38.枕
僕には、少し年の離れた幼馴染の女の子がいる。僕が年上だ。
彼女は小さい頃から僕にべったりで、よくお互いの家でお泊り会をした。そのたびに僕の腕を枕にして、穏やかな寝顔を見せてくれていた。
――見せてくれた、過去形だ。
僕が大学生になる頃、彼女は中学生になった。そう、反抗期まっさかりである。
あれほど頻繁だったお泊り会も、今ではすっかり途絶えた。どれだけ幼馴染とはいえ、大学生の男が女子中学生にお泊りを提案するのは、さすがに事案になりかねない。だから、こちらから連絡することもほとんどなくなっていた。
ある朝、1限に間に合わせようと早めに家を出ると、久しぶりに彼女と鉢合わせた。
僕を見ると少し口を開きかけ、けれどすぐにプイっと顔をそむけて、速足で行ってしまった。相変わらずだった。
その日の夕方、スマホが震えた。画面に浮かんだのは、見慣れないほど久しい彼女の名前だった。
恐る恐る開くと、短いメッセージがひとつ。
『……久しぶりに、お泊まり会、しない?』
昔のように絵文字はひとつもない。文面は妙に硬くて、ぎこちない。
それでも、その一文を見た瞬間、胸の奥がじんわりと温かくなった。
指定された時間に彼女の家を訪ねると、玄関の向こうで彼女が待っていた。
目が合った途端、気まずそうに視線をそらす。そこまではいつも通りだ。
ただ、その目の下にうっすら隈があるのが、今日は違った。
「ちょっと来て!」
困惑する間もなく、手首をぐいっと掴まれ、そのまま部屋へと引っ張られる。
部屋に入るなり、彼女はぷいっとそっぽを向き、少し怒った声で言った。
「……毎日お泊まり会して腕枕してもらってたせいで、普通の枕じゃ全然眠れなくなったの! 責任、とってよね! これから毎日……腕枕、しなさい」
最後の方は小声だったが、しっかり聞こえた。
今までの、厳しい態度とのギャップについ吹き出してしまう。
「な、なに笑ってるの!」
耳まで真っ赤にして詰め寄ってくる姿が可愛すぎて、余計に笑みがこぼれた。
その瞬間、
「もういい!」
と言って、僕の腕をぐいっと引き寄せ、自分の枕代わりにしてしまった。
「ほら……もう知らないから。寝る!」
言い終える頃には、声がだんだん小さくなっていき――
ほんの数十秒後には、すぅ、と規則正しい寝息が聞こえ始めた。
その寝顔は驚くほど昔のまま。小さかった頃、僕の腕に顔を乗せて眠っていた時と何ひとつ変わらない。
けれど今、腕に感じる重みだけは、確かに“成長した彼女”のものだった。
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