扇子
夏。暑がりの僕にとって、最も気の重くなる季節だ。夏休みや夏祭りといったイベントが並ぶが、正直ありがた迷惑だ。世の中の人々は、暑さで正気を失っているのかもしれない。そんなことを考えながら、今日も教室で汗をぬぐいながら授業を受ける。
冬。ようやく僕にとっての救いの季節がやってくる。ただ、男友達にカイロ代わりとして抱きつかれたり、腕を触られたりするのは正直面倒だ。寒いはずなのに、なぜか暑苦しい。
そんな僕と似たような境遇の女の子が、教室の対角線上にいる。のんびり屋で、おっとりした子だ。
クラスの女の子は寒がりが多いのか、彼女の周りには常に誰かがいる。同じ暑がり同士で共通点はあるはずだが、今まで一言も交わしたことはなかった。
ある日、夏の異常な暑さに耐えきれず、僕はネットで「鉄扇」というものを買ってみた。団扇とは違いコンパクトで、しかも丈夫。三千円という高校生にとっては高い買い物だったが、届いたそれを手にして風を送ると、思った以上に心地よかった。
ぼんやりと次の授業について考えながら涼んでいると、後ろから特徴的な声が聞こえてきた。
「ねえねえ、○○くん〜」
振り返ると、あの女の子が立っていた。
「ごめんね〜、せっかく涼んでたのに〜」
「いや、大丈夫だよ。どうかしたの?」
できるだけ穏やかに返すと、彼女は僕の手元を見つめながら続ける。
「それ、扇子・・・だよね?どこで買ったの〜?かっこいい〜」
予想外の言葉に戸惑い、僕は思わずたじろぐ。
「え、えっと……ありがとう」
彼女の視線は、僕の手にある鉄扇に釘付けだ。
「……扇ごうか?」
「いいの!?」
彼女にしては珍しく、はっきりとした声。嬉しさがあふれている。
「もちろん。僕はもう十分涼んだから」
「ありがと〜」
僕は彼女に向けて扇ぐ。彼女は目を閉じ、風を全身で受け止めている。
「えへへ〜、涼しいね〜」
扇いでいる僕のほうがむしろドキドキしてきて、なんとも不思議な気分のまま、五分ほどが経過した。
「ん、ありがと〜、もう大丈夫だよ〜」
そう言って彼女が目を開けたその瞬間、
「お礼だよ〜」
そう言って、いきなり僕の背中に腕を回し、ぎゅっと抱きついてきた。
唐突に、触覚・嗅覚・視覚、あらゆる感覚に膨大な情報が流れ込み、脳が一瞬フリーズする。
「これからも、お互い人間カイロとして頑張ろうね〜」
そう言い残し、彼女は対角線上の自席に、のんびりと戻っていったのだった。
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