雷翔のことだな」
先ほどからどこか不機嫌な彼。
年の割に口調が大人びている、気がする。
だけど、律儀に疑問に答えてくれる。
なら、一番気になっていたことを聞こう。
「先生はどうしてここに?」
「……。この山の近隣の村で行方不明者が増えてな。警察関係者からの依頼だ。」
「行方不明が、“増えた”?」
しばらく考え込んでいた様子の彼の言葉にひっかりを覚えた。
行方不明者が“出た”ではなく“増えた”?
「この地域は昔から定期的に行方不明者が出ていた。10年に一人といった具合に、な。
だが、いつからか5年に一回と、増えた」
「その行方不明者ってー」
「ああ。共通点がある。10代~20代前半の女性。黒髪という点が」
「そんな……警察はー」
「無理、だな。心霊捜査は信用されていない」
あれ?でも確かー
「……依頼主は警察関係者ってー」
「怪異に理解のある奴でな。……これ以上は守秘義務だ」
思い出したように彼が言う。
守秘義務。
その言葉に意外とちゃんとしているのだなと思った。
彼なら、“この依頼”をしても良いとアカはそう思った。
「あのーっ?」
その続きは突如香った甘い香りに遮られる。
吐き気を催すほど甘い、花のような香り。
例えるならーそう、金木犀のような。
―こっちにおいで
聞き覚えがあるようなその声を最後に私の意識は深く、深く蝕まれていったー
2,
―こっち
誰かが呼んでいる。
―はやく
白い着物を来た少女が目の前を歩いている。
私を誘う様に。
「―嬢ちゃん!しっかりしぃ!」
「痛ッ!?」
モフモフした白いものが私の頭に当たる。
ん?モフモフ?
「やっと、気ぃついたカ」
「誰―妖っ!?」
「オイらは、シラツ。ウサっちの式神ヤ。そやから、心配せんでえエ」
目の前にはひょろりとした体躯の狐の様な動物がそこにいた。
大きさはーそう猫ぐらい。
「…ウサっち?」
「なんや、知らんかったんカ?榊田の下の名前、黒兎っちゅうねン」
「へ~意外と可愛い、い?」
「せやロ?」
「…あ。私、赫です」
「よろしくナ。アカ」
シラツは人のよさそうなーそんな気がしたー顔で笑った。
「ほんデ?なんでこないところまでーうォ!?」
「……っつ!」
あの声に白い着物。間違いない。
「かりんちゃん!」
「どこいくねン!?」
視界の端、林の向こうに消える白い物。
このままでは見失ってしまう。
驚いたシラツの声を置き去りにして、私は白い着物を追いかけたー
◇
「ここは……」
着物を追いかけて数分後。
私は鬱蒼と茂った森の中にいた。
少し開けたその場所には古びれた井戸があった。
白い着物は古井戸の上でふっと消える。
「嬢、ちゃん、走るの、速い―」
シラツが息切れしながら追い付いてきた。
「カリンちゃんが!井戸の中に!」
「なんや、待ていーこの花ハ⁉」
指摘されて気づいた。
井戸を中心として赤黒い花ー黒百合が咲いている
「不吉な予感がすル。それでも行くんカ?」
「うん。行かないと」
だってほら、
―オイデ
声が呼んでいる、から。
のぞき込んだ井戸の底は暗くて見えない。
「何が起こっても知らへンからナ⁉」
「!」
シラツは青い炎に変化した。
不思議にも熱さを感じない。
「これでええんやロ?」
「!ありがとう!」
ほの暗い闇の中、井戸を少しずつ降りていったー
◇
「なんや、不気味やナ」
青い炎から声が燃える。
炎のおかげで少し前の足元がぼんやりと照らされる。
「そ、そう、だね」
―ピチャン、ピチャン
「っ⁉」
「安心せイ。ただの水漏れやさかイ。」
ざらざらとした壁を左手で触りながら進む。
先ほどから水音が不規則に聞こえる。
近かったり、遠かったり。
「手彫りやかラ。そう珍しいこやなイ。なんやったら、歌でもうたったろカ?」
「気を使ってくれてありがとう。でもー」
壁に当てていた左手に光りが灯った。
その瞬間
―ガタンッ!
