32.指紋認証
幼い頃からずっと世話を焼いてきたあの子が、とうとう反抗期に入った。
以前は暇さえあれば僕に抱きついてきて、まるで子猫のように離れなかったのに、今では僕に近づくことすら避けているらしい。
特にショックだったのは、初めて拒絶された日のことだ。
彼女は小さな頃から、僕の指先と自分の指先をそっと触れ合わせる「E.T.ごっこ」が好きだった。
ある日、いつも通り僕のそばに来たので、たまには僕から触れてみようと指先を差し出した。
すると彼女は、驚いたようにサッと腕を引き、何も言わず自分の部屋に戻ってしまった。
成長は喜ばしい。だけど、どこか寂しい。
そんなある日、久しぶりに彼女が声をかけてきた。
「ねえ、指……出して」
懐かしい誘いに胸が少し温かくなる。
僕はそっと指先を差し出した。
彼女が指を重ねてくる。そう思った。
だが、触れたのは僕の指ではなく、スマホのカメラのシャッター音だった。
何が起きたのか理解する前に、彼女は嬉しそうな足取りで部屋へ戻っていった。
そして一週間後。
彼女の母親に頼まれて、彼女の勉強を見ていたときのこと。
休憩になり、彼女はスマホを取り出し、指紋認証の画面に指を当てた。
その顔は、隠そうとしてもうれしさが溢れだしているような、満面の笑みだった。
「何かいいこと、あった?」
そう尋ねると、彼女はビクッと肩を揺らし、慌ててスマホの電源を落とそうとした。
「な、なんでもない!」
と言いながら立ち上がった瞬間、スマホが手から滑り落ちた。
画面には、一週間前に撮られた写真。
僕が指先を差し出している、あの写真だ。
そして画面の指紋認証の位置は、僕の指先と重なるように設定されていた。
「えっと……これは……」
視線を向けると、彼女の顔は茹でたタコみたいに真っ赤になっていた。
彼女は真っ赤な顔のまま、スマホをぎゅっと胸に抱えた。
「うぅ……勝手に、指……使っちゃって、ごめん」
消え入りそうな声でつぶやく。
謝る必要なんてない。
そう言おうと思ったが、あまり下手なことを言って、彼女を傷つけたくは無かったので、
「……いいんだよ」
一言。
なるべく穏やかな声で。
彼女は、ほっとしたように目を細めた。
少し、昔の表情に似ていた。
そして、ためらうように、でも確かめるように、そっと手を伸ばしてきた。
触れたのは、指先ではなく、手の甲だった。
ほんの一瞬。
本当に一瞬だけ。
彼女はすぐに手を引っ込めると、また顔を真っ赤にして叫んだ。
「今日はもう勉強終わり! 部屋戻る!」
言葉と足音が同時に走っていき、部屋の扉が「バタン」と閉まる。
静かになった部屋で、僕はそっと指先を見つめた。
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