39.野球応援
僕の通っている高校には、毎年夏休みに「野球応援」という行事がある。甲子園をかけた大会へ行き、全校で応援するのだ。
もちろん僕は、その野球部員……ではなく、スポーツとは無縁の一般文芸部員Aである。
イベント自体は毎年あるが、僕が参加するのは実は今年が初めてだ。理由は単純で――面倒くさい。その一言に尽きる。1・2年の頃は仮病で休んでいた。野球に興味があるわけでもなく、ただ暑いだけだ。
だが今年は、文芸部の顧問が変わったことで状況が一変した。提示された課題は「野球応援の会場に行って一句詠んでくること」。
受験生を理由に反対したが、顧問には一切通じず、結局強制連行という形になった。自称進学校の悪いところである。
試合開始のサイレンが鳴り、僕はグラウンドへ視線を向けた。野球のルールなど分からないので、ぼんやり眺めながら句を考えていると、横から声が飛んできた。
「ねえ、○○くん。野球のルールって知ってる?」
振り向けば、文芸部で唯一の同期、△△が座っていた。
「いや、まったく。毎年サボってたからな」
「あ〜! いけないんだ〜! 先生に言っちゃおうかな〜?」
「その時は、お前と家でゲームしてた写真を顧問に送るだけだ」
そう、彼女も僕と同じく毎年サボっている側の人間だ。去年など、僕の家で一日中テレビゲームをしていた。
「じょ、冗談じゃないですか、旦那〜」
彼女は、手でゴマをすりながら、許しを乞うてくる。
そんなふざけたやり取りをしながら、僕らは応援席の最前列に座り込み、のんびりと試合を眺めていた。吹奏楽部の演奏がが聴こえるたび、歓声が波のように広がる。
「ねえ、○○くんさ。好きな人とかいないの?」
唐突に放たれた言葉に、思わず視線が泳ぐ。
「急だな……まあ、いないこともないけど」
「へぇ〜。どんな子?」
「お前には関係ない」
「ひどいなぁ。じゃあ私も言わない」
彼女は楽しげに足をぶらぶらさせる。
「でもさ」
と、グラウンドを眺めながら言う。
「ボールが飛んできた時にさ、颯爽とキャッチしてくれる王子様って、どこかにいないのかなぁって思うわけよ」
「そんな都合よく――」
言い切る前に、キンッという音が響いた。ファウルボールが高く跳ね、こちらへ一直線に飛んでくる。
「わ、こっち来る!」
彼女がのけぞる。気づけば体が勝手に動いていた。
彼女の前に割り込む。
ボールに向けた手の指先に、一瞬だけ、その感触が乗る。
だが――滑った。
「っぐぉ!?」
次の瞬間、硬球が真正面から顔面に突き刺さった。鼻の奥が熱く脈打ち、じんわりと血の感触と香りが広がる。
「○○くん!? だ、大丈夫!?」
先ほどまでの軽さは消え、彼女は青ざめて僕の肩を掴む。
「ハハッ……かっこいい王子様みたいに取れなくて、悪かったな……」
痛みや恥ずかしさをごまかすように笑うと、彼女の眉がぎゅっと寄った。
「ほんと、馬鹿なんだから……」
そう言いながら、彼女はハンカチで僕の顔についた土と汗、そして鼻血まで丁寧に拭ってくれた。優しさがくすぐったかった。
拭き終えた彼女は、一瞬だけ迷うように視線を揺らし――
チュッ
頬に、小さな温かい感触が触れた。
「…………え?」
固まる僕を見て、彼女は耳まで真っ赤に染め、声を裏返らせる。
「お、お礼! だからっ!」
そう叫んで、ぷいっと野球の方へ向き直った。首筋まで赤い。
ちょうどそのとき、スタジアムでは大歓声が上がった。何が起きたのか分からない。でも――今の僕の耳には、何も聞こえなかった。
試合後、彼女は自分の家で短冊に静かに句を書く。
【夏空や彼の背中は大きくて △△】
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