「え/あ?」
壁が回転し、支えを失った私はそのまま倒れ込む。
「痛ったァ⁉」
シラツと一緒に。
壁の向こうには部屋があった。
「なんや、こレ。よく見えへんナ」
何か地面に描かれている。
かろうじて少し向こうに燭台があるのが見える。
「そこに燭台が!」
「でかしタ!」
シラツが燭台に飛んでいき、自らの炎で火を灯す。
「す、すごい…」
「どんなもんダ!」
シラツは誉め言葉に胸を張っている。
燭台の一つが灯ったことで少し部屋が明るくなる。
また、新たに一つの燭台が見える。
「そこにも!」
「なんぼでモ、灯したル」
その後は繰り返しだった。
灯しては見える燭台を灯していく。
やがて、五つぐらいの燭台を灯した時。
床に描かれていた物が浮かび上がる。
「星?」
「ぎ、逆五芒星ダ⁉」
その瞬間
―ユルサナイ
引っ張られるかの様に、私の意識は暗く、深く、暗転した。
3,
少女は森を駆けていた。
幼馴染達と。
「なあ、今日の夜空いてるか?」
幼馴染の一人が言う。
「母さんに聞いてみないと。どうしたの?」
「隣町でー」
「花火大会があるらしいわ。大人たちが話していた」
少年の言葉を遮って別の少女が続きを言う。
「なんだよ、知ってたのか、※※」
名前の所だけ聞き取れない。
「なら、ちょうどいい場所知ってるぜ!大人達に邪魔されない場所!」
また別の少年が言う。
「どこだよ、×××」
またもや名前のところだけが聞き取れない。
「あそこ」
×××と呼ばれた少年は山の上を指して言った。
「――神社ね。確かにあそこなら綺麗に見えるわね」
「だろ?じゃあ、駄菓子持って……七時半に集合な!」
「楽しみ!」
「そっか、〇〇は花火初めてだもんな」
「うん!じゃあ、そろそろ帰るね」
「あ、待って!俺も行く!じゃあな!」
「七時半に集合よ~△△」
「わぁってるよ!」
△△と呼ばれた少年は〇〇と呼ばれた少女を追いかけ、駆けていった。
二人は知らない。
「なあ、※※。△△って」
「今更?○〇のことが好きみたいよ」
そんな会話がなされていたことに。
◇
時刻は陽が落ちるかという時間。
辺りは少しほの暗い。
ヒグラシが鳴いている。
○〇は△△と一緒に石段の前に立っていた。
手には駄菓子が入ったビニール袋を抱えて。
「持つよ、〇〇」
「ありがとう、△△君。でも…」
「いいって」
「じゃあ…お願いするね」
○〇は△△にビニール袋を差し出す。
頬を染めて。
「っ!行こうか、×××達が待ってる」
「うん。……遅くなちゃったね」
「大丈夫だろ。大人達によれば花火が上がり始めるのは八時って言ってたから」
二人はゆっくりと石段を上って行く。
―〝ミッ!
