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僕の家の近くには、小さな神社がある。幼い頃、その長い石段を駆け上がり、よく境内で遊んでいた。
そこには、狐耳のカチューシャをつけた、少し変わったお姉さんがいた。年齢はよく分からなかったが、優しくて、どこか現実味のない人だった。
気がつけば、僕は彼女に恋をしていた。
けれど、親の転勤で遠くに引っ越すことになり、その想いを伝えることなく別れた。伝えられなかった後悔は、今でも胸に残っている。
僕はたくさん泣いた。まるで体中の水分が全部抜け落ちてしまうんじゃないかと思うほどに。
時は流れ、大学を卒業した僕は、久しぶりに故郷へ戻ってきた。
あの神社へ向かう足は自然と速くなる。彼女は、まだ、あそこにいるだろうか。
不安を押し込め、僕は昔と同じように階段を駆け上がった。
頂上にたどり着き、息を整えながら境内を見る。
そこには、昔と変わらぬ姿で、狐耳のカチューシャをつけたお姉さんが、微笑んでいた。
何も変わっていなかった。
僕は駆け寄る。彼女はゆっくりと歩み寄る。
そして、僕は彼女に抱きしめられた。あの頃と同じ温もりが、確かにあった。
今では僕の方が背が高く、子どもの頃に包まれていた腕の中で、僕は彼女をそっと抱き返す。
彼女がこちらを見上げ、静かに言った。
「ずっと、一緒じゃな」
その瞬間、世界が切り替わっていく。
空気がひっそりと入れ替わる音がした。光がわずかに歪み、音が静まり、すべてが滑らかにずれていく。
僕は、もう「あちら側」にはいない。存在しない。
彼女の狐耳が、嬉しそうにピコピコと動いた。
続きはありません。少なくとも【こちら側】には。