17.空き教室
受験を終え、晴れて大学生になった僕。サークルにも所属し、なかなか充実したキャンパスライフを送れていると思う。
そのサークル活動の開始時間と、講義の終了時間のあいだには、1〜2時間ほどの空き時間がある。その間、僕は講義棟の最上階にある空き教室で時間をつぶしている。SNSを眺めたり、音ゲーをしたり。最近は資格の勉強も始めた。
だが、そんな一人だけの、のんびりとした自由時間は、長くは続かなかった。
日差しがジリジリと肌を焦がす、ある夏の日。僕は、いつもの空き教室へと向かっていた。けれど、扉の前で違和感を覚える。扉の隙間から、ひんやりと冷たい空気が漏れていたのだ。
誰かがさっきまで使っていたのかもしれない。そう思いながら、いつも通り扉を開けた。
教室を見渡すと、一番奥の窓際に、誰かが座っているのが目に入った。
「・・・おや? ここに人が来るなんて、珍しいね」
その【誰か】がこちらに気づき、立ち上がる。目が合った。
短く整えられた髪、モデルのような背の高さ、中性的な顔立ち――まるで王子様のような女の子だった。
「あ、すみません・・・教室を変えますね」
悲しいことに、僕は純度100%のコミュ障である。ましてや、女の子と話した経験などほとんどない。すぐに目をそらし、この場をあとにしようと扉を閉めようとした。
けれど、扉は閉まらなかった。足元を見ると、彼女の足が挟まれていた。
「・・・あ、すみませんっ」
思わず声を上げた僕に、彼女は涼しげな笑みを浮かべて言った。
「待って。別に、出ていかなくていいよ。ここ、私が最初に見つけたわけじゃないし」
そう言って、彼女はスッと足を引っ込めた。僕は気まずさに耐えきれず、ぺこぺこと頭を下げながら教室に入り、なるべく距離を取って扉側の前方の席に座った。
「君、いつもここに来てるよね?」
突然の言葉に、心臓が跳ねた。
「えっ、あ、うん・・・なんで知って・・・?」
「あは。バレてないと思ってた? この教室、私も好きなの。扉の外の音は、ほとんど聞こえないし、誰も来ないし」
そう言いながら、彼女はカバンからイヤホンを取り出して席に座り直した。僕も黙ってノートを開いた。時間が、妙に長く感じた。
数日後、その日も僕は、教室で資格の勉強をしていた。相変わらず、彼女は、イヤホンで何かを聴いている。しかし、
「ねえ、君ってさ。音ゲーやるんでしょ?」
彼女は不意にそう聞いてきた。
「え? う、うん・・・そうだけど、なんで知ってるの?」
彼女の前でゲームをした覚えはない。
「私、君のことずっと見てたから」
冗談めかした口調とは裏腹に、その笑顔にはどこか真剣な光があった。僕はうまく言葉を返せず、ただ視線をそらした。
そして、それからまた数日後のこと。
彼女がいない日、僕は一人で教室の窓の外をぼんやり眺めていた。誰かが扉を開ける音がして、振り返ると彼女が立っていた。
「ああ、いたいた。よかった」
そう言いながら彼女が近づいてきたとき、手から何かが落ちた。
それは、写真だった。
拾って見た瞬間、僕は固まった。写っていたのは、机に向かって勉強している自分の姿――明らかに、扉の窓から盗撮されたものだった。
「・・・え、これ・・・」
「ん?あぁ、それかい?うん、私が撮ったの。ごめんね。でも、別に悪気はないから、気にしないで」
まったく動じることなく、彼女は写真をひょいと拾い上げ、微笑んだ。
「君って、なんか・・・見てたくなるんだよね」
そう言って、まるでそれが当然であるかのように、僕の隣の席に腰を下ろした。
その日から、僕の“自由時間”は、少しずつ侵略されていく。静かに、確かに、蝕まれていく。
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ちなみに作者は、王子様系のヒロインがトップ3に入るくらいには好きです