ちょうど石段の中腹ぐらいの時
「ひゃあ!」
「ッ⁉大丈夫。ただの蝉だ」
「ごめんね…いきなり抱きついちゃって」
「だ、大丈夫だから。むしろ……」
△△に抱き着く○○。
二人とも耳元まで朱に染まっている。
「い、行くか」
「う、うん」
気まずい雰囲気の二人。
「熱っ熱っう!浴衣まで着ちゃって」
からかうような声が二人の上から降って来た。
「……どこから見てたツ!」
「う~ん?ビニール袋の下りから」
「最初からじゃねかッ!」
瞬間。
星空に花が咲き、辺りが照らされる。
「お顔真っ赤、赤!」
「う、うるせえ!」
「け、喧嘩しないで~」
「そ、そうだ。いい加減にしてやれ、※※!」
◇
黒に染められたキャンバスに色とりどりの花が咲く。
「綺麗だね」
「ああ。…○○の方が」
△△は隣にいるであろう○○を見た。
―否、見ようと、した。
先ほどまでいたはずの○○の姿はどこにも無い。
「○○⁉どこだ!○○⁉」
花火の音にかき消される。
「△△!※※を知らないか⁉いつの間にかいねぇ!」
「嘘だろ?ほら、お前お得意のー」
「冗談なもんかッ!」
「は?」
その瞬間、二人は思い出した。
この神社に、特に夜に大人達が近づかない訳を。
その神社の名前はー
4,
“神隠し神社”
そう言われていたのを※※は思い出した。
さるぐつわを嵌められ、縄でしばられている。
「んーん!」
「っチ!もう起きたか」
黒いフードを目深に被った男は悪態を吐いた。
「暴れるな!」
後頭部に走る鈍い痛み。
※※は意識を失った。
場面が暗転する。
「―ん!※※ちゃん!」
次に※※が目を覚ましたのはうす暗い地下。
○○が呼んでいる。
「ここは?」
「分からない。気が付いたらここに。
…△△君達は⁉」
※※は分からない、と首を振る。
真っ青になる○○。
「目覚めたか。それでは”儀式”を始める」
周りを取り囲んでいた黒フードの者達が何かを唱え始めた。
足元の文様が徐々に赤黒く光り始める。
「怖いッ」
「だ、大丈夫!」
震える○○を※※は抱きしめている。
でも、その手は確かに震えていた。
「きっと、誰かがー」
「悪いな。助けは来ない」
男が言った。
その瞬間。
華が散った。朱に染まる壁、床
薄れゆく意識の中。
花火に照らされる×××の横顔を※※は思い出していた。
心残りがあるとするならー
「好きだったよ、×××」
その声は誰にも届くことは無かった。
「また失敗か。一体、いつになったらー」
男は一人呟く。届くはずの無い愛しい人へー
5,
後に残されたのは闇。ほの暗い闇。
腹から、喉から、生ぬるい何かがこみあげてくる。
「ウッ!」
あまりの惨劇に思わずアカはその場に吐いてしまう。
これは、あまりにも。
「酷いッ」
どうして?
なんで?
殺されたの?罪のない貴女達が。
あったかもしれない未来を。
―オイデ
ああ、あの子達の声が聞こえる。
私を呼ぶあの子達の声が。
私にできる、コト、ハー
―ナラ、ソノ身体ヲ、チョウダイ?
「ワカー」
「返事をしては駄目!」
女ガ目ノ前に踊リ出タ。
「ジャマヲー」
「お姉さまっ!」
ソノ呼ビ方ヲスルノハ。
私をお姉さまと呼ぶのは!
「夏鈴」
「っつ!良かった!間に合った」
目の前のカリンは背丈が伸びていた。
大輪の花の代わりに銀の簪を。
黒い生地に白い牡丹の着物を着ていた。
―ドウシテ?
―ナンデ?
「貴女達が罪を犯さないように。新たな犠牲が出ないように」
―ドウシテ?
「言いたいことは分かる。でも、駄目。
連れていきたいならー私を連れて行きなさい!」
亡霊が、怨霊が夏鈴に手を伸ばし始めた。
「夏鈴ちゃん!」
「ごめんなさい」
彼女は私を後ろに押した。
―そんな哀しい顔で笑わないで。
伸ばした手は空を切る。
夏鈴はどんどん見えなくなっていく。
どんどん離れていく。
意識が、保て、ないー
◇
「―嬢ちゃン!」
「っはっ⁉」
シラツの呼び声で目が覚める。
「視た、のカ⁉」
「シラツ、も?」
「あア!急ぐゾ!榊田の所ニ!」
次回、黒兎視点!
赫が視ている内に何が起こったのか...