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ラブコメs日和  作者: 水無月盈虧


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30/60

30.釣り

 大学生になって、新しい趣味を開拓しようと釣りを始めた。


 普段、友人から「おっとりしてる」と言われる僕には、ぴったりの趣味だと思う。


 そして、気づけばすっかり夢中になっていた。講義がない日は、毎日のように波止場へ向かっている。


 たくさん釣れるわけじゃない。でも、波の音と風の音に包まれながら、ぼんやりと過ごす時間が心地いい。


 そんな穏やかな時間の中で、どうしても気になる存在が一人いた。


 ある日釣りに行った日、そこにはすでに先客がいた。


 小学生と見間違えそうなほど小柄な女の子――でも僕は彼女を知っていた。同じ学科の学生だ。


 キャンパスでもよく見かけるが、いつも一人でいて、人に話しかけることもない。鋭い目つきのせいか、怖い人として知られている。


 その日も波止場に行くと、やはり彼女がいた。小さな背中を丸めて、真剣に海を見つめている。


 僕は少し離れた場所に陣取り、竿を垂らした。


 今日は調子がいい。開始早々、一匹。続いて二匹、三匹。


 釣り上げるたびに、彼女の視線を感じた。ちらりと見ると、やっぱりこちらを見ている。いつもの不機嫌そうな目つきで――いや、今日は少し睨まれている気すらした。


 なるべく気づかないふりをして、静かに釣りを続けた。


 結局、その日は七匹も釣れた。僕にしては大漁だ。


 日が傾き始め、片付けようとしたときだった。


「……あの」


 背後から、小さな声がした。振り返ると、彼女が立っていた。相変わらずの鋭い目つき。でも、どこかためらいがちに僕を見上げている。


「釣りのコツ……教えてもらえませんか」


 意外だった。あの彼女が、自分から話しかけてくるなんて。


 けれど、その声には不機嫌さはなく、むしろ少し不安そうな響きがあった。


「あ、うん。いいけど」


「実は、釣り始めたばかりで……全然釣れなくて」


 そう言って俯く彼女。確かに、これまで彼女が釣り上げるところを見たことがなかった。


「じゃあ、どんな風にやってるか見せてもらってもいい?」


 彼女はこくりと頷き、自分の釣り場に案内した。


 仕掛けを見ると、初心者らしいミスがいくつかあった。針の結び方、餌の付け方、竿の角度……一つずつ丁寧に教える。


「こんな感じで、竿を少し立て気味にして。あとは、力を抜いて」


「力を、抜く……」


 彼女は僕の言葉を反芻しながら、真剣に聞いている。


 それから十五分ほど経ったころ、彼女の竿がしなった。


「あっ、来た!」


「落ち着いて、ゆっくり巻いて。焦らないで」


 僕は思わず隣に駆け寄った。彼女の手が震えている。無意識のうちに、その小さな手を自分の手で包んでいた。


「大丈夫、このまま……よし!」


 水面から、銀色の魚が跳ね上がる。


「釣れた……!」


「やった!」


 顔を見合わせ、笑い合った。その瞬間、彼女の表情が柔らかくなった。


 鋭い目も、今はただ、嬉しそうに細められている。


 空が茜に染まり始める頃、片付けをしながら彼女が言った。


「ありがとうございました」


「いや、こっちこそ。久しぶりに誰かと釣りの話ができて、楽しかったよ」


 僕は少し迷いながらも、言うべきだと思って口を開いた。


「その……キャンパスで、君がちょっと怖がられてるって、知ってる?」


 彼女の手が止まった。


「目つきが鋭いから。でも今日話してみて、全然そんな人じゃないって分かったよ」


「……あ」


 彼女は何かに気づいたように目を見開いた。


「実は、大学デビューのつもりでコンタクトに変えたんです。でも、まだ慣れてなくて……つい目に力が入っちゃって」


「なるほど」


「キャンパスで怖がられてるなんて、知らなかった……」


「眼鏡に戻してみたら? その方が、君らしいと思う」


 少しの沈黙のあと、彼女は小さく頷いた。


「……そうしてみます」


 そして、夕暮れの中へ帰っていった。


 次の日の夕方、また波止場へ行くと、いつものように彼女がいた。


 でも、何かが違う。


 近づいてみて、すぐに分かった。


 彼女は――眼鏡をかけていた。


 細いフレームのシンプルな眼鏡が、彼女の顔に驚くほどよく似合っていた。


「眼鏡、戻したんだ」


「はい。言われた通りに」


 彼女はフレームを軽く触れながら、少し恥ずかしそうに笑う。


「でも……キャンパスではまだコンタクトなんです」


「え?」


「だって、急に戻したら変に思われそうで。でも、ここでは眼鏡にしようと思って」


 頬をわずかに染め、彼女は僕を見上げた。


「優しくしてくれたあなたにだけ、かわいい顔を見てもらいたいから」


 その言葉に、頭が真っ白になる。


 僕は慌ててバッグを漁りながら、声を裏返らせた。


「さ、さあ、今日も釣ろうか!」


 背後から、くすくすと笑い声が聞こえる。


 夕暮れの海に、二本の釣り竿が並んで立っていた。


いつもお読みいただきありがとうございます!!

ご感想をいただけると、今後の創作の参考になりますし、とても励みになります。

一言でも大歓迎ですので、お気軽にお寄せください!


27.扇風機で、12月まで更新ペースを2週間に1話と申し上げましたが、以降は2週間に1話を基本とさせていただきます。申し訳ございません。その分、1話1話、精一杯書きますので、これからも、『ラブコメs日和』をお楽しみください!!